金属中毒

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28 父の遺産

2007-01-03 01:45:54 | 鋼の錬金術師
28 父の遺産

「気分は治ったか?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
実際はまだめまいがするし、吐き気もあったがそれでも昨夜の激しい疼痛と高熱に比べればはるかに楽である。
あれから、アームストロングは痛みに耐えかねて気を失ったラッセルを部屋まで抱いてきて、服を着せたのだ。そのとき彼は荷物の中に見覚えのあるビンを見つけた。R-18であった。それが効くのか疑問はあったが、泣き叫ぶばかりのラッセルに訊くこともできず飲ませてみたのだ。小さな基地ゆえに軍医がいない。医学に一番詳しいラッセルが倒れている以上自分で判断するしかなかった。結果、効果があったらしくその後はときおりうわごとを言うだけになった。そしてラッセルが落ち着くのと並行するように背中の練成陣は消えてしまった。
「子供が気を使ってばかりいては大きくなれんぞ」
アームストロングは彼の金の髪を軽くなぜた。
当番兵がドアまで運んできた朝食を中に入れる。
「食べられるか?」
「いえ、まだ気分が悪いので」
「そうか、まぁ無理をしないほうがいいが」
どうやら雨はやんだようだ。予定では大密林の調査ということになる。
「調査は明日にしたらどうだ」
「天気がどうなるかわからないので今日中に済ませます」
「大丈夫か」
「たぶん」
(ついていったほうが良さそうだな)
さっき水を飲もうとして立ち上がりかけそのまま倒れてしまった彼の姿を思い出してアームストロングは考えた。
何でも一人でやろうとして、無理と気づかないうちに無理を重ねている、同じ金の髪の子供と共通する部分である。
アームストロングの見ている前でラッセルは慣れきったしぐさで栄養剤らしきアンプルを注射している。その腕に見える数え切れないほどの針の跡がこんなことが初めてでないことを表している。そういえば昨日抱き上げたときもあまりに軽く感じたのに驚いたのだ。迷子を最初に見つけた日とは手ごたえがまるで違っている。
「だいぶやせたようだが、食べているのか」
「必要量は取っていますから、適当に補充していますし」
R-18の副作用に消化器系への抑制作用があった。服用の際は栄養注射がセットになっているのはそのためである。だがこの様子では服用以前から注射で補充しているようである。

大密林はその名が示すとおり熱帯性のジャングルである。色鮮やかな花が咲き、10センチもあるナメクジが這い回り、大きな棘のある蟻が群れを成す。
蔓系の植物が最外層を形作る。内部には真っ白い幽霊花が妖しく揺れ、20センチも口吻のある蝶が専用の花の蜜を吸い上げる。そんな中でラッセルは一人で立っていた。
アームストロングは一人では行かせられぬと言い斧を手に蔓を切り裂き道を作ろうとした。
しかし軽く触れるだけでたいていの植物を自在に操るラッセルのスピードには追いつけなかった。
「夕方には戻ります」
それだけ言うとラッセルは一人で奥に入ったのだ。
アームストロングを嫌うわけではないがこれは自分の仕事だと思うのだ。
「それに、昨日の今日だしな」
聞く人の無い気安さで独り言を言った。アームストロングは気づかないようだったが、いや気づいても気にしてないのか、シャワー室の姿を見られていたらしいのだ。兵士たちのひそやかな噂が聞こえた。この上に二人きりで密林の奥に入っていったりしたらどんな噂になるか分かったものではない。

歩き続けてようやく目的の物を見つけた。この密林の主とも言うべき巨木である。いったい何の目的があるのか、中心といえる植物の組織の採取が大総統じきじきの命令だった。確かに自分にしかできない命令だとは思うがこんな物をどうするのだろう。それさえ持って帰れば命令は履行できるので帰り道に興味のある植物の組織を採取していく。これはラッセルの個人的研究用である。
蔓を簡単に脇によけながら歩き続けて外に出るともう薄暗くなっていた。帰りに思ったより時間をとったのだ。
「こら!」
いきなり怒られた。
「帰るぞ」
(え、もしやずっと待っていてくれた?)
「あの」
こんなことは初めてなのでどう切り出していいかわからない。
結局何も言えないまま基地についてしまった。

自分はかわいげのない子供だったに違いないと部屋に入って鏡を見る。以前にジムの親爺に言われたことがあった。
『弟はかわいいのにどうしてお前はそんなにひねているんだ』
『兄弟とは思えないぐらい似ていないな』
裏で5人ほど殴り倒した後だったので苦笑するしかなかったが、そのとおりだと思う。さっきにしても、弟ならアームストロングに素直に礼が言えるはずだった。それに弟ならアームストロングを置いて一人で行ったりはしないだろう。弟は誰かを頼り、甘えることができる。
そうなった原因が自分だということにラッセルは気づかない。弟が最初から甘えていたのではなく、自分が甘えさせていたのだということを。
鏡に映る背中には何も見えない。
(中佐に訊いたらどんな陣か教えてくれるだろうけど)
それでも父が何を残したのか自分の目で見たかった。

しばらく鏡の前にいたがどうにもならなかった。やはり昨日のこともあり疲れていたらしい。ラッセルは鏡の前でうとついていた。ノックの音で驚いて目を覚ます。
「少佐、夕食です」
「…欲しくないから下げてください」
R-18の副作用だろう。何も欲しくなかった。そして40度を超すような密林の中にいたときは感じなかったのだが、暑さが肌にしみこんでくるようだ。歩きすぎたのかもしれないが全身がだるい。明日はまた丸一日以上かけて帰ることになる。セントラルははるかに遠い。
「エド、すぐ帰るから」
ゼノタイムで別れ際にたった一枚だけとった写真を見る。いかにも暴れん坊らしく顔に絆創膏の張られたエドの写真。すぐ後ろに兄を守るかのように大きな鎧がいる。
「アルはどうなっているんだろう」
セントラルでは口にできない疑問であった

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