ボストン便り

伝統的であると共に革新的な雰囲気のある独特な街ボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

リーダーの条件、人々の選択(1)

2011-07-03 11:50:59 | ヘルスケア改革
大統領選「前年の夏」

 メモリアル・デイが終わり6月になったボストンは、真っ青に晴れ上がったり急に雷雨が来たりという、いかにもボストンらしい変わりやすい天気の日が続いています。5月末からの大学の卒業式ラッシュと引っ越しでなんとなくざわざわしていた町も少し落ち着き、公立小中高も6月中旬で学年末となり、9月初めのレイバー・デイまで2月半にわたる長い夏休みに突入しました。
この夏は、政治的スケジュールでは、来年11月の大統領選の「前年の夏」ということで、候補者のディベートが開かれたり、誰が党代表になるかといったことがメディアを賑わしたりしています。この辺りはニュージャージー在住の冷泉彰彦氏が詳しくレポートをしていらっしゃるので譲りますが、私が関心を持っているのはなんといっても共和党の最有力候補と評判のミット・ロムニー氏のヘルスケア改革についての態度です。

二つのヘルスケア改革法

 ロムニー氏は、2006年にマサチューセッツ州で州民皆保険が実現した時、州知事として最大の功労者のひとりでした。州民皆保険を義務づけたヘルスケア改革法の調印式でサインをしたのは、まさしくこの共和党のロムニー氏だったのです。
しかしながら、この全米初の皆保険という輝かしい業績、すなわちマサチューセッツ州のヘルスケア改革法が今、ロムニー氏にとって大きな「障壁」になっています。支持母体である共和党が、皆保険を目指したオバマ氏による連邦のヘルスケア改革法に絶対反対というポリシーであるからです。
共和党の急先鋒サラ・ペイリン氏は、ロムニー氏とマサチューセッツの州民皆保険への猛烈な批判を各所で表明しています。例えば皆保険について、ボストン・グローブの記者から感想を聞かれたペイリン氏は、「政府からの義務強制は、どんなものであってもよいものではありません」と答えていました。
やはり共和党のラドルフ・ジュリアーニ氏も、「オバマ・ケアもロムニー・ケアもほとんど同じもの」と言い放っています。「オバマ・ケア」というのは、オバマ大統領が昨年2010年3月に調印したヘルスケア改革法に反対の立場の人が、この改革を揶揄する時に使う呼び名です。「ロムニー・ケア」というのは、これまで聞いたことがなかったのですが、どうやらマサチューセッツの州民皆保険を定めた改革法のことらしく、やはり揶揄する意図で使われています。ジュリアーニ氏は、「一番いいのは、こんなもの(オバマ・ケアもロムニー・ケアも)は白紙に戻すことだ」と言っていました
さらに共和党で元ミネソタ州知事のティム・パウレンティ氏にいたっては、「オバムニー・ケア Obamneycare」なる珍奇な造語を持ち出してきて、二つのヘルスケア改革法は鏡に映った二つの像と同じでひどい悪法だ、と言ってこきおろしています。

ロムニー氏の宣誓

 この状況に対してロムニー氏はどのように応えているのでしょうか?ロムニー氏は、オバマ大統領のヘルスケア改革法を何の躊躇もなく破棄する、と宣誓しています。彼の主張によると、連邦(Federal)と州(State)で話は全く異なるといいます。人々の健康保険に関しては、義務化するかどうかも含め、州が責任を持って独自にするものであるけれど、連邦が関与する問題ではないというのです。
6月13日にニューハンプシャーで行われた共和党候補者演説で、ロムニー氏はほとんどこのことには触れていませんでしたが、こんな風なことを言っていました。「悪い状況を取り除いて、良い状況を作り出す方法を打ち出します。完璧ではないかもしれませんが、州の問題に対しては州が解決してゆくべきなのです」。 これはおそらく、州のことは州で決めるべきで、連邦が口を出すべきではないと、暗にオバマ氏のヘルスケア改革を批判し、廃止を主張しているのでしょう。
全州皆保険は推進しても、国民皆保険を否定するため、こんなような詭弁のようなロジックを打ち出してくるものなのか、と感心しました。

ヘルスケア改革法:連邦と州

 連邦法に基づくオバマのヘルスケア改革法も、州法に基づくマサチューセッツのヘルスケア改革法も、最大の目標は、保険会社から患者・消費者を守るために既往歴がある人も保険に入れるようにする、雇用主に従業員の保険を提供するようにするといった、弱い立場にある人を保護するというものでした。
 ただし、同じヘルスケア改革法でも、州と連邦に大きな違いがあることも指摘されています。それは、州ではコスト管理をすることなしに保険加入者を増やすことにしているのに対して、連邦では保健医療提供者や高額所得者などの様々な形で増税を呼びかけたり、さらにメディケアの予算を削減することなども盛り込まれたりしているからです。
 現在、マサチューセッツ州民の健康保険加入率は98%ですが、どうしてそれが可能かというと、連邦政府という「お金持ちの伯父さん」が足りない財源を補填してくれているからだ、とブランダイズ大学の医療経済学者スチュワート・アルトマン氏は言います。アルトマン氏は、クリントン政権時には国民皆保険を目指したヒラリー・クリントン氏のアドバイザーで、マサチューセッツ州のヘルスケア改革では実際の制度作りにも携わった人物です。  

リーダーの条件、人々の選択(2)

2011-07-03 11:47:22 | その他
ヘルスケア改革は誰のため

 アルトマン氏は、マサチューセッツ州におけるヘルスケア改革法案の成立を、「実に面白い現象」だったと言います。すなわち、2006年にマサチューセッツ州の皆保険が成立したのは、共和党のブッシュ政権だったからこそ可能だったというのです。
ブッシュ氏の率いる小さな政府論者は、連邦政府から州に最大限の権限を与えようとしていました。そこで州は、独自の制度を造ったり、連邦の医療の財源を柔軟に使用したりする権限をもつようになりました。ゆえにマサチューセッツ州ではヘルスケア改革法が通り、州民皆保険が実現したという訳です。
この見方は、確かにとても興味深いものです。ではこの度、小さな政府を標榜する共和党候補者として、オバマ大統領のヘルスケア改革法は連邦の力が大きくなるので反対し、州ごとに判断を任せるというロムニー氏の態度は納得できるものなのでしょうか。そう単純ではないと思います。
マサチューセッツのヘルスケア改革法が成立する前日、ロムニー氏は、ウォールストリート・ジャーナルに、以下のような旨の感想を寄せています。州知事になってまだ数週間しかたっていないころ、友人の大手小売店COEに、「もし本当に人々の助けとなるようなことがしたいなら、みんなが健康保険を持てるような方法を考えたまえ」と言われ、できるという信念を持って取り組んできた、と。
マサチューセッツのヘルスケア改革の時、確かにロムニー氏は「人々を助けよう」と思って皆保険を実現させようと尽力しました。それが国のレベルに来たとき、どうして「国民を助けよう」とは思わなくなってしまうのでしょうか。

裁判所の判断

 「大統領選挙前年の夏」のはじまる前夜6月29日に、オバマ氏のヘルスケア改革法は前進のための重要な局面を迎えました。ヘルスケア改革法は個人の自由を侵すので憲法違反だとする数ある訴訟のひとつに対して、裁判所が同法は違憲ではないという判決を下したのです。
 この訴訟は、トマス・モア法律センターと4人の個人が原告となり、オバマ氏らを相手取って、ヘルスケア改革法の調印と同日に、ミシガン地方裁判所に起こされたものです。訴状内容は、議会は健康保険を義務化する権限を欠いており、ヘルスケア改革法は信条の自由を定めたアメリカ憲法修正第1条を侵しているというものです。
この訴えに対して法廷では、議会が個人に最低限の用意しておく責任(the minimum coverage provision)を求めることは合法的である、との判決が下されました。この判決を支持する理由としてマーティン判事は、ほとんどすべての人が、突然医療を必要とする状況になることがあり、個人は支払うことができるかどうかに拘わらず医療を受けられるべきである、ということを示しました。
この判決を受けて、ホワイトハウスのブログには、「この画期的な改革の合憲性は、必ずや人々の支持をうるでしょう」と書かれていました。ここからは、ヘルスケア改革の実現に向けて、やっと追い風が吹いてきた喜びを隠せない様子がうかがわれました。実際、ヘルスケア改革は、昨年3月の成立時から絶えず批判にさらされてきました。ヘルスケア改革がオバマ氏の支持率を低下させている、とはよく言われていることです。
しかし、それでもあくまで改革をやり遂げようとするオバマ氏の心意気には、リーダーとしての条件を垣間見た気がします。今回の判決を、オバマ陣営と主に喜びたいと思います。
 
リーダーの条件

実業家出身のロムニー氏は、知名度でも財政的にも他の共和党候補に対して優位に立ち、ビジネス・スクールで行っている講義も評判の良く、演説も上手です。マサチューセッツ州知事時代は、増税や予算の増加なしに州民皆保険を実現し、雇用問題にもうまく対応して州の経済の立て直しもしました。モルモン教徒であるという宗教的バックグランドも「政教分離」を誓約することで問題を回避しています。あらゆるリーダーとしての資質をそつなく備えているとみなされ、現在、ロムニー氏は次期大統領選の最有力候補と見なされています。
しかし、州知事時代の輝かしい業績、全ての人が健康保険を持てるための改革を、大統領という立場を想定するととたんに放棄するような、変節ともとれるようなロムニー氏の態度には、がっかりしている人も少なからずいるのではないかと思います。
ロムニー氏が州知事だったころ、人々を助けるためという使命に燃えて進めていた州民皆保険は、民主党よりのリベラルな気質を持つマサチューセッツ州民を相手にした人気取りにすぎなかったのでしょうか。あるいは、ロムニー氏自身は、本当は皆保険を実現させたいけれど、共和党を基盤としているために、自分の信念を曲げて、ヘルスケア改革に反対するのでしょうか。いまのところ真相は分かりません。
政党を基盤とする政治家は、政党の意図を外れることができないということを改めて感じました。しかし、それに対して選挙権を持つ市民は、是々非々でどの政党を支持するか決められます。今後もアメリカの人々がどんな選択をするのか、どんな国にしたいと思ってゆくのか、選挙の行方を注視していきたいと思います。

私たちの選択

 現在の日本は、震災後の復旧・復興のための莫大な課題を抱え、福島原発事故も未だ終息しない、重苦しい不安に包まれているのではないかと思います。人々の健康や安全よりも、事態の混乱を避けることを優先させようとする政府の対応に、人々の信頼も低下するばかりです。政局も不安定な中、様々な政治家がいろいろなことを言っていて、いったい何を信用すればいいのか確たるものが見えないような状況です。
だからこそ、イメージやこれまでの業績だけではなく、いま、どんなことを考えていて、どんなことをしていこうと言っているのかといった、政治家の言葉を具体的に聞くことが大切なのだと思います。もちろん、言っているだけで行動を伴わなかったり、言っていることが変わったりしてしまう可能性もあるでしょう。しかしそれでも、政治家を選ぶということはとても大事なことです。どんなことを主張しているのか、きちんと内容を見極めたうえで、本当に人々のことを考えている人を選んでいきたいものです。


<参考資料>
・JMM 冷泉彰彦 「動き出した大統領予備選、共和党の党内事情」 配信日:2011-06-18
http://www.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_2740.html
・NYタイムス。Romney, Opening Race, Presents Himself as the Candidate to Face Obama
http://www.nytimes.com/2011/06/03/us/politics/03romney.html?_r=1
・USA トゥデイ、News analysis: Comparing Obama and Romney health laws
http://www.usatoday.com/news/washington/2011-06-22-obama-romney-health-care-Massachusetts_n.htm
・ニューヨーカー Romney’s Dilemma
http://www.newyorker.com/reporting/2011/06/06/110606fa_fact_lizza

・Thomas More Law Center v. President of the United States
http://healthcarelawsuits.org/detail.php?c=2276356&t=Thomas-More-Law-Center-v.-President-of-the-United-States

・ホワイトハウス・ブログ The White House Blog: Health Care, A key Legal Victory for Health Care
http://www.whitehouse.gov/blog/issues/Health-Care

・ヒューマン・デベロップメント・プロジェクト
http://www.ssrc.org/programs/american-human-development-project/