西浦の時間≪Nishiura no Time≫

思いつくこと全てやってしまいたい。
しかし、それには時間が足りなさ過ぎる。
時間を自分のものにせねば。

代理店長☆SUZUKiX!③

2007-09-05 | 代理店長☆SUZUKiX!
アラマキが自動ドアを背にしたとき、
そこが雪国であるかのように錯覚するほど、
店内は冷房で冷えきっていた。
しかしなにより彼を寒くさせたのはその視線の先で、
互いに不自然な笑顔を振りまきながら作業をする、
バイト仲間のふたりであった。
「あ、アルマキャすん、ぅはおぅぐざいまぷ!」
「・・・凄まじいな」
着替えを済ますと、レジに列が出来ていた。
「ちょっと、鈴木さん。レジ」
と言うと鈴木コースケの肩がピクリと反応した。
それはまるで待っていましたと言わんばかりのようでもあった。
静かにレジに入った鈴木は若干目線を下に向けながら、
しかし口元は、何かを押さえ込むように、
ピクつかせながらレジをさばいていた。
アラマキはその姿を横目で見ながら、
同じように午後の客を機械的に流していた。

「今日、なんか、おかしくない?」
鈴木コースケが鼻歌交じりに、
着替えもせずに外へと出ていったのをきっかけに、
アラマキが神妙な顔つきでいるヌカミゾくんに話しかけた。
「やっぱり、そう思いますか?
今日は何だかいつもより、かんじゃうんですよ・・・」
午前の失敗を思い出して、ヌカミゾくんはひとり赤面した。
「いや、違う違う。ほら、鈴木さん。
今日、なんか変に機嫌よくない?
おれ、三年やってるけど、鈴木さんが笑ってるの、初めて見たよ」
「・・・メガネ、変えたんですよ、鈴木さん。
だけど、僕が・・・あぁ」
「いや、なんかよく分からないんだけど・・・。
メガネ変えただけでそんなに機嫌って良くなる?」
「彼女に選んでもらったメガネなんじゃないすか?」
「ぅえ、いんの?あの人に!」
「いや、直接見た訳じゃないですけど、
この前、ボソボソっと、
今日は可愛がってやらなきゃ・・・って呟いてたんで、
そうなのかなぁと」
「・・・けど、その割には仕事してるときの鈴木さんって目死んでるよな。
ふつう彼女がいたら生き生き仕事したくなんない?」
「あ~、そう言われてみるとそうですね」
「え、もしかしてヌカミゾ君も彼女いんの?」
「い、いまちぇんぷぬょ!」
「おぉ、そのかみ方は怪しいなぁ~」
「てゆうか、話ずれてますよ。
なんで鈴木さんの機嫌がいいか、でしょ?」
「そうだよ。もし鈴木さんが彼女に選んでもらったメガネが原因なら、
つい昨日までのあの独身男独特の哀愁の説明がつかないだろ」
「けど、じゃあ、僕が聞いたあのキワドイつぶやきは何なんですか」
「・・・あ、いますんごいヤなこと想像しちゃったよ・・・」
「なんですか」
「着せかえ人形と戯れる鈴木さん・・・」
「・・・うわっ、妙に似合う・・・」
「けど、あの人確か38って聞いたし、さすがにそれはないよな」
「・・・あ、もしかすると、あれかもしれないですよ」
「なに」
「ほら、最近、よくニュースとかで見るじゃないですか、監禁事件みたいな」
「おいおい、中学生に話しかけられただけでビビりまくる鈴木さんだぜ?
ありえないよ」
「いや、むしろそこが盲点ですよ、アラマキさん。
常日頃ビビりまくってる対象を拉致し極限まで痛めつける・・・。
そんな彼のバイオレンスな一面を、
僕たちは見逃しているのかもしれないんですよ。
それに、まさかあの人が、なんて言葉はしょっちゅう聞くじゃないですか。
はっ!そういえば以前は毎日朝パンを買いに来ていた女の子が最近来ていない・・・。
あの子はかなり可愛かったぞ・・・。
これはいよいよ事件かもしれませんよ!」
「お~い、ヌカミゾくん」
「こうしちゃおれませんよ、アラマキさん!
事件はコンビニで起こってるんじゃない!
現場で怒ってるんでぷにょ!」
「惜しいな、もうちょっとで言い切れたのに」
「とにかく一刻も早く真相を確かめなくては!
今この間にも、彼女は衰弱していってるかもしれないんですよ!」
「まぁ、とりあえず仕事は終わらそうね。午後もあるだろ?」
「あ、はい・・・」
そんなことがバイト仲間で話されているとは知らず、
その頃、鈴木コースケは最寄りの量販店で、
パーティグッズ(代理店長就任祝い用)を購入していた。

代理店長☆SUZUKiX!②

2007-07-13 | 代理店長☆SUZUKiX!
自動ドアをくぐった鈴木コースケはまず、
この前入った新入りの「ヌカミゾ君」に声をかけた。
彼の本名は「横溝」なのだが、自己紹介の際に、
「どうも、ヌカミゾでぷっ」
とひどいカミ方をして以来、ヌカミゾ君と呼ばれ続けている。
一見、揚げ足取られたようでかわいそうな気がするが、
よく考えてみれば、「でぷ」と呼ばないところに、
彼らの、ほのかなやさしさを感じずにはいられない。
それに本人もそれほど嫌がっていないので、
これからもこのあだ名で行くのだろう。
「あ、ゥはよぉオァィあっす!」
まあ、彼はもともとカツゼツが悪いのだが。
「やあやあどうだい調子は」
猫背をムリヤリに伸ばし、
ピクピクと不自然な笑顔を振りまく先輩というのは、
さぞや奇妙に見えたのだろう。
ヌカミゾ君はあらゆる意味で、
今日の鈴木さんは違うと思った。
しかしどう違うかと言えば、どうも分からない。
鈴木コースケは意味深げにヌカミゾ君の方へと歩み寄っていく。
どうしよう。
ヌカミゾ君の脳から焦りのホルモンが分泌されてきた。
なにかが、なにかが違うはずだ。
そしてそれを指摘しないといけないような気がする。
彼は懸命に考えた。
さて、ヌカミゾ君がなぜ、
このような気持ちになったのかはいたってシンプルで、
この前読んだ、
「人生が変わる会話の仕方(AYASHIGE文庫)」
第Ⅳ章<上手な褒め方>に書いてあった、
《相手のおしゃれに気付こう》
というアドバイスが頭の片隅に残っていたからだ。
彼は前々から是非ともこれを実践してみたいと思っていたのだ。


一、まずはさりげなく服を見てみましょう。
きっと相手はおしゃれな服を着ているはずです。
ここぞとばかりに、余すことなく褒めてあげましょう。
(Repaet after me.)
ex:そのエロい服、どこで買ったの?
≪Sono Eroi Fuku, Doko De Kattano?≫


彼はゆっくりと視線を鈴木コースケの首から下に向けた。
ヨレヨレのTシャツに描かれた荒々しい筆脈による、
「俺の日本海」
という堂々たるプリント。
色あせた淡い青のGパンには、
お洒落なのか自然なのか区別が付かないほど中途半端に、
ところどころ破けていて、
その奥底には、すね毛が潜んでいる。
靴は履き潰された何の変哲も無いスニーカー。
おや、このスニーカー、
この前ゴミ箱に捨ててあったような・・・。
いろいろな思いが交錯するが、
彼はポイントの2を思い出しにかかった。


二、髪型は、女性では特に重視される褒め要素です。
具体的にどこがいいかを絞って褒めるととても喜ばれます。
(Repeat after me.)
ex:オシャレな丸刈りですね。
≪Oshare Na Marugari Desune.≫


ヌカミゾ君の目は鈴木コースケの頭に動いた。
しかし、まったく手の付けられていないと思われるその黒い塊は、
無造作ヘアーというよりも、あらゆる意味で無謀なヘアーであった。


三、アクセサリーは相手も慎重に選んでいます。
うまく褒めれば大いに喜ばれます。
ぜひチャレンジしてみましょう。
(Repaet after me.)
ex:
A「そのチャンピオンベルト、カッコイイですね」
≪A "Sono Championbelt, cool Desune."≫
B「はい、70年代のスタイルです」
≪B "Yes, It's '70s-style Desu."≫


ヌカミゾ君の中で何かがつながったのを感じた。
目線の先にある鈴木コースケの顔には明らかに、
昨日にはなかった赤いメガネがあったからだ。
これだ。
ヌカミゾ君の胸が小躍りした。
よしいいぞ、おれ。
言ってやれ、鈴木さんに。
それ、いいメガネですねって、それ、いいメガネですねって・・・。
そしてその指はゆっくりとそれを指し、彼は口を開いた。
「鈴木さん、それ、いいムガルでぷね」
言ってからしばらく、二人の間には寒気が漂っていた。
それは永遠に膠着状態であり続けるかのように思えるほど長かった。
やっちまった…。
自己紹介で味わったあの感覚が、
俄かに、彼の体に広まった。

代理店長☆SUZUKiX!①

2007-06-16 | 代理店長☆SUZUKiX!
平日昼過ぎ、
最近流行っているという情報だけを頼りに買い換えた、
真新しい赤いフレームのメガネを掛けた鈴木コースケが自動ドアをくぐった。
ただ、この赤いフレーム、ちょっと頭のサイズに合わなかったのか、
彼はコメカミの辺りが締め付けられるのに絶えながら、
これを「若者の痛み」と割り切って、
むしろ、笑みをこぼしていた。
彼をこんな状態にしたのには、理由があった。

話は昨日の夜に遡る。
一緒に暮らしているポトフ(イヌのぬいぐるみ)と、
ボルシチ(ブタのぬいぐるみ)と、
ドミトリー(フランス人形)とで人生ゲームを楽しんでいる時だった。
からからと景気よくルーレットを回していると、
彼のお気に入りである、
「テレビが見れるケイタイ」がフォーマルな電子音を鳴らした。
彼はバイトの関係からの電話は全てこの音に設定しているので、
少し出るのを躊躇ったが、結局、苦い顔をしながら電話を取った。
店長だった。
「あ、鈴木くん?店長です、うん。
いや、君ももう長いだろ?このバイト。
だからさ、まぁ、オーナーと相談したんだよ、うん。
それでまあ、単刀直入に言うけど、店長代理になってほしいんだ、うん。
ほら、ぼく、よく行けないでしょ?うん。
それにだいたいバイトってすぐ辞めちゃうし、
君の他に、仕事のことよく知ってる人いないし、うん・・・どうかな?」
そこで店長はこちらの顔色を見てきた。
鈴木コースケは少し笑いを含んだ口調で、
自分はそんな器ではないとか、
他にもイイ人材はいるとか謙遜しながらも、
しかし、心の中では相手のもう一押しを待っていた。
「うん、そうか。それは残念だ、うん。
君なら適任だと思ったんだけど」
「やります」
店長の、あまりの引きの早さに驚き、
彼は思わず声に力が入った。
店長は少し間をあけて、
「そうか、うん。
それはよかった、嬉しいよ、うん」
と大袈裟に、しかし柔らかく喜んでみせた。
彼の声の裏には、
なにか、喜びというよりは安堵を感じさせるものがあったが、
その時、鈴木コースケには、
それを察するほどの高度な判断能力がいささか失われていた。
ただ、奇跡的に、
この喜びをこのまま隠しとおすことは出来ないという事には気付けたので、
急いで話を結びに持っていき、早々と切った。
そしてまず、
自分が14年間このコンビニのアルバイトを続けてきたことに、
最高の賛辞を次々と口にした。
しかし、だんだん言葉が尽きてくると、
妙に野太い声を発するだけになって、
ただ、うろたえている人とそう区別はつかなかった。
しばらくするとだいぶ落ち着いてきたのか、
ポトフとボルシチとドミトリーに電話の内容を報告し、
同じように賛辞の言葉を受け取った。
ただし、彼らの言うことはだいたい一緒であった。
ポトフが少し太った声で、
「君はよく頑張ってきたウォン」
と言うと、ボルシチが、
「よく今まで続けて来れたなンゴッ」
とだみ声で労い、最後にドミトリーが、
「・・・まぁ、だから、よく頑張ってきたってことよね」
と鼻の通った声でまとめた。
彼らの言うことが、みな似通っていても、
鈴木コースケにとっては、じゅうぶん満足なことだった。
ひとり暮らしを始めて、
街の様子は刻々と変化してきたが、
どんな時も一緒に暮らしていくにつれ、
いつの間にか掛け替えのない家族が出来ていた。
鈴木コースケはその夜、2匹の動物とひとりのフランス人を抱き、
枕を高くして眠った。