ボストン便り

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不活化ポリオワクチンと日本のワクチン審査制度

2012-07-15 06:22:07 | 健康と社会
9月からの不活化ポリオワクチン導入

 2012年4月23日の第3回不活化ポリオ検討会で、9月1日から全国一斉に生ポリオワクチンから不活化ポリオワクチンに切り替えることが発表されました。長年、生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えを訴えてきた関係者は、やっと一段落した気持ちになったようでした。しかし、問題はどうやら終わってはいないようなのです。
 もちろん「ボストン便り 第37回目 ポリオのアウトブレイク、危機は今」で書いたように、9月の公費による不活化を待っての接種控えも増えるでしょうから、ポリオの流行期でもある夏を乗り越えられるかという問題が危惧されています。それに加えて、今、また別な問題も湧きあがり、関係者を困らせています。それは、ワクチン価格の問題です。

不活化ワクチン、高額の不思議

 9月の接種で使用される不活化ポリオワクチンは、4月に承認されたサノフィパスツール社製の「イモバックスポリオ皮下注」ですが、このワクチンの希望小売価格としてサノフィパスツールが提示しているのが5,450円と、極めて高額であることが分かりました。必要とされる計4回の接種で2万1,800円もかかる計算です。従来の経口生ワクチンはわずか300-400円程度の2回接種だったので、一気に20倍以上に高騰することになります。
 従来から生ワクチンに比べ不活化ワクチンが高額になることは言われていましたが、この価格設定は果たして妥当なのでしょうか。たとえば、同じサノフィパスツール社製の不活化ポリオワクチンを、2011年11月から独自に接種制度を整備してきた神奈川県は、通関税込みで2000円程度で購入してきました。諸外国を見回すと、同ワクチンは、アメリカでは約2100円、オーストラリアで約3600~3900円、カナダで約3200円、で販売されています。
 それではどうして、9月からの公費による接種になってからの値段はこんなに高いのでしょうか。サノフィパスツール社が、外資系ロビー活動会社を雇って、超党派の議員を集めた勉強会を設定した経費が上乗せされたからでしょうか。あるいは同社が、日本の民間調査会社に委託して、生ポリオの安全性についての心配事や不安を聞く項目を含んだ「子育てに関するアンケート」を行わせた経費が計上せされたからでしょうか。それとも同社の社員が、全国40の市町村を訪ねて、不活化ワクチンへの切り替えの必要性を説いて回るのに費用がかかったからでしょうか。
 以上のような理由も、もしかしたら少しは関係しているのかもしれません。しかし、不活化ポリオワクチンの価格を引き上げている原因は、何よりも、日本に独自のワクチン承認審査基準に合わせるため、特別に試験が必要だったことが指摘されています。

日本におけるワクチン承認審査

 日本における医薬品はすべて、薬事法の承認審査制度に則って、審査の手続きが行われています。通常の医薬品は、現在では厚生労働省とは独立した専門機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)によって、品質、有効性、安全性の審査が行われ、基準に照らし合わせて承認/不承認の判断がなされています。戦後、厚生労働省内で細々と行われていた医薬品審査ですが、度重なる薬害事件を受け独立した専門機関が必要とされ、平成16年にPMDAが設立されたという歴史的経緯があります。
 しかしワクチンの場合は、PMDAが独立した判断で行うのではなく、厚生労働省の結核感染症課などの意向がかなり入ってくるといわれています。また、通常の医薬品のように自由競争で開発が行われるのではなく、護送船団方式で国内のワクチン・メーカーを一堂に集めた集団指導もいまだに行われているということです。ちなみに国内のワクチン・メーカーは、(財)化学及血清療法研究所、(学)北里研究所、(財)阪大微生物研究会、デンカ生研株式会社、(財)日本ポリオ研究所といった小規模なものです。このようなワクチンの特殊性は、厚生労働省が長らく国産ワクチンに拘り、国内メーカーを保護しつつ海外メーカーの参入障壁を設けてきたことによるものです。この保護政策によって、かつては優秀だった日本のワクチン産業が時代遅れのものとなって、周知のように先進国とはとても思えないほどのワクチン・ギャップを産む温床となりました。
 単独の不活化ポリオワクチンに関しても、上述の日本ポリオ研究所が主体となって過去には開発が進められていたようです。同社製の国産ワクチンが1998年に臨床試験が開始され、2001年に承認申請が行われましたが、開発に失敗し、2005年にGCP上の問題等により申請が取り下げとなってしまったことが報道されています。国内メーカー保護のためにワクチン・ギャップをつくる厚生労働省の政策が、果たして一般の日本国民にとって本当に幸せなことなのか、もう一度国民みんなで考え直す必要がありそうです。

国立感染症研究所の検査と検定

 通常の医薬品と比べて最も異なる点は、ワクチンが市場に出る前に国立感染症研究所(感染研)が事前の検査と検定を行うことです。メーカーの出した申請書に書いてあるワクチンの品質の規格試験方法について、国立感染症研究所(感染研)が「承認前検査」を行います。これに適合したと判断された時、医薬品部会で検討され、製造販売承認がおりることになります。
この承認がおりる段階に行くと、メーカーは自分たちで試験を行うことになります(「自家試験」)。その後、感染研も「生物学的製剤基準」に基づいた「国家検定」を行います。この「国家検定」も他の医薬品にはないワクチンに独特の制度です。
 感染研の資料によると、このようにワクチンだけが特別に感染研の「承認前検査」や「国家検定」が必要になる理由は、「ダブルチェック」のためだそうです。なぜなら、ワクチンは「国民の健康を守る重要な手段」で、「多くの健常者に対して用いられる」ものだからだから、念には念に入れるというわけです。ちなみに鍵カッコ内は、感染研所長の渡邉治雄氏による「ワクチンの品質管理について」(3頁)からの引用です。

「日本人」の臨床データの意味
 
 日本においてはワクチンの承認審査を受けるためには、海外で当たり前のように使われ、日本でも普通に個人輸入され広く使われているワクチンであったとしても、日本人を対象とした臨床試験成績を新たに提出しなければなりません。今回、サノフィパスルールは不活化ポリオワクチン(=「イモバックスポリオ皮下注」)の承認を取るために、生後3ヶ月から68ヶ月の日本人の子ども74人に不活化ポリオワクチンを接種して、データを集めたのでした。(審査の詳細については、厚生労働省医薬食品局審査管理課が2012年4月20日に提出した審議結果報告書が詳しく、対象者については16頁、17頁に書いてあります)。
 同社は前述の参入障壁のため、本来は日本で不活化ポリオワクチンを販売するはずではなかったと思われますが、2011年5月27日付けで「厚生労働省の方針に賛同」し、「急きょ本剤の開発に取りかかる」ことが公表されました。その後2012年2月23日に申請が行われ、2ヶ月もたたない4月10日に審査結果が作成されています。
 特記事項として、申請と同日付けで厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知として「迅速処理」されることが明記されています。しかも、この日本人の臨床試験は「実施中」とのことで、中途半端な試験結果しか得られていない段階だったようです。通常の審査には2年、早くても1年程度かかると言われていますから、いかに緊急で間に合わせの審査が実施されたかということがうかがわれます。「国家検定」の方は、残念ながら資料を見つけることができなかったので、どのように行われたのかは分かりませんでした。
 このように緊急に日本で導入されたサノフィパスツール社製の不活化ポリオワクチンですが、世界ではすでに2.7億回接種分以上が販売されていて、1982年にフランスで承認、世界86か国で販売されている、日本人以外にとってはごく一般的なワクチンのようです。実に30年ものワクチン・ラグがあるものを、緊急に導入しなければならない日本のワクチン行政は、不可解なものに映ります。しかも、たった74人の日本人のデータで、そのワクチンの有効性や安全性を検討するという事は、どのくらいの重要な意味があるものなのでしょうか。はたして、その費用や時間に見合うだけの科学的データが新たに得られたのでしょうか。
 ちなみにサノフィパスツール社のトマ・トリオンフ社長は、このような価格になった理由として、1)ジフテリア・百日咳・破傷風との4種混合ワクチン(DTP-IPV)が普及するまでの期間限定的な製品になる、2)日本の品質基準に合わせるため工場ラインを増設して雇用を増やした、という2点を挙げています。これらの日本での開発にかかった費用が上乗せされて、5,450円という不活化ポリオワクチンの値段が計算されたという事なのでしょう。(11月からの4混の話も重要ですが、本稿では割愛します)。

苦悩していると思われる感染研

 1980年から2008年までの間に、生ポリオワクチンによってポリオに罹った人は92人います。まさに感染研の所長がいうように、ワクチンは「健常者に対して用いられる」ものなので、元気な赤ちゃん、働き盛りの大人が、ある日突然、ワクチン接種によって、あるいはワクチン接種者と接触する事によって、数百万人に一人程度の割合でポリオにかかってしまうのです。
 海外では、ポリオにかかる事のない不活化ワクチンが使われているのに、日本では従来からの「きまり」によって、たとえ重要性が認められなくても日本人のデータがなくては切り替えが出来ないという現実の狭間で、感染研の所長はどれほど苦しい思いをしていた事かと想像されます。
 また、感染研の職員も矛盾の中で苦悩していたのではないかと思われます。2010(平成22)年7月7日に出された国立感染症研究所の「ポリオワクチンに関するファクトシート」14頁「公共経済学的な観点」では以下のようなことが書かれています。少し長いですが抜粋します。

 「OPV(生ポリオワクチン)によるVAPP(ワクチンによるポリオ感染)およびVDPV(二次感染)によるポリオ流行のリスクを考慮して、従来OPVを使用していた多くの国々で、OPVからIPVへの変更が進められている。IPV導入に関わる社会的コスト・ベネフィットは、ワクチン開発・製造・購入のコスト、ワクチン接種法・接種スケジュールの変更に関わるコスト、VAPPを含む副反応症例の治療や救済のコスト、疾患・病原体サーベイランスのコスト等、様々な要素を加味する必要があり必ずしも単純ではない。」(カッコ内は筆者挿入)

 まさに正鵠を得た指摘です。ワクチンの事を、ここまでコストとの関係で論じる事が出来るのですから、過去の「きまり」から離れて、ワクチンの承認審査のあり方について再考する事の必要性は痛感していたはずです。

日本基準の規制緩和はどこへゆく

 政府は2012年7月10日に、医療機器の審査迅速化やワクチン・ギャップの解消などを盛り込んだ「規制・制度改革に係る方針」を閣議決定しました。これは、運輸・航空等とともに医療の規制の見直しをはかるもので、17項目が対象としてあげられていました。
 それらは、たとえば、後発の医療機器の審査をする際に、民間の登録認証機関が活用できるようにすること、国内の医療機器の審査手続きに諸外国での申請資料を利用できるようにすること、そして、ワクチンの規格値や試験方法について国際基準との整合性を図ることでした。特に、世界保健機関(WHO)が接種を推奨するワクチンについては、定期接種化に向けて検討を行うことが記されていました。この政府の閣議決定は、まさしくこれまで感染研の行ってきた「承認前検査」や「国家検定」を見直そうとする動きです。
 これから、日本独自のワクチン審査基準はどのようになってゆくのでしょうか。国際基準と整合性をはかればいいということになったら、これまで日本人のデータしか信用していないことになっていた仕組みはどのようになるのでしょうか。不活化ポリオワクチンの問題は、まだまだ続いており、目が離せません。

謝辞:本稿を執筆するにあたって、ナビタスクリニック内科医師の谷本哲也氏からご教示いただきました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

<参考資料>
ワシントンに本拠地を置くロビー活動会社
http://voxglobal.co.jp/

国立感染症研究所「ワクチンに係る規制・制度の現状」
http://www.cao.go.jp/sasshin/kisei-seido/meeting/2011/wg1/120302/item2-1_1.pdf

国立感染症研究所「ワクチンの品質管理について」
www.mhlw.go.jp/shingi/2010/04/dl/s0421-4h.pdf

プレスリリース 「サノフィパスツール株式会社 ポリオ(急性灰白髄炎)の不活化ワクチン開発を決定」
http://www.sanofipasteur.jp/sanofi-pasteur2/sp-media/AVPI_JP_EN/JA/284/1734/11

国立感染症研究所「ポリオワクチンに関するファクトシート」
2010年7月版

ブログ「感染症診療の原則」より
ワクチンの値段の謎 その4
http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/bddf09e6e4ee4b9569cd562bbfe7c1f8
不活化ポリオワクチン承認へ、のニュース
http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/cfa8833a9f62172c98ee4892fe7d5eb6

厚生労働省医薬食品局審査管理課の審議結果報告書
2012(平成24) 年4 月20 日
http://www.info.pmda.go.jp/shinyaku/P201200053/650274000_22400AMX00684000_A100_1.pdf

日経メディカル オンライン 「WHO推奨ワクチンの定期接種化などを検討へ 政府、39項目の規制・制度改革方針を閣議決定」
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/hotnews/int/201207/525861.html

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4 コメント

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Unknown (ママサン)
2012-07-15 23:15:54
日本の予防接種行政に関る専門家たちが、不活化ワクチンの必要性を認めたのは1990年代末。その時には、イモバックスは既にあった、わけで。
それ以前からも、ずっとあったわけで。

感染研の方々がプロなら、10年前に同じ指摘をしていてしかるべきだっただけのことです。


Unknown (細田満和子)
2012-07-16 05:37:45
ご指摘の通りなのです。感染研の方々はウイルス学のプロ(PhD)であって、予防医学のプロ(MD, MPH)ではないのです。

マウスの実験によって、同じようにウイルスに暴露されても、ポリオに罹る人もいればかからない人もいるので、遺伝子などが関係するといった研究はしていますが、生ワクとか不活化という問題に関しては専門外なのです。仮に、不活化ワクチンに切り替えるべきと思っていたとしても、どこにそれを訴えたらいいのか分からなかったのではないでしょうか。



リンクお願いします (medwriter)
2012-08-31 21:07:48
参考になるご意見が多く、期待の星です。
ワクチンが日本で公費助成になると高くなるのは、本当に解せません。
私のつたないブログですが、リンクさせてください。
宜しくお願いいたします (細田満和子)
2012-10-15 15:29:05
コメントをありがとうございました。
medwriterさま、リンクの件、よろしくお願いいたします。

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