「ユリネは頭の良い女の子だった。
学校の成績がいいとか、そういうことも含めて、なんというか、生きることに対して頭が良かった。ユリネは自分が活きるようにふるまい、自分を最大限に生かすことができた。立ち振る舞いや、会話など、すべてはユリネの魅力を高める為の道具みたいだった。ユリネと少しの時間過ごせば、きっと誰でも彼女に魅了されてしまいそうになる。それは男に限らず。よく異性には好かれるが、同性には嫌われる、という女や、その逆の女はいるが、両方から好かれる女の子というのは、珍しいと思う。ユリネはそういう上手さが生まれつき備わっていた。なんというか、中性的なんだ。今考えても僕等は不釣合いだと思う、何でユリネみたいな魅力的な女の子が僕に好意を持ってくれたのか、僕が一番分からないんだから。
僕がユリネに出会ったのは年末の押し迫った12月の最終週で、ちょうど雪が降りはじめた日。僕が住んでいたところは寒すぎず暑すぎずまあちょうどいい気候で、冬がくれば、いい頃合を見計らったように雪が降るところだった。
確か、ひどい殺人事件があって妻と子どもを殺された男を、世の中が同情していた。僕も世の中と変わりなく彼を同情していて、犯人が早く見つかればいいのに、と月並みな独り言をつぶやいていた。
僕は大学に通っていてひとり暮らしをしていた。すでに大学は休みだったけれど、実家に帰ることなく、ここでひとり年を越そうと考えていた。もともとひとりが好きなんだ。でもそれってただの強がりかもしれない。僕には友だちも少なかった。それを寂しいとは思わなかったけれど。ラジオを聞きながら、薄い珈琲を飲んで、それから、小説を読んでいた。確か、誰の作品だったか忘れてしまってけれど、映画に関する話で、その小説に出てきた映画を僕は見てみたいと思い、レンタルビデオ屋に向かおうとしたんだ。それぐらい、素敵な描写で書いてあった。きっと誰だってあの小説を読めばあの映画が見たくなることだと思う。とにかく、僕は簡単に着替えて、というよりは寝巻き用のジャージの上からコートを羽織って、ニット帽を被って、おしまい。外にでた。雪が降りだしていたから、とても寒い事は予想していた、でもその時僕は映画の事で頭がいっぱいになって、寒さなんて感じていなかった。とにかく一分でも早くあの映画を見るべきだと、それだけが僕の使命なんだとさえ思えた。幸いレンタルビデオ屋は僕のワンルームマンションの近くにあって、歩いていけば5分とかからない。僕は傘を差して歩いた。雪はそれでも薄く地面に引いてあるぐらい、積もっている。ただ、まだほんの少し雪化粧したぐらいだった。
ほどなくして、レンタルビデオ屋に着いたのだけれど、どうも様子がおかしい。人盛りができていて、何か黒い煙が立ち上っている。僕はゆっくりと近づいて、その人ごみに混ざる。どうやら火事らしい。レンタルビデオ屋は何者かによって、放火された。とはいえ、小火程度で済んだということだったが、当然営業はしていない。つい先ほど火も消されたようだった。
迷惑な話だ。僕はあの映画を見ることだけを楽しみに、少なくともこの30分は、それだけを楽しみに、していたのに、それはもう不可能になってしまった。レンタルビデオ屋は、当然その町にいくつかあるのだが、どの店もここからちょっとした距離にある。歩いていけないこともないが、それは春や秋の気候の良い季節なら、むしろ歓迎するが、今は冬で、しかも雪が降っている。まだ昼間ではあったが、空は薄暗くて、じめじめとしている。それに僕はコートこそ羽織っているが、ジャージ姿なわけで、靴だって近くだと想定したからただのスニーカーを履いている。
仕方なく僕は部屋に戻る事にしたが、せっかく外にでてきたのだし、そういえば食料品もそろそろなくなりつつあるし、食べるものだけでも買って帰ろう、と思い。やはりちかくにあるスーパーに向かった。
スーパーはチープな音楽を流しながら年末忙しさの中にあった。
ユリネがいたのはそのスーパーの自転車置き場だ。最初、その肌の白い女の子を見て、僕は恐怖すら感じた。たまたま、スーパーにやってきていた人も少なかったし、ぼうとしていて、なんというか存在が薄かった。でもとても綺麗で、怖くてドキドキしているのか、綺麗でドキドキしているのか、判断が難しいところだった。
ユリネは買い物を終えて、とめていた自転車の鍵を小さいバックの中から取り出そうとしていた。そして、なかなか見つからないのか、少し頬を赤らめて、うっとうしそうな表情でバックの中をまさぐっていた。
普段だったら、そういう女の子がいたな、ぐらいで終わるはずの風景だった。
ユリネは僕を見て、話し掛けてきた。
どうして僕に話し掛けてきたのか分からない。それはいろいろ理由があったのだと思うけど、僕はその後も聞いていないし、これからも永遠に聞く機会を失ってしまったわけだし、まあ、正直それはどうでもよいことだから。
僕たちは、出会って、ほんの数時間で互いになくてはならない存在であると気付いた。理由も何も特別何かが起こったということはないけど、そう確信していた。やったことといえば、ユリネが僕の買い物に付き合ってくれて、それで僕は、いつもより少しだけ長く買い物をして、いつもより少しだけ様々な物を買って店を出る。雪が強くなっている。そして、僕等はきっとまた会う事を確信して別れた。ユリネもこの近くに住んでいて、このスーパーをよく利用するという物理的にも会えるし、何より会うに違いないと、ふたりとも予感していた。
そして、ユリネに二度目に会ったのも同じスーパーでだった。
やはりユリネは自転車置き場で、一度目と同じように鍵を探していて、僕が近づくと、少しはにかんで笑ってこう言った。
「やっぱりね」
ユリネは、前よりもずっと存在は確かなものになっていたけれど、白く、風景に溶け込んでしまいそうだった。
「なんとなくそんな気がしてたんだ」
「僕に会うって?」
「いいや、何か起こりそうって」
「それは喜んでいいのかな」
「いいんじゃない」
「では、素直に喜んでおきます」
「そうしてください」
それから前と同じように僕等は一緒に買い物をした。
前と違っていた事は、そこで別れずにユリネが僕の部屋に住みはじめたということだった。ユリネは当たり前のように僕の部屋に住み始めた。なんのためらいもなく、僕はうれしかったが、そのためらいのなさがどうも納得がいかず、ユリネにそのことを何度か効いた事があったが、ユリネはだって好きなんだから住むのは当たり前でしょう、とだけいい、僕ももちろんすきだし、ユリネは魅力的だから、ふたりで街を歩いていても視線を感じるし、いい気分ではあったけれど、どうしてもやっぱり何かしっくりこない感じが離れなかった。もしかすると、それが僕が悪魔になった理由なのかもしれない。いや、その可能性はかなり高いように思う。