けせらせら、な日々

ふぃくしょん、ときどき真実

Our prescription

2002-05-27 16:49:35 | Weblog
右手の人差し指を突きだして、親指を上に向けて
残りの指を握ると・・ほら、ピストルが出来る。

子供の頃、近所の男の子たちが、カウボーイになったり銀行強盗になったり
公園を走り回って「パン!パパン」なんてやってたっけ。
私は女の子だったし、気恥ずかしかったから
ベンチに座って見ているだけだったけど、本当は凄くうらやましかった。

あの晩、先に眠りについたアイツを見ているうちに
なんだかすごく憎らしくなって
ベッドサイドに仁王立ちになって、私アイツをころしてしまった。

手で作ったピストルをベッドの上のアイツに向けて
イヤなところや嫌いな口癖や・・あんなことやこんなこと
悔しい想いを全部心の中に並べて
そうして、撃った。

最初に、私をいつも抱きしめるその胸を、それから頭を。
「パン!パン」・・口に出して、撃った。

そうやって私が「ころした」ことを
それから何年かしてアイツに打ち明けた。

アイツは笑いながら、そうだろうと思った、と言った。
最近身体のあちこちが痛む、その時の後遺症だな、と。

ふふっ、と私が笑うとつられてアイツも笑った。
もとの罪は俺の方にあったわけだし。
犯罪はちょっとしたことがキッカケで行われるんだな。

そして、時効だな・・と笑った。
俺たちの時効だ・・と。

しみじみと顔を見合わせて
またふたりで笑った。

ミニストーリー

2002-05-22 16:48:36 | Weblog
ホテルの地下駐車場の片隅に
あなたのクルマが停めてあった。
ふたり一緒にエレベーターを降りて
そのクルマの方に歩き出したとき
あなたは急に立ち止まって
「今日は俺が送るよ」と言った。

フロントの階に上がるエレベーターに
私はひとり乗り込んで、あなたはその扉の前に立った。

「じゃ」という短い言葉のあと
扉が静かに閉まり始め、閉まりきる寸前に
あなたはほんのちょっと笑った。

それぞれの街に戻っていく私たちは
それぞれの胸の中にたくさんの想いを溜めたまま
互いに黙っていた。

エレベーターの中に、かすかに残った
あなたの愛用の香りが、急に立ちのぼった気がして
私は思わず、エレベーターを降りると
地下行きの別の箱に乗り換えてしまった。

駐車場に着いて扉が開くと
そこの壁に寄りかかったあなたが
私の目に飛び込んできた。

あなたは「こうなるような気がしてた」と
さっきよりはいくらか明るい顔で笑った。

私は何も言わないまま
あなたの左手をぎゅっと握った。

・・自分の右手で、自分の左手を握った・・
そんな当たり前の感じがした。

とらない電話、聞かない声

2002-05-10 16:47:35 | Weblog
想い出の中にいる人を、呼び出してはいけない。
遠い風景の中に溶け込んでしまった人は、うつしよの住人ではない。

何年もの間吹き続けた風は、二人の間の嘆きも葛藤も罵り合いも
殺意さえも、塵を巻き上げるように吹き飛ばしてしまい
ただシアワセだった想いだけを、結晶のように残す。

手を触れてはいけない事実がある。
開けてはいけない扉もある。
そして、決して見せ合ってはならない互いの「今」がある。

かつて私の全てを溶かし尽くした、手負いの狼のような目に
今は何が映っているのか、私は知らない。

朝が来て昼が過ぎて夜が訪れるという、そんなぼんやりとした一日が
もしも映っているのなら、そんな一日の中に私は棲みたくない。

自分の想い出の中でだけ生かしておくために、俺に死んで欲しいだろう
望み通りにするよ、どうしてもと言うのなら。

そう言われた瞬間、思わず頷きそうになった自分を呪った。
そして「愛してるから」という馬鹿馬鹿しい台詞で
それ以上の言葉を遮った。

想い出の中から不用意に出ようとしないでほしい。
そう願うのは、究極のワガママだろうか。
当たり前の暮らしを選ばないでほしい。
そう伝えるのは、残酷だろうか。

私は自分の想いの中で
想い出の人を死なせてしまったのだろうか。

あおいとり

2002-05-02 16:45:54 | Weblog
近所で道路工事が始まったらしく、数日前から騒音と地響きがひどい。
誰だってそうだろうが、こんな音の中で生活するのは不愉快だ。
かといって、やめてくれとも言えずじっと我慢するしかない。

それが時折ふっと静かになる。
休憩なのか昼食なのかピタリと音が止んで、あたりが急に静かになる。
耳障りな音が止まって初めて、普段の静寂に気がつく。

生きていくうちには、それと似たようなことが何度かあるようで。

普段は別に大事にもしていなかった物が見当たらなくなった時
・・ないと急に不便に感じられ、真剣に探し始めたりする。

アンタなんて居ても居なくても、どっちだっていいわ。
と思っていた人が、自分から離れていった時。
・・こんな筈じゃなかったと、うろたえる自分自身をいぶかりながら
なんとか戻って欲しくて、引き戻す言葉を探したりする。

空気のような存在だから、と日頃感謝もしていなかった人が
急に居なくなってしまった時。
・・その人の不在感の中で、呆然とする自分を自分で持て余してしまう。

壊してしまって初めて気がつく誰かとの関係。
切れてしまって初めて愛しいと思う誰かとの絆。

愚かなる私はこれまでに、何度もそんな経験をしたような気がする。
何か事が起きないと、普段の何事もない生活に感謝出来ない・・
ということは、あまりにも愚かである。

道路工事の音がまた聞こえ始めるまで
私はぼんやりとそんなことを考えた。

・・たまに生活に騒音や振動が入り込んでくると
私はほんのちょっぴり「考えるヒト」になるらしい。
してみると、この騒音も捨てたものではないか・・。