晴れた日のオルガン

オルガニストの日記

オルガニストの、「きょうは晴れた日」。

2010年09月30日 | Weblog
やっと晴れました。

きのうも、くもりのち雨だったので…

いろいろなことのあったあと、新しい出発をする日には晴れていると嬉しい。

雨降って、土かたまる。

(そのためには、晴れなければならない。
ベルギーみたいにしとしとと降り続く国に住んでいると、「土はいつ固まるんだ!」と思ってしまいますが)



さて、そんなこんなで心機一転、10月からブログのお引っ越しをして



「おるがにすと・クロニクル」
http://momokokubu.exblog.jp/

を始めます。

きょう9月の最終日に、「晴れた日のオルガン」最後の頁を書きたいと思います。
テンプレートも第一回当時のものに復旧させて…(覚えているのはわたしだけか)

でも、これまでの頁は、当分は引き続き閲覧していただく事ができます。



いままで読んでいただいて本当に有り難うございました

これからは「おるがにすと・クロニクル」を読みに来て下さいね





きのうはラジオ録音の日でした。
月1回なのですが朝9時半からだったのでやっぱりあたふたしてしまいました。


話したのは「アントワープカテドラルのオルガンの話」。

1888年に「これで大オルガンを購入しましょう!」と、15万ベルギーフランを寄付した教会員の女性がいました。彼女はオルガンの制作についてうるさい趣味は持っていなかったようで、それには口は出さず、アントワープ大聖堂オルガニスト、カラールトなど関係者がビルダー選定の投票をすることに。

フランスの、(無く子も黙る)カヴァイエ・コルは「その予算なら、4段鍵盤76ストップのオルガンが作れます。」
ベルギーの、(イクセル生まれ、生粋のブリュッセル人)シェイヴェンは「俺なら4鍵盤87ストップ。」
110ストップの案を出したドイツのヴァルカーは何故か最終選考に残らなかった。

カヴァイエ・コルの方がストップ11本分少ないけれど、当時最高のビルダー。カヴァイエ・コルの大オルガンを夢見るカラールトが「11本のストップを無料で付けてくれたら…」とかけあった話は有名らしいけれど、これはつまり少なく見ても「605本のパイプをおまけしてくれ」と言っているようなもの…

カヴァイエ・コルは「それは無理じゃ。」ということで

5人の審査員の投票の結果、3対2でシェイヴェンの勝ち。

と、いうわけで現在

「アントワープ大聖堂のおばあさん」

と親しみを込めて呼ばれている大オルガンが、1657年製のバロックオルガンのケースの中におさまったのでした。

やさしい、いぶし銀のような音色の楽器です。
費用を献金したのが女性というのも珍しいけれど、一応フラマン語では中性名詞であるオルガンが「おばあさん」と呼ばれているのも、その縁なのでしょうか?

もし、これがカヴァイエ・コルだったら今(アントワープのオルガン界は)どうなっていたかな?たられば、を言ってもしょうがない事だけれど。





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新しい季節と「オルガンの小さな学校」

2010年09月12日 | Weblog
少しご無沙汰してしまいました。

夏はオルガンコンサートの季節でした。ことしもいろいろなところに弾きに行ったり…

中でも、旅行中の方々も大勢聴きに来て下さった、自分の教会での月曜日コンサート、Lundi d'Orgueは、ぶじに500回目のコンサートを終えることができて、11年目に突入しました。

毎週毎週月曜日の12時45分から午後1時半まで、ブリュッセルの中心地にいらっしゃる機会がある方は、Neuve通りのフィニステール聖母教会へ、昼の無料オルガンコンサートをどうぞ気軽に聴きに来て下さいね!

このようにしてコンサートの回数をプログラムに書き続けて来たのは、ほかでもない、「続くのかな?」という恐る恐るの気持ちがどこかにあったからかもしれないと思います。数える事で、勇気をもらうというか。しかし439回目とか、492回目とか書いてあっても、「きょう何回目だったかな?」と思い出せる人は既にいないように感じるので、きっちり500回目を終えた後、来週からはカウントするのはやめます、と宣言。

したはずなのに、501回目担当だった、2000年のオルガン修復を指揮したジャン・フェラール先生は、
「楽しみにしてたんだから、501回目弾くの。ちゃんとカウントしてよね!」
と言うので、プログラムには501回目、の文字が。

次の月曜日に弾いた夫も
「ま、いいか。」
とそのまま502回目、と表記。

そのつぎの月曜日に弾いた私は、言い出しっぺは自分だし…と思い、思い切って
「11年目」
の文字に変更。ちょっとプログラムの表紙がすっきりしました。
(上は500回記念パーティーの写真です)

♪♪♪

さてそんな8月も終わり、9月に始まるいろいろな活動に、秋の新学年はいつでも忙しくも楽しい日々。
ところがわたしが引き受けていた今までのアカデミーでの仕事がいろいろあって終わってしまったので、急に新しい人生設計を構想する事を余儀なくされました。

オルガニストが教える学校がなくなるということは、教えるオルガンがない、ということになります。
自分の教会では「教えも練習もしてはいけない」令が出ているため、まずは

「移動オルガン教室」
(つまりいろいろなところにオルガンをお借りしつつレッスンをする)

を開催しつつ、貯金して家にオルガンを入れる以外ない、ということになりました。一家で話し合い、計算して、数年計画でのオルガン購入を目標にすることになりました。

「靴屋さんは一番ぼろぼろの靴をはいている」

という仏語の喩えがあるように、オルガニストで自分のオルガンを持っている人はほとんどいない。他の楽器奏者で自分の楽器を持っていない人というのはあり得ないので、オルガニストは普通じゃないのですが、自分のオルガンぐらいいつかは持ちたい。と常に思いこそすれ、その楽器を使ってコンサートをするということはできない(家にホールのような大きさ・音響の部屋がない限り)。そこで、練習とレッスンが主な使い道になります。

差し迫った理由がないことも手伝って、なかなかその費用を貯められないままに、しかし夢見る事は無料なのでこれまで何度「うちにオルガンを入れるとしたら。」という話を夫婦でしてきたことでしょうか。そのたびに、「第1鍵盤の8フィートはプリンシパル。」と片方が言えば「いやいやモントル。」「第3鍵盤はガンバ?」「サリショナルのほうがいいよ。」

一つの鍵盤にひとつのストップ以上あるオルガンを作ろうとしても、こんな町中では騒音公害で近所迷惑になって結局使い切れないだろうし(自宅の壁は厚いけれど、オルガンはとても音が通る。)、パイプが増えすぎたら部屋が全部オルガンになってしまう。ということで一つの鍵盤につき「たった一つの音色」を選ぶというのが、楽しいというか難題というか…

そういう話を15年してきて、この秋、オルガンを購入する必然が本当に浮上してきた。
オルガンの小さな学校、という体裁を取る事でレッスン料は特定の口座に貯める。半額はローン。そしてそれでオルガンの設計を依頼する。出来上がって来るのは2−3年後。

どうしよう。

うまくいくのでしょうか?

最終的にローンも返済するまで6年間の節約生活。

人生って極端…でも遠回りして来た人生がだんだん中心に向かっているんだと信じて、夢に飛び込んでみたいと思うこのごろです。6年間…あっという間にすぎるのでしょうか?500回の昼コンサートがいつの間にか続けられたように。

と、いうことで、「オルガンの小さな学校」、

La petite école d'orgue de Bruxelles(仮名)

は随時入学可の、「フィットネスクラブ」の10時間チケット制のような体裁で来週から始めます。ダンスを習う様な気持ちでオルガンを習える教室にできるといいなと考えています。





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忘れっぽいオルガニスト

2010年05月08日 | Weblog
オルガニストの人々は一見まじめそうに見えます。
眼鏡をかけている人がほとんどといっていいし、
たいていやせ細っています。


しかし、そのまじめそうな反面。

マフラーや、手袋や、帽子、水のボトル、ハンカチ、…
どの人もみんなよく忘れるようなのです!
教会に忘れたり、道で落としたり。

わたしはコンサートのあと、駅に楽譜を置き忘れて長距離列車に乗ってしまいました。
電話したら見つかりましたが。

知り合いの、若いJ-P君は、練習のあと道で知り合いに会ったので鞄をそこにおろして話していたら、気がついたら鞄が消えていました(これは盗難)。そのあとでこんどは楽譜を電車においたまま降りてしまったそうです。

ものすごく几帳面な人なので本当に意外です。

自分の周りに親しく居るオルガニストの人たちは、身近なためそういうところが見えすぎるのかなあとは思いますが、なぜ、そうしょっちゅう忘れ物をするのでしょうか。

考えてみたのですが、オルガニストは週の間は教えの仕事、週末は教会の仕事、練習は教会が閉まってから、など、生活が規則的に不規則です。

今日はなんだっけ!と、あせって、朝早く目覚めてしまうことがよくあります。

そう簡単には覚えていられないようなリズムの中で「楽譜全部あるかな?靴も持った?食べるヒマなさそうだからお弁当とお水も持って。そんでもって何時きっかりにあそこに到着しないといけないし…」と朝から考えている訳です。

そして、それぞれの用事が終わってほっとするたびに、なにかひとつぐらい忘れてしまうのではないか…

そんなの言い訳にすぎないのですが、わたしが携帯をなくしたのは、2回とも、レッスンの帰りでした。
もう閉まっている教会に次の生徒が着いたら、オルガンを弾いていると呼び鈴が聞こえないので、ポケットでバイブレーションを感じたらドアを開けに行くシステムなのですが、その回数が多いので、最後に終わって帰るとき、ほっとして落としてしまったのか?


月曜日コンサートを弾きに来てくれた人が、

楽譜のポストイット表示もばっちり。
弾く時は鍵盤変更ひとつ忘れない。
ストップの出し入れも完璧。
演奏も最高。



でも、コンサートのあと、オルガン台に手袋ひとつぽつんと忘れておいてあったりすると、

「うん、そうなんだよね,何故か…。」

とつぶやいてしまいます。



オルガニストのことを周りの人は「偉いんだかダメなんだか、わけわからん人種」だと、きっと思っているのではないか。
と最近の事件を通して、思いました。そして、オルガニストも、自分のことに必死すぎて、まわりの人にコミュニケートするつもりもなかったりします。結局お互いにわからない。

自分のしている事にあまりにも必死すぎる人たちが集まると、いろいろ大変ですよね。
だれが面倒を見るのじゃ!
という状態に。

おとといのブログにメッセージを下さった方々、本当にありがとうございました。
ここにはコメントとしてあげませんが、「仲間」がいるんだと思える事は幸せです。

Chrétien は仏語でキリスト教徒のことで、Crétinは馬鹿者ということばなのですが、日本人の耳にはとても似ているように聞こえます。夫にそう言ったら、「考えた事なかったけど、本当に似ている。やばいね。」と言っていました。

い)良い人、人のために動ける人、明るい人、意見をはきはき言える人、そんな風になりたいな、と思うのだけれど、

ろ)素敵なオルガンリサイタルが弾ける人、ミサでばっちり徹頭徹尾完璧に奏楽出来る人、オルガンのレッスンに於いても良い先生である人でもあろうとすると、

は)自分なりにキリスト者的でありたいという理想の前に破綻が。

ということがあります。素敵な演奏をするという事は愛情のこもった行為なのでキリスト者らしい。とも思うのですが、良い人になろうとすると、素敵な演奏はできません。不思議なのですが出来ないのです。



そこんとこもっとわかってもらいたい、でも自分にもよくわかりません。
クレティエンでいたいのだけれど、きづいたらクレタンになっている日も多い、オルガニストです。






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オルガニストの立場

2010年05月05日 | Weblog
本日のブログは少しシリアスです。

でも、大事な話だと思うので、心当たりのある方は是非お読みください。
楽しい話題が良いなあ〜という方は次の話題をお待ちいただくとして…。

オルガニストの仕事をされている方、教会に連なっている方は、教会で「オルガニスト」の役割をしている人たちの位置づけは案外難しい。ということをご存知だと思います。

まず牧師、又は神父が一番上、その「下に」事務的な仕事をする人たち、そして教会学校など教育的に責任のある人たち、そして信徒たちのグループとが存在する、という風に一般的に受け止められて、そのように機能していると考えられます。

なぜ牧師、神父が一番上か?ということは質問するまでもないのですが、それはさらに「その上」にあたるところから任命されて来ているからです。そのための教育を受けて、その資格を持っているという前提があります。

オルガニストは、そのための教育を受けて、その資格を持ち、教会の責任者である神父ないしは牧師が「うちのオルガニスト」として認めた場合、その教会専属になります。

しかし教会のしごとに携わる、ほかの人々との関係において、オルガニストは一体どこに位置するのでしょう?

この質問は、自分の場合、答えがすぐには出てきません。

わたし個人にとって、教会で奏楽するという事はまず「奉仕」です。お給料をもらっていたとしても、そういう気持ちで弾いています。お給料も、「とても少ない」ということもあり、時間以上の仕事をするということがごく普通に感じられます。それに、練習とか準備のことを考えると、きっちり何時間労働するという風に計算するのは無理でもあります。

だから、給料とか権利という意味でオルガニストの「偉さ」は量れません。
ということは、位置がどこになるのかも決めにくくなります。

教会学校の先生も、教会のお掃除係の人も、「同等」であると「感じながら」仕事をするということが最もキリスト者らしいのではないかという気がします。

これまで何も問題も起きずに、今の教会で10年以上働いて来た私には、音楽家として&クリスチャンとして、うまく折り合いのつく教会生活を送っていました。

ところが。

今勤めているカトリック教会の中で、今年2月以来、いろいろな不協和音が鳴っています。

自分の教会の内部の問題では、大きな、古い、裏の出入り口のたてつけが悪く、きちんと閉まっていなかったことが問題になりました。そして、オルガニスト本人「以外の人たち」が練習しにきたときに限って、戸締まりが悪い。という評判が立ちました。
つまりわたしと夫のふたり以外のオルガニストが来て練習するからいけないのだ。ということになったのです。

その結果、オルガンの月曜日コンサートは練習なしで弾くように。と、いうことになり、
週1回のアカデミーのオルガンレッスンもたくさんの生徒が来るから禁止。ということになり、
オルガニストも月1回しか練習しないように。ということになり、
それなら必要ないから教会の鍵は取り上げ。

ということになりました。

ドアが古いので直すという考えはないのか?とわたしたちには思えたのですが、この10年間これだけオルガン関係の活動があってもひとことも反対されなかったことを考えると、ドアのことは単なるきっかけではないのか、

「オルガンの活動は教会にとって何の役にも立ってないから節約のためにも活動停止。」

という時代になってきたのではないか?という裏の理由その1が浮かび上がってきます。



さて、教会の外の問題としては、ベルギーの大司教が2月に替わったことで、ブリュッセルの教会人事異動が始まりました。
更に世界的な聖職者の小児愛問題が浮き彫りになってきたことも、不安定な空気を作り出すのに一役買っていると思います。

わたしたちの教会では、責任者は聖職者ではありません。一信者でありながら、権限を与えられて、任期決めで責任者として良い働きをしている人です。とても良い働きをしているので、これからの神父の少ない時代のカトリック教会のありかたの「希望の光」的ですらあり、一緒に働くのはとても楽しく、嬉しい事でした。

ところが、上記の様な短絡的な「決定」をいきなり宣告してきたので、わたしからすれば、
「(一応責任者なので)上から来た命令はきくもの。」
という感じで、すごくショックだったのですが直後には受け入れました。「わかりました」と言ったのです。その「宣告」のとき夫はいなかったのと、その直後に子供の合唱練習が控えていて、わたしとしては、どうするべきか考えるすきもなかったというのが本当のところです。

責任者と、夫と私と、3日後に更に話し合いがあって

練習しないでコンサートをするのは無理である。
前日3時間は最低必要。

アカデミーの授業については一度合意していたのに、このような年度の真ん中で教会から追い出されたら全員路頭に迷う。
アカデミーの建物のオルガンは私の教えている日はほかの授業で使っている。
だから試験のある5月迄待って欲しい。

の二点が、外部のオルガニストに「被害」が及ぶ最大の案件、ということで、

ほんとに死ぬ様な思いで談判をして、もうぎりぎりで成就酌量されたのです。

しかししかし、いつの間に、オルガニストが犯罪者の立場におかれているのだろう?
「罰」というかたちで鍵を取り上げられるという、このあたりのやり方は、おどろくほどヒステリックに行われました。
オルガニストは、悪い。ということに、いつの間にか決まっていた訳です。
とにかく責任者は、頭がかーっ!!!となっていました。

ところで2月の初めというのは40日の四旬節に入る時期で、様々な行事に加え、聖週間と復活祭の準備をじょじょにして行くので、仕事は普段の倍になります。そういうときに、裏のドアの鍵を使えなくなったのはとても不便だったし、自転車置き場も外の物を使わなければいけなくなるため、帰る時にはタイヤをパンクさせられていたり、ライトを盗まれたりして、なんだかとても憂鬱でした。

オルガンの月曜日のコンサートに出てくれる人たちにも,日曜日3時間だけの練習で弾いて下さい。と頼まなければならないので、今迄のようにフレキシブルに週の間夜練習したりできなくなり、お互いにとても気まずい雰囲気です。

結果的に、

「教会の将来のために、新しいやりかたで活動してもらいたいので、協力してください。」

というメッセージではなく、

「おまえたちが悪いんだから罰は当然だ。」

というかたちになってしまったまま2ヶ月働きました。

特に困ったのは、「でも、友情には変化ないよね。」と、責任者の人はごく普通に、何もなかったかのように接して来るのです。罪人扱いされたわりには、いつも通りに、心を込めて奉仕して欲しい、自分に対してもフレンドリーにお願いするよ。ということで。

まあ、混乱したわたしは、ミサを弾くたびに、オルガンに上るたびに涙が出ました。
体がヘンになったというか、教会のドアを見たらそれだけで倒れそうになったこともあります。
分裂症の人と会話している様なストレスを感じました。
そして、ひとが納得の行かないしうちをされたらこんな風になってしまうのね。ということがわかりました。
大勢の、リストラで仕事を剥奪された人たちは、どんな気持ちだろうと身に染みました。

そんなわたしに比べ、夫は典礼の勉強をした人なので、もともとあらゆる神父の方たちときちんと論争します。聖書の箇所と歌の関係、典礼の式と歌の関係…「長いからこの聖書の箇所も、歌も省略」してしまう神父さん、間違った内容の歌を「この歌好きだから(一種のノスタルジーか?)」という理由で歌おうとする人、みんなかならず説き伏せて行きます。

この教会には特定の神父がいないので、一年に8人ぐらいの神父さんが回り持ちでミサをしてくれますが、そのひとたち全員ときっちり話を付けます。

夫にとっては、この教会のオルガニストがしなければ他に誰がするんだ?という仕事です。
そのとなりで働くわたしは、その恩恵で「正しい典礼のあり方、さらに豊かな典礼のやり方」を常に体験できます。
しかし、典礼を勉強していない、どちらかというと実用的なことに長けたわたしたちの責任者は、このような視点は持ち合わせていません。
だから、月ごとのミサのための会議には、夫がわたしと「典礼的オルガニストの視点」で整えた歌のリストを準備して相談し、決定して、その日曜日当番の神父さんにはその流れを踏襲していただくというかたちを取っています。

教会の中にあって、必要欠くべからざる典礼の要点を、責任者が踏み外している場合、かならず夫が指摘する、という役割が、いつのまにか出来上がっています。

そのために、教会を出て教区として見たときに、うちの責任者のさらに上に位置する神父さんが、夫の意見を大事に聞いているという事実が、わたしの教会の責任者にはたまらなく悔しい。という感情のわだかまりはあります。

この事件の1週間前には、夫と責任者は日曜日のミサの直前にどなりあいのけんかをしました。

反対に、ミサのとき弾くのが夫ではなく、私が当番だということがわかると、話し合いでは決めていない、「典礼的にはよくないかもしれないけど、センチメンタルにやりたい歌」などをどんどん挿入してくることなどから、わたしはサンドイッチのまんなかだなあ。と思う事もたびたびありました。でもわたし本人は典礼を勉強していないオルガニストなので、ミサの中で責任者が即興的にいきなり歌い始めるのをどうする事もできず、それに合わせて来ました。

責任者は、夫に対する文句なども本人には言えないのか、私に言ってくることがあります。
それをかみくだいて、夫に説明して、わたしから、彼の不満がなくなるように夫に努力してもらうということになります。
どんなことでも、きちんと話し合えば、一応納得し合える、と信じているからです。
それに、どう考えても、夫婦であるということはオルガニストであるということより大事なことだと思うからです。
ただ、わたしが、内心そう思っているという事は普通だと思うのですが、驚くのは、どこでも、共通の考えとして、皆さんそう考えていらっしゃるという事です。
つまり、「わたしと夫は共同責任」なので、夫に対する不満や怒りは妻も受けるべき、ということです。

ところで、月曜日コンサートも、アカデミーのオルガンの授業も、
「やろうよ!」
と言い出したのは私です。

だから、今回のむちゃくちゃな「罰則」は、わたしが言い出した、教会にとっては付属的な活動が、責任者からの夫に対する葛藤の、ちょうどいい「餌食」になってしまったという構図が透けて見えます。
共同責任でふたりの鍵を取り上げる、という風に。
(それでいて昼コンサートは人気だからか、廃止にするとは言われない)

つまり、

オルガニストは、そんなに場所を取るな。
(それも、陽の当たる、明るい場所を。)

というメッセージも含まれているのだ、としたら。それが裏の理由その2なのだとしたら。
(「それは嫉妬以外のなんでもない。」とアドヴァイスしてくれる人たちの多いこと…。)
なぜ責任者は今、急にそんなに自信を無くしてしまったのか。そのヒステリーはどこから来たのか。

新しい大司教は、教区長だったときに、神父ではない人たちが聖書学を勉強するための「典礼の学校」を閉鎖したり(一般人は知識は無い方が良い?)、女の子が合唱で歌う事を禁止したりしたことがあります(聖なる仕事は男性のみ)。聖職者ではないわたしたちの教会の責任者が、「責任者であること」をおびやかされているのではなければ良いと思います。
(そこまではわからない。でも不安な空気が絶対的にただよっている)

わたしと夫がふたりで働いている教会という仕事場は、家庭のようになごやかで、だからこそ、家庭のように葛藤のある仕事場です。

そこで、家庭的であることを返上して、「オルガニストの位置」を固守し、その権利を持ち出して、たとえばもっとも象徴的な品物であるところの「鍵」を取り上げる事はできない。と反発することは、果たしてできたのでしょうか。責任者はオルガニストの雇い主ではないので(お互いに違う雇用主に雇われています)「上」もなにもない、と言ってこの罰を受けない、という選択肢が実はあるのです。夫は初め、そんな罰受けない、と言ったのです。それを聞く必要はない。と。でもさらに深く内部でけんかしつづけ、「オルガニストが悪い」という風にうしろゆびをさされながら(かなりいいがかりに近いものを感じるのですが)、同じ職場なのにオルガニストだけ別の世界を悠々と生きる事が可能でしょうか。

そう考えたら、クリスチャンだから、オルガニストをしているのだ、という自己の存在理由からは限りなくかけ離れて行きます。

わたしは、この話の続きをはやく知りたいです。
もっとひどいことになるのかどうか。
一体何の兆候なのか。
なぜ、わたしにとっても夫にとっても、また、教会にとっても、一番活動が実りつつある現在に、こうした事件が起きるのか。

結局、練習の件も、オルガニストは月1回の練習でミサを12回弾く、などというのはとても無理なので、鍵を返した後も、
「例外。」
の名で、鍵を借りて、練習をしています。
ミサも、コンサートも、大勢の人たちが集まり、良い交わりの時を持つ幸せな時間をたっぷり過ごしています。
ただ、わたしも夫も、おそろしく、充分、不幸な気持ちで奏楽しています。

一体この事件は何だったのか、まだまだわからないのです。

「続きの」話し合い、というかたちに何度か持って行ったのですが、表面的には
オルガニストも責任者もみんな同等、という「いつも通り」のスタンスです。
何故か、あの2月の日に私に対してだけ、
「上からの罰」
というものが通ってしまった、と思うと、
「わたしが上下関係を簡単に考えていたのが間違いだったのか」
と考えることもあるこのごろです。
責任者が罰したがっているのだから罰されるべきなのではないか、という風に、家庭的な職場において「責任者に従順であること」は正しかったのか、と。

このような「事件」は実は多いのではないでしょうか。
オルガニストはどちらかというと名誉職のような面もあり、だからこそ、人間としては同等と思っていたのに、いきなり「上からの決定」が下る。こちらとしては、なぜ事前に警告も相談もなしに?と思うわけです。

でもオルガニストや、オルガンの活動が、活発で「目障り」になると、「相談」なんて甘いことは言っていられなくなり、権利を少しずつ剥奪することは「音楽は教会活動の余興なんだから」問題ない、ということになるのでしょう。

つまりオルガンは無くてもいいのか。
オルガニストはいなくてもいいのか。

そこまで考えさせられます。

ついでに、わたしは、この仕事場において夫とは別人格なのか、同人格なのか。
さらには、オルガニストとして、夫がいなくても、ここでこうして生活することを選択しただろうか。

と。

考えても答えはすぐは出ません。
でも考えた事がないか?というとうそになります。

いちど、それをしっかり考えてみたい。と思っていたわたしにとって、そこのところが一番自分の身に残る体験になったと言う事は出来ます。
想像もつかないほどじいいいっと考え込む必要のある要件です(まだ終わってない)。





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オルガネット!!

2010年04月01日 | Weblog
オルガネットとは何か?
カスタネットの仲間みたいで可愛い名称です。
これはポルタティフのことで、仏語の呼び名です。

昨日3月31日、勤めている音楽アカデミーでこの楽器の講習会があり、クリストフ・デリンニュ氏(Christophe Deslignes*)が、

ー中世の音楽とその生活背景
ーいつオルガンがヨーロッパに来たか
ーどうやってこれで音楽するのか

という点などに触れながら朝10時から午後5時までお話、実技をしてくださいました。
*(ブログを書いた当初、先生の名字を、des lignes=線(複数形)という意味なのに、 de ligne(単数形)、と思い違いをして書いてしまいました。訂正します)

わたしが知らなかった事、びっくりしたことは、

1。オルガンは何故、発明されたか
2。オルガンは何故、教会に入ったのか
3。聖セシルが聖人になったわけ

の3点です。

よく考えれば、この第1、第2の疑問は、不思議に思う機会がなかったというか、何故だ?!と気にする必要は無いぐらい、オルガンにどっぷりつかってしまっていた、という気がします。オルガンがある日生み出され、それが教会に存在するのは既成事実であり当然、というような。



1。の答えは、「歴史的にどう発展したか」ということ以前に、「なぜふくらんだパンが発明されたか?」のノリで、その偶然の生誕秘話とでもいうようなものです(パンは、エジプトの料理人が、ある日焼くのを忘れたパンをそこにうっちゃっておいたところ、翌日ふくらんでたから焼いたらめっちゃおいしかったという)。

解答:水を用いて風圧を一定に保つしくみを考案したのは良いが、空気は目に見えないので、それを証明するために、パンフルートを風圧安定装置にくっつけて、その機械の優れていることを皆の前で証明した。機械にくっついたパンフルートが同じ音程で同じ音量の音を維持してみせたので、みなこの「ヒドロ−リック」は特許である!!と認めた。

厳密に言えば、この「ヒドローリック」、水オルガンの事は、「音楽の歴史」の試験にもちゃんと出て来るので、名前は知っている人も多いと思います。ところがこれは、演奏するために、楽器として発案されたわけではないということが、わかりました。

2。は結構びっくりします。(って私だけかしら)
ビザンチンから「オルガン」なるものを贈られたローマ時代の王様がいました。これがポルタティフ、オルガネットの初期のものなのですが、複雑でよく出来た芸術的な珍品、それも、ビザンチンの権力者から直々にいただいたということで、この王様の権力、知名度は一気にアップ。「すごいぞ」とうわさになり、なんと嫉妬に駆られた別の王様の手下により2、3日目には燃やされてしまった。あわれヨーロッパ第一号オルガンの運命。さて時はたち、第2号オルガンが、ビザンチンからまた別の王様のところに贈られる。そして、これもまたすぐに火をつけられてしまった。(木は燃えるし、金属は溶けるので、あとで修復もできない、コピーを作るヒマもなく消滅してしまった。)それで、第3号が贈られて来た時には「聖堂の中に入れて、燃やされたりしないように秘宝扱いにした」。そして、「そこにあるんだから、クリスマスとイースターには鳴らして、典礼を彩ろう」…と、少しずつ使われて行った、ということです。初めは、声だけで典礼の音楽をやっていたので、「オルガンの音はうるさくっていやだな。」という修道院もあったということです。

しかし、そんな「希少価値」の高いオルガンというものを持ってみたいという王様も多く、オルガンを作れる修道僧、ジョルジュさん(イタリア・ヴェニスの人で、中近東に修行に行った)は、ある権力者に「オルガネットを作れ。よいのが出来なかったら首はない。」と言われ、なんとかよいオルガンを作ったので、何をほうびにもらったでしょう。というクリストフ先生の質問に、夫(←オルガニストですが)が、

「消火器!」

と答えたので、先生に、「だからベルギー人は好きなんだよ!」と喜ばれました(先生はフランス人)。というような冗談は良いとして、ジョルジュ修道僧はなんと「修道院」を贈られ、そこの院長さんになったそうな。オルガンが作れるということはすごい特技だ、ということですね。しかしもしお気に召さなかった時のことを考えると…全ては命がけだった時代。という気もします…。

3。は中世的な話なのですが、この音楽の守護神の様な役割をのちに与えられた女性は、ライオンに食べられて殺されてしまったのだそうです。でもなぜそうなったのかは話してもらえませんでした。殉教したので、聖人になった、というところを、今まで聖セシルの場合突き詰めた事がなかったのでちょっとびっくりしてしまいました。ライオン…。



*****

すべて口頭で語られた話なので、実際には西暦何年頃、どこで、あったことなのか今度また詳しく調べてみたいと思います。
でも、それぞれに当時の文献を見つけ出した中からの話でした。

今日はほかに、「嫉妬」と「霜」を追放する祭り(アキテン語でほぼ同じ語幹なので語呂合わせのようにした。当時は言葉の第一義のほか、隠れた意味というのがとても大切だったという)で歌う歌をみんなで歌いながら輪になって踊ったり、グレゴリオ聖歌のように、即興的にメリスマをつけて歌うグループと、リゾンという1音の低音をずう〜っと続けて歌う(楽器だとブルドンと呼ばれる低音)グループに分かれて応唱したりして、「楽譜が無い時代の、すべて記憶、口承でやる音楽の世界」を垣間見ることが出来たのでした。

オルガネットの実技では、今回は触ってみて、慣れる機会でした。6月にある第2弾の実技とアンサンブルに向けて、期待は募ります!それに話ももっと聞いてみたい。こどもたちも参加し、何かと疑問も多かったらしく、質問もいろいろ出て、とても活発で良い講習会でした。





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パイプオルガンのように

2010年03月27日 | Weblog
「フルートの魅力、多彩に」という見出しで、朝日新聞のインターネット版に次の様な記事が出ていました。
すごく、行ってみたいような気持ちになるコンサート紹介記事ではないでしょうか?



工藤重典を中心に、国内外で活躍するフルート奏者7人が集う「フルート・ライヴ in Hakuju 2010」が4月1日、東京・代々木公園の白寿ホールで開かれる。室内楽などで柔軟なアレンジに対応することの多い楽器だが、今回は多くがオリジナル。「親密で人なつこいだけじゃない、フルートならではの味わいを知ってもらいたい」と工藤は言う。

 「フルート・ライヴ」は2008年にスタート。「他の楽器に比べ、愛好家の層が厚いわりにレパートリーが薄く、多彩な魅力を伝える機会が少ない」と感じる工藤のプロデュースで始まった。

 定番の曲は、バロックや古典派の作品に集中する。バッハにテレマン、モーツァルト。バッハと同時代を生きたヨハン・ヨアヒム・クバンツは300曲ものフルート曲をつくり、独奏楽器としての黄金期を築かせた。しかしロマン派に至り、オーケストラ文化の中にフルートものみこまれていく。

 ソロ楽器として復権したのは20世紀、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の冒頭だ。プーランク、ドップラーといった作曲家もフルートの表現領域をダイナミックに押し広げてゆく。

 それでもまだ、フルートだけのアンサンブルは珍しい。いわばパイプオルガンの1管1管をひとりずつが受けもつような格好になるので「ビブラートの調和が難しい。でもその分、フルートの奥深さを実感してもらえると思う」と工藤は話す。

 共演は秋山君彦、岩佐和弘、立花千春、藤田真頼(まより)、吉田杏奈、新村理々愛(りりあ)。ピアノは成田有花。聴衆と一緒に演奏するコーナーもある(楽器は各自持参)。電話03・5478・8700(ホール)。(吉田純子)
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201003260349.html





管仲間なのでオルガンのような、という表現が使われているのですが、そういう表現をして「なるほどね」とわかる、というのはすごいことだなと思いました。

わたしが高校生の頃、「パイプオルガンのような」と言った時に、クラシックが好きな人でも音を思い浮かべられる人はあまりいませんでした。現在では都市部ではかなりオルガンのランチタイムコンサートなども浸透してきているんだな、と思いました。

曲目を見た時に、「メタロフォン」と言うのでしょうか、鉄琴の共鳴用パイプのついたもののような音色をイメージしていたのですが、オルガンのように7本のフルートが演奏するというのは…!ぜひ聴いてみたい。行けなくて残念です。

どんな音だったか、聴きに行けた方はぜひ感想を聞かせてもらいたいです。





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冬から春へ

2010年03月23日 | Weblog
新年が開けてから、のんびりと、CDの録音の最終版の準備とCDケースのデザインをしていたのですが、のんびりしすぎました!気がついたら3月。

練習と仕事の空き時間を使って、準備は少しづつ前進しては後退し…どうしてこんなに大変だったのだろう?と振り返れば、これは今までに無く、自分一人の演奏のCDだったからです。

今までは、ヴァイオリンの人との演奏と合唱との演奏だったので、常にポジティブに考える事ができた。
励ましたいとか、楽しもうという気分が最初にあるというか…。
でも、自分だけだと、途中でどんどんネガティブになっていくんです。
「これで良いんじゃない?」という、普段は簡単に出て来る一言が、どうしても、いつになっても出て来ない。
どこが良いんだか自分ではよくわからない。良くないところばかりが目についてしまう。

そして写真も、文章も、全部自分で準備するということは…作っている間は楽しいけれど、「完成させる」という事が、のびのびになってしまうのです。ノルマがなく、期日、締め切りがないというプロジェクト。若い頃、つくりかけの刺繍とかいろいろあったなあ…どこいっちゃったんだろうなあ…などと、考えはノスタルジーの世界に羽ばたいて行ってしまうぐらい、「好きな事を好きなようにやる」のは結果にはつながらないのでしょうか…

しかし!

幸か不幸か、オルガン建造家のトマ氏が、会社として主催する45周年記念パーティの日に、CDの発売を合わせてくれました。

それからは、4月11日(日)にはCDが出来てないと困る。という状況が生まれ、周りの人たちも一緒に焦って急いでやってくださり、お陰さまでなんとか全ての細部が落ち着くべきところに落ち着き、先週印刷所に入りました。

録音したのは11月の初めなので、3月の現在に聴くと、「冬っぽい演奏だなあ。」と自然に思えるという不思議な経験にもなりました。とにかく寒いので(?)力一杯弾いているバッハ、とこれはあとづけの感想ですが。ごおおお!と炎の音がしそうな曲もあります。CDの装丁は前から希望していた通り、赤紫。ホ短調のイメージの色だったのですが、最後に符丁が会ったという感じです。

バッハのホ短調トリオを中心に、近親調のイ短調とロ短調も入れたプログラムになっています。とにかくホ短調というのはパワフルな調なのでとてもやりがいがありました。続きとして5月以降に録音する第2弾は、ハ短調トリオ中心なので、今年はどんな季節を選んで弾けばうまくはまるのかな。とも思いますが、今回はホ短調を寒い季節に弾けばこうなる、ということを予測して計画したわけではないので、すべてはReverationなのだ。と思わされます。

ホ短調のプログラムを組む時に、初めはト長調を合わせようと思っていました。同じ音を使っているのだから、流れとして聴きやすいはずだ、と思ったのです。ところが、別々に準備している時は気がつかなかったのですが、ホ短調の曲想とト長調の曲想はまったく合いませんでした。60分のCD一枚の中で、物語を構築して行くという方向に行かない。

「お口直し」的な効果こそあれ、「話が煮詰まっていかない」。

と、いうわけで録音の1週間前にプログラムを作り直し、気がついたら、きっかり14曲になっていました。

バッハ先生も「これでいいんじゃないの。」とおっしゃっているのか!…というのはこちらの勝手な思い込みですが(14はバッハの数字なので)。

そして昨日春分の日、激しい花粉症に襲われつつ、カレンダーを見たらバッハのお誕生日でした(3月21日)。やっと気温もあがり、晴れの日には木々のつぼみが日に日に顔を出す季節がやってきたのに、雪のテンプレートのまま、「晴れた日のオルガン」ブログを書いていない状態が3ヶ月以上も続いているではないか!とバッハ先生のおしかりを受けた感じがして、今日は文章を書く事にしました。

久しぶりなのに自分のCDの話になってしまいました。
しかし、結果的に、この冬の第一の懸案であったということは確かです。
一曲目だけですがこちらの頁で聴いていただけます。

http://www.myspace.com/momoyokokubu


以下がプログラムです。
日本でも発売できる日が来ると良いなと思っています。

Präludium und Fuge in a-Moll / BWV543 
Herr Gott, nun schleuß dem Himmel auf (in a-Moll) / BWV617
Jesu, meine Freude (in e-Moll) / BWV713
Triosonate IV (in e-Moll)  / BWV527
i ) Adagio-Vivac
ii) Andante
iii) Poco Allegro
Präludium  XXIV (Wohltemperierte Klavier Teil 1) in h-Moll / BWV869
Jesus Christus, unser Heiland (in e-Moll) / BWV665
Wer nur den lieben Gott lässt walten  (in a-Moll) / BWV642
Herzlich tut mich verlangen (in h-Moll) / BWV727
Erbarm dich mein, o Herre Gott (in h-Moll) / BWV721
Präludium  und Fuge in e-Moll / BWV548






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ことしがおわるということ

2009年12月29日 | Weblog
今生きている時間帯が「そういう社会の仕組み」によって終わりになり、間髪入れずに新しい時間帯につながって行くという状況を、個人的には41回目に体験しようとしている。クリスマスとおおみそかという「お祭り」にかまけていれば、自然に「みんなで」乗り越えられるようになっている、「今年が終わる」ということ。

一年が365日なので間髪入れずに次の365日が来てしまうけれど、お陽様の都合で言えばはみだしてしまっている6時間を、4年ごとにうるう年の一日として計上せずに、

一年終わりました〜。
6時間あまってます〜。
これはなんでもない時間です。
ただお陽様が追いつくのを待ちましょう〜。
使い道も使い方もない、消えちゃう時間です。
ここんとこは日常ですらないんです。

ということにしたら、

なんとなく自由な感じがしませんか?

似た様な考え方では、天地創造の時に、6日間いろいろ創造して、7日目はお休みしました。神様も、「よく働いた。これでよし。」と満足したから。だから、

7日目は「余った時間」

という風に、結構日曜日の「創造」って自由のためにすごいことだった。


でも、「きっちり24時間区切りで日曜日が巡ってくる」サイクルのせわしなさは、年取ってくると「観覧車は回り続ける」というような乗り物酔い感を伴います。

もし、ここで、観覧車が急に止まって、おおみそかに6時間すべてが「自由化」されたら。その6時間という短さ、あいまいさは、なかなか「ふわふわした」ものを心に与えてくれないかな。というヘンな思いつきが生まれてしまいました。

時計も止まる。
店も閉まる。
みんな解放される。

こういうことが、疑似体験されるのが、事故や、事件、災害の起こった時。台風で小学校が急にお休みになった時のように、次の予定が未定というか保留になり、「きまりきまった先の予定」がすべてキャンセルになる、

ような、でもしょせんは





はかない夢、




すべてがキャンセルになっちゃうような破壊的なものが…、戦争とか…、社会に入り込んで来る事だけは私たちは避けないといけないから。それに事件の後片付けというのは「一瞬の」自由に釣り合わないくらいダメージが大きい。

でも、非常時には心がシンプルになって、隣人と、敵とすら、心を寄り添わせたりできるという時間を、大きな事件、戦争に発展する前に、ちょこちょこ体験しないと社会が爆発してしまうような気がする。


自分たちが頑張って、良い社会にしようという意思のかたまりのようなものが、きっちり書き込まれた予定表が、自分たちはただの人間という地球の生き物なんだ、という原始的な喜びを押しつぶしてしまう気がする。


こんなことを思ってしまう私はヘンなのでしょうか…。


今日は、たしかに、ヘンな気分です。

ここに、クリスマスと新年のカードに代えて、ライブ録音なので甘いとこもあるけれど「原始的に喜びたい」とメシアンが思ったに違いないとわたしには思える曲を載せました。

http://www.myspace.com/momoyokokubu

こうして文字で書くのがもどかしい部分を音で聴いてみて下さい。
「言いたい事分かってもらえたら嬉しい」
そういう気分な年末です。

はかない、言葉にならないようなあいまいなもの、でも圧倒的に心に「来るもの」を糧にしか生きられないのだという現実を大事にしたいという様な。

ライブなので星のように消えてしまうものということで1月の末まで載せたらあとは消すつもりです。


今年もたくさんの友情をありがとうございました。

素晴らしいことがいろいろ待っている2010年になりますようにお祈りしています。






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雪の日のオルガニスト@Facebook

2009年12月21日 | Weblog
今週月曜日に初雪、この第4アドヴェントの日曜日はブリュッセル市のバスが全休になる大雪。

ヨーロッパの北の方だけかな、と思いきや、

「リヨンではオルガン演奏台でマイナス12度!」

という情報もとびかい、

「そうか、それに比べればこっちはマイナス7度だからちょっとだけ慰められるよありがとう」

などという大きな聖堂で弾くオルガニストたちのコメントをFacebookでたくさん読むことのできた日曜日でした。

という私は、自分は弾かなくて良い日曜日だったので、あったかい部屋でホットチョコレートを飲んでいました(さすがにFacebookでの書き込みは避けた)。

「晴れた日のオルガン」も3ヶ月近くお休みしてしまって、あと数日でクリスマスなんて、信じられない今日この頃。
自分はとても元気にしていました。週2回ピラティスのクラスに通い、近所での小さな演奏会がたくさんあって、プライベートでは新しい自宅の庭の構想を練り、11月には録音をしました。

そのCDはバッハのe-mollという題で、トリオソナタ4番を取り囲むようなプログラムになっています。
毎日そのモンタージュを少しずつ進めてきて、12月27日に音の部分が出来上がります。絵と文字の部分が1月にできたら、4月のイースターには発売する予定で、今それに関連したコンサートなどの周辺行事を少しづつ決めて行っているところです。

トリオソナタは全部で6番までありますが、それを録音するのがわたしの夢の一つでした。
20年ぐらいそれを弾きたいオルガンがあるかな?と探していて、今年の夏、全部で6台見つかったような気がする…そして一台で全部弾ける音がある楽器は見つけられなかった、ということは別々にプログラムを組めば良いのだ。と思い、しかし予算は6枚分ないので、

一枚作っちゃあ売り、

一枚作っちゃあ売り、

していけばいいじゃないの、

ということに家族会議で決定(というかローコストならできそうということになった)。

へそくりをつぎ込んで、農業のように一年一年積み重ねながら作って行きたいと思っています。

と、いうようなことをやっていたのでブログの更新ができなかったという言い訳にしたいと思いますが、それより、今年のように四季が強く感じられるブリュッセルは滅多に無かったように思います。毎日がもりだくさんで、四季を思い切り味わう気持ちで外に出て行く機会も多く、それはちょっとしたことで一喜一憂する機会でもあった。そういう開いている、心の状態。自分がいままでは四季を無視して突っ走っていただけではないと思うのです。たしかに、年齢を重ねると、秋などの美しさが強く感じられるのかもしれないけれど、ことしは暑い日も寒い日も、晴れた日も雨の日も、オルガンへ通いオルガンに温められオルガンに強くされた一年でした。

また、Facebookの友人が増えて行くと、実際には会った事の無い、友達の友達や、大学での同級生や下級生(だから知らないひとたち)の人生(?)もかいま見られるようになってきます。要するに、一行日記の世界なので、ミクシィのように、読んで楽しく味わいある交歓のときではありませんが、

「こんな曲をひいているんだな」
「子供たちも大きくなったんだワ」
「あ、きょう誕生日なのね!」

などの日常がまさしく「かいま」見られたり、「なんのこっちゃわかりゃしない!」一行を書き連ねているミステリアスな人々の生活を想像してみたりすることもあります。

わたしが一度「BWV」と書き込んだら、オルガニストの皆さんは「イェイ!」という感じで反応してくるのですが、(ほとんどこの単語はマリファナのようなもの)ぜんぜん音楽関係ない友達は「?」だったらしく、ついに、

「あのね、それなんなの!」

と問い正してくる画期的なコメントがあったのです。

それで、わたしも、「ああ、Facebookでも、なんなのよ、と思ってしまったら,訊けばいいんだ。」と気がつき、できるだけていねいにそれはなんなのか返事しました。

考えたら、自分の世界に浸るあまり、「みんな良いものは良いとわかってくれるもの」と勘違いしがちな自分がいるという気がしました。

寒い寒いマイナス12度のミサを弾くオルガニストの、普段は一切「泣き言」を言いそうにない彼の言葉で、

「寒さでチューニングはひどいし、オルガンが悲鳴を上げているのを聴きながら、自分は小さな暖房機で足下を温めるだけで、何よりも冷たい鍵盤に指が触るたびにやけどしたみたいに痛い…」

というのを読んだら、かなり「強い人」というイメージから親しく感じていなかったのが、「ひとのことは見かけだけでわかったようなつもりになっていた自分ってバカだな」と思いました。

昔から、ヨーロッパのおおざっぱに言って二季ぐらいしかない一年を生き抜いて来た歴史的なオルガンたちが、地球の温暖化で、これから変化のはげしい四季のある一年を無事に生き延びられるのか、みんなで話し合って行く必要もあるのかもしれません。

生き延びて行くために、わたしたちオルガニストの方も、「オルガン靴:ブーツ仕様、中毛皮付き」とか作るといいかもしれません。大事なのは頭を温める事だとも言われており、毛糸の帽子をかぶると長く練習できるようなので、スマートな感じの帽子も考案して、カテドラル冬用セット、なんて売り出すといいかもしれません。

とは言っても、太古の昔からカテドラル型の教会には暖房などというものは存在しなかったのだから、今さら変わったのは四季ではなく、「オルガニストが孤独に仕事しながら何を考えているか」その場でわかるような不思議なシステムができたというだけのことかもしれないけれど。

辛い時にコミュニケートできるということは、人を強くしてくれるインパクトになり得る。そんな希望的観測で心をあっためたい、「いつもより」寒いベルギーの年末です。

ひとりよがりなブログをまた書き連ねている小さい自分ですが、いつも読んで下さってありがとうございます!
いろいろな方がいろいろな場所で、いろいろな人生を過ごしていらっしゃるということは、想像を超えるようなことである反面、こうして文章で表現し伝える事ができる事は、ほんとうに大きなつながりであるとことさらに感じています。みんな違う人生だけれどクリスマス、年末はみな一緒。お日様の下でわたしたちは一緒に回る…

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大オルガン小オルガン

2009年09月28日 | Weblog
先週の土曜日にスパの「音楽の秋」シリーズのオープニングコンサートで夫と連弾をしました。

でも、いつものような一台のオルガンにおける連弾ではなく、大オルガンのある教会に、同じ建造家による数年前完成した小さいオルガンを運び込んで、2台で弾いたので、連弾というか合奏という感じでしょうか。

この、小さい方のオルガンがすごいのは、大オルガンに比べれば小さいけれど、ポジティフオルガンとしてはすごく大きいのです。写真ではポジティフに見えないのは、このオルガンは上半身と下半身に分かれて別々に弾く事も出来る、合体式オルガンだからです。下の鍵盤と土台の部分だけ見れば、普通のポジティフです。そして、上の鍵盤と、扉のついている、パイプが並んで見える部分だけを見れば、ごく小さなパイプオルガンなのです。

そして写真ではわからないことなのですが足下を見ると、独立パイプはなしの、ペダルカップラー(ティラスと呼ばれる)で作動できる、フルペダルボードがついているのです!

ストップの構成は

第一鍵盤:Montre8'(真ん中のド#から上の高音域のみ),Bourdon8',Flute4',Regale8'
第ニ鍵盤:Principal8',Octave4',Octave2'

どのストップもスペイン型のスプリット式になっていて、ひとつの鍵盤だけを用いたときでも高音部と低音部の音色を別にして弾けます。

そして今回のように合体した状態では、鍵盤カプラーをかけられるので、大きいオルガンと協奏するのにもってこいです。

このオルガンの持ち主は、オルガンの趣味が高じて夢のポジティフを注文した、J・Jさんというおじいさん。こうして自宅から持ち出して、コンサートに貸したりもしています。コンサート前日に運び込まれるという事だったので、朝一番の電車で練習に行ったのは良いけれど、ものすごい時間練習しなければ弾けませんでした。

ドミニック・トマという、以前ブログにも書いたスパの建造家の楽器なのですが、鍵盤も、ハーモナイゼーションもとても音楽的で、ヴァイオリンのように繊細。大オルガンと小オルガンでヘンデルのオルガン協奏曲をそれぞれオルガンを取り替えっこしながら弾いたのですが、双方の鍵盤のタイプが繊細で、しかも全く効果が違う。響きが普通のポジティフとも全然違うのです。

合わないところが全部「きちんと合わない」というか、どちらもきらきらしてクリアーな音で聴こえるので「ちょこっと合ってない」ところが、「わざとずらしてるのか」と思うほど、きっちりずれて聴こえる。弾いている場所は近いのですがオルガン協奏曲のオケパートを大オルガンで弾く場合、「音のタイプと発声が同じだから、オケと合わせるより難しい(ずれが目立つ)」ということで、ふたりでご飯を食べる時間も無く練習しなければなりませんでした。(食事する時間は予定していたのに、「だめだめそれどころじゃないでしょう」という緊迫したムードが張りつめて気がついたら11時になっており、迎えの車が来て、山の中のホテルに連れて行かれてしまい「おなかがすいた」と言うチャンスがなかった)

コンサートの時間まで外に出たのは「フリースのジップアップを急遽買いに行った」時のみ。

ブリュッセルはまだちょっと涼しい、という感じだったのが、このスパで練習していたら指がかじかんで大変だったからです。

なんとか本番は乗り切りましたが、「おもしろそう、楽しみだな」と思っていたわたしたちは何だったのでしょう。
ほかに、それぞれバッハのトリオソナタを弾いたり、2台のオルガンのタッチが全然違うのをぱっと頭を切り替えながら弾かなければいけなくて、夫と出会ったコンクールの日々を彷彿とする、まるでふたりでかわるがわる「キツい試験を公開でやらされているのか!?」と思う様な究極に技術が問われるシチュエーションになっていました。

お客さんたちはヘンデルや、バッハのトリオなど、普通のオルガンのレパートリーより「室内楽的」なプログラムに、オルガニストが代わる代わるベンチをとりかえっこして弾くところが見られるのが楽しかったのか、「やんや」という感じで、わたしたち当人にとっては中身と表面のギャップがすごかったです。

最後に、アンコールでバッハのニ短調2台バイオリンの編曲で終わりましたが、ふたりとも大オルガンに座って4手4足、

「あああああーっ、極楽極楽!!!!!!!」

おもいっきり弾きやすかったのでした。




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