約束が有ったのでそちらを優先。
正直な話、余り母べったりだと(そんなに重い病状なのかと思って)気持ち悪いだろうから、
それも有って小休止を入れてるところもあります。
それに、自分が重荷になってると考えられても本意ではないし。
このさじ加減が難しいところですが。
妹に聞いたところ、とても元気だったと云うことで。
よし、明日もお弁当を作って行こう!
病院に行かなかったせいか、色々考えてました。
元気な母に逢えなかったから、余計なのかな??
ううん、本当はいつもいつも結論の出ないことをグルグル考えています。
弱いことを、情けなくいつまでも。
癌だけに限らない話かもしれないんですが、
調べ始めて……調べる以前から幾度か聞いていました。
『奇跡』的に癌が消えた、と云う話。
私は悲観的な人間なので、あまり『奇跡』と云うものを信じません。
ヒトとヒトとの出逢いは『奇跡』だと思うのですが、
それとは別の次元の話として、
天候を操ったり、病気を治したり、そんな『奇跡』は存在しないと思うんです。
そもそも『奇跡』とはそんなお手軽なものではなく、
そして『神サマ』とやらが起こしているものだとすれば、
この世に戦争も飢餓も、死と云う観念すら存在しません。
だからこそ『奇跡』を肯定しきれないんですが。
けれど一方で、末期癌が治ったという『奇跡』は存在するんです。
これは、患者さんにも、そして家族にとっても『希望』に見えます。
でも私にとっては、とても罪深い『事実』にも思えるんです。
そんな『奇跡』さえ存在しなければ、一縷の望みに縋ったりしない。
『希望』とやらに心を動かされない。もしかしたら、なんて想いに揺れたりしない。
たとえ数%だとしても、治療の成果が目に見えるように現れて、
母が長く生きてくれるかもしれない……
そんなことを甘く夢見ては、現実を見ろ、と自分を諭しています。
バカだと判っていても、同じことを何度も何度も繰り返して。
結局は溜め息だけを落とすんです。
せめて私がもっと子どもでもっとバカなら、夢だけでも見れたかもしれないなぁ……
『奇跡』は、甘過ぎる夢です。
昨日27日(土)と今日28日(日)は、私用で病院へ行けませんでした。
春から楽しみにしていた予定なので、こればかりは目を瞑ってもらった感じでしょうか。
そのぶん毎朝メールだけは欠かしませんでしたが。
午前中、妹は大阪の我孫子観音へ。
霊験あらたか、とまでは云わないまでも、良い評判を聞いたので。
ところが、こちらは本厄のみを祓うそうで、厄除けは来年とのこと。
よし、では年明けたら行こう!
何はともあれ、行動する妹に感謝v
春から楽しみにしていた予定なので、こればかりは目を瞑ってもらった感じでしょうか。
そのぶん毎朝メールだけは欠かしませんでしたが。
午前中、妹は大阪の我孫子観音へ。
霊験あらたか、とまでは云わないまでも、良い評判を聞いたので。
ところが、こちらは本厄のみを祓うそうで、厄除けは来年とのこと。
よし、では年明けたら行こう!
何はともあれ、行動する妹に感謝v
バタバタと忙しい毎日を送っておりました。
日記を書きたい気持ちはずっとあったんですが、気力がもたずに今日まで放置。
しかも、これから母の田舎に帰省してくることになったので、またも放置です。
帰ってくるのは月曜の夜、それから後になりますが、
日をさかのぼってゆっくりと更新しようと思っています。
ともかく、頑張ってたくさん笑ってこよう!
日記を書きたい気持ちはずっとあったんですが、気力がもたずに今日まで放置。
しかも、これから母の田舎に帰省してくることになったので、またも放置です。
帰ってくるのは月曜の夜、それから後になりますが、
日をさかのぼってゆっくりと更新しようと思っています。
ともかく、頑張ってたくさん笑ってこよう!
癌センターへ行った同日、一番の親友Mに、
母が肺癌を患っていること、余命宣告を受ける状態であることを告げました。
夕方、夜に土産のブドウを届けるから、と電話しながら不覚にも泣きだしてしまい、
心配をかけて本当にごめんね。
彼女は子どもの頃からの友人で、私の家族とも深く交流を持っています。
一緒に海に行ったり、買い物に行ったり。
そんな彼女に云わないなんて、考えられませんでした。
こんな情報を共有しても、彼女もつらいだけだと判っています。
けれど、逆の立場なら、私は話して欲しいと思うのです。
ずっとずっと、緩和療法か治療かと悩んでいる私が
家族の「あきらめられない希望」を支持して一緒に頑張ると、
そう決めていても苦しい気持ちを、やっと外にこぼすことができました。
抗癌剤の治療はとてもつらいと、体験したことはなくても情報として知っています。
そんなしんどい思いをさせるくらいなら、いっそ緩和療法のみで
自由に好きなことをさせてあげた方が良いのではないか、そう思ってしまうんです。
自分ならそちらの道を選ぶだろうと思うから余計に。
けれど、母の年齢を考えれば、ここであきらめきれる家族はいないんです。
そんなことはよく判っています。
だけど、いやだからこそ、悩みも深く、迷い続けていると、
私が素直に話せるのは彼女だけなのでしょう。
きちんと自分で決めて、そして迷っちゃダメだとはっきり云ってくれました。
そして一緒に泣いてくれて、一緒に頑張ろうと云ってくれて、本当にありがとう。
支えてくれる人がいる私は、とてもラッキーで救われているのだと思います。
改めて、本当に本当にありがとう。
母が肺癌を患っていること、余命宣告を受ける状態であることを告げました。
夕方、夜に土産のブドウを届けるから、と電話しながら不覚にも泣きだしてしまい、
心配をかけて本当にごめんね。
彼女は子どもの頃からの友人で、私の家族とも深く交流を持っています。
一緒に海に行ったり、買い物に行ったり。
そんな彼女に云わないなんて、考えられませんでした。
こんな情報を共有しても、彼女もつらいだけだと判っています。
けれど、逆の立場なら、私は話して欲しいと思うのです。
ずっとずっと、緩和療法か治療かと悩んでいる私が
家族の「あきらめられない希望」を支持して一緒に頑張ると、
そう決めていても苦しい気持ちを、やっと外にこぼすことができました。
抗癌剤の治療はとてもつらいと、体験したことはなくても情報として知っています。
そんなしんどい思いをさせるくらいなら、いっそ緩和療法のみで
自由に好きなことをさせてあげた方が良いのではないか、そう思ってしまうんです。
自分ならそちらの道を選ぶだろうと思うから余計に。
けれど、母の年齢を考えれば、ここであきらめきれる家族はいないんです。
そんなことはよく判っています。
だけど、いやだからこそ、悩みも深く、迷い続けていると、
私が素直に話せるのは彼女だけなのでしょう。
きちんと自分で決めて、そして迷っちゃダメだとはっきり云ってくれました。
そして一緒に泣いてくれて、一緒に頑張ろうと云ってくれて、本当にありがとう。
支えてくれる人がいる私は、とてもラッキーで救われているのだと思います。
改めて、本当に本当にありがとう。
来週まで動けないので、とりあえずバイト行って、友達の家に行って、
休日には遊びの予定を入れて、と、普通に生活しています。
当たり前の毎日を送って、つまらないことで笑って、テレビにツッコミを入れて。
ふと。
笑ってる自分に凍りつく時があります。
こんな時にどうして自分は笑っているんだろう、なんて考えて、気分も、視線も沈んでしまう。
私が「そう」したからと云って、何かが変わるわけでも、事態が好転するわけでもないのに、
笑ってる自分を嫌悪してしまうんです。
これがどれだけバカなことかは、よく判っています。
本当に本当に、弱い考えです。
自己満足で自己憐憫で、現状から逃げようとしているだけです。
全部受け止めて背負って、それでも笑ってられる勁い人間に、今すぐなりたいです。
日記を書いて自分を見つめなくてもドンと構えていられる、そんな人間に。
でも、私は結局私で。
そうやって逃げるのは卑怯だけれど、
やっぱりそんな簡単に変わることはできないから、
きっとずっとジタバタして、こうやって暗い言葉をここに押し込むんだろうと、
そう思います。
やっぱり情けないな。
休日には遊びの予定を入れて、と、普通に生活しています。
当たり前の毎日を送って、つまらないことで笑って、テレビにツッコミを入れて。
ふと。
笑ってる自分に凍りつく時があります。
こんな時にどうして自分は笑っているんだろう、なんて考えて、気分も、視線も沈んでしまう。
私が「そう」したからと云って、何かが変わるわけでも、事態が好転するわけでもないのに、
笑ってる自分を嫌悪してしまうんです。
これがどれだけバカなことかは、よく判っています。
本当に本当に、弱い考えです。
自己満足で自己憐憫で、現状から逃げようとしているだけです。
全部受け止めて背負って、それでも笑ってられる勁い人間に、今すぐなりたいです。
日記を書いて自分を見つめなくてもドンと構えていられる、そんな人間に。
でも、私は結局私で。
そうやって逃げるのは卑怯だけれど、
やっぱりそんな簡単に変わることはできないから、
きっとずっとジタバタして、こうやって暗い言葉をここに押し込むんだろうと、
そう思います。
やっぱり情けないな。