改めて、北朝鮮人権法の成立を期す

たくさんのご批判を頂戴しました。
まだ、すべてに目を通しきれていません。(とくに、昨日20:00以降のコメントについては未読ですが、必ず読みますのでどうかご理解ください。)

いつものように、大変貴重なご意見もたくさんありましたが、法案の中身を誤解されている部分も多く散見されましたので、以下、可能な限り反論させていただきます。また、朝鮮半島および韓民族に対するわが国民が抱く複雑な感情の一端を強烈に反映した極論も多かったように感じます。そのことについて批判や反論を加えるつもりはありません。政治家として、現下の日本社会の現実を重く受け止めるものです。

ただし、私としては、「日本人以外は信じない、相手にしない」といった狭量な日本人にだけはなりたくない、と申し上げたいと思います。アジアの大国として国際的な責任を果たすことが、ただちに「国を売る」との謗りを受けるのは残念の極です。

まずは、冷静に与野党合意した法案をお読みいただきたいと思います。

(引用開始)
『拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律案』

 (目的)
第一条 この法律は、二千五年十二月十六日の国際連合総会において採択された
北朝鮮の人権状況に関する決議を踏まえ、我が国の喫緊の国民的な課題である拉
(ら)致問題の解決をはじめとする北朝鮮当局による人権侵害問題への対処が国際
社会を挙げて取り組むべき課題であることにかんがみ、北朝鮮当局による人権侵
害問題に関する国民の認識を深めるとともに、国際社会と連携しつつ北朝鮮当局
による人権侵害問題の実態を解明し、及びその抑止を図ることを目的とする。

 (国の責務)
第二条 国は、北朝鮮当局による国家的犯罪行為である日本国民の拉致の問題
(以下「拉致問題」という。)を解決するため、最大限の努力をするものとする。

2 政府は、北朝鮮当局によって拉致され、又は拉致されたことが疑われる日本
国民の安否等について国民に対し広く情報の提供を求めるとともに自ら徹底した
調査を行い、その帰国の実現に最大限の努力をするものとする。

3 政府は、拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題に関し、国民世論の
啓発を図るとともに、その実態の解明に努めるものとする。
 (地方公共団体の責務)

第三条 地方公共団体は、国と連携を図りつつ、拉致問題その他北朝鮮当局によ
る人権侵害問題に関する国民世論の啓発を図るよう努めるものとする。
 (北朝鮮人権侵害問題啓発週間)

第四条 国民の間に広く拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題について
の関心と認識を深めるため、北朝鮮人権侵害問題啓発週間を設ける。

2 北朝鮮人権侵害問題啓発週間は、十二月十日から同月十六日までとする。

3 国及び地方公共団体は、北朝鮮人権侵害問題啓発週間の趣旨にふさわしい事
業が実施されるよう努めるものとする。

 (年次報告)
第五条 政府は、毎年、国会に、拉致問題の解決その他北朝鮮当局による人権侵
害問題への対処に関する政府の取組についての報告を提出するとともに、これを
公表しなければならない。

 (国際的な連携の強化等)
第六条 政府は、北朝鮮当局によって拉致され、又は拉致されたことが疑われる
日本国民、脱北者(北朝鮮を脱出した者であって、人道的見地から保護及び支援
が必要であると認められるものをいう。次項において同じ。)その他北朝鮮当局
による人権侵害の被害者に対する適切な施策を講ずるため、外国政府又は国際機
関との情報の交換、国際捜査共助その他国際的な連携の強化に努めるとともに、
これらの者に対する支援等の活動を行う国内外の民間団体との密接な連携の確保
に努めるものとする。

2 政府は、脱北者の保護及び支援に関し、施策を講ずるよう努めるものとする。

3 政府は、第一項に定める民間団体に対し、必要に応じ、情報の提供、財政上
の配慮その他の支援を行うよう努めるものとする。

 (北朝鮮当局による人権侵害状況が改善されない場合の措置)
第七条 政府は、拉致問題その他北朝鮮当局による日本国民に対する重大な人権
侵害状況について改善が図られていないと認めるときは、北朝鮮当局による人権
侵害問題への対処に関する国際的動向等を総合的に勘案し、特定船舶の入港の禁
止に関する特別措置法(平成十六年法律第百二十五号)第三条第一項の規定によ
る措置、外国為替及び外国貿易法(昭和二十四年法律第二百二十八号)第十条第
一項の規定による措置その他の北朝鮮当局による日本国民に対する人権侵害の抑
止のため必要な措置を講ずるものとする。

附 則
 この法律は、公布の日から施行する。
(引用終わり)

一読して明らかなように、拉致問題を解決し、被害者全員の帰国に向け、国の責務として「最大限の努力」を傾け、それが改善されない場合には、先に成立させた経済制裁2法をはじめとするあらゆる既存の国内法を動員して、北朝鮮の暴政に対する圧力をかけていくことを宣明することが、本法案の最大の眼目です。

しかも、この法案で、ただちに我が国が「大量の脱北者」を受け入れることを想定しているわけではありません。法案の第6条をお読みいただければわかるように、我が国政府として、脱北者の受け入れに対しては、十分な裁量の幅を確保してあります。むしろ、主に、中朝国境に命懸けで逃げ出し、人権・人道上悲惨な生活を強いられている方々への支援を国際的な官民の連携・協力の下に行っていく、という趣旨です。

ただし、多くの方々が危惧されている国民の税金の使い方については、外務省や法務省を中心に、脱北者の保護・救済については、著しい「内外格差」が生じないよう特段の配慮が必要であると思います。また、「偽装難民」による我が国国内での撹乱活動を心配されるご意見も多数寄せられましたが、すでに社会問題化している不法滞在者による犯罪の取締りと合わせ、厳格な国内法令の適用に努めることは言うまでもありません。しかし、これらの懸念から、ただちに「脱北者救援の否定」を導くのはいささか乱暴ではないかと思うのです。この点は、国際的な文脈からも改めて考えてみる必要があると思いますので、以下、詳述します。

ところで、本法案成立を国会閉会間近の土壇場で加速させた「要望書」について、触れておかなければなりません。その要望書は、ブッシュ米大統領・横田早紀江さん会談、横田さんの米議会証言、日韓両国の拉致被害者家族の結束という歴史的な事態進展を受けて、去る5月12日に、横田滋さんをはじめとする6団体によって、政府、および自民、民主両党の拉致問題対策本部、超党派の拉致議連に共同提出されたものです。6団体は、以下の通りです。(要望書の署名順)
(要望書全文は、http://www.chosa-kai.jp/cyosakainews/kongetunews/news060512.TXTをご参照ください。2006-06-11 09:35追記・・・コメントで紹介してくださった方に感謝します。)

特定失踪者問題調査会(代表:荒木和博)
北朝鮮難民救援基金(事務局長:加藤博)
北朝鮮による拉致と人権問題に取り組む法律家の会(代表:木村晋介・藤野義昭)
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会(代表:山田文明)
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(会長:佐藤勝巳)
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(横田滋)

したがって、本法案が「拉致問題で頑張っている横田さんたちの気持ちを踏みにじるもの」との批判は的外れなものです。まさに、国際社会がようやく注目し始めた拉致問題を、人権、人道という普遍的な価値に対する「重大な挑戦」という文脈で国際社会に広くアピールするために、拉致問題に取り組んできた皆さんと、脱北者の救済に取り組んできた方々が、大同団結して新たな運動を展開されるに至ったのです。それが、今回の要望書につながり、政府、与野党の政治家を動かし、このたびの法案提出というかたちで実を結んだのです。

思えば、昨年8月1日、超党派の同僚議員と共に開催した「北朝鮮難民と人権に関する国際議連総会」に、これら6団体の皆さんが一堂に会してくださったことが、この流れを作る一つのきっかけとなりました。この総会へは、米下院議長のハスタード議長も米国議員団を率いて参加してくれましたし、当時の逢沢副大臣以下、外務省もこの頃から私たちの運動への積極的な支援をしていただけるようになりました。(私のHPから2005年8月1日付け「活動履歴」をご参照ください。)

拉致問題の解決と脱北者支援がなかなか頭の中で結びつかない方も多いと思いますが、たとえば、北朝鮮の工作員だった安明進氏があの衝撃的な証言をしなければ、横田めぐみさんの存在を特定することは難しかったでしょうし、今なお生存されていることを示す証言も得られなかったでしょう。明らかに、脱北者である安氏の存在が、我が国の中で四半世紀も無視されてきた「拉致問題」を解決に向け大きく進展させたのです。他にも、韓国や米国にいる脱北「高官」らによる証言が、日韓における拉致問題の実態解明に大きく貢献している事例には枚挙に暇がありません。

最後に、本法案の「国際的文脈」について述べておきたいと思います。今回の流れをつくったのは、2004年に制定された米国の『北朝鮮人権法』です。この法案で、(国連分担金の支出にも反対する渋ちんで有名な)米国議会が初めて、脱北難民の保護・救済にあたるNGOに対する財政支援を決めました。その後、昨年には、ブッシュ大統領が脱北者で韓国の『朝鮮日報』記者と面会し、北朝鮮の収容所の実態と脱北者救出の要請を受け、12月には、国連総会の本会議で北朝鮮の人権侵害に対する非難決議が採択されました。そして、今年4月のブッシュ大統領・横田早紀江さん会談(瀋陽の日本総領事館へ駆け込んだ脱北者ハンミちゃんも同席)が実現し、脱北者問題とともに拉致問題へも大統領が強い関心を表明したのです。

さらには、米国のレフコウィッツ北朝鮮人権担当特使が、中国が脱北者を「不法入国者」として強制送還していることに対し、これを「深刻な人権侵害」と批判し、脱北者を「難民」として実際に受け入れることを表明しました。対北「太陽政策」を続ける韓国でも、金英男さんのDNA鑑定を契機に拉致被害が再認識されるようになり、欧州における関心の高まりとも相俟って、金正日政権による人権侵害に対する国際的な批判が高まってきたのです。

そこで、我が国においても、すべての拉致事件の解決を目指すと同時に、帰還事業で北朝鮮に渡って行った在日朝鮮人とその日本人配偶者の迫害など、北朝鮮における深刻な人権侵害に思いを致し、これらの問題を包括的に解決するため、日本版『北朝鮮人権法』の制定を目指したというわけです。外交において最も大切なことは、道徳的な優位性(moral high ground)を確保することです。本法案の成立は、我が国の国際社会における地歩を固めていくことにつながるでしょう。それは、対中外交攻勢においても有効な武器になるはずです。

すなわち、このような国際的な連携と圧力が、北朝鮮はもとより中国の人権状況の改善を促すことも視野に入れていますし、ルーマニアのチャウシェスク大統領の末路に象徴される東欧の共産圏諸国が80年代末に次々と崩壊していった過程を重ね合わせていることも付言しておきたいと思います。カネやモノから始まって、情報や人の往来が、やがて強固と思われた独裁政権に風穴を開け、政権崩壊(延いては、抑圧国民や囚われていた人々の解放)へと導いて行ったのです。

いかがでしょうか。まだまだ十分な反論とはいえませんが、少なくとも、私たち法案提出者の真意は披瀝できたのではないかと考えます。あとは、皆さんのご批判に真摯に耳を傾けたいと思います。
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