晴れた日のオルガン

オルガニストの日記

オルガンと運動

2009年09月11日 | Weblog
娘は乗馬の講習会5日間のあと、体中の筋肉痛が去ると急に四肢がたくましくなったようだ。

ヴァイオリンの音が違う…左手もよく上がっている。

こどものばあい、練習だけでも上達しないのかもしれない、と思う。

もちろん練習しなければ上達しない、のだけれど。


わたしの場合、弾くための体作りではジョギングとかインターネットのエクササイズとたまーにやっていたのですが、左肩が依然としておかしい。はじめは「げっこれがかの有名な(!)四十肩!」とおもしろがっていろんな人にいいふらしていたのだけれど、いよいよなんとかしないと苦痛なので、

1。整骨のお医者さんに行った(まったく効果なし)
2。ピラティスのクラブに行ってみた
3。そこのインストラクターに、肩が痛いのならレントゲン撮ってもらってから来なさいと言われ、外科医に行った

という「遠回り」をしましたが、結局

「負荷のかけすぎによる、肩の腱鞘炎」

とわかり、「使ってないのにヘンだな?」と思っていたのが間違いということがわかりました。炎症をおさめる薬を飲んで3日目、すでにかなり腕があがるようになりました。

ピラティスは雰囲気も良かったし機材もそろっているクラブだったので、「新学期スペシャル」なお値段になっている24回券を購入して、週2回時間の合うときに通うようになった。

一回1時間なのですが、発見も多く、ただのジムナスティックとも違い、辛いけれどおもしろくて楽しいです。



たとえば腕をのばす、とか、腰を入れる時、自分では気がつかないうちに自然に肩がきゅっと上がったり首が微妙に右にかしげるということです。新しい動きを習うたびに、

「首かしげない!」

とか

「肩に力入れない!」

とか怒られてぎゅっと押されて体勢を直されます。

自分で鏡を見ていても本当に、たとえば足をあげようといているのになぜ首がひねっているのだ!などと自分でびっくりします。

その部位だけに集中して、腹筋とか背筋などの体の中心の筋肉を使い、鍛えようとする時に、首とか肩は「その運動の影響を受けないように普通に保つ」のが、案外難しい。

結局は肩の炎症もそんな理由で起こったのだろう、ということがなんとなくわかりました。

あとは呼吸が意識的。
運動に連鎖している呼吸。
陸上をやるときと似ている呼吸。


このあいだ、フィリップ・グラスの延々と続く「ダンス」をピアノで通し練習していたら、あまりの反復の多さに、両腕の筋肉がもげそうになった。すごく腕が辛いと同時に、息も苦しい、でも楽譜は終わっていないから止まれない…そこで思いついて、

ピラティスのように運動に連鎖して呼吸してみた。

筋肉が辛い事はかわりないけれど、一種「気がまぎれる」というか少なくとも息は苦しくない、というかたちで曲の終わりまでこぎつけることができた。

押さえる音がそれぞれの手にあって、手のポジションは同じのまま、他の指は動かすという動きなので、ピアノで練習しておくとオルガンに行った時に少し楽に弾けるだろうと思うのですが、

グラス「オルガンのためのダンス2番」

を結婚式で弾いて欲しい、という花嫁さんって、けっこう珍しい人です!

とてもクラシックな選曲だと、ご当人の性格まで見えて来ないのですが、選曲のリハーサルの時にフィリップ・グラスが好き!と言うので5曲中1曲は花嫁さんのリクエスト。ちなみに後奏は花婿さんのリクエストでヴィエルヌの第一シンフォニーの最終楽章。これも相応のテンポで、3段カップラーをかけて弾くと腕の筋肉がつりそうになるので、よくウォームアップしなければならない。この花婿さんはヴィエルヌのVの字も知らなかった人なのですが、試しに1頁聴かせたら「これ、いい〜!」とすぐ決定。そのあと12頁以上続くのを、彼が全部聴きとどけることは決して無いのですが(参加者の中では一番最初に退場だから)。

結婚式のご当人の趣味でプログラムを決めると、その人の顔が浮かんでインスピレーションはわきやすく、練習していても「もうすぐ結婚式だな〜、準備できたかな〜、どんなドレスかな〜」と想像して楽しくもあります。

そうでもなければ弾く機会のない作品も多いし、今回は運動と呼吸、という自分のからだのためのテーマとも関わっている事がわかったりして、なにごとも勉強、と思ったのでした。






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オルガンとインターネット配信

2009年08月26日 | Weblog
さて夏休みも残り少なくなり、新しいプロジェクトのことにいろいろ考えをめぐらす今日この頃です。

ベルギーの仏語圏に配信しているクリスチャン系ラジオ局で、RCF Radio Chretienne Francophoneという局があります。
ここの音楽の担当の人がオルガン好きで、オルガンのCDを紹介するプログラムをずっと考えている、というのを聞いて、はじめは一緒にやりましょう、という話だったのが、結局4人のちがう人がそれぞれ週1回ずつ違う音楽プログラムを担当しましょうということになり、

オルガンのCDを中心に紹介する番組
グレゴリオ聖歌の番組
合唱の番組
わたしが担当するオルガンのライブ演奏の番組

同じ曜日の同じ時間帯で、月4回、「音楽中心」のプログラムが始まる事になりました。

わたしはもちろん日本人で仏語人ではないので、「なぜ私が?」という気もするのですが、毎週月曜日にフィニステール教会で主催しているオルガンコンサートにいつもは来られない人たちが、「クリスチャンラジオと提携したら」と提案してくれたことから、毎週は無理だけれど、その月のハイライトという感じでこの「オルガンの月曜日」コンサートのライブ録音を使って、その日に演奏するオルガニストの説明やインタビューを交えながらとても「ライブな感じ」の番組にすれば、私がいろいろ喋らなくても大丈夫なのではないか、ということになったのです。

大切なのは、CDとは違って、演奏している人も聴く人も「エキサイト」するような生き生きとした空気を伝えることだと思うので、そのためによい器機を正しく使う、ということをこの夏試行錯誤していました。

最近ラジオ局で試し聴きをする機会があり、私のZoomH4nというデジタル録音機で、教会の昔の説教台の高いところから録音した内容で大丈夫、ということになりました。わたしもいつも再生をコンピューターとiPodでしか行った事が無かったので、ラジオ局の機器で聴いてみたらとても音質が良くて、安心しました。

今は番組名を決めたり、最初に流れるタイトル音楽を考えたり、なかなか楽しい忙しさですが、2010年の1月から放送するために、来週の月曜日からまたいろいろ録り貯めていき、前もって誰のコンサートのどのあたりを使おうか考えて行かなくてはなりません。自分が弾く回は自分がまな板のコイになってしまうので気が引ける反面、当初は実験台として、自分がやるのが一番簡単だともいえます。そうすれば、いろいろ不都合や問題が出て来た時にジレンマが少ないからです。

有名な演奏家が来る場合、「普通は」そのような録音と放送は拒否されます。
クオリティの高いオルガンライブ録音を録ることは、いろいろ難しいからです。

まずその演奏が記録として「残ってしまう」。
そのことにプレッシャーを感じない、ということはまずありません。
それからオルガンの調律。
ものすごくよく調律されていないと、何故か、録音では耳に付きます。
音響。
マイクの位置など、コンサートの度に最適な場所にセットアップするとなると人手も技術も要ります。
あと、雑音。
ライブだからこそ、というものではありますが、私が例として使った5月に録ったコンサートの中で、プレリュードとフーガのちょうどつなぎめの1秒以下の沈黙のところで、ちょうど赤ちゃんが「わあああーん!」と泣いているのが入っています。教会に隣接してつながっているマリア・チャペルにいた、乳母車の赤ちゃんが目を覚ましたようでした。

有名な演奏家にしてみれば、悪い録音が出回れば自分の価値をひどく傷つけることになるわけです。
反対に、比較的有名でない演奏家の場合、少しでも流通することが好ましく感じられ、録音技術の悪さには目をつぶるという事も考えられます。
しかし、最も好ましいのは、勢いのあるライブ演奏が良いレベルの録音として記録されること。それはどんな演奏家にとっても、共通して意義あることのように思います。

これからどうなるのか、もしかしたら途中で挫折するのかどうかわかりませんが、聴いてくれる人が増え、楽しみにしてもらえるようになれば、きっと軌道に乗るはずだと信じてやってみたいと思っています。


さて、ラジオだけでなく、非常に現代的な問題がひとつあります。それは、ラジオの放送は定時にインターネットラジオでも聴けるし、ポッドキャストにもなるらしいので、インターネット配信が可能になることです。それに関して、ちょうど「良い」体験をしたので、その「悪い例」をみてみたいと思います。

音だけでなく、画像も付随したケースです。この添付するYoutubeの画像は、そういう「悪い」つもりで観ていただきたいのですが、第一に、Babel Live2という、ポップコンサート会場ですべての内容をマイクとアンプで拡声して行った「ほぼポップ・ロック」型のコンサートなので、クラシック楽器の音のひずみ、ライトの多用による室温の急激な変化による調律の悪さ、などなどいろいろの問題がありました。

それでも、ポップ、アルゼンチンタンゴ、ジャズ即興、朗読、クラシック(バロック、現代もの)、を全部一晩で聴ける、おもしろいコンサートだったので、企画したラジオ局が全編録音して後日ベルギーの「Musique3」で流れたのです。わたしはリゲティのハンガリアンロックとバッハのブランデンブルグ協奏曲5番という不思議な取り合わせをチェンバロで弾きました。そのチェンバロも、この室温に対応しリゲティの音域に耐える、ほぼランドフスカの楽器の様な、歴史的には無様式の楽器を使いました。指揮者一同、チェンバロの調律がおかしくなっても、中断してやり直す時間がとれないというストレスがあったのですが、最終的には、調律どころか、録っているマイクの調整が悪くなり、「ぴぃぃぃぃぃぃー」というマイク雑音が、ブランデンブルグのチェンバロソロの間に鳴り響いてしまいました。結局ラジオではランデンブルグ協奏曲5番だけ流れませんでした。
ラジオ放送の日に、「どうするのかな、大丈夫な楽章だけ流すのかな」と思ってラジオの前に待機していた私は、1楽章も流れずに次の曲に飛んだので、拍子抜けしました。

そのあとに、こんどはこの時のビデオがいつの間にかユーチューブにあがっていました。マイク雑音の起こる前でちょうどカットされているのですが、それにしても、ホームビデオで、こんなに「クラシック演奏会としてはありえないコンディション」で録られてしまってなんとも無念です。

寛大な心で言えば「良い記念」なのかもしれないし、私の姿は遠くて見えないようになっているので、「これわたしじゃないです知りません」と言ってしまうこともできると思うのですが、極めつきは、

「最低!最悪!なんたらかんたら」

という、まあ翻訳するほどのことはないと思われるコメントを誰かが書いてあり、しっかり画面の下に張りついていることです。

アンプリファイしたバロック音楽なんて余興だからこそ、という気持ちなので(それでも全身全霊かたむけて準備しましたが)わたしならわざわざ否定的なコメントを書く徒労に及ぶなんて信じられないのですが、ビデオを撮った人に対しても、

「こんな学芸会みたいなアングルで勝手にビデオ撮りしてユーチューブに載せるのってどういう目的があるのだ?!」

と脱力してしまいます(載せた人は好意からしたのかもしれない、それが怖い)。

「このごろではどんなひどい映像も音声も世界中に配布されてしまう!」

だから気をつけましょうということではなく、

「折角やるんなら、出来る限りの手を尽くして、鑑賞に耐えられるものにしたい、前もって言ってもらえれば、了解を出す事を前提に一緒に相談していきたい」

というのが本音です。

この録画も取り外してくれと頼めば消す事も可能なのだろうと思いますが、はっきりいってバカみたいで悪い例として大変興味深いので、これを振っている指揮者とオケのリーダーにぜひ観てもらってから、どうにかしようと思います。弾いてる人たちはみんな大まじめなのに「笑われるべき対象」に落ちているところがすごい。

そのうちに抹消されると思いますが、

「ああ、こういうのはひどいな!」

と、これからそういうことに関わろうとしている方々はどうぞいろいろ考慮するときの材料にしてみてください。

P.S.
いろいろひどいな、とは思うものの、基本的にわたしが感情的にもなっていないし傷つきもしなかったのは、この演奏会とその形態、音楽仲間との出会いが(6月5日のブログに書いたように)とても充実していて、自分では「良い事」だけをこの日受け取ったからです。録音とか、ビデオとか、そういうものはまったくの余談にすぎませんでした。にも関わらず、こういうことがこれからもよく起こるという可能性は大だと思うので、敢えて記事にしてみました。






Babel Live # 2 - Bach "Brandenburg Concerto n°5"




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オルガン練習合宿

2009年07月29日 | Weblog
オルガンを弾いていて良いなと思うところは、旅行するたびにいろいろな違う楽器に出会えるところ。
違うレパートリーを弾けばまた違うオルガンで練習するため、いろいろ発見がある。

でも、裏を返せば、自分のうちで全て練習できないところがとても困ります。

家に電子オルガンや、小型パイプオルガンがあれば、器械的な部分は練習できますが、そのあとの音楽のための練習は、その時弾いている曲に合ったオルガンを見つけて練習しにいかなければなりません。自分の弾いている教会のオルガンでは、必ずしも勉強したい曲を弾く条件に合っていなかったり、私の教会の場合、夜しか弾けないので効率が悪い。

「どうする?このままだと絶対に仕上がらない!!!!」

と焦り、急に心拍数が上がって来たら、私の場合、「ついに行動を起こす時が来た。」ということで、次の週、次の次の週に練習させてもらえそうなところに電話したりメールしたり、勢いをつけて準備します。

なぜ勢いが必要か?

それは「とってもめんどうくさいから」です。

何時から何時までいついつの日にどこで(何時のバス、メトロ、電車なら何時につくから…などと時刻表も見ながら考える)、だれだれに鍵を貸してもらって、費用はどのくらい(かからないところも幸いな事に多いけれど)、かからない場合お礼は誰にどんなかたちでするのか…など、一気に勢いをつけて計画していくわけです。

しかし「落ち着いて」「ある程度のんびり」練習したい、という夏休みらしい希望が湧いて来たので、夏期講習のまねごとをして、自分でホテルを取り、録音機を持って、同じオルガンで3泊4日、練習合宿をしよう!と決定。弾きたいオルガンのある教会はうちから車で約2時間なので、ホテルというような感じよりも、シンプルなB&Bの、自炊も出来るスペースのあるところを(オルガニストの友達の推薦で)予約して、教会も予約が取れて、7月の2週目に行ってきました。

時間割はミサのある時や地元の人が練習に来た時は譲るという形だったので変更しやすいように、午前中1時間半、午後2時間、夜1時間半の最高5時間、とおおまかに決めて、余った時間はジョギングと山歩き(というほどの山ではないので、ハイキングというか)、プール。という、普段は出来ない、アウトドアな生活が出来ました。

娘が一緒だったので、地元の公民図書館を見つけて練習中そこで待ってもらったりもしましたが、外はぎらぎらのお日様でかなり暑かったため、娘も教会の中で「あ〜フレッシュよね〜」と息をつくことも多くありました。

ある日読むものがなくなって、教会のベンチにすわって「町のガイドブック・その歴史」を読みふけっていた娘、

「あと30分でやめるから、もうちょっと待ってね。」

と声をかけたら、

「これしかもう読むものがない。」

と言って旧約聖書にとりかかっていた。これは読み終わるということはまずない。と思ってバッハのホ短調前奏曲とフーガをプレーヌムで弾き、ちょっと時間がかかって45分後に戻ってみたら、すうすう眠っていました。

この人は赤ちゃんの頃なかなか寝ない子で、寝かしつけるのにすごく苦労したのですが、オルガン旅行などでは、寝る時間など関係なく、オルガンのプレーヌムが聴こえると、くにゃっとなって眠ってしまう不思議な人だったことを思い出しました。

もうすぐ中学生なのに、ひさびさにプレーヌムにやられた(または旧約聖書に?)娘。

わたしは勉強合宿をするなら、3泊4日「独身に返って」ひとりでもっともっと練習したい、とはじめは不満に思っていました。でも、まず教会で常に練習の音がしていたらお祈りに来た人たちにも迷惑になるという問題もある。また、1時間半ごとに切り上げる事で、録音した練習の内容を部屋に帰って聴いては直すところをチェックし、散歩や水泳をしたあとでまた戻って練習するときにはそこを中心に仕上げて行き、また録音してチェックする、というのを繰り返す事ができました。これは実際かなり手間がかかるので、普段なかなか出来ない練習の形です。1時間の録音を聴くには1時間必要なのですが、前に戻ってもう一回、などとやっていると、気がつかないうちに2倍近く時間がかかってしまうこともあるからです。

そして、オルガンとは関係ない人と一緒に合宿をやっていると、気分転換になるということもありました。

練習中はわたしのやりたい事が優先なので、その他のときは娘がしたいことを中心にやって行く。セール中のお店をみたり、散歩したり、お茶したり…。

また、市営プールは緑に囲まれた屋外にあり、長い滑り台がついていたりこどものプールや飛び込み台付きプールなどの設備になっていて、昼休みに1時間そこですごすだけで、その日の朝の事が遠い昔のように感じられ、あ、また弾きたいな。とリフレッシュするのです。

そして、このオルガンはいくら弾いても飽きず、疲れない楽器なのでした。

そして、バッハの音楽は、いくら弾いても、弾いても弾いても、飽きず疲れず、しかし満足いくように弾けない音楽なのでした。これはおいしいものを充分に味わう時の様な、良い事が終わって欲しくない気持ちから「まだまだ弾けないぞ!」と「わざと」思うようになっているんだろうか、と我ながら感心するぐらい、なかなか満足いくようには弾けないのです。

そういうもののある人生、(疲れるしめんどくさいけど)やっぱり楽しい人生だな、と思った夏の練習合宿でした。





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子供と音楽で交流するとき

2009年07月23日 | Weblog
ベルギーの仏語圏をカバーしている、CIPL(Comission Interdiocesain Pour Liturgie)の主催で、典礼の夏期学校が毎年7月と8月に5日づつ行われます。毎年、7月には0歳から80歳までの家族などが集まって100人ほどの講習会になるのですが、今年は大人の参加者が少なく、予定通りの講習会が出来ない事になってしまいました。音楽の担当は毎年変わるので、私と夫はこの3年ほど参加していなかったのですが、今年はたまたま当番というか、子供も連れて参加する予定だったので、どうなるのかなと思っていたら、子供だけの夏期学校に変更することに。宿泊場所も急遽変更し、プログラムもすべて作り直し。といっても、音楽係は「その場で臨機応変するように」と言われ、準備段階ではいっさい手伝わなかったので、実際現地に行ってから、その日その日で計画をしていく、即興的な講習会になりました。

ミッションの全寮制中学校の建物が夏休みで空っぽになっているところを、1週間賃貸しているので、オルガンのないちいさな円形チャペルがあるのみ。鍵盤楽器は電子楽器が2台持ち込まれています。

でも子供たちの中でギターやヴァイオリンを持って来た子たちがいました。また、人数が少なくても、声をうまく使うことが大事になってくるということで、初日には参加者全員が「声の音域」を試すための遊びを考え、ひとりひとりハ長調のスケールの書いてある五線紙を用意して「好きな楽器は何か」などのアンケートに答えながら発声していく、20人の子供たちの「個人インタビュー」をすることにしました。

結局、ひとりひとりのこどもたちと知り合う機会にもなり、そのあとで私か夫がキーボードのそばにいれば、なんとなく近寄って来て、

「ねーあたしのギターの先生ね〜」

とか、

「うちのアカデミーでは試験が学期ごとにあって(フランス北部から参加の子供)、それがいやで音楽やめちゃったのでもやめたくなかったんだよ本当は…」

とかいろいろ話しかけてくるのです。今までの講習会では大人がたくさん居る中の子供たちという感じで、あまり個人的に親しくなる機会はなかったのですが、そういう話を通して、最初に「対等」になれたので、お互いの名前もすぐに覚え、一日3回の食事のときも、自分の家族のそばに固まらずに、わたしたちと一緒にすわりにきてまた話したり、実に小編成ならではの親密な講習会になりました。

テーマは「イエスのいろいろな横顔」というもので(子供にも親しみやすいテーマという事で、もともと予定していたものとは違うのですが)、5日間、つぎのような時間割に合わせ、

朝8時:朝ご飯
9時:朝のお祈りと「本日の予定」など
10時:遊びを通した学び、大人は子供のお世話をする(ゲームの手伝いとか)
11時:大人と子供は別々に机に向かって遊びで扱った内容を勉強
12時半:昼食
13時半:おとなだけ会議
14時:一部の大人と子供たちは近隣の野外訪問、大人は室内で意見交換や勉強
18時半:夕食
20時:日替わりのイベント(映画会、演芸会、自由、ミサの準備など)

途中日曜日が入るのでその日にむけて、音楽の方を練習していくことも織り交ぜます。


楽器を持って来た子の曲を各人聴いてから奉献とコミュニオンの間の演奏を振り分けたあと、足りないところということで説教のあとの曲を、ヴァイオリン2台、ギターとキーボードで即興することになりました。

「イエスは道である。」の聖句から、主題は「サンダル」。

お手本にした作品は私もオルガニストとして関わった現代版「ルツの一生」の音楽劇。イエスの時代みんなが履いていたひもつきのサンダルで歩く音を、グリッサンドで引きずる感じを表した「サンダル」という曲が出てきます。作曲したのはソランジュ・ラベという女性で、弦楽器のグリッサンドで上ったり降りたりする音階をオクターブではなく7度で止め、また中にある音階の音は普通の調性の音階ではなく、メシアンのように「選ばれたモード」の音階です。

こどもたちには音の「間違い」ということを心配しなくてすむように、モードなどとかたい事は言わずに「だいたい」この辺から上は好きなところまで、という形で上下のグリッサンドを練習だけして、あとは次の順序で即興して行きます。

1。ギターの16歳の女の子がコードを弾く。大きいアルペジオ、小さくつまんだコード、不協和音、協和音、低いコード、高いコード。彼女がイニシアチブを持ってコードの進行を決める。

2。それに呼応して、12歳のヴァイオリンの女の子が(鈴木メソード6巻のレベル)最初の「サンダルグリッサンド」を弾く。

3。それに呼応して、ヴァイオリンの7歳の男の子が(鈴木メソード1巻。)エコーという感じでサンダル・グリッサンドする。

その間オルガニストはギタリストのコードに呼応しながら小さいVoix Celestesみたいな音を使い、ハーモニーの「絨毯」を敷く。

こういうのも長い時間弾くとつまらないのですが、説教の後60秒から120秒という時間なのでなかなかフレッシュな、不思議な感じなのにもかかわらずとても落ち着いた演奏になりました。子供たちがすごく耳を使ってよくお互いを聴いているという事が、一番の演奏のクオリティになり、説教のあとで会衆があたまの中でいろいろ「反芻」するのに合っていたのではないかと思います。


普通の、レッスンで準備した曲をミサで弾きなさいというと、こどもたちは緊張して音が小さくなったりするのですが、即興で「実用のための曲」を作りながら弾いたことで、そのあとのひとりひとりの曲の演奏も、「自分を聴いてもらう」のではなくて「その場に必要な音楽を提供する」気持ちで、少し肩から力を抜いて出来た様な気がします。あとで訊いてみたら「やっぱりすごく心臓はどきどきした」とみんな言っていましたが、とにかくパニックはなかったし、次の食事の時間にはすぐに「音楽をありがとうね」とか、参加者からの反響が届くので、拍手のない「アンチ・クライマックス」感も和らいだようです。


声を使う「実験」では、人数が少なくてもどうしたら響くか。ということを中心に考え、オルガンのストップ構成をモデルにして、高音と中音、低音のグループに全員を分け、そのグループで同時に3声で歌うと一番効果的に大きな合唱に聴こえるのですがそこまで練習している時間はないので、同じメロディをずらして歌う、カノンにしました。


Jubilate Deo, Jubilate Deo, Alleluia!


という簡単なものですが、各グループ5回ずつ歌うことにすればかなり続きます。

そして響きはとても美しかったです。

オルガンを弾かずに、声の対位法の世界に身を置いてみると本当の意味での「コミュニオン」ということがわかるような気がします。歌い、ハモるということはなぜこんなに幸せ感にあふれているのだろう?

それから、残り少ない時間を使って、良く知られたアイルランド風「ハレルヤ」の低音部を子供たちに教えました。
おとなにも教えたかったのですが、「時間もないし無理だからやりたくない」という雰囲気だったので。

実際に最後のミサでそのハレルヤを使ったのですが、いつものソプラノのメロディーは大人が歌い、こどもたち20人が低音部を歌いました。その子供たちの音程がしっかりしていて本当にきちんとパートを覚えていたので、「教会で複声部で歌うのなんて、夢だけど無理よ」と言っていた人が、「うーん若い人たちが難しい方のパートを習えば可能になるのかも…」と、終わったあとわたしに言いに来てくれました。

「こどもたちは教会の未来」ということが音楽にもいえる…ということだと思うし、「もっとやってみれば、教会の中の音楽はもっともっと素晴らしいものになる」というわたしたちオルガニストなどプロの音楽奉仕者たちの信念が、こどもたちの先入観のない姿勢のお陰で一種証明できたのかもしれないと思います。

いくら信念があっても、実際に音になって出て来なければ、それがどんなに素敵か、誰にもわかってもらえない。

音が出ていなければ音楽じゃない、ということで、

「実行あるのみ」

そんな夏にしたいです。

(写真は屋外工作学習中のこどもたち…)





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オルガンベンチの座り方

2009年06月30日 | Weblog
帰国した10日間に、2日間の奏楽講習会と、ふたりの方に個人レッスンをする機会がありました。

いろいろなオルガン演奏の課題が出たのですが、中でも繰り返し出て来たのが、

どうやってオルガンに座るか。

という問題でした。

ピアノの前に座ったりチェロをかまえて座ったりするのと同じようにいかないのはなぜか?
もちろん座ったままで足を動かして足で音を出さなくてはいけないから。

足が自由に動く

ということと、

きちんと座ったまま、両手は心地よく演奏を続ける

というふたつの活動をうまく合体させなければ何時間も弾き続けられません。

そういう意味ではオルガンの技術は特殊かもしれません。でも、人間の体が腰を中心にして上半身と下半身に分かれているという事実がなかったら、どんな楽器も実はうまく弾けないのではないか、とわたしは思うのです。

上体の重力を自在に腰の上で操るためには、両足を地面にどっかと「落として」上体の重力のさざなみをうまく「はけさせて」いくことが必要です。野球のピッチャーは腕でボールを投げますが、下半身を使わないで投げるピッチャーを見た事などないのと同じかもしれません。


オルガンの演奏をするとき、良い演奏の体勢にしようと考えすぎて、

上半身がまっすぐキチンと前を向いていて、足もキチンと椅子に座り、ひざもまっすぐに前を向かせ、良い寿司職人が握る手つきみたいな感じで、足をポンポンとペダルに垂直にあてる

ような感じのことをイメージしている人が案外多いのではないでしょうか。
わたしも最初の1年間は腰が痛かった事を考えると、そういうようなイメージで「いつか筋肉がついたりしてこのような『まっすぐキチンと座り』も辛くなくなるのだろう」と期待していたのかもしれないと思います。

でもまっすぐに座っていられるのは、何も動きが無い時だけ。
動きが要求される時、かちんかちんにして準備していたらまったく動けません。


文章だけで、どのようにオルガンのベンチに座るか説明する事は、不可能に違いないのですが、それでもあえて座り方のポイントをまとめてみると、

1。オルガンベンチに座ったとき、腹筋を引き締めて、上体を自然に起こす。楽譜を見た時、
「あ、なんかいいことが書いてあるな!」と感じるような上体の立て方(さらに村上春樹流に書けば「耳を立てる感じ」?つまり上体と首、頭の「まっすぐさ」が、外側から作る真っ直ぐではなく、意識という内面から来る姿勢の良さ)

2。おしりの「ほっぺた部分」はベンチにべったりくっついていない。ほっぺた部分は浮かしたり、左右に振ったり、または乗馬しているときのように前後に「パッパカ、パッパカ」動かせる感じ。おしりの骨の下部分が、やじろべえの軸のようにベンチにあたっている状態

3。膝から下は、ペダルの上に「置く」。押したら鳴る重量を理解しておいて、足全体をそれ以下の重量に保つ。オルガンによって押したら鳴るポイントは多少違いますが、触っただけで音は決して鳴らないので、膝を柔軟に「おもりを貯める場所」のように考えて、ペダルに「全幅の信頼を寄せる」感じで足全体を「置いておく」。簡単にいうと、だらーん、と適当に足をほっぽって置く。

このようなイメージを持ちながら「膝が痛くないか」「腰が痛くないか」常に自分の体の状態に気を配りながら調節することが大切だと思います。もう少し膝を落としてみようとか、上半身が垂直すぎて反っているようだからもう少し腰を深く引いて座ろうとか。

その上で、ペダルの2オクターブ余りの鍵それぞれに足の可動範囲を行き渡らせるために、股関節を緩め、「靴を履いている足の部分」が自立的に音を取りに行くのではなく、「足全体」が「靴を履いている足の部分」をサポートする形で移動します。

この練習では、音は出さずに、鍵盤に触れるだけで両足を動かします。

オルガンベンチの「座り方」のエクササイズ:まず、ペダルの真ん中のレの音に体の中心が来るように座る。両足のつま先を、真ん中のドのシャープ(左足)とミのフラット(右足)の鍵盤に触れるぐらいの場所に置き、つぎに扇を広げるようにして両極端へ、両足を股関節から広げて(わりとだらん、としたままで)行き、左足は最低音のド、右足はオルガンによって違いますが最高音のレ、ミ、又はファなどの音に届かせます。その時に、足の裏で鍵盤を感じながら動かして行きます。股関節から、膝ごと動かす感じです。白鍵の音だけでなく、通りすがりに軽く黒鍵の音をつま先でかつん、と軽く触れながら移動するのがポイントです。
動き方は両足を対称的に広げたりつぼめたり、またそのあとで非対称の動きもしてみます。

音は出さなくても、何の音を足が触っているか想像することも役に立ちます。

少し腹筋と背筋を鍛えると、更にやりやすくなるはずです。

こうして、座る姿勢をウォームアップしたら、足だけで何か弾いてみて下さい。
自分の思うままの音を連ねながら。

そのときに、足鍵盤を見てはいけません。
あくまでも足の裏にひとつひとつの音を感じながら、そして跳躍があるときはつま先を黒鍵のすきま(BbーC#、Eb-F#)にコツンとあてて足の置かれている音を確認しながら、足の裏がほうきになったかのようにスリスリ動かして下さい。


最も大切なのは、痛みや無理のない姿勢を自分で見つけ、手鍵盤と同じように「音を作る」(オルガンの場合:良いタッチでアーティキュレーションやフレーズの整った音を出す事)気持ちで耳をよく使い、また「こうやったらもっと面白いな」と工夫して、ペダル奏法を高めて行こうとすることだと思います。修行だ、と言って、辛いとか苦しいのを我慢していたり、無理矢理にやっていると音楽はどんどん駄目になっていくので、面白く、楽しく想像力を駆使して練習して下さい。

ジャック・ヴァン・オートマーセンの「ペダルの技法」という教本では、手で弾いた通りのアーティキュレーション&フレーズをペダルが真似て弾き、手でも足でも同じように音楽を作る練習ができるように工夫されていて、最終的にはバロック式の「トリオソナタ」、両手と足が3人の演奏家のように弾く様式のエクササイズが出てきます。基本的に17世紀から19世紀初頭までの音楽に有効な技法ですが、習得しておけばロマン派以降の演奏の基礎になります。

来年、講習会をする機会があったら、この本を課題にしてみたいと思っていますが、ペダル学生の皆さん、オルガンシューズのつま先がちょっと白くはげて来たな!と思ったら黒鍵コツン、の技術がついて来た証拠。それぞれの練習場所で気長にやってみましょう!






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出会い

2009年06月05日 | Weblog
4月終わりにスコットランドの遊び旅行から帰り、代役でブランデンブルグ5番の1楽章とリゲティのハンガリアン・ダンスを(チェンバロで)弾く仕事の準備をしていたら、娘のピアノがどんどん変わって行った。

長い曲なので、私の練習のために、娘を譜めくり50円のバイトに何回も雇った(?!)せいなのか、彼女が音楽アカデミーのピアノの試験で弾くバッハとチャイコフスキーの曲想というか、演奏するのに必要な気力がどんどん高まって行った。

私はこの頼まれ仕事で、一緒に弾いた事の無い小さいモダンオーケストラの人たちと知り合う事になり、今まで考えた事のないような世界を見る事になった。

長年オルガンの演奏台に潜んで、自分がひとりでこつこつやってきたことを、彼らもこつこつやっているらしい、という音楽仕事の驚くような一致。

オケに何も言わなくても、すむずみまできっちり音がはまる、この演奏会での体験は、巨大なパズルが瞬間的に完成して行く様子を目の当たりにするような爽快感が伴う仕事でした。

わたしはこの5月12日の演奏会のあと、生まれ変わってしまった。

そんなことがあるなんて、未だに信じられないのですが、そういう演奏会が、あるのです。

同時に娘も夫も少しだけ私の体験を共有して、彼らも生まれ変わったところが演奏に現れていると、内側から見ると思えるのです。完全に静かな変化なので、きっと誰にでもインパクトを与えるような物ではないけれど。

個人的すぎるこのような内側の変化のおかげで、外側を普通に保つのにものすごくエネルギーのいる5−6月でした。内側は常に燃えるようにどきどきしているのです。同じように練習に臨み、いつもの生活をつづけ、仕事に出かけるのですが、火花が散るように、周りの人たちのいろいろな感情が、自分の心の一番柔らかいところにぶつかって来ては爆発するために、泣いたり笑ったり、完全に振り回されっぱなし。

こんなに自由に怒ったり泣きわめいたり、しても良いのだ、という考えが自分の中にある事自体、かなり新しい。
それをプライベートに一人ですることはあっても、人が見ているところで、やむを得ず、押さえきれず、自分を出してしまう新しい人生。

なんとなくこのまま続いて欲しくないような、やたらにおなかがすいたようなヘンな気分ではあります。

いつも6月はヘンな季節だという自覚はありましたが、今年は特に特に知っていたはずの自分はうしなわれたような、または持っている物を捨てられるような自由な感じなのでした。

これはわかりあえる人たちに出会った、人生の衝撃なのでしょうか。

こうした特急列車の心のままで6月16日から26日まで帰国します。
出会う人たちといっぱい喋ったり笑ったりしたいです。

6月21日、日曜日には、東京カテドラルで行われる、教会音楽祭に少しだけ参加させてもらうほか、オルガンの講習会が二日間あるので、ご興味のある方はメールでお知らせくださいね。





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オルガンの「展覧会」

2009年04月22日 | Weblog
ブリュッセルの中心地、郵便番号1000番の地域でオルガン活動をしているグループが6つ集まって、「ブリュッセルのオルガン」、蘭語ではBRUSSELS ORGELS、仏語では BRUXELLES SES ORGUESという会が昨年発足しました。

ブリュッセル市の文化部がまとめ役になっているので、国や市の行事のなかにオルガンの行事が加わる機会がだんだん増えつつあります。わたしの教会で行っている「月曜日のオルガン」ランチタイムコンサートは、基本的に月曜日だけの活動なのですが、この「ブリュッセルのオルガン」の会に加わってからは、少し活動の範囲が広がっています。

2009年4月1日から6月21日まで、有名なしょんべん小僧のある街角から伸びる「檜通り」の、ブリュッセル王立音楽院のおとなりにあるブリュッセル市伝統博物館の建物を使って行われているのは

「オルガンの展覧会」

です。楽器がたくさん集められた「博物館」ではなく、ブリュッセルのオルガンの伝統について一覧できるようになっています。

しかし、オルガンの伝統ということはそれを作るオルガン建造家の伝統、そしてそれを演奏するオルガニストの伝統、という風に広がって行き、最終的にはオルガンを全く知らない人たちに、オルガンというのはどのようなしくみになっているのか、ということがわかるようにしたい、ということで、オルガニストが常駐しリクエストに答えて演奏できるように、ちいさなハウスオルガンを一台と、実際に音が出せて、しくみが透けて見えるオルガンの模型も一台用意されています。

開催は毎週木曜日から日曜日の午後1時から6時。

私も4月4日と9日にさっそく「常駐オルガニスト」を担当してきました。

オルガンを見た事の無い子供たちは、ピアノ、と言うので、これはパイプオルガンと言う名前です、…というようなことから、オルガン模型の、足で踏むふいごを動かして風の通る道を説明したり、また旅行中のグループが来ればベルギーの音楽を演奏したり、もっとただ座って待っているだけでつまらないかと思ったらいろいろ忙しく楽しかったです。

ブリュッセルでは蘭語と仏語が公用語のため、ベルギー蘭語圏の旅行者が来ると、わたしのようなかたことしか話せない者でも、

Dag!

とお迎えし、

Bonjour!

と言わないように気をつけます。もちろん市の学術担当の人も入り口に座っていて、その人が蘭語を喋るのである程度心証は保証されているのですが。

少し片言で挨拶したあとは英語で話せますか?と訊いて、英語で説明したりしているうちに、その人たちがセミプロのオルガニストでアントワープ出身とわかって、「仏語で話せるか訊かなくて良かった」と安堵したり…。アントワープ人だけでなく、仏語は話せても「アンチ仏語」の人々は多いです。

「ブリュッセルはもともとフランドルの町なので公用語は蘭語のみにするべきだ。現在のように仏語が首都で横行しているのは顰蹙である。」

と考える蘭語人がたくさんいます。

現に、この展覧会に展示されている18−19世紀の文献のほとんどは蘭語で書かれています。

でも、団体でフランドルの地方から来ているグループと応対したときは、わたしの片言の蘭語を聞いて、努力を買ってもらえたらしく、

「ここからは仏語で話してもいいですよ。」

と「お客様」に親切にしてもらうということもありました。

最終的には演奏を聴いてもらい、みんな笑顔で帰って行かれたので、「音楽は言語のバリアを超越していて良かったな」と思ったのでした。

私の顔を見て「なにじんか」ということを訊いた人がいなかったことは、ブリュッセルにおいて、

仏語人か蘭語人か

ということが一番大きな争点になっているからかなとも思えました。

喋ることを期待される展覧会でのはたらきは、自分にとっての新しい文化体験になりそうです。

また、次の日程で私が当番になっていますので、日本語の説明が可能です。

4月
24日(金)午後1時から2時半

5月
8日(金)午後1時から2時半
9日(土)午後1時から2時半
10日(日)午後3時半から6時
15日(金)午後1時から2時半
23日(土)午後1時から3時半
29日(金)午後1時から3時半

6月
12日(金)午後1時から3時半

他の日は、木曜から日曜の午後、英語、仏語、蘭語、独語の喋れるオルガニストたちが交代で説明、ミニコンサートを担当していますので、旅行される予定のある方は、ブリュッセルのしょんべん小僧を見るついでに寄ってみて下さい。

初日と最終日は、しょんべん小僧も19世紀のオルガン建造家の衣装をまとい、歩道には手回しオルガンも出てきます。

オルガンを教会から持ち出したような、オルガニストは暗く密かで居心地のいいオルガン台からひっぱり出されてしまったような、夏らしい楽しい展覧会です。


上のポスターは、ベルギーでは有名な漫画家、スケイテン(Schuyten)氏が特別に描いてくれた作品です。

余談ですが、うちの教会の掲示板にポスターを貼っても、すぐはがされてしまう(ファンに持って行かれてしまう)ぐらいの人気で、2回はがされて今もう貼れなくて困っているところです(ペンで持ち出さないように書き込んであったのですけれど)。






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オルガンにも春が

2009年03月25日 | Weblog
オルガンを弾いていると窓からの陽光がきらきらとして…美しくて感動…ではなくて、

「ほこりがっっ!そうじしなくちゃああ」

と思う今日この頃。

冬中頑張って鳴り続けたフィニステール教会のオルガンも、鍵盤の整備を昨日行い、受難節なかばを過ぎて復活祭のためにリフトアップしました。

オルガンの鍵盤から出るアクションの騒音を、小さなフェルトの輪っかをひとつひとつ新しく入れてもらうことでかなりおさえることに成功しました。

オルガン改修から9年目、アクションの部分がいろいろすりへったり動いたりしていたのもビルダーの方たちに見てもらったのですが、オルガン台に上がるなり、

「うわペダルがすり切れ始めてるぞこれ!」
「色もはげて来たね〜」
「このオルガンってベルギーで一番はげしく使われてるオルガンかもしれないよ」

などとわいわい騒いでいたのですが、内部に入るなりどっと笑い声が。

どうしたのかなと思いのぞいたら、リーダーのトマ氏が、

「ここのパイプと送風管の間、もう通れなくなっちゃったよ〜」

9年前当時はトマ氏のお父さんがリーダーで、若くスリムな彼は右のドアから入っても内部にきちんと入れたのに、左よりも中が狭くなっている右のドアのすぐ中でおなかをつっかえさせてみんなが笑っていました。

大きい人は左から入れば内部に到達できます。でもこちらはふだんは使っていないので、こんどからそちらも片付けて通れるようにすることにしました。

ルイ・ヴィエルヌの24の自由小品集をこのオルガンで録音するために、わたしはオルガンのメカニズムの騒音を減らすのが2年来の夢でした。叙情的なところも多いこの曲集の、ひそかな音の、美しい場面で、カタカタカタカタ鍵盤が鳴っているのが聴こえすぎるのは困るからです。教会側の承認も下りて、予算も立ち、トマ氏に電話してもなかなか来てもらえません。さまざまのオルガン工事現場(?)を点々としてオルガンを作り続けるトマ工房の人たちは、実は自分の家にも帰れないぐらい忙しいのです。

結局、春分の日に急に電話があって

「あさって行くからね〜」

と言われ、掃除とかしているひまもなく、ホコリにまみれたオルガン台に来てもらう事になったわけで、午後1時半から夜8時までみっちり二人の職人さんが働いて、ようやくフェルトを入れ終わり、曲がったところを直し、隙間が1/2ミリぐらい空いてしまった古いパイプを溶接し…

おじいさんオルガン、ロレが若返りました。

今まで鍵盤の下がり具合が10ミリだったのが12ミリになったので、3段鍵盤にカプラーかけて弾くと随分前と違います。
でもちいさなフェルトも段々たたかれて平らになって行くので、初めはこのぐらいが良いようです。

まず、

「あれ、もっと重くなった(今までも結構重かったので)… それなのに機械音は静かになったな〜」

という二つの相乗効果がものすごく変で、よそよそしい感じだったのですが、弾くときの手首の位置を調整してみたら、オルガンの新しい「鳴る位置」がわかりました。


初夏から「月曜日のオルガン」ランチタイムコンサートはラジオ番組のレギュラーになります。ベルギーのブリュッセルの局なので、まだまだ遠くまでとどくものではありませんが、いつかインターネットラジオにもつながる日が来る、と、期待に胸はふくらむ春の到来です。





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Universa Laus:初体験

2009年02月13日 | Weblog
1月の終わりに、典礼音楽の集会「Universa Laus」がフランスのリヨンであり、教区用のミサや詩編の作曲を聴いてもらうために参加した夫に私も同伴しました。上の写真は、宿泊したリヨン郊外の修道院のような場所の庭。ブリュッセルに比べてかなり南になるリヨンにはほとんど春のような陽光が差していました。

参加者は、教区教会か修道院でオルガニストや合唱指導をしている人、または教会音楽の雑誌を編纂している人など、ベルギー、フランス、スイス、カナダの仏語人が25人ぐらい。

1962年から数年かけて行われた、「第2バチカン公会議」と呼ばれるカトリック教会の一種の改革に対応して行く中で、(上であるローマ側に対して)一般の教会側からできた機構、そのなかの典礼音楽についての協議会がUniversa Lausと呼ばれ、地方会議と世界会議、隔年交代で行われているらしい。

(第2バチカン公会議では、典礼音楽にかかわる一大事としては、今まで一律ラテン語でやっていたミサが、それぞれの自国語でできるようになったということがあげられます。それも、会衆は聴いているだけだった歌や祈りを、自分も声を出すというかたちで参加できるということで、グレゴリオ聖歌しかなかった教会には大量の聖歌を生産する必要がありました。プロテスタントの賛美歌や英国国教会の歌を翻訳して取り入れたりもしました
詳しく知りたい方は:
http://ja.wikipedia.org/wiki/第2バチカン公会議
を参照)

今年のような地方会議の年は、作品を発表したり、プロジェクトの進展や完成の報告があったり、と、特に結論を出す必要に迫られていない、自由な雰囲気の中、円卓のようにテーブルを丸く並べた部屋で、自己紹介からなごやかに始まりました。

それぞれの発表者は持ち時間が決まっていて、Universa Lausの歴史についての発表があったあと、夫の順番がすぐ来たので、コピーしてきた楽譜をまわし配り、本人が小さなアップライトピアノに向かって、

「じゃあ行きます。」

という感じで、伴奏。すると全員初見ですぐさま歌う。

もちろん声部を分けて座っている訳でもないので、ハーモニーはどうなるかなと思っていたら。

この人たちって実はただ者じゃないのかも…。

4声が全部きれいに入るし、夫の楽譜はなかなか初見はきついはずなのですが、なんて美しくバランス良く唱和しているんだろう!

ひととおり10曲ほどをざっと歌ったあと、いろいろのコメントが出て、基本的にフランス語の言葉がどう音楽に生かされているか、応唱のやりかたは正しいか、詳しく細かいところを重箱の隅をつつくように意見交換されて行きます。

なるほどね。
4声の和声を歌いながらも、みなさん言葉について注目し、言葉の意味を歌っていたからこそ、本質的な音楽の姿が明らかになり、「同じ言葉を同時に発声する」という意味での唱和が美しかったのだとわかりました。

わたしは自分はソプラノ声部の声ですが、アルトが不安そうだったり人数が足りなければアルトを歌う事もある。そうした自由の効く人が実は多く居たために、さりげなく音層の薄い声部に移ったりして、常にこの25人がちょうどバランス良く4声を歌えるようにしていたのかもしれない、ということも考えられます。

すぐに批評が出てくるという意味で、作曲した本人にはなかなか勇気のいる「円卓」合唱団ではありましたが、一概に、

「従来のものと違った扱いが目新しく、すぐに使える作品によく仕上がっている」

というような肯定的な意見が多く、隣に座っていた古参らしいスイス人の修道士のおじさんは、

「いつもの円卓の批評はもっと辛いことが多いんだよ、2年前に来た人は様式的なことからなにから、かなりぼろくそに言われたりしてたよ…」

と言い、わたしも夫も、「ええっせっかくはるばる来てぼろくそに言われたらきついなあ」と、ちょっと震えてしまったという体験でした。

でも、作曲もあらゆる芸術の例にもれなく、「好まれるかどうか」で批評の内容は変わってくるし、作曲家にとってその批評がどのような価値を持ってくるかは、かなり個人的に選択の余地があるのではないかと思います。

ただ、「観客」として聴いたときと、「会衆」として歌ったときの総合点が高ければ、「うちの教会でも使ってみたい」という風に、受け入れてもらう確率が上がるので、今回のように25人が実験合唱団的に歌って聴いて、を同時にできる場は貴重だと思いました。

土曜日午後の発表がすべて終わったあと、夕方の典礼がちいさなチャペルで行われ、おととい夫が作ったばかりの詩編の作品2曲を含む、既成の歌も盛りだくさんのVêpresがありました。ここには伴奏楽器はなかったので、ア・カペラで30分また歌い続け。全体のヴォリュームは部屋の大きさに合わせるかのように抑えられながら、「おたがいを注意深く聴いている」音がするとでもいうか、全体のハーモニーを常にバランス良く整えることを各々が考えて歌っているという感じで、自分の声はかき消される事もなく浮き出る事もなく、音楽がたのしめました。純粋に、声を合わせているという喜びがあり、「歌っている」のではなく、「祈っている」感じでもありました。

子供時代から「蚊の鳴くような声」と評されて来た私は、常に伴奏楽器を通して、教会音楽にかかわってきました。会衆の一人として声を出す時には、「賛美する喜び」はあっても、「音楽としての歌」への喜びをなかなか感じられずにいたのです。演奏にこだわる習慣が、あるときから演奏を楽しめない理由になってしまい、そのような職業病的な悪影響のために、「歌う本当の理由」のようなものが見失われてしまったのかもしれません。

オルガンの演奏でも、「オルガンに弾かれている感じ」、オルガンの上で指が正しい時間に正しい動作をしてくれる時、良い演奏が出来ることがあります。心のままに楽器が鳴っている感じ。

考えるように弾けたら、
思うように音が鳴るなら、
そして
祈るように合唱できるなら、

音楽が音楽の枠の中から解放されて、「生きるように音楽できる人生」になるのかなと思わされた週末でした。 







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演奏中の現在過去未来

2009年01月20日 | Weblog
さて、クリスマスを盛大に祝うベルギーですが、新年は

ただの新しい年。

すべての大学生の中間試験というようなものが、1月5日からがんがん始まるので、一緒に年末を過ごした義理の兄の家族のところでも、野原の真ん中に小屋をかりてみんなでのんびり過ごすという趣旨なのにもかかわらず、18歳の、9月に大学入りたてのおねえちゃんだけ個室で勉強。朝も、昼も、夜も。

「大変だねー」

と言うと

「あたしなんかアートだから試験って言ってもヨーロッパの美術史ぐらいよね。いとこのPちゃんなんかスペイン語学科だからスペイン語でスペインの歴史やってんのよ」

と言う。この人たちは仏語の人々なので、Pちゃんにとってはスペイン語はもちろん外国語。今2年生とはいえ、外国語で外国の歴史を暗記するって、それは勉強しないと出来ない。しょうがないかあ、とあそんでる外野も納得。

よく聞けば、この1月の試験をぽしゃると、つぎの9月に追試になるらしい。つまり、この冬休み勉強しなければ、つぎの大きい夏休み全部試験勉強ということになりかねない。特に、2年生以上の、交換留学などに申し込みたい生徒は、追試がないという事が前提で、翌9月から1年の留学に申し込めるのだから、12月26日になったらパーティはおあずけ、という親の態度も、特に厳しいというわけではないのです。



音楽大学が高等芸術学校から既成の大学制度に準じる事になった数年前から、音楽学生もみんな1月には大きな試験をやらないといけない、ということになり、教える側もクリスマス終わった〜とのんびりしていられない。

1月に入ってから20日めなのに、はっと思えば、もう新年2ヶ月ぐらい過ぎたような錯覚に陥ってしまうのは、充分に新年おめでとうというムードにつかることなく、夫もわたしも拘っている4月から始まるオルガンの展示会の準備に追われているのに加えて、夫の教えているコンセルバトワールの生徒3人のコンチェルトの試験の準備があったから、というのが、うち個人の家庭に密かなプレッシャーを加えていたらしい。


「月曜日のオルガン」コンサートで弦楽四重奏とオーボエ2人、ヴィオローネを雇い、家のハープシコードも出して来てわたしも通奏低音を弾く。コンセルバトワールがポジティフオルガンの借り出しを受け持って、みんなで練習して、今日、本番。

毎週100人ぐらいのお客さんがのんびり聴く「月曜日のオルガンコンサート」に、ずら〜っと5人の審査員が並んで加わり、バッハのカンタータ35番オルガンオブリガート付きと、ヘンデルの変ロ長調コンチェルトに、やはりヘンデルのイ長調コンチェルトの3つが演奏されました。

オーケストラパートの人々は、次から次へとそれぞれの生徒のカデンツを覚えたりテンポをあわせたりしなければいけないので、昨晩は、

ぼくたちカラオケ工場みたい

というような気分だったのが、やはり当日になると諸問題は沈殿し、お客さんたちの喜ぶ演奏になったと思います。

これが、ヴァイオリンとか、チェロとか、私の楽器ではないコンチェルト演奏なら、助っ人の通奏低音でも比較的クールに演奏できたのかもしれませんが、オルガンの生徒が弾いていると、あらゆる「粗(あら)」が聴こえ、何がどうなっているのかわかってしまうため、背中に鉛を流し込まれながら弾いているような気分でした。

同時に、とにかく、なんとかうまくいくように「念力」を送ろうとしてしまうらしいのですが、自分も弾かなければいけないため、あたふたしそうなぐらい頭の後ろの方が忙しい。


昨晩のリハーサルのあとは、生徒たちの先生である夫と、「ちょっと」喋っていたのが論争になり、ふたりとも気がついたら腕組みして台所に仁王立ちしていました。



演奏会後、審査員に呼ばれ、ひとりづつコメントと点数をもらうのを待つオルガンの生徒たちが台所に来たので、オケの昼ご飯の皿洗いをしていた私は、ついでに(?)皿ふきをしてもらいながら、

どうしてミスタッチしてしまうのか

どうして左手が速くなって行ってしまうのか

準備のしかたのこと

などいろいろ語りあったのですが、

結局のところ、

「わかっちゃいるんだけど出来ない」

ところはやはりあるようです。出来る時もあるのに、急に出来なくなる。

「オルガンのテクニックは複雑すぎるんだよ。」

とおっしゃる19歳のA君。だんだんシンプルにしていけると思うよ。それは自分次第なんだよ。


緊張の話題にも触れて、なるほど緊張のしかたというのも実に千差万別、

「この目の前のおやじ俺の弾くのを見て何考えてやがるんだろう」

という思いが、A君は頭から離れなかったという。わたしなどからみれば「かえって余裕があるんじゃないか?」と思うような、妙な緊張(でも、演奏会という緊急事態で、愛情が思わず裏返ったか、というような心情)。


「先生が6月の試験のロマンティックの大曲を早く仕上げろとせっついたためコンチェルトが手狭でうまく準備できなかった」

と私に言い訳する、カデンツァが一番長くてブリリアントでアイディアいっぱいでほとんど両手から溢れ出そうだったJ君。
ひとつのことだけゆっくり練習するのが楽しくて、つい、いろいろのものを順当に、日程までに仕上げられず、最後の方あっぷあっぷしてしまう、と言う。ここで、締め切って、完成させよう、という扉がまだ作られてない、ということかな。まだまだ期限なしに発展させたい、という気持ちはわかるけど、ひとつづつ、ここまで、と決着しながら、演奏会ごとに膨らませて行ければ良いのではないか。


もともとソプラノ歌手でオルガンに転じたEちゃんは、他の生徒のように演奏前にすぐに現れず、きちんと拍手が出てから入場、など雰囲気は満点なのだが、弾き始めると音楽の中でその優雅さを発揮できない。リハーサル中も和気あいあいとさせようとしすぎるというか、「そんなことはいいから、演奏に集中しなさい」とわたしは言いたい。「普段は質素に、舞台はきらびやかに。」というバレリーナの森洋子さんのことばを思い出してしまう私。


自分を振り返ってみても、20分ならその20分の時間という音楽を、どう構築するのか、という、グローバルな視点が、細部を整えることに汲々としてしまう時代には持ちにくい。今この音を出す、という行為の連鎖が音楽になっていくのだから、弾き始める前に自分の中で音楽が流れ始め、この小節を演奏しているという時点ですでに次の転調への道のり、時間を感じている必要がある。今を演奏するその指にかかわり合いすぎずに、前にこう来たからつぎはこう来るのだ、という、話の筋をちゃんと追うコントロールのやりかたが、良い演奏のかなめなのだと思う。過去と未来を考えずに、現在だけがつながっていくようなところが、若い演奏の重いところ。今が重要なのだ!今全ての事を!というような重さがひたすら続くお陰で、演奏する本人にとっても、ひとつの曲がまったく信じられないような大冒険と化してしまう。

まあ、「台所」の内側を知っている者からすれば、点は辛くなってしまうけれど。

でも。昨日のリハーサルよりはよほど良い演奏だったし、聴衆を幸せにするという点では、みんな及第だと思う。
楽しい作品ばかり、個性的な演奏ばかり、生き生きとエネルギー爆発して演奏できた。

オケパートを弾いた者たちも、オルガンの生徒たちがただ勉強のため弾くのに合わせたのではなく、彼らが持っている最高のものを出す手伝いをしようという、使命感に少なからず燃えて、

心が合わさった。

背中に鉛が流れ込むような、1秒が10倍長く感じられるような、時間をかぞえるような1時間を一緒に過ごした感想は、

耳を150%使って音楽したな、

ということです。耳がラッパみたいになっちゃったよ君たち。



「頑張れ、行け、しくじるな、やれー突撃〜!」


と、頭の中はスポ−ツ観戦状態だったという、審査員のさなかに身を置いていた夫。

審査員との食事会を終えて夕方帰宅し、なんだかんだ言っていろいろ巻き込まれていた私に、「Merci」と言って、お花をくれた。

夫婦喧嘩にもなりそうな教育問題だけれど、若いひとたちはみんなかわいい。どんどん上手になって行く。自分も頑張ろうと思う。そんなことに巻き込まれるのは、わたしが巻き込まれたい、と、こころの奥深く願っているからだと思う。夫のせいではなくて。


自分自身、昨年の9月から、教える仕事の比重が生活の中で増え、「願うところ」といいたいけれど、とにかくカレンダーがきつい、きつい、そう思いっぱなしで迎えた新年、そのままの特急電車から降りるすべもないという毎日だったけれど、きょう、ちょっと心の区切りがついたような気がします。

「ほっとしたよ」という心が香って来るような、鮮やかにインパクトのあるちいさな花束を花びんに生けながら、試験が終わり、いつもはしないのに、おもわずお花屋さんに寄ってみた夫の心持ちも想像してしまいました。






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