オルガンを弾いていて良いなと思うところは、旅行するたびにいろいろな違う楽器に出会えるところ。
違うレパートリーを弾けばまた違うオルガンで練習するため、いろいろ発見がある。
でも、裏を返せば、自分のうちで全て練習できないところがとても困ります。
家に電子オルガンや、小型パイプオルガンがあれば、器械的な部分は練習できますが、そのあとの音楽のための練習は、その時弾いている曲に合ったオルガンを見つけて練習しにいかなければなりません。自分の弾いている教会のオルガンでは、必ずしも勉強したい曲を弾く条件に合っていなかったり、私の教会の場合、夜しか弾けないので効率が悪い。
「どうする?このままだと絶対に仕上がらない!!!!」
と焦り、急に心拍数が上がって来たら、私の場合、「ついに行動を起こす時が来た。」ということで、次の週、次の次の週に練習させてもらえそうなところに電話したりメールしたり、勢いをつけて準備します。
なぜ勢いが必要か?
それは「とってもめんどうくさいから」です。
何時から何時までいついつの日にどこで(何時のバス、メトロ、電車なら何時につくから…などと時刻表も見ながら考える)、だれだれに鍵を貸してもらって、費用はどのくらい(かからないところも幸いな事に多いけれど)、かからない場合お礼は誰にどんなかたちでするのか…など、一気に勢いをつけて計画していくわけです。
しかし「落ち着いて」「ある程度のんびり」練習したい、という夏休みらしい希望が湧いて来たので、夏期講習のまねごとをして、自分でホテルを取り、録音機を持って、同じオルガンで3泊4日、練習合宿をしよう!と決定。弾きたいオルガンのある教会はうちから車で約2時間なので、ホテルというような感じよりも、シンプルなB&Bの、自炊も出来るスペースのあるところを(オルガニストの友達の推薦で)予約して、教会も予約が取れて、7月の2週目に行ってきました。
時間割はミサのある時や地元の人が練習に来た時は譲るという形だったので変更しやすいように、午前中1時間半、午後2時間、夜1時間半の最高5時間、とおおまかに決めて、余った時間はジョギングと山歩き(というほどの山ではないので、ハイキングというか)、プール。という、普段は出来ない、アウトドアな生活が出来ました。
娘が一緒だったので、地元の公民図書館を見つけて練習中そこで待ってもらったりもしましたが、外はぎらぎらのお日様でかなり暑かったため、娘も教会の中で「あ~フレッシュよね~」と息をつくことも多くありました。
ある日読むものがなくなって、教会のベンチにすわって「町のガイドブック・その歴史」を読みふけっていた娘、
「あと30分でやめるから、もうちょっと待ってね。」
と声をかけたら、
「これしかもう読むものがない。」
と言って旧約聖書にとりかかっていた。これは読み終わるということはまずない。と思ってバッハのホ短調前奏曲とフーガをプレーヌムで弾き、ちょっと時間がかかって45分後に戻ってみたら、すうすう眠っていました。
この人は赤ちゃんの頃なかなか寝ない子で、寝かしつけるのにすごく苦労したのですが、オルガン旅行などでは、寝る時間など関係なく、オルガンのプレーヌムが聴こえると、くにゃっとなって眠ってしまう不思議な人だったことを思い出しました。
もうすぐ中学生なのに、ひさびさにプレーヌムにやられた(または旧約聖書に?)娘。
わたしは勉強合宿をするなら、3泊4日「独身に返って」ひとりでもっともっと練習したい、とはじめは不満に思っていました。でも、まず教会で常に練習の音がしていたらお祈りに来た人たちにも迷惑になるという問題もある。また、1時間半ごとに切り上げる事で、録音した練習の内容を部屋に帰って聴いては直すところをチェックし、散歩や水泳をしたあとでまた戻って練習するときにはそこを中心に仕上げて行き、また録音してチェックする、というのを繰り返す事ができました。これは実際かなり手間がかかるので、普段なかなか出来ない練習の形です。1時間の録音を聴くには1時間必要なのですが、前に戻ってもう一回、などとやっていると、気がつかないうちに2倍近く時間がかかってしまうこともあるからです。
そして、オルガンとは関係ない人と一緒に合宿をやっていると、気分転換になるということもありました。
練習中はわたしのやりたい事が優先なので、その他のときは娘がしたいことを中心にやって行く。セール中のお店をみたり、散歩したり、お茶したり…。
また、市営プールは緑に囲まれた屋外にあり、長い滑り台がついていたりこどものプールや飛び込み台付きプールなどの設備になっていて、昼休みに1時間そこですごすだけで、その日の朝の事が遠い昔のように感じられ、あ、また弾きたいな。とリフレッシュするのです。
そして、このオルガンはいくら弾いても飽きず、疲れない楽器なのでした。
そして、バッハの音楽は、いくら弾いても、弾いても弾いても、飽きず疲れず、しかし満足いくように弾けない音楽なのでした。これはおいしいものを充分に味わう時の様な、良い事が終わって欲しくない気持ちから「まだまだ弾けないぞ!」と「わざと」思うようになっているんだろうか、と我ながら感心するぐらい、なかなか満足いくようには弾けないのです。
そういうもののある人生、(疲れるしめんどくさいけど)やっぱり楽しい人生だな、と思った夏の練習合宿でした。
違うレパートリーを弾けばまた違うオルガンで練習するため、いろいろ発見がある。
でも、裏を返せば、自分のうちで全て練習できないところがとても困ります。
家に電子オルガンや、小型パイプオルガンがあれば、器械的な部分は練習できますが、そのあとの音楽のための練習は、その時弾いている曲に合ったオルガンを見つけて練習しにいかなければなりません。自分の弾いている教会のオルガンでは、必ずしも勉強したい曲を弾く条件に合っていなかったり、私の教会の場合、夜しか弾けないので効率が悪い。
「どうする?このままだと絶対に仕上がらない!!!!」
と焦り、急に心拍数が上がって来たら、私の場合、「ついに行動を起こす時が来た。」ということで、次の週、次の次の週に練習させてもらえそうなところに電話したりメールしたり、勢いをつけて準備します。
なぜ勢いが必要か?
それは「とってもめんどうくさいから」です。
何時から何時までいついつの日にどこで(何時のバス、メトロ、電車なら何時につくから…などと時刻表も見ながら考える)、だれだれに鍵を貸してもらって、費用はどのくらい(かからないところも幸いな事に多いけれど)、かからない場合お礼は誰にどんなかたちでするのか…など、一気に勢いをつけて計画していくわけです。
しかし「落ち着いて」「ある程度のんびり」練習したい、という夏休みらしい希望が湧いて来たので、夏期講習のまねごとをして、自分でホテルを取り、録音機を持って、同じオルガンで3泊4日、練習合宿をしよう!と決定。弾きたいオルガンのある教会はうちから車で約2時間なので、ホテルというような感じよりも、シンプルなB&Bの、自炊も出来るスペースのあるところを(オルガニストの友達の推薦で)予約して、教会も予約が取れて、7月の2週目に行ってきました。
時間割はミサのある時や地元の人が練習に来た時は譲るという形だったので変更しやすいように、午前中1時間半、午後2時間、夜1時間半の最高5時間、とおおまかに決めて、余った時間はジョギングと山歩き(というほどの山ではないので、ハイキングというか)、プール。という、普段は出来ない、アウトドアな生活が出来ました。
娘が一緒だったので、地元の公民図書館を見つけて練習中そこで待ってもらったりもしましたが、外はぎらぎらのお日様でかなり暑かったため、娘も教会の中で「あ~フレッシュよね~」と息をつくことも多くありました。
ある日読むものがなくなって、教会のベンチにすわって「町のガイドブック・その歴史」を読みふけっていた娘、
「あと30分でやめるから、もうちょっと待ってね。」
と声をかけたら、
「これしかもう読むものがない。」
と言って旧約聖書にとりかかっていた。これは読み終わるということはまずない。と思ってバッハのホ短調前奏曲とフーガをプレーヌムで弾き、ちょっと時間がかかって45分後に戻ってみたら、すうすう眠っていました。
この人は赤ちゃんの頃なかなか寝ない子で、寝かしつけるのにすごく苦労したのですが、オルガン旅行などでは、寝る時間など関係なく、オルガンのプレーヌムが聴こえると、くにゃっとなって眠ってしまう不思議な人だったことを思い出しました。
もうすぐ中学生なのに、ひさびさにプレーヌムにやられた(または旧約聖書に?)娘。
わたしは勉強合宿をするなら、3泊4日「独身に返って」ひとりでもっともっと練習したい、とはじめは不満に思っていました。でも、まず教会で常に練習の音がしていたらお祈りに来た人たちにも迷惑になるという問題もある。また、1時間半ごとに切り上げる事で、録音した練習の内容を部屋に帰って聴いては直すところをチェックし、散歩や水泳をしたあとでまた戻って練習するときにはそこを中心に仕上げて行き、また録音してチェックする、というのを繰り返す事ができました。これは実際かなり手間がかかるので、普段なかなか出来ない練習の形です。1時間の録音を聴くには1時間必要なのですが、前に戻ってもう一回、などとやっていると、気がつかないうちに2倍近く時間がかかってしまうこともあるからです。
そして、オルガンとは関係ない人と一緒に合宿をやっていると、気分転換になるということもありました。
練習中はわたしのやりたい事が優先なので、その他のときは娘がしたいことを中心にやって行く。セール中のお店をみたり、散歩したり、お茶したり…。
また、市営プールは緑に囲まれた屋外にあり、長い滑り台がついていたりこどものプールや飛び込み台付きプールなどの設備になっていて、昼休みに1時間そこですごすだけで、その日の朝の事が遠い昔のように感じられ、あ、また弾きたいな。とリフレッシュするのです。
そして、このオルガンはいくら弾いても飽きず、疲れない楽器なのでした。
そして、バッハの音楽は、いくら弾いても、弾いても弾いても、飽きず疲れず、しかし満足いくように弾けない音楽なのでした。これはおいしいものを充分に味わう時の様な、良い事が終わって欲しくない気持ちから「まだまだ弾けないぞ!」と「わざと」思うようになっているんだろうか、と我ながら感心するぐらい、なかなか満足いくようには弾けないのです。
そういうもののある人生、(疲れるしめんどくさいけど)やっぱり楽しい人生だな、と思った夏の練習合宿でした。