清志郎さんの名曲流してロックンロール葬(日刊スポーツ) - goo ニュース
連休の初めに流れたニュースを見て、驚きました。
私が中学生だった頃、『mc sister』という雑誌がありました。
その中でいつも楽しみにしていたのは、音楽評論家の吉見裕子さんが書いていた『拝啓 チャボさま』というエッセイ。
チャボさまというのはRCサクセションのギタリスト仲井戸麗一の事で、彼を通して書かれた当時の音楽シーンや世評、ファッションへのこだわりなどに、幼かった私はとても憧れていました。
もちろん清志郎さんも登場していて、一度聞いてみたいなと思っていた頃、日比谷野外のコンサートで初めてRCの音楽に触れました。
『ようこそ~!』と歌いながら出てきた清志郎さんは紙で作った兜、上半身は裸でドギツイメイク、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、登場した瞬間、RCの世界に観客を引き込んでいきました。
鴻上さんの初監督作品『ジュリエットゲーム』の挿入歌『スタンド・バイ・ミー』『トランジスタ・ラジオ』『スローバラード』。
これらの曲は作品の完成度を数倍増していたと思います。
ミッチーとミツキヨを組んだ時も驚かされましたが、派手な衣装とは裏腹に、いつもどこかシャイなイメージの清志郎さんでした。
そんな清志郎さんがもういないという事が、とても悲しくて残念です。
心から、ご冥福をお祈りいたします。
連休の初めに流れたニュースを見て、驚きました。
私が中学生だった頃、『mc sister』という雑誌がありました。
その中でいつも楽しみにしていたのは、音楽評論家の吉見裕子さんが書いていた『拝啓 チャボさま』というエッセイ。
チャボさまというのはRCサクセションのギタリスト仲井戸麗一の事で、彼を通して書かれた当時の音楽シーンや世評、ファッションへのこだわりなどに、幼かった私はとても憧れていました。
もちろん清志郎さんも登場していて、一度聞いてみたいなと思っていた頃、日比谷野外のコンサートで初めてRCの音楽に触れました。
『ようこそ~!』と歌いながら出てきた清志郎さんは紙で作った兜、上半身は裸でドギツイメイク、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、登場した瞬間、RCの世界に観客を引き込んでいきました。
鴻上さんの初監督作品『ジュリエットゲーム』の挿入歌『スタンド・バイ・ミー』『トランジスタ・ラジオ』『スローバラード』。
これらの曲は作品の完成度を数倍増していたと思います。
ミッチーとミツキヨを組んだ時も驚かされましたが、派手な衣装とは裏腹に、いつもどこかシャイなイメージの清志郎さんでした。
そんな清志郎さんがもういないという事が、とても悲しくて残念です。
心から、ご冥福をお祈りいたします。
仲井戸麗市なんて、もう名前の音だけで私には懐かしいし、
なんといっても、清志郎を生で見たのが、うらやましい~
(結構そういう人が、私のblog関連で多いんです)
自転車でまわった「ツールド・奥の細道」を思い立ったいきさつが、
(雪崩に埋まった息子を助けた80代の父親の話を知り、自分には子供を助ける体力があるだろうかと、一念発起!?)
新聞のコラムに、昨日も書かれていました。(私は当時のドキュメタリー番組で見ました)
本当にいいパパでもあったようですが、でもそれも当初は、ロッカーとして子供はどうかと悩んだとか、、、
そんなところも、この人と同時代を生きて良かったなーと、私は思います。
やっぱり同世代です!!
かれこれ30年も前の雑誌ですが、かなり影響されました。
50’sのファッション、VAN、青山や原宿の創成期で未だに感化されているかも知れません。
清志郎さんは時代に流されず、とても真面目に生き抜いた人生だったと思います。
本当に、どう時代を生きる事が出来て良かったです。
それだけに残念でした。