真我なるハート☆奇跡のコース(講座)、禅、アドヴァイタで生きる☆今ここを終わらせることがうれしい!本当の自分を思い出そう

2016年末~2017年前半にかけて、突如!奇跡のコース(講座)と、禅、アドヴァイタなどの学びが融合してしまいました☆

自分自身との対面。神との対面。

2016年10月11日 02時11分45秒 | ACIM奇跡のコースという生き方
先日の合宿終了後、

相当なコトが、素晴らしい祝福が、私の中で起きました。

そのすべてを、ここで表現したいのですが

あまりにも壮大すぎて文章化ができません。。。。


聖霊が与えた解放で

わざわざ、この形のレベルで象徴を立体映像化させて見せてくれました。


あまりにもわざとらしいのですよ。


ある方との4年弱ぶりの再会で、4年弱ぶりのハグで、

はじめて、

「愛しているよ」と、私の口を通して相手に向けてコトバが発されていました。

しかも、その場所は、町のスーパーの入り口の真ん前で(笑)



実は、

私が話したのでなく

私がハグしたのでなく

私が「愛しているよ」と言ったのではなく


あの時、確かに聖霊(イエスとも言えるのでしょう)が

私の前に立って

相手が受け取れる言葉を使い、語っていました。





あとで静かになって、聖霊に尋ねました。

「あれは(わざわざ、わざとらしい再会)何だったのですか?」と

すると

「自分自身との対面です。」

「神との対面です。」

と答えが来たようでした。


そして

「兄弟のことは、最大限に慈愛をもって対応すべきです。」

「あなたが日頃使いこなしている言葉ではなく、相手が受け取れる言葉を使うべきです。」

「その兄弟は、あなた自身なのです。ですから最大限に愛を持って尊重し、敬意を払うべきです。」

と答えが来たようでした。



対面した兄弟は、私よりも20年以上も前から自分の心の解放に専心してきた先輩です。

私にとっては恩人なのです。


けど、私自身のレッスン、カリキュラム上

その方との関係性は、一旦親密になり、その後葛藤し合い、疎遠になる。

というシナリオでした。



しかし

彼女は、「私自身だったのです。」

彼女は、「神だったのです。」

聖霊がもう一度それを教えるために、兄弟を現して下さいました。


シナリオは、無因のモノでした。

兄弟によっても、私によっても
何もなされていなかったのです。




重要なことは、

私自身が正気の心になること

それだけだったのです。


だって、世界とも兄弟とも分離していないし、分離など出来ないのだから。

「自分自身の考え」以外の何か を見ることは不可能だったのです。





合宿中も、

「一切の違いを(心のレベルで)見ない心でない限り正気じゃないのよね。

ほんの少しでも違いを見るなら自分自身を破壊しているも同じ。」

そのように、お互いに教え合いました。


合宿終了直後に、だめ押しで聖霊が教えてくれました。

そして、私の代わりに決断して下さいました。


夢なのですが、夢のような愛のひとときでした。

Rさん、本当にありがとうございます。

私はあなた(正しい心)を、心から尊敬しています。

心から愛しています。




神の愛に、完全に目を覚ますことは誰にとっても決して避けることができないのだから

それは時間の問題であり、必然であるから

究極的に言えば、今、奇跡講座を曲解していても大丈夫だし、希釈解釈していても大丈夫なんですね。

そして、コースで目覚める必要さえありません。
それで目覚めても、それで目覚めなくてもいいんです。

なぜなら、聖霊は誰の心からも離れることはできないからです。

誰にとっても最善で、今確かに、完璧に、導かれています。


重要なことは、自分が正気になることだけです。
そしてその自分にも慈愛深くあるべきです。
愛以外のすべてを手放しましょう。



心の底から、そう思えることが

今とてもありがたいです。




奇跡講座テキスト編 P725(中央アート出版社)
T-26.9.6:1-3

地上における最も神聖な場所とは、往古の憎悪が現在の愛となった場所である。


そして、彼らは、彼らの家が用意されている生ける神殿にやってくる。

天国にもこれ以上に神聖な場所はない。







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