眠たいときの日記

生徒さんに教えるためにブログの練習を始めたんですが
老年パソコン講師のドジ日記に変っちゃってます
言いたい放題日記

80才過ぎて一度に両足手術?ドジ講師ビビる_でも変形性膝関節症から復帰した母。パート1

2014-12-29 21:06:42 | 大好きなお母さん
ご無沙汰でございます。
なんで?ドジ講師は忙しいんだい。
何をして?

大掃除・・

12月になってから、パソコンスクールのお仕事兼お勉強(ちょいとだけしかやってないけど)を終えて、夜な夜な家の埃だらけのところを何とかしようとマスク着用で、ヒコヒコ。
チチダケも 家に帰ってきて くしゃみでもされたら、かなわんよ。
だって、鼻の手術をしたばっかりなのにね。クッシュンクッシュンやると、あんまり良くないですね。ということで・・・

ちょくちょくやってれば、いいんだろうけど、去年窓ふき以外 飛ばした 大掃除を2年ぶりにやるっていうんだから、さあ大変
大掃除って、毎年やるもんじゃない。

わかってるよ。

だけど、2年に一度の人がいたっていいじゃないよ。

ただ、夜やるのは寒いでございます。窓、ちょっとは開けてやらないとね。

今日は掃除の話題ではございません。

良くなったから、書こうと思ったんですけどね。
あまり、順調でなかったら 書きたくなかったかも・・・
これは、膝が悪くて、悩んでいる 高齢者の方や家族の方が知りたい情報なんじゃないかと思ったから。

ドジ講師の母の入院の話。

いつか、墓参りの時に ハチに刺されて大騒ぎした実家のお母さんのことなんですけど。
↓↓
さすがドジ講師の母親なり_スズメバチに刺されたと大騒ぎ!

2010-09-23 21:29:38 | 大好きなお母さん
をご覧になれば、いかに元気な高齢者かわかります。

元気は元気なんですが、歩きづらそうにしてたのは、事実。
昭和一桁生まれの 辛抱強さというか、へげない性格というか・・・どうやら、かなり我慢していたようです。

私は、そんなに悪くなってたとは、知らなかったです。

母は、50から60代の時から膝が悪かったそうです。
結構前から、膝が悪くて、正座ができなかったらしい。

昭和8年生まれですから、80歳を超えましたが、そのころから一気に 歩きづらくなってきたようです。
80歳を越えるということは、健康面にとって、大きな難関であるような気も致します。

病名は ご存知の方も多いでしょうけど、変形性膝関節症
http://medical.yahoo.co.jp/katei/091063000/

女性の高齢者で、ふっくらした方で、ちょっと、歩きにくそうにしてて、杖持ってるひとなど この病気の方は、結構多いはずです。


で、今年にはいって、

ドジの母「4月に入るまでに手術するわ。」

と突然言い出した。

ドジ講師「え・・・すぐやん」絶句

「4月までに両足いっぺにせーへんと、身体障碍者手帳もらわれへん可能性あるねん。」

ドジ娘「両足なんかしたら、全然動かれへんやん・・・・ もしも、失敗したら、歩かれへんようになるやん。年いってるのに」

ドジ娘の頭の中「ちょっと、3月の末って、ピアノの発表会あるやん、今年キャンセルせなあかんかも・・・ぜいぜい言いながら、猛練習はじめてるのに(冷や汗)」

ドジ娘の頭の中「1か月も入院されたら、仕事休まなあかんかも」とか、自分の都合もよぎる

「もう、決めてるねん」

ドジ娘「もう、よー食べて、おデブになってるから、膝に負担かかるんや・・・。ちょっと痩せたら、手術せんでもなんとかならんかね?」



ドジの母「だって、やせたって、すり減ってしまったもの治らん」

ドジ娘「・・・

戦争中、一番食べたい盛りに、物が食べられなかった世代だから、食べるということに、人生すべてがかかってるわけで、私には、どうもよくわからない世界。

でも、こんだけ、おデブになっても、栄養不足は長生きできないとか、言ってたことあるし。ふつう、80代は、みんなだんだん痩せてくるけど。

体重の3倍から5倍膝に負担がかかるらしい。
たとえば、ドジ講師はヒョロヒョロ、私より身長の低い母は私より、12kgプラス状態ということは、ドジ講師と母を比較すると、12×5で、最大60キロも階段を上るとき 多く膝に負担がかかるってわけよ(ドジ講師はやせすぎですけどね)
http://www.bali-club.jp/himan.html


50代の時に、仕事場で、エレベーターがなく 3階の階段の上り下りをかなりやってたらしいが。それも、あるかも

(後日談ですが、入院後、いろいろあって、ずいぶん、細くなりました。娘としては、ホッ


その1.

えーもなんも 言ってるまもなく、入院の手続き。

レントゲンも一度、手術前、整形外科に付き添ってみたことがありますが、関節軟骨のすり減りが、ひどく、ドジ講師の素人目にも、間がなくなっていた。
これじゃあ痛いはず。
なにせ、決めるのの速いのは昔からの性格。

母の適当な説明ではわからないので、ちょっと調べてみたら、あった。
だけど、ドジ講師は、医者じゃないから、読んでもよくわからなかったけど。とりあえず、以下は改正内容です。

以下は身体障害者障害程度等級表の解説についての一部改正についてという、PDFファイルです。
ファイルを開くとか、名前を付けて保存してくださいましね。
見ることのできない方は、PDFファイルを開くソフト、例えば、AdobeReaderとか、インストールしてくださいませね。
ほってても、見れませんよ。(と、パソコン講師に戻る
↓↓
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/shougaishatechou/dl/01.pdf

確かに、今年の4月から、身体障害程度等級表の解説についての一部改正についてかなり、改正が加えられて、条件が厳しくなった模様。
3月中に 両足というのも、病院の先生の勧めですから、わかりますけどね。

ただし、地方自治体によって、違うようですが。


80を過ぎて、全身麻酔で、3週間は入院予定となると、ふつうの女性の高齢者は、躊躇するはず。

もし、麻酔で、目を覚まさなかったらどうしょうとか、生まれてから、一度も手術を受けたことのない母が、精神的に耐えられるか?とか、こっちのほうが、夜眠れない日が続きました。
こっちは、げっそりしてるのに、本人は、ちっとも痩せていなかった。

ということで、体力と、気力は大丈夫なような気もしましたが。

その2.

家族は何をすればよいかについて。

私が、かかわったのは麻酔の先生からの説明を入院する前に受けたことと、手術前の問診票を書くときに、横にいて、抜けてるところなどをチェックした程度。

もともと、内臓が悪いわけではないから、入院前の準備もちゃっちゃと、自分で、全部やってしまっていた。

母は、私の父が50才そこそこで、亡くなってから30年、一人で家のことも、経済的なことも なんでもやってきましたし、仕事も持ってたので、娘にも、頼るということをしなかった。

わからなきゃ、聞きまくる、調べまくるタイプ。
家族と一緒に住んで、娘やお嫁さんと同居していて、何かと世話をしてもらっている、高齢者と同じ条件とは言えませんよ。


結局娘の私は何をしたか?
入院の何日か前に、一度だけ手術する病院に付き添っていきました。来てくださいって言うから

病院ですか?神戸の神鋼病院の整形外科
人工関節の手術に関しては、神戸では評判が良いらしい。
手術担当の先生は若く見えたが、部長さんかあ。(ドジ講師は、手術当日に初めてお会いしたけど。)


その3、

麻酔について

手術前に、麻酔医の話を聞く前に、母と一緒にビデオを見せられて、麻酔のかけ方と状況を把握。

ドジ講師、そこで、すでに絶句してびびる。

母は、全身麻酔だったのですが、全身麻酔の場合、めったにはいないですが、遺伝などによって、麻酔がかかりにくい人、あるいは、麻酔から覚めない人がいるというような 説明がある。

そのリスクを知った上で、手術を受けてくださいって話よ。

100%完璧な麻酔じゃないわけですよ。


ドジ講師の母は、目をギョロリ

「そんなン言われても、手術受けるの決まってるのに・・・」
「そうそう、オバアチャン(ドジ講師の母の母)、手術 受けたとき麻酔大丈夫やったわ。だから、麻酔が具合悪いっていう遺伝はないと思う」

ドジ講師「こわないのん?あんなん見て!」

ドジ講師母「怖いけど、しゃあないやん。もう受けるねんから」今更じたばたしたって仕方がないって顔で、
私には、平然としているように見えた。



もう、9か月くらいまえのことなので、詳細は覚えておりませんが、


その4.手術当日の話。

手術当日、予定時間を大幅に遅れて手術開始。

それも、手術開始時間を、次々変更してくる。


2時間以上遅れて、結局お昼から。

なんだか、救急患者の緊急手術が入って、待って頂戴だって。

患者や、患者としては、ぶちって切れそうになりますけどね。
これは、わがまま。

お医者さんは、一人でも多くの人の命を助けたいわけですからね。

ドジ娘「なんやねん。こんなんあり?手術室が空いてないって?」と思ったけど、命にかかわる緊急手術の人は仕方ないわね。
母は、とりあえず、内臓は、元気なわけやから。

11時半から、入って、結局、4時半くらいまで、かかっていた模様。

この時間がはっきり覚えていない。
談話室みたいなところで、延々 待っていた。

のどが渇いて、水ばっかり飲んでた。

3月の終わり、夕焼けがきれいなくらいの時間だったと思うけど、(それが、はっきり覚えていないんですよ。)

手術医が、談話室に入って来られて、
「○○さんの、ご家族の方!」

終わった!

先生に、レントゲンとか見せてもらって、ちゃんと、接続できてるとのことと、出血もほとんどなくて・・・というような説明を聞いた。
先生が何を、おっしゃってたか、これくらいしか、記憶にない。

ドジ講師は、結構、細かく、聞くタイプなのに、その時は、やはり 頭は、パニクッていたのかもしれない。
ひどい、頭痛もしてて、顔もほてってた。


とにかく、身内の手術に直接付き合ったのは、情けない話ですが、この年になって、初めてなんで、オタオタするばかり


その5.
手術直後
5時過ぎに集中治療室に行ってみると、

マスクをつけて、いろいろ機器につながれていたようではあったが、

目をギョロリ、しゃべることも可能だった。そういう意味ではホッとはした・・・

ドジ講師の母「どこも、動かされへん。貴重品ボックスの鍵、手についてる?」

とか、その程度の話はできていた。

が、その様子を見て、80越した、おばあちゃんが両足に異物を入れる、大きな手術を受けてこれからちゃんと治るんやろかと、いっきょに、不安が押し寄せてまいりました。

見た目では80代には見えません。70代前半でも通りそうですが。中身はやっぱり80歳。

ドジ講師の母「別に何もないから、帰ってええよ」

とこんな調子。
青い顔して、立ってるドジ講師に、倒れられたら、困るとでも思ったんでしょう。

昔から、そう。
ヒョロヒョロの体の弱い私の心配ばかり、何十年もしてきて、自分が手術を受けて直後に なお娘のほうを心配する親なんで。
(口は悪いですけどね。)

ドジ「すごいね。しゃべれんねや。」

  「また、明日来るわ」

と、派手に笑顔を作って、帰宅。



とにかく、無事に手術は成功。


足の痛みもなくなって、ピンピンと、あちこち動けるようになって。

といいたいところですが、12月の今でも、完治ではないです。

もちろん、痛みがなくなったので、やってよかったのですが。

年が年だけに、回復が遅いですよ。やっぱり。

ほんとに、日にち薬です。

その6.からは、次回のブログに続きを書かせていただきたいと思います。

なんで、途中でやめちゃうのって?

ドジ講師だって、ドジなりにお鍋をこがしながら、お正月の料理やおそうじの続きをしなきゃあと思っておる次第。これでも、主婦・・・

良いお正月をお迎えくださいませ。


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http://www.kishima-sys.com/

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