ナチス高官の暗殺計画を語る、ポストモダンの「歴史小説」
ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』
越川芳明
ナチス高官ハイドリヒの暗殺計画をめぐって、ポストモダンの語りの趣向を施した「歴史小説」だ。
ポストモダンの語りというわけは、語り手が自身の語りに対して自意識過剰とも言える言及(寄り道)を行なうからだ。それは、物語の進行をとめて、すでに山ほどもある関連文献(ラングやサークの映画や、クンデラやフローベールなどの文学)に対する語り手自身の評価を差し挟む行為にもつながる。「歴史事件」や「歴史的な人物」を扱う場合、「事実」を積み重ねながら、「捏造」に注意を払わねばならないのだ。だが、小説とは、ある意味「捏造」そのものではないのか。
一風変わったタイトル「HHhH」は、「ヒムラーの頭脳は、ハイドリヒと呼ばれる」という文章をなす、それぞれの単語の頭文字を並べたものだ。
語りの前半では、「ヒムラーの頭脳」こと、ハイドリヒの破竹の勢いの昇進が語られる。彼はヒムラーが創設した「国家保安本部」の長官に任命され、「ユダヤ人問題」で大量のユダヤ人の処刑を実地したのち、強制収容所でのユダヤ人の集団虐殺を提案することになる。
とはいえ、語り手がめざすのは、ホロコーストやナチス高官たちの行状をめぐる物語ではない。後半では、チェコ軍人による秘密計画に比重が移るからだ。チェコスロヴァキア亡命政府によって密かに<類人猿作戦>と呼ばれたこの計画は、首都プラハに保護領総督代理として就任していたハイドリヒを暗殺するというものだった。ほとんど自殺行為に近いこの秘密計画に携わったのは、亡命軍の兵士ヨゼフ・ガブチークとヤン・クビシュという二人の青年だった。かれらを側面で支援し、歴史の暗部に消えていったチェコ市民に対する記述にも語り手の深い共感が感じられる。
短い断章を変則的に積み重ねるこの物語は、過去の時代を反映するというより、ネオナチが台頭する現代を反映させるべく書かれている。それが、歴史の「捏造」というディレンマを越えて、これが読者の心と記憶に訴える優れた小説になっているゆえんだ。
時事通信 2013.7
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