ボストン便り

伝統的であると共に革新的な雰囲気のある独特な街ボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

三つの投票・三つの結果―アメリカ社会の行方をみつめて

2012-11-28 07:35:22 | ヘルスケア改革
アメリカ大統領選

まず一つ目はアメリカ大統領選挙です。アメリカ中が大騒ぎをした選挙でしたが、2012年11月6日に一般投票が行われ、民主党のバラク・オバマ大統領が、共和党のミット・ロムニー候補を破りました。
大統領選挙は合計で538人の選挙人を争い、過半数の270人を獲得した候補が当選するという仕組みになっています。オバマ大統領は、7日の午前0時に、当選が確実になりました。最終的には、オバマ氏が332人、ロムニー氏が206人の選挙人を獲得するという結果となりました。直前の調査では接戦が予想されていただけに、オバマ陣営の喜びはひとしおだったでしょう。
この選挙では、前回に引き続いてヘルスケア改革が大きな争点になりました。民主党は国民皆保険を義務付け、既往歴があっても保険に加入できるようにするヘルスケア改革法(Patient Protection and Affordable Care Act)を支持し、推進していこうとしています。一方で共和党は、ヘルスケア改革法に反対しています。共和党側はこのヘルスケア改革法を揶揄の気持ちを込めて「オバマケア」と呼び、撤廃を強く求めています。
しかし、実は共和党の大統領候補者のロムニー氏は、以前、マサチューセッツ州知事であった時、マサチューセッツのヘルスケア改革法(Massachusetts Health Care Reform Act)を成立させた張本人なのです。

争点としてのヘルスケア改革

マサチューセッツ州のヘルスケア改革法は、いまから6年前の2006年4月12日にロムニー氏が署名し、翌年2007年7月1日から施行されました。この法律は州民全員に保険を持つことを義務付けています。しかも、税の申告の時に保険に入っているかどうかを調べ、入っていない人は罰金を払わなくてはならないという厳しい制度になっています。
保険料を払うことが困難な低所得者へは、州が財政的に支援します。その結果、改革法以前の2005年に55万人いたマサチューセッツの無保険者は、施行後の2008年には約11万人へと急速に減りました。このマサチューセッツの改革法は、カイザーファミリー財団とハーバード公衆衛生大学院が2008年に実施した調査によると、7割近くの州民による支持を得ています。
 自らが州知事だった時に成立させ、その後も高い支持を得たマサチューセッツ州のヘルスケア改革法でしたが、ロムニー氏は連邦の大統領として立候補するに当たり、オバマ氏のヘルスケア改革法を真っ向から否定しました。この点については、もちろん一般市民やジャーナリストたちが厳しく追及しましたが、ロムニー氏は州と連邦は違うと繰り返すだけで、納得のいく答えは出しませんでした。この様なロムニー氏の態度に対し、多くのマサチューセッツの人々は疑問を感じていました。
これでオバマ政権は2期目に入りますが、この4年間に解決されることが期待される課題は沢山あります。いまだに反対する声の大きい医療保険制度、コストが膨らんでいる社会福祉プログラムの改革などは、真っ先に取り組む問題になるでしょう。その背景には、年間1兆ドルに上る巨額の財政赤字、16兆ドルに達する債務という問題があります。他にも米議会における民主党と共和党の対立解消、中国の台頭やイランの核問題などを背景に難しさを増す外交問題など、たくさん課題はありそうですが、アメリカがどのような方向性を目指すのか注目されます。

連邦議会選

 ふたつ目は連邦議会選です。11月6日の大統領選と同時に連邦議会選も行われました。マサチューセッツ州では、民主党から出馬した、ハーバード大学の法律学教授であるエリザベス・ウォレン氏が上院の議席を獲得しました。この議席は、民主党の大物議員テッド・ケネディ氏の死亡による補欠選で共和党の新人スコット・ブラウン氏に奪われた因縁の議席でしたが、ウォレン氏の当選は、マサチューセッツ州ではじめての女性上院議員としても大きな意味がありました。   
ウォレン氏は銀行破産法が専門ですが、それは、クレジット破産や不動産破産など、アメリカの中間層が搾取される形で破産せざるを得ない状況を何とかしようという志で行われています。2008年のリーマン・ショックの時、ウォレン氏は資産問題救援プログラムの成立を監督し、アメリカ消費者金融保護局の設立にもアドボケーターとして尽力しました。ウォレン氏は、アメリカの中間層家族のために闘ってきた活動家でもあるのです。
それは彼女の経歴からも読み取れます。ウォレン氏の父親は、彼女が9歳の時に心筋梗塞になりました。勤め先からは仕事の内容を変えられ、減給されました。医療費もかさみ、一家は車を手放し、母も働きに出るようになりました。彼女は9歳からベビーシッターとして働き始め、13歳からはレストランでウェイトレスをしました。
ウォレン氏には3人の男兄弟がいますが、すべて軍隊に入っています。低所得者が教育を受けたり、経済的に独立をしたりしてゆくために、奨学金が出たり給与が保証されたりしている軍隊は手ごろな場所なのです。
ウォレン氏は大学を出た後、学校の教師として働きました。結婚して子どもをもうけた後に法律を学び、一時期は法律家として働いた後、大学の法律教師になったというわけです。ハーバードの教授といっても、アカデミアの世界だけにいた人ではなく、子どもの頃から現実社会の荒波にもまれ、潜り抜けていたという人物です。
こうしてマサチューセッツ州はまた民主党の上院議員を擁するようになりました。連邦全体を見回すと、議会選の結果、上院は民主党が過半数を維持、下院は共和党が過半数を維持しました。これで議会はいわゆる「ねじれ」状態が引き継がれました。

医師による自殺幇助法(Physician Assisted Suicide Act)の住民投票

そして3つ目として、マサチューセッツ州では前二者と同じくらい注目を集める投票が行われました。それは医師による自殺幇助(PAS)法、またの名を尊厳死法の可否についてでした。これは、末期がんの当事者や亡くなった方のご家族などを中心に、125,000人の署名が集められ、住民投票にかけられることになったのです。内容は、余命6か月以内と診断された時に、主治医とカウンセリング医師の承認がある場合に限って、本人が希望すれば医師が致死量の薬物を処方できるというものでした。
この医師による自殺幇助法を巡っては、賛否の議論が交わされました。最後まで自分の人生をコントロールする権利を主張する陣営、自殺そのものを許さない陣営など、政治的、宗教的、思想的、職業的にさまざまな団体、患者団体、障害者団体、医療専門職団体が、それぞれの主張を繰り広げてきました。
このような状況の中で、マサチューセッツ州医師会は、自殺幇助(PAS)法に反対のスタンスを取ることが表明されました。反対の理由は、以下のようなものでした。1)PASは癒すものとしての医師の役割に根本的にそぐわない、2)余命6カ月という確実な診断はできないし、そうした予測は不正確である、3)数か月で死ぬと診断された患者がそれ以上、時には何年も生きるケースも少なくない、4)不十分な説明で患者が意思決定してしまうことへの予防策も、患者が死ぬよう教唆を受けて意思決定することへの予防策も、盛り込まれていない。
投票後すぐに開票が行われて日付が変わってすぐの11月7日の午前2時、93%開票段階で、反対51%に対して賛成49%となりました。最終的には開票数275万で、合法化成立に38,484票の不足で、マサチューセッツ州での医師による自殺幇助法は否決されました。
ちなみに、アメリカの中で医師による自殺幇助法が認められているのは、オレゴン州とワシントン州のふたつの州だけです。オレゴン州では2011年に114人、ワシントン州では70人が、合法的に死を迎えています。この法律を利用した人の特徴としては、ほとんどが白人で、高学歴で、末期のがんを患っていました。


自分たちで決めた責任

オバマ大統領は、勝利が決まった直後、支持者にメイルでこう呼びかけました。
「あなた方に知って頂きたいことは、この勝利は運命などではない事、偶然の出来事でもない事です。あなた方がこの勝利を導いたのです。I want you to know that this wasn't fate, and it wasn't an accident. You made this happen.」
 これは、人々に対して、選んだからには共同責任があるので協力すべきだと言っている事と等しいと思います。ウォレン氏を上院議員に選び、医師による自殺幇助法を否決したマサチューセッツ州民にも、同じ言葉がかけられるでしょう。ある道を自分で選んだら、その選択に責任を持つのです。
 これは、市民が政治と遠いところにいるのではなく、政治に参画しているという意識を持てる仕掛けであり、アレクシ・ド・トクヴィルが19世紀のアメリカ社会を見聞して著した『アメリカの民主主義』で描かれた伝統的国民性でもあります。
 日本では12月16日に都知事選や衆院選を迎えます。候補者を知る準備期間があまりにも短いので、どのくらい把握できるか疑問ではありますが、責任のある投票をしたいものです。

*この度、日本に活動の拠点を移すに当たり、『ボストン便り』は最終回とします。ご愛読ありがとうございました。次回からは、『医療社会学のフィールドからの手紙』と題して、医療という異文化世界を外側から覗いていて、気づいたことや驚いたことなどを綴っていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。

*「ボストン便り」が本になりました。タイトルは『パブリックヘルス 市民が変える医療社会―アメリカ医療改革の現場から』(明石書店)。再構成し、大幅に加筆修正しましたので、ぜひお読み頂ければと思います。


【参考資料】
・マサチューセッツ医師会の見解、ゴーローカル/ウォーセスター・ヘルス・チーム、Monday, September 17, 2012 http://www.golocalworcester.com/health/new-mass-medical-society-takes-stance-on-physician-assisted-suicide-and-med/
・Assisted suicide measure appears headed for defeat
Boston Globe, November 7, 2012
http://www.boston.com/metrodesk/2012/11/07/assisted-suicide-measure-too-close-call/8Nzb3GxeZZ9KgKY9kJzvFJ/story.html

謎に満ちた日本のポリオワクチン接種

2011-12-30 19:12:16 | ヘルスケア改革
ワクチン「拒否率」の上昇

 現在日本においては、ポリオワクチンを巡る議論が社会的問題となってきています。すなわち、ワクチンによるポリオ麻痺(VAPP)を避けるために不活化ワクチンを求める親たちと、生ワクチン接種を推奨し続ける政府とのコンフリクトが起こっているのです。
その結果、何が起こっているかと言うと、ポリオワクチン接種率の低下です。都内で小児科を開業されている宝樹真理医師は、渋谷区や港区や世田谷区の接種率は、今や5割に低下していると言います。予防のためには90%がワクチンを接種している必要があるといいますから、この接種率50%というのは明らかに危機的なものです。
 従来より現行の生ポリオワクチン接種に疑問を呈してきたテレビ制作者の真々田弘氏は、このワクチン接種率の低下を、「ワクチン拒否率」だといいます。親にとってみれば、安全性が確立されている不活化ワクチンがあって、諸外国ではすでに何年もルーティンで使われているのに、生ワクチンを打つことで我が子がポリオを発症してしまうことは、絶対に避けたいことなのです。
 しかし、どういう訳か日本では、未だに生ワクチンなのです。アメリカで子育てすると、日本とアメリカで、予防接種の数と回数が全く違うのに驚きますが、一つ一つ調べていくといろんな疑問に出くわします。ポリオもその一つで、調べれば調べるほど、謎が出てきます。


日本小児科学会の見解

 ワクチン接種率の低下を懸念して、日本小児科学会の予防接種・感染対策委員会は、2011年11月14日に「ポリオワクチンに関する見解」をホームページ上に掲載しました。その冒頭では、こんな風に書かれています。

「世界的にはまだ野生株ポリオの流行が存在する中、わが国においてはポリオワクチン接種率を高く保つ必要があります。IPV(不活化ポリオワクチン:筆者挿入) が導入されるまでポリオワクチン接種を待つことは推奨できません。」

 そして、生ワクチンによって実際にポリオに罹ってしまうことがあることを明記して、WHOのポジション・ペーパーを引用して、こんなことも書いています。

「世界保健機構(WHO)は生ポリオワクチンによるポリオ麻痺を予防するために、お母さんの免疫が残っている間に初回の接種をするように勧めています」


WHOの見解

 この日本小児科学会の見解を読むととても不思議な気がします。というのも、小児科学会が引用した実際のWHOのポジション・ペーパーの当該箇所を和訳すると、このようになります。

「母親由来の免疫がまだ残っている間に初回のOPV接種を提供することは、少なくとも理論的にはVAPPを予防するかもしれない。しかしながら、出生時接種の抗体出現割合のデータは非常なばらつきを見せている。低いところではインド(10-15%)、中間値のエジプト(32%)、高いところでインドネシア(53%)・・・」

すなわち、日本小児科学会は「WHOはお母さんの免疫が残っている間に初回の接種をするように勧めています」と書いているのですが、当のWHOは「母親由来の免疫がまだ残っているうちに初回の接種をすることは、少なくとも理論的には予防するかもしれません」と書いているのです。ここにはかなりのズレを認めざるを得ません。どうしてこのようにズレていることを、学会の見解として表明するのでしょう。とても不思議です。


WHOとの違い

 また、同じWHOのポジション・ペーパーには、生ポリオワクチンによるポリオの発症(VAPP)件数は、年間で100万人に4人と書いてあります。しかし、日本小児科学会の声明では、日本では100万人に1.4人と書いてあります。これも不思議で、日本小児科学会はいかなる根拠によってこのようなことを書いているのでしょうか。
 日本小児科学会の最大の不思議な点は、まだあります。WHOの世界ポリオ撲滅イニシアティブのスポークスマンであるオリバー・ローゼンバウアー氏は、生ワクチンによってポリオに罹ってしまうことはまさしく害悪なので、「ひとたびポリオの野生株の撲滅を達成できたら、経口ポリオワクチンをルーティンの接種で使用することは中止する必要があろう」と、2011年11月11日にオンラインのカナダ医師会誌で語っています。
これはいまさら新規に言われたことではなく、生ワクチンによって実際にポリオが発生する危険性は従来から言われていたからこそ、ポリオを撲滅した国(日本を除くほとんどの先進国)では次々に不活化ワクチンに切り替えているのです。それでは日本小児科学会は、このWHOの見解や、ポリオを撲滅した諸外国の状況を知らなかったのでしょうか。


生ワクチンによる被害

 現在、世界的にポリオを撲滅しようとする動きが活発で、ロータリー・クラブ、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、日本の外務省でさえ、莫大な資金を投入して、キャンペーンをしたり、予防接種を普及させようとしています。そのおかげで、たとえばかつてポリオ蔓延国であったインドは、WHOの推奨するポリオ撲滅戦略を全面的に受け入れて、2011年1月に1人の患者が発生しただけで、以降、ポリオの発症例は報告されていません。
 ところが日本では、2011年5月に発表されたように、生ポリオワクチンの接種によってポリオに罹ってしまった子どもがいるのです。どうしてこんなことが起きてしまうのでしょうか?ポリオ発症数をゼロにしたインドと未だにポリオ発症者のいる日本との違いはどこなのでしょう? インドはWHOの推奨を受け入れたからで、日本は受け入れていないからなのでしょうか?いったいどうして現在に至るまで日本では、ポリオが撲滅できないのでしょうか?
 謎は深まるばかりです。


【謝辞】
 ポリオワクチンに関する情報を提供して頂き、ご意見を聞かせて頂きました真々田弘氏、ポリオの会の皆様、宝樹真理氏に心からのお礼を申し上げます。また、感染症コンサルタントの青木眞氏のブログは大いに参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

(参考資料)
日本小児科学会、予防接種・感染対策委員会による「ポリオワクチンに関する見解」。
http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_111114.pdf
(2011年11月19日にダウンロード)
WHOのポジション・ペーパー「撲滅前時代におけるポリオワクチンとポリオ予防接種」
WHO,Polio Vaccines and Polio Immunization in the Pre-eradication Era: WHO Position Paper, Weekly Epidemiological Record, No.23, 2010, 85, 213-228.
http://www.who.int/wer/2010/wer8523.pdf (2011年11月19日にダウンロード))

「WHOはポリオ集団発生と関連するワクチンの廃止を熟考する」、カナダ医師会誌、オンライン、2011年11月11日発行
WHO Mulls Phase Out of Vaccine Linked to Polio Outbreaks, Canadian Medical Association Journal(CMAJ),
http://www.cmaj.ca/site/earlyreleases/11nov11_who-mulls-phase-out-of-vaccine-linked-to-polio-outbreaks.xhtml


リーダーの条件、人々の選択(1)

2011-07-03 11:50:59 | ヘルスケア改革
大統領選「前年の夏」

 メモリアル・デイが終わり6月になったボストンは、真っ青に晴れ上がったり急に雷雨が来たりという、いかにもボストンらしい変わりやすい天気の日が続いています。5月末からの大学の卒業式ラッシュと引っ越しでなんとなくざわざわしていた町も少し落ち着き、公立小中高も6月中旬で学年末となり、9月初めのレイバー・デイまで2月半にわたる長い夏休みに突入しました。
この夏は、政治的スケジュールでは、来年11月の大統領選の「前年の夏」ということで、候補者のディベートが開かれたり、誰が党代表になるかといったことがメディアを賑わしたりしています。この辺りはニュージャージー在住の冷泉彰彦氏が詳しくレポートをしていらっしゃるので譲りますが、私が関心を持っているのはなんといっても共和党の最有力候補と評判のミット・ロムニー氏のヘルスケア改革についての態度です。

二つのヘルスケア改革法

 ロムニー氏は、2006年にマサチューセッツ州で州民皆保険が実現した時、州知事として最大の功労者のひとりでした。州民皆保険を義務づけたヘルスケア改革法の調印式でサインをしたのは、まさしくこの共和党のロムニー氏だったのです。
しかしながら、この全米初の皆保険という輝かしい業績、すなわちマサチューセッツ州のヘルスケア改革法が今、ロムニー氏にとって大きな「障壁」になっています。支持母体である共和党が、皆保険を目指したオバマ氏による連邦のヘルスケア改革法に絶対反対というポリシーであるからです。
共和党の急先鋒サラ・ペイリン氏は、ロムニー氏とマサチューセッツの州民皆保険への猛烈な批判を各所で表明しています。例えば皆保険について、ボストン・グローブの記者から感想を聞かれたペイリン氏は、「政府からの義務強制は、どんなものであってもよいものではありません」と答えていました。
やはり共和党のラドルフ・ジュリアーニ氏も、「オバマ・ケアもロムニー・ケアもほとんど同じもの」と言い放っています。「オバマ・ケア」というのは、オバマ大統領が昨年2010年3月に調印したヘルスケア改革法に反対の立場の人が、この改革を揶揄する時に使う呼び名です。「ロムニー・ケア」というのは、これまで聞いたことがなかったのですが、どうやらマサチューセッツの州民皆保険を定めた改革法のことらしく、やはり揶揄する意図で使われています。ジュリアーニ氏は、「一番いいのは、こんなもの(オバマ・ケアもロムニー・ケアも)は白紙に戻すことだ」と言っていました
さらに共和党で元ミネソタ州知事のティム・パウレンティ氏にいたっては、「オバムニー・ケア Obamneycare」なる珍奇な造語を持ち出してきて、二つのヘルスケア改革法は鏡に映った二つの像と同じでひどい悪法だ、と言ってこきおろしています。

ロムニー氏の宣誓

 この状況に対してロムニー氏はどのように応えているのでしょうか?ロムニー氏は、オバマ大統領のヘルスケア改革法を何の躊躇もなく破棄する、と宣誓しています。彼の主張によると、連邦(Federal)と州(State)で話は全く異なるといいます。人々の健康保険に関しては、義務化するかどうかも含め、州が責任を持って独自にするものであるけれど、連邦が関与する問題ではないというのです。
6月13日にニューハンプシャーで行われた共和党候補者演説で、ロムニー氏はほとんどこのことには触れていませんでしたが、こんな風なことを言っていました。「悪い状況を取り除いて、良い状況を作り出す方法を打ち出します。完璧ではないかもしれませんが、州の問題に対しては州が解決してゆくべきなのです」。 これはおそらく、州のことは州で決めるべきで、連邦が口を出すべきではないと、暗にオバマ氏のヘルスケア改革を批判し、廃止を主張しているのでしょう。
全州皆保険は推進しても、国民皆保険を否定するため、こんなような詭弁のようなロジックを打ち出してくるものなのか、と感心しました。

ヘルスケア改革法:連邦と州

 連邦法に基づくオバマのヘルスケア改革法も、州法に基づくマサチューセッツのヘルスケア改革法も、最大の目標は、保険会社から患者・消費者を守るために既往歴がある人も保険に入れるようにする、雇用主に従業員の保険を提供するようにするといった、弱い立場にある人を保護するというものでした。
 ただし、同じヘルスケア改革法でも、州と連邦に大きな違いがあることも指摘されています。それは、州ではコスト管理をすることなしに保険加入者を増やすことにしているのに対して、連邦では保健医療提供者や高額所得者などの様々な形で増税を呼びかけたり、さらにメディケアの予算を削減することなども盛り込まれたりしているからです。
 現在、マサチューセッツ州民の健康保険加入率は98%ですが、どうしてそれが可能かというと、連邦政府という「お金持ちの伯父さん」が足りない財源を補填してくれているからだ、とブランダイズ大学の医療経済学者スチュワート・アルトマン氏は言います。アルトマン氏は、クリントン政権時には国民皆保険を目指したヒラリー・クリントン氏のアドバイザーで、マサチューセッツ州のヘルスケア改革では実際の制度作りにも携わった人物です。  

中間選挙とヘルスケア改革(1)

2010-11-09 10:22:34 | ヘルスケア改革
オバマの民主党敗退とヘルスケア改革への暗雲
11月2日に行われたアメリカの中間選挙では共和党が大躍進し、定数435の下院では民主党から共和党に61議席が移り、共和党が多数党になりました(民主党188議席、共和党239議席)。上院の方は民主党が半数を死守したとはいえ(民主党53議席、共和党46議席)、この結果は民主党オバマ大統領の敗北と評価されています。
そしてこの結果は、オバマ政権の目玉であったヘルスケア改革にも大きな影響を与えるだろうといわれています。選挙の始まる前からも、2010年3月に劇的に成立した皆保険を謳ったヘルスケア改革法(正式名:The Patient Protection and Affordable Care Act)の撤廃を求める裁判が次々に起こされ、まさしく暗雲が立ち込めている様子でした。
どうしてこんなにまでアメリカでは国民皆保険が嫌われるのでしょうか。自由の侵害、法律上の問題、医療費高騰への懸念という3つの理由が挙げられると思います。

自由の侵害
 アメリカの人々はヘルスケア改革法が健康保険への加入を「個人の義務」と定めている点について反対しています。国に何かを強制されるなどということは、自己決定や自己選択を重んじるアメリカ人の心情には全くそぐわないのです。4700万人の無保保険者のうち900万人余りは、7万5000ドル(約600万円)以上の年収がありながらも無保険でいることを選んでいます。無保険者をなくすことが目標であったヘルスケア改革法の要、加入の義務化こそ、アメリカ人の絶対に譲れない信条である「個人の自由」と抵触してしまうのです。
 ところで自動車のナンバー・プレートは州ごとに異なり、好きなデザインや番号を選ぶこともできます。また何か言葉を入れることも多く、マサチューセッツ州は「アメリカ精神 The Spirit of America」が一般的なのですが、お隣の州ニュー・ハンプシャー州のナンバー・プレートには、「自由に生きるか、さもなければ死ぬか LIVE FREE OR DIE」と書かれています。それほどまでに人々は強烈に「自由」を重んじています。

法律上の問題
 マサチューセッツ州ではすでに2006年に健康保険加入は州民の義務と決められており、ヘルスケア改革の際にもマサチューセッツ州の例はお手本になるはずとしばしば言及されました。ただし法律的解釈では、州に個人に対する義務を課す権限はあっても、連邦の権限は州間の商業取引の規制や福祉税に関するものに限られているという議論もあります。
実際、様々な領域において州で定められていることが多く、自動車に関して言えば運転免許は州が管轄していて州ごとに規則があります。たとえば飲酒や未成年の運転できる範囲や禁止事項など、州によって異なります。また、州をまたいで引越しする時には、アメリカ市民は免許も書き換える必要があり、外国人は新しく取り直さなくてはなりません。ちなみに医師免許や看護師免許も州の管轄です。
雇用と連動する健康保険の創設案に対しては、常に1974年に成立したERISA (Employee Retirement Income Security Act)という連邦法が引き合いに出され、すでに連邦法があるのだから、その上にさらに法律ができるのはおかしいということがずっと言われてきました。

医療費高騰への懸念
 その他に、皆保険になれば医療にかかる人が多くなり、医療費がさらに高騰するという懸念も表明されています。現在でさえアメリカの医療費は諸外国と比べてとびぬけて高く、GDPの17パーセントに上っています。(ちなみに日本は8パーセントと先進国中最下位です。)
 そこで、どのようにしたら医療費を安くできるかということも問題の焦点でした。しかもただ安いだけでは意味がなく、いかに人々の健康に資するための費用かを図る費用対効果(cost-effectiveness)の計算がいろいろなところでされてきました。
 たとえばハーバード公衆衛生の健康政策管理学部教授ミルトン・ウェンスタインらは、生活の質調整生存年数(Quality Adjust Life Year: QALY)なる概念を開発し、どういった医療的介入をすると、どのくらい質の高い生活を患者は送ることができるかを研究してきました。つまり、いったいいくら医療にお金をつぎ込んだら、それは費用対効果が高いと言えるのか、お買い得(good value)と言えるのかという研究です。
こうした研究者らとの協力でWHO(世界保健機関)では指標を出しています。それは、かかった医療費が収入の3倍を超えなければ費用対効果がある、というものです。例えば年収400万円の人だったら、治療費が1200万円以内に収まれば費用対効果があるということになります。
このような研究では、さまざまな病気とその治療費についてのデータが示されていますが、もし費用対効果が低いと評価された病気を持つ人にとっては危険な指標になりうるでしょう。ただ、それほど医療費の高騰は深刻な問題で、多くの人々が手を変え、品を変えて取り組んでいます。

中間選挙とヘルスケア改革(2)

2010-11-09 10:20:50 | ヘルスケア改革
マサチューセッツの中間選挙―人々の良識の勝利
 中間選挙では、州知事の選挙も同時に行われました。連邦議会における共和党の躍進、民主党の行きづまりをよそに、マサチューセッツではこの不景気のただなかにあって増税を続けてきた民主党の現職デュバル・パトリックが、共和党による連日のネガティブ・キャンペーンにも負けずに再選されました。
 一般に政治家は、選挙に勝つためにめったに増税はしません。選挙前だったらなおさらです。ところがパトリックは現職で増税し、さらに今後も増税しようとしながらも選挙に勝ちました。
4年前の彼の公約は、交通、年金、教育を手厚いものにするというものでした。それを実現するために彼は、不況にもかかわらず増税をしてきました。そして今回も州民は、公教育の向上、クリーン・エネルギー化の促進、そしてすべての州民への医療ケアの充実を掲げるパトリックを再度支持しました。ボストン・グローブの社説では、「デュバル・パトリックの勝利は、彼の主義主張の勝利であるとともに、州民が彼の良識(common-sense)を認めた結果であった」とまとめられていました。
2010年の1月には、前年に急逝した民主党の大物にして、オバマ大統領の政治における師、エドワード・ケネディ上院議員の補欠選挙で、民主党はまさかの敗北を期しました。しかし今回は、教育、医療、福祉を充実させるためにみんなで負担することをマサチューセッツの州民は選びました。

ヘルスケアの費用コントロール
しかし医療福祉を充実するためには税を上げればいい、というほど問題は単純ではありません。デュバル・パトリックも、選挙前のテレビ討論会において、費用のコントロール、すなわち保険料の引き下げと医療費削減が重要であることを述べてきました。
そもそも皆保険導入以前からもマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は他州と比べて高額でした。その理由としては、人口当たりの医師数が多いこと、全米でも有数の高度先進治療を行う病院が多くあること、処方薬や精神保健なども適宜保険でカバーする新しい州法が定められたことなどが挙げられています。近年ではマサチューセッツ州の一人あたりの医療費は、30パーセントも他州と比べて高額になっています。
保険料は年々上がり医療費も高騰していますが、しかし、中・低所得者への州の補助と未加入者への罰金が功を奏して、無保険だった40万人が新たに保険に加入し、今やマサチューセッツ州の健康保険加入率は97.5パーセントに上っています。この点を見れば、マサチューセッツ州のヘルスケア改革は成功であったと評価できると思います。
今後、医療費の問題をどのように解消し、コントロールしてゆくのか、人々の期待に応える政策が試されています。

オバマのヘルスケア改革法の支持者たち
 今年3月に成立したオバマのヘルスケア改革は、多くの批判にさらされていますが、その恩恵を受けている人たちもたくさんいます。
 たとえば、心臓に持病を持つ51歳の男性は、既往歴ある者への保険加入拒否を禁じたこの法律によって、健康保険を奪われなくて済んだと感謝しています。そして「こうしたいい話を、友達、家族、同僚にして欲しい」と訴えていました。「この法律がなかった頃には絶対に戻りたくない」とも言っていました。
 アメリカ家族会(Families USA)やアメリカ会(Enroll America)といったアドボカシー団体も、ヘルスケア改革法の患者側からの利点を説明したレポートを、アメリカ50州に向けて発行したり、医療者にどんなところが良い点か伝えてもらうよう促したりしています。
 共和党やティー・パーティ(近年支持を広げている保守層の草の根運動体)など、ヘルスケア改革法に対する反対者の声ばかり大きく聞こえてきていますが、それによる恩恵を受けている人たちも声を上げて、改革法を守っていこうとしているのです。
 
日本へのレッスン
日本も急速な高齢化社会に伴う医療費の高騰が心配されています。医療費の負担を抑えて、サービスの低下をやむなしとするか、増税でも医療の充実を目指すか、大きな選択を迫られています。しかし、その答えは実は見えてきているのではないでしょうか。
内閣府が2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査では、将来の高齢者の医療費増加を支える手段として、「税金による負担の割合を増やしていく」と答えた割合が43.4%と最も多くありました。つづいて、「現在の仕組みと同じぐらいの負担割合」が32.9%、「高齢者の保険料の負担割合を増やす」が12.0%の順でした(複数回答、上位3項目)。
これは5年前(2005年10月)に内閣府の行った「高齢社会対策に関する特別世論調査」で、66.4パーセントの人がたとえ税や保険料の負担が増したとしても社会保障を充実または維持すべきと答えていたことと合わせ、日本人のcommon- sense(常識/良識)だと思います。あとは増税を訴える勇気のある政治家が出て、国民がその人に本当に投票するかどうかです。
 そのためには、例えば日本のアドボカシー団体も、保健医療サービスが足りない、福祉が足りないと訴えるだけではなく、こんな保健医療サービスがあったから良かった、福祉があったから生活を送れている、というようなストーリーを社会に伝えるというのはどうでしょうか。医療者もこんな所に日本の医療はよさがあるから、それを守っていこうと訴えるのはどうでしょうか。かなり甘い考えだとお叱りを受けるかもしれませんが、一つの方法になるのではないでしょうか。


参考文献
・Lawrence O. Gostin, 2010, The National Individual, Health Insurance Mandate, HASTINGS CENTER REPORT Vol.40, Issue 5, p.8-9.
・Can Cost-Effect Health Care=Better Health Care?, Harvard Public Health Review, Winter 2010, p.7-10

参考ウェブサイト
・中間選挙に関するニューヨーク・タイムズの記事 2010年11月4日
http://topics.nytimes.com/top/news/health/diseasesconditionsandhealthtopics/health_insurance_and_managed_care/health_care_reform/index.html
・知事選に関するボストン・グローブの記事 2010年11月3日
http://www.boston.com/news/politics/articles/2010/11/03/for_patrick_a_personal_triumph_and_mandate_for_common_sense/
・マサチューセッツ州知事選のテレビ討論会
http://commonhealth.wbur.org/2010/10/debate-health-care/
・中間選挙前のヘルスケア改革に関する記事
http://www.bloomberg.com/news/2010-09-23/obama-makes-retail-sales-pitch-to-defend-health-law-flouted-by-republicans.html
・State-mandated employee benefits: conflict with federal law? Monthly Labor Review, April, 1992 by Jason Ford
http://findarticles.com/p/articles/mi_m1153/is_n4_v115/ai_12247209/pg_5/?tag=content;col1
・ERIZAに関する連邦労働省のサイト
http://www.dol.gov/dol/topic/health-plans/erisa.htm
・内閣府の2010年9月に行った高齢者医療制度に関する世論調査(2010年9月)
http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-koureisyairyou/2-2.html
・内閣府の高齢社会対策に関する特別世論調査(2005年10月)
http://www8.cao.go.jp/survey/tokubetu/h17/h17-kourei.pdf