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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『リリーのすべて』

2016-11-11 | 映画レビュー(り)

 1926年デンマーク。当時、既に風景画家として地位を確立していたアイナー・ベルナーは肖像画家である妻ゲルダの頼みで女性モデルの代役を務める事になる。美しく柔らかい布地の感覚、可愛らしい手の仕草がやがて彼の中に眠る女性性を目覚めさせていく。

世界で初めて性転換手術を行ったアイナー・ベルナー=リリー・エルベを描く伝記映画。
 同性愛が認められていなかったのはもちろん、“性同一性障害”という言葉すらなかった時代に自身の性的アイデンティティを見出した夫と、そんな彼を愛し、受け入れた妻の物語はようやくこれらが認知され始めてきた今こそ語られるのにふさわしい。アイナー役エディ・レッドメインと妻役アリシア・ヴィキャンデルは共に心のこもった演技を見せており、とりわけレッドメインは前年のオスカー受賞作
『博士と彼女のセオリー』よりも難度の高い演技を見せた。自身の性的アイデンティティを示す言葉もなく、精神異常者として扱われてしまう時代である。混乱、葛藤、そして日増しに募る女になりたいという渇望を繊細に表現したそれはこれまでのトランスジェンダー演技よりも数段上なのである。

個人的には所謂“アカデミー賞好み”の耐える妻を演じて助演女優賞を取ったアリシア・ヴィキャンデルよりもアイナーの幼馴染を演じたマティアス・スーナールツについて特筆しておきたい。「君と歩く世界」の粗野なボクサーから一転、パリで画商を営む男をまるでマッツ・ミケルセンと見紛うような色気でエレガントに演じていた。今後のさらなる活躍が楽しみだ。

トム・フーパー監督は一級の美術、衣装を得てまるで絵画のような構図で本作を撮っている。その均整の取れた美しさは本作を美談として謳うような感傷と共にあり、逆説的に未だこのジェンダー問題が異質であるかのような作り手の差別意識を露呈しているようにも感じた。


『リリーのすべて』15・英
監督 トム・フーパー
出演 エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、セバスチャン・コッホ、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ
 
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『MI5:世界を敵にしたスパイ』

2016-11-07 | 映画レビュー(え)
 “ジョニー・ウォリッカー・シリーズ”完結編となる第3作目。カリブ海に浮かぶ英領タークス&カイコス諸島で首相の資金洗浄の実態を掴んだジョニーは、愛するマーゴと共に島を脱出。ヨーロッパに潜伏し、反撃の時を伺っていた。しかし、包囲網は刻々と迫り…。一話完結で続いてきたこのシリーズだが、本作は完全に第3幕目扱い。ドラマチックな逃亡劇、ジョニーと黒幕との戦い等、これまでの抑制の効いた演出から一転、見せ場連続のダイナミックな完結編となった。

無表情を貫くジョニーからは彼を動かす正義の衝動がなかなか見えてこない。
のらりくらりとした立ち振る舞いは演じるビル・ナイの飄々とした個性による所が大きく、重要指名手配の凄腕スパイ(肩書的にはジェイソン・ボーンと同じ!)なのに銃ナシ、車ナシの手ぶらで悠々自適な逃亡生活を送っている姿はユーモラスな味わいすらある。

そんなジョニーが凄味を見せるのがクライマックスだ。怪優としての貫禄もたっぷりなレイフ・ファインズ扮する英国首相との直接対決でジョニーは反逆の動機を「仕事を奪われたからだ」と明かす。冷戦期、世界を股にかけたスパイの仕事はスマホとドローンに奪われ、国家を背負った矜持すらも過去の遺物とされてしまった。これは既得権益で国を大義なき戦争に加担させた時の政権とアメリカへの反撃なのだ。

ところがこれでは終わらない。情報を操作し、首相のクビを据え変えたジュディ・デイヴィスこそ本作最大の黒幕である(そう、MI5の仕事は国内の諜報活動なのだ)。何とはないカフェで繰り広げられる名優たちの引き算を信条とした演技合戦こそこの“ジョニー・ウォリッカーシリーズ”を象徴するミニマリズムであろう。久々に大きな見せ場を得たデイヴィスの圧巻の老獪さは名女優の本懐だ。

最高にクールな幕引きをするビル・ナイに惚れ惚れしてしまう。若作りではなくジジイのままクールである事のカッコよさを示してくれた。
 

『MI5 世界を敵にしたスパイ』14・英
監督 デヴィッド・ヘア
出演 ビル・ナイ、レイフ・ファインズ、ヘレナ・ボナム・カーター、フェリシティ・ジョーンズ、オリヴィア・ウィリアムズ、ジュディ・デイヴィス
 
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『ディーパンの闘い』

2016-11-06 | 映画レビュー(て)

 フレンチノワールの巨匠ジャック・オディアール念願のパルムドール受賞作だが、これまでが珠玉の傑作群ばかりだったせいか現地では“番狂わせ”“期待はずれ”と報じられた。カンヌもオスカーも多分に政治と年功序列が左右する場だが、なかなかどうして。仏産任侠映画の巨匠、余裕の1本である。

これまで何度も移民を描き、フランスが人種のるつぼである事に注目してきたオディアールだが、今回は中東を越えスリランカ難民が主人公だ。内戦により国を追われた主人公ディーパンは難民キャンプで即席の家族を作りフランスへ亡命する。ようやく新天地で安息を得たのも束の間、郊外団地に根城を構えるヤクの売人達によってディーパンは再び内なる暴力衝動を呼び起こされていく。

キャラクターの“動詞”で物語を形成するオディアールのタイトな描写は今回も健在だ。ろくろく言葉も通じない国で少しでも生活を良くしようとあくせく働くディーパンもいいが、不平不満を口にし、時に欲望を隠し切れないヒロインが面白い。むしろディーパンの暴力で荒んでしまった心は彼女の泥臭いまでの生命力を浴びなくては復活しなかったのではないか。彼女を救うべく繰り広げられる終幕の殺戮劇は『預言者』のクライマックス以上のダイナミズムであり、オディアールは一度暗黒街モノを撮ってもイケるかもしれない。

 一見平穏を得たかのように見える幕切れだが、果たしてそれがディーパンにとっての真の安息なのかはわからない。彼はこれからも自身の内の暴力性に脅え、血まみれの手を隠して生きていかなくてはならない。イスラム国によるパリ同時多発テロに揺れた2015年、カンヌは隣に住む見知らぬ移民のルーツに想いを馳せたのである。映画賞とは時勢に左右されるべき時もあるのだ。


『ディーパンの闘い』15・仏
監督 ジャック・オディアール
 
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『ヘイトフル・エイト』

2016-11-03 | 映画レビュー(へ)

 脚本流出により激怒したタランティーノが製作を取りやめた後、キャストが揃っての公開リーディングを経て完成に到るといういう紆余曲折は聞き及んでいたが、どうにも期待値が上がらなかったのは過大評価気味の『ジャンゴ』に続いてまたしても西部劇を選んだタラのエクスプロイテーション映画への偏愛が受け容れられなかったからだ。ところがフタを開けてみればこれは“西部劇”というより、むしろ“時代劇”であり、現代を風刺する社会派映画ではないか!スカした編集も遊び心タップリの選曲も封印し、“タランティーノ一座”とでも言うべき常連オールスターキャストに膨大な台詞を与えて、さながら舞台劇のような腰の据わりようである。成熟ぶりが感じられる充実の168分だ。

西部劇だが舞台は雪深い山奥、音楽はタラ念願かなってのエンニオ・モリコーネの書き下ろし…という符合からもセルジオ・コルブッチ監督の異色傑作『殺しが静かにやって来る』を彷彿とさせる。当時のマカロニウエスタンの定型を全てひっくり返したこの作品はそもそも西部開拓時代が殺戮の上に築かれ、今のアメリカ史を形成していると看破していたワケだが、タランティーノもギャング団の女首領を護送するという西部劇の基本構造をなぞりながらアメリカの人種問題、憎しみの根幹構造を描こうとしている。

吹雪の夜を雪山で過ごす事になったメンバーは8人。
南北戦争に従事し、白人を皆殺しにした賞金稼ぎサミュエル・L・ジャクソン叔父貴が主役だ。タランティーノマジックで初のオスカー候補に挙がったジェニファー・ジェイソン・リーがその怪優ぶりを久々に発揮。彼女を護送する処刑人カート・ラッセルは女であろうとしたたかに殴りつけ、出くわす連中全員が賞金を狙った悪党ではないかと疑心暗鬼にとらわれ、銃を振りかざす。

方や椅子に座り続ける老人ブルース・ダーンが南軍の将軍であると気付くや、サミュエル演じるウォーレンはその残忍性を露にする。2幕目のクライマックス、サミュエル叔父貴がドゥ・ザ・ライト・シングをぶちかます大怪演はこの俳優のおそるべき本領であり、今年の“ホワイトオスカー”によって見過ごされた2015年のベストパフォーマンスの1つだ。白人対黒人、変わるどころか過去に立ち返ろうとすらしている昨今の風潮の根源を南北戦争時代に見出しているのである。

 怨嗟の声がとぐろを巻き始めてからの後半はタラの真骨頂だ。ティム・ロス、マイケル・マドセンも揃えば当然『レザボア・ドッグス』の嬉しいデジャヴだが、ひょっこり顔を出すチャニング・テイタムがチャーミングでしっかり馴染む。そしてカタルシスを度外視した幕切れ…タラは本作の公開当時、白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件に強く抗議していた。心温まるリンカーンの(ニセ)手紙のナレーションとは裏腹に、このラストにはアメリカの持つヴィジランティズム、マチズモ、リバタリアニズムに対する強いアンチテーゼがあるのだ。


『ヘイトフル・エイト』15・米
監督 クエンティン・タランティーノ
出演 サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン、チャニング・テイタム
 
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『マネー・ショート華麗なる大逆転』

2016-11-02 | 映画レビュー(ま)


 2008年に発生した大手証券会社の一斉破綻“リーマンショック”。その引き金となった住宅バブル“サブプライムローン”の焦げつきにいち早く気付いたトレーダー達が、大手証券会社を相手に破綻を見込んだ金融保険商品を開発、まんまと売り逃げした実録コメディだ。
『マネーボール』の原作者マイケル・ルイスのルポをアダム・マッケイ監督は豪華スター集結のコンムービー(詐欺師映画)風に脚色。元々ウィル・フェレルとのコンビで『俺たちアザー・ガイズ』やブッシュ元大統領のものまねコントなどで風刺コメディをやってきた人だが、今回のオスカー脚色賞受賞で名実共に現代アメリカンコメディの注目株となった。

あまりにもゲスいサブプライムローンの実態とは裏腹に、軽妙なテンポとスター俳優たちのアンサンブルは小気味良すぎるくらいだ。会社に半袖、短パン、ビーチサンダルで出社する変人トレーダーに扮したクリスチャン・ベールがサブプライム崩壊を予見するが、大手銀行からは一笑に付される。何もしていなくても明らかに“この人オカシイ”という滲み出る狂気はベールの持ち味だが、この一見大きくない演技を評価したアカデミー助演男優賞ノミネートは意義深い。この年は同じ演技スタイルのルーニー・マーラもノミネートされており、アメリカ映画における演技トレンドが変遷しつつあるのかもしれない。

サブプライム崩壊を察知し、住宅市場の調査に乗り出すのがスティーブ・カレル。世の中のありとあらゆる事に腹を立てている彼の“キレ芸”はコメディアンとしての面目躍如だ。ついに格付会社に乗り込むシーンでは笑いの最大瞬間風速が吹く。常に「こいつらバカか。何言ってんだ」とこらえた顔が可笑しい。

当然、専門用語も頻出。もう限界!という所で挿入される解説Vのバカバカしさとわかり易さは本作の白眉だ。何と泡風呂に入っているマーゴット・ロビー(本人役!)がシャンパン飲みながらサブプライムローンを解説してくれるぞ!

結果は周知の通り。サブプライムは破綻し、一部の証券マン達が巨万の富を得た。
プロデューサーも務めたブラピが大物トレーダーに扮し、一喝する「多くの人達が職や家を失い、それで儲けた金なんだぞ」。

エンドクレジットではベール扮した“預言者”マイケル・バーリーの今注目している銘柄が“水”だと明かされる。
『マネー・ショート』は最高に可笑しく、そして笑顔も凍る絶対に笑ってはいけないコメディ映画だ。
 

『マネー・ショート 華麗なる大逆転』15・米
監督 アダム・マッケイ
出演 クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピット
 
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