もなぴの徒然メモ

本当のことは報道や教育の真逆なのかも…
と思ったら自分で考える縁(よすが)に

◆左翼思想という宗教の「縛り」からの目覚め

2018-01-17 17:07:56 | 歴史認識

このブログを始めてから1年半になりましたが、国際社会でも日本社会でも大きな動きがいくつもあって、自分なりに考えることを続けることができました。

今日、見ていたツイッターにあった猫組長さんのツイートを読んで、「そう言えば…」と自分のことを振り返ってみました。

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猫組長@nekokumicho
多くの大人が若い頃に反権力思考から左翼思想に被れて、現実社会で保守思想に落ち着くと思う。ところが、大人になってから左翼思想(反権力で思想というほどでもない)に取り憑かれた人は、もう日常生活は大丈夫なのかと心配になるほど拗れてしまう。
3:26 - 2018年1月16日 720件のリツイート 1,185件のいいね
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まず高校までの学校教育が、GHQが遺したWGIPベースの教科書と戦後教育を受けた教員によりおこなわれ、その先の「大学」というもの自体が思想的に「左」に傾いている人々が多くいる場所ですから、真面目にその環境で育った人間にとっては、「左翼的」な言説は「当たり前のもの」になってしまいます。

人によっては、家庭環境や友人関係、または良き先人や書物などとの出会いから、自分の受けている教育の欠落に気づく機会に恵まれることがあるのでしょうが、残念ながら私の場合は、そんなこともなく就職して社会に出て「フツーに」暮らしてきました。

昭和天皇の崩御で時代は平成に移り、平和な日本の都市生活の日常感覚では「政治は誰がやっても同じ」という錯覚が生まれ、バブル崩壊後の社会経済の閉塞感から民主党政権を誕生させてしまったことで、「いい加減に目を覚ませ!」と日本の国土から日本人が叱責されたのが、2011年3月11日だったと私は思います。

実際に私自身が、当時の民主党・菅直人政権政府の体たらくを見て、いざという時に役に立たないばかりか、国を存亡の危機に晒していることに慄然として、それまでのフラフラしたノンポリ左派的な発想や思考を改める契機となったからです。

▼日本人の生活に深く内在する真の宗教性

今年は明治150年です。「たった4隻の黒船」を見ただけで「維新」を実行しなければ国を守ることができないと直覚した先人の努力があったから、いまの私たちが存在します。

そして当時の困難な国際状況を生き抜いて維新からおよそ50年で、米・英・仏・伊と肩を並べる唯一の有色人種の国家として「五大国」となりました。日本は1919年のパリ講和会議において「人種差別撤廃提案」をしています。国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初です。

残念なことに、大国となった驕りとソ連やコミュニズムの謀略で国策を誤り、昭和天皇の大御心も空しく敗戦を迎えますが、青山さんをはじめ多くの心ある識者が指摘するとおり、「自分の愛する家族を守るために命を懸けた」日本人がいたからこそ、日米が同盟関係を今日まで継続して、いまの私たちの平和で豊かな暮らしがあります。

国家の70年周期説というものがありますが、敗戦の契機となった日米開戦の1941年から70年が2011年だったことは、日本人への示唆ではないでしょうか。頂点を極めたものの反転から、どん底に落ちたものの反転として。

かつて「パヨク的」だった頃の私は「戦争で戦って日本を守ってくれた人たちがいたから、いまの君たちがいるんだよ」という言葉を素直に理解することができませんでした。それは単に無知であっただけなのですが、311をきっかけに「本当のことを知りたい!」という気持ちが自分の中に起こることの不思議さです。

日本の歴史を深く知れば知るほど、素直に「いま自分たちが生きていること=生かされていること」に感謝することができます。なぜならそれは、国の危機にあたって命を懸けて生き抜いた先祖である人々への感謝に直結するからです。日本人にとって「先祖供養」が当たり前であることの深い意味にも気づくことができました。

人の自然な感情としての「供養=縁ある故人に感謝の気持ちを捧げること」なのだと。