ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

丁寧に説明 してほしい

2020-03-28 15:32:33 | 思い
  ①
 2ヶ月間隔で薬をいただきに通院している。
失礼を承知で言えば、その病院の患者は年寄りばかりだ。

 予約制のため15分程度も待てば、診察室に呼ばれる。
医師とは、1,2分の会話だ。

 「その後、いかかですか?」
「ハイ、特に変わりはありません。」
 「それはよかった。薬をいつものように出します。
8週間後にまた来て下さい。」
 「分かりました。ありがとうございます。」

 診察は、おおむねこれで終わり。
その後、次回の予約をとり、会計を済ませる。
 そして、処方箋を持って、病院のすぐ横にある薬局へ行く。
それがお決まりの通院パターンだ。
 いつも何も変わらない。

 ところで、先日の薬局であった一コマが、
心に残っている。
 長椅子に、私のほかに2人が離れて座っていた。
しばらくして、私の前にいた女性が立ち上がった。

 呼ばれたのは男性の名前だったが、
きっとご主人の薬だと推測した。
 薬剤師がカウンター越しに明るく言った。
「今までの薬とは違って、ジェネリックの薬になりました。
 だから少しお安くなりましたからね。
薬は違っても、効き目は同じですからね。」

 なのに、高齢の女性は返事にためらっていた。
薬剤師は、歯切れよく続けた。
 「少し違うところがあっても、
国が同じように効くと証明しているから大丈夫ですよ。」

 「今まで飲んでいたのとは、違うの?」。
小声だったが、女性は食い下がった。
 「少しだけ違うところがあっても、大丈夫!」。
即答だった。

 女性は、しばらく沈黙し、思い悩んでいた。
そして、今度は、はっきりとした声で言った。
 「お父さんになんかあったら困るから、
今までの薬にしてください。
 少し高くてもいいですから」。

 薬剤師が食い下がる番になった。
「国が、大丈夫って言ってるんですから、
心配しなくてもいいんですよ。」
 もう女性は、不動だった。
「でも、今までの薬をお願いします。」
 薬剤師は、無言で奥へ姿を消した。

 しばらく時間がかかった。
女性はまた椅子に座り、待った。

 再び名前を呼びながら、薬剤師が現れた。
明らかに不満げな声だった。 
 「じゃ、今までと同じお薬です。」
女性は、小さな背をさらに丸めて支払いを済ませ、
店を出て行った。

 女性と薬剤師には行き違いがあった。
「薬剤師からもっと違う説明があれば・・」。
そんな感想を持った。
 一方、「お父さんに何かあったら」と、
心を痛める女性の想いに、ジーンときていた。

 これには、続きがあった。
若干時間を置いて、次にもう一人、
横に座っていた女性が呼ばれた。

 これを間が悪いというのだろう。
薬剤師は、この女性にも同じ説明を始めた。
 「今までの薬とは違って、ジェネリックの薬になりました。
だから少しお安くなりましたからね。
 薬は違っても、効き目は同じです。」

 「あの・・。すみません。
・・・私も、今までの薬でお願いできませんか。」
 女性は、深々と頭を下げた。

 「薬の名前が違うだけで、同じなんですよ。
国が証明しているから、間違いないんですよ。」
 「でも、今までので・・」

 薬剤師は、今度ばかりは引き下がらなかった。
「大丈夫です。飲んでみて下さい。
 どうしてもいやでしたら、次は元に戻しますから。」
 
 「でも・・・。そうですか?じゃ・・。」
女性はしぶしぶ応じ、店を出て行った。
 これまた、小さい背をさらに丸めて・・・。

 続いて私が呼ばれた。
もともと私はジェネリックだ。
 薬剤師とは平穏なやりとりで、
背をスッと伸ばしたまま、店を出た。

 ジェネリック薬品への理解度の差に起因した出来事だと気づいた。
「薬剤師には、誰もが分かる丁寧な説明を心がけてほしい。」
 珍しくそんな想いを抱いた。

 だって、ジェネリック薬を強引に渡された女性は、
その後どうしただろう。
 まさか、服用を止めたりしてはいないだろう。
いつまでも気になっている。

  ②
 10日程前の新聞記事を転記する。
見出しは、『学校林 ほぼ伐採
        伊達小「貴重な緑」残念の声も』だ。

 『 伊達小の前庭にあり、環境教育の場にもなっていた学校林が
「危険防止」を理由にほとんどが伐採され、丸裸になった。

 市教委によると、強風が吹くたびに折れた枝が
近隣の住宅に飛散したり、
落ち葉が屋根のといに詰まったりして、
市民から苦情が寄せられていた。

 「台風などで風倒木がでたら、
児童にも危険が及びかねない」(学校教育課)として、…
開校当時に植えられたとみられるケヤキなど数本を残し、
計84本の樹木を伐採した。

 ただ、樹種や空洞ができるなどして倒木の恐れがある木が、
どの程度あったかについては「把握していない」(同)という。

 同校で秋にドングリ拾いや「草原ビオトープ」を作るなど、
環境教育を実践してきたNPO法人…代表は
「ミズナラやオニグルミといった広葉樹が子どもの教育だけでなく、
エゾリスの採餌場にもなる市街地の貴重な緑だったので残念でならない」
と話す。

 さらに「危険というなら、折れそうな枝を個別に切るなどして
十分対処できたはず。
 苦情があるからといきなり伐採してしまうのは乱暴すぎる。」
と嘆く。

 市教委によると、跡地に植樹する予定はなく、
「もともと不足していた駐車スペースとして活用される」としている。』

 東京都内なら小学校の校庭をこえる広さの前庭だ。
そこにあった緑豊かな84本が一気に消えた。
 信じがたい記事だった。

 事実を確認するため、
伊達小まで行く勇気が湧くのに、1週間もかかった。

 更地と化した前庭の向こうに、
三階建ての校舎が寒そうだった。
 
 学校林の重厚な樹木が、
伝統ある学舎の雰囲気を作っていた。
 多くの人が、無条件にうらやむ教育環境だ。
だが、その素晴らしい姿が一変してしまったのだ。

 確かに、学校のご近所に住む方から、
秋の枯れ葉掃除のご苦労を聞いたことがあった。
 でも、ここまでの伐採を、その方は望んでいただろうか。

 きっと伐採の決断までには、
私などが図り知ることができない、
様々ないきさつがあったに違いない。
 長年の葛藤の末のことなのだろう。

 しかし、84本のある1本に、想いを託した子がいたら、
あの学校林を見るたびに、幼少のあの頃を思い起こし、
奮い立つ方がいたら、
 凜として学校を見続ける樹々に励まされ、
今を生きている人がいたら、

 いや、そういう人が沢山いるのが学校と言う場なのだ。
だから、このままではなく、
こうした成り行きを、誰か丁寧に説明してほしい。
 その手段なら、いくつもある。

 消えた学校林に消沈する人々の心を、
なんとか癒やしてほしいのだ。




     伊達・東浜の 早春     

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