風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

アメリカ的な(3)機内にて

2010-04-29 13:28:40 | 永遠の旅人
 前回、Manifest Destinyと書きましたが、それを国家として追求すること自体が倣岸不遜と言えるのかも知れません。もともとアメリカという国は、宗教的な使命感に基づいて建国された国で、世界の中でも稀に見るほど宗教色が強い。日本人一般には、自由主義の国という看板と、一見、相反するように見えるかも知れませんが、そこで言う自由主義は、そもそも宗教的な確信から生まれたものです。プロテスタントの教義上、罪深い人間にとって、現世における成功こそ神のご加護の証であり、従ってプロテスタントは、神から与えられた天職に徹して精進して、神に選ばれ、神に救われし者の証を確認しようとする心理があることを、マックス・ヴェーバーは明らかにしました。労働と結果としての富には倫理的な価値があるということになりますし、貧しいということは、神の思し召しに背いた本人の責に帰すべきものであって、基本的に社会的救済の対象とは考えない。それが、結果の平等ではなく機会の平等を求め、また自由競争を是とする契機となり、アメリカン・ドリームを体現することへの信念に繋がっているのだと思います。しかもアメリカを建国したのは、純化(Purity)すべしということを説いたご存知ピューリタンで、イギリスにおいては革命を起こし、国王の首を刎ねた激しさがあります。かつて全体主義としてのヒットラーやソ連の共産主義を激しく憎悪し、今またイスラム社会との軋轢を招いているのも故なしとしません。宗教に疎い私たち日本人は、アメリカ的なものの、その表層を舐めているに過ぎないのかも知れません。
 さて、そんなアメリカの航空会社、アメリカン航空の機内でアルコール類が有料になったのは、プロテスタント的な倹約からではありません(笑)。仕方なく、まるで禁酒法の時代にタイムスリップしたように、コカ・コーラばかり飲んでいました。前々回に書いたように、アメリカの食事が不味いから、コカコーラで味を調えていたわけですが、そもそもコカ・コーラの原点である薬用酒フレンチ・ワイン・コカから、禁酒運動の時代にワインを炭酸水に代えて(更にコカイン禁止を受けてコカを抜いて)今の形になったコカ・コーラは、まさに禁酒法の時代にノン・アルコール飲料として売上を伸ばしたものでした。なんだかその歴史を辿っているようです。世界のどこに行っても口にすることが出来るコカ・コーラは、アメリカ的な資本主義あるいはグローバリゼーションを象徴する飲料ですが、第二次大戦の時、兵士がどこで戦おうとも、どれだけ自社の負担になろうとも、5セントで兵士が飲めるようにすると戦争への協力を訴え、それが士気を高揚するというので、軍需品としての認可を受けて、戦争とともに更に飛躍したところも、如何にもアメリカ的です。日本では何故かコーラという呼び名が一般的ですが、アメリカではコークと呼ばないと理解されません。コカ・コーラと正式名で呼ぶと、何か別のものを言っていると思われるのか、Pardon?と聞き返されるのがオチです。
 帰りの座席番号は41Gでした。41列目は、ボーイング777にあっては、実は特別の意味があります。通常、777は、両窓際に2席ずつ、真ん中の島に5席、つまり2-5-2席の構成ですが、機体後部は狭くなるため、真ん中の島の座席数が5席から4席に減るのが、ちょうど41列目に当たります。そうすると、機内のモニターや食事用テーブルは、通常、前の座席の背中に貼り付いているわけですが、席がズレてしまうので、この列だけ肘掛けに収納する形になっていて、肘掛けが2つもある。つまり同じエコノミー席でも、41列目だけは、隣の席との間の空間が広いのです。それを発見して、ささやかな喜びに浸れたのも、時代の流れと言うべきでしょう。私が入社した20数年前は、新入社員ですらビジネス・クラスで出張出来たことと比べると、時代の変化を感じます。こうした時代の変化を感じることなく、40年以上前の特別な感覚を持ち続けて乗務員をハイヤーで送迎する悪習を続ける日本航空が淘汰されるのもまた、時代の流れと言うべきでしょう。
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アメリカ的な(2)シカゴにて

2010-04-26 23:16:32 | 永遠の旅人
 今から8年半前、911同時多発テロの三日後、空港が再開された時には、機内の食事に使われるナイフがプラスチック製に変わっていて驚かされましたが(フォークも立派な武器になるような気がしたのですが、こちらはステンレス製のままという、なんともマニュアル的な対応に呆れたものでした)、それだけではなく、機内持ち込み荷物が厳しくチェックされ、ハサミやカッター等の文房具でも没収されるようになりましたし、その後、テロ未遂をきっかけに100ミリリットル以上の液体の機内持ち込みが禁止されたのはご承知の通りです。
 今回、ダラス・フォートワース空港の入国審査では、両手10本の指紋と両目の虹彩を採られました(成田でも、外国人の二本の指紋を採っていました)。ダラスからシカゴに移動する国内線では、ダラスを出る際、パソコンを鞄から取り出して別に検査すのはもとより、上着・靴・ベルト・時計などの金目のものを外さされました。靴を脱がされても、特に絨毯の類が敷いてあるわけではないのがいかにもアメリカ的です。
 日本にいる限りは余り感じることはないかも知れませんが、アメリカにいると、911以来、物流や人の流れでセキュリティが厳しくなっているのを感じます。人の流れは上に述べた通りですが、物の流れについても、一つには安全保障貿易管理という言葉があります。東西冷戦時代に、西側諸国の先端技術が東側諸国に流出して核兵器・通常兵器などの開発に利用されることを防ぐ目的で、厳格に輸出を管理する枠組みで、東西冷戦の崩壊とともに形骸化するものと思われていましたが、テロとの戦争の中で、テロリストに大量破壊兵器を渡さないという目的で、あらためて厳格な輸出管理が行われています。先週半ば、アメリカ政府はこの枠組みを緩和する方向で検討を開始すると発表しましたが、経済効率とのバランスで、先端技術は益々厳しく管理する、そうでないものは輸出振興のため緩和するというのが意図のようです。また、貨物便で輸送される貨物については、梱包から出荷まで、すなわちサプライ・チェーンの上流から下流まで、全てにわたって危険物の混入や差し替えを許さないほどのセキュリティを保証すれば、輸出入の通関が早くなるという、逆に言うと、自らセキュリティを保全できなければ、その検査作業のために通関において著しい遅延も止む無しという、官民合同で創設した制度があります。この8月からは、旅客便で運ぶ貨物についても100%検査(スクリーニング)が義務付けられるそうで、アメリカの提案により既に98ヶ国が合意しているといいます。
 もとよりテロとの戦争はアメリカが蒔いた種ではないかという意地悪な見方もあり得ますが、アメリカ人はそのようなことをおくびにも出しません。むしろ、テロとの戦いも、かつてテキサス併合のときに叫ばれ、その後の西部侵略や更には帝国主義的な領土拡張を正当化した“Manifest Destiny”だと、信じて疑うことを知らないのかも知れません。
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アメリカ的な(1)ダラスにて

2010-04-23 15:05:02 | 永遠の旅人
 先週末から出張でアメリカに来ています。
 アメリカ出張は久しぶりで、911同時多発テロが起こった時、出張でサンノゼに滞在して、翌日に帰国するはずが、空港閉鎖により滞在を二日間延期した、あの時以来で、実に8年半振りです。あの時のことは別のブログに書いたので、繰り返しません。
 あの当時は、ちょうどアメリカのとある事業を閉鎖するヤマ場を迎えていて、その後は、マレーシア・ペナンやオーストラリア・シドニーに滞在したように、アジア・大洋州地域をうろつくことになったのでした。従い、あの時以後のアメリカについては、外からしか眺めていなくて、折悪しく、ブッシュ前大統領の単独行動主義が全世界から非難を浴び、更に追い討ちをかけるように、金融危機に端を発する景気後退で、アメリカ的な行き過ぎた自由主義(経済)が、非難を浴びて、アメリカにとって分が悪い8年間であり、私自身にとっても、第二の故郷とも呼ぶべきアメリカの凋落ぶりに当惑し、あるいは世間の一方的な評価に切歯扼腕し、同時に内心忸怩たるものもあって、アメリカびいきを表立って喋ることができない、不思議な雰囲気に包まれた、屈折した8年間でした。
 さて、久しぶりのアメリカを訪ねて、あらためて、アメリカはアメリカだなあと感じ入りました。この感覚は、アメリカにいなければ生まれ得ないかも知れない。外から見れば実に身勝手千万、他国のことは眼中になく、常に自分が世界の中心にあり、世界は自分そのものとも思うほどの傲岸さに充ち満ちた存在です。しかし一歩中に踏み込むと、外の人が見るほどのことはなくて、ただ単に気が回らないだけ、世界の中の大いなる田舎モノと言った方がぴったりと来るような、大陸的大らかさに溢れた、スキだらけの存在なのです。
 とにかく広くて、何もかも大きい。遮るものがないから、空が広い。もちろん場所によるのですが、平地であれば、それこそ北海道のように、見渡す限りの地平線が広がります。隣の建物との間ですら、歩いて行くには大変だと思わせるほどの距離、あるいは車に轢かれそうになるから歩くのは邪魔だと思い留まらせるような、つまり車に遠慮したくなるほど道幅やカーブが大きく、車中心の構造になっています。食い物は、アメリカ人だって食いきれないほど、そして残り物をDoggy Bagと呼んで、犬に食わせるどころか、家族に食わせるために持ち帰るほどの量がどっさり出てくる。デザートはゆうに三人前はあります。料理もコーヒーも、相変わらず大味で不味いから、料理なら塩・コショウで、コーヒーならミルクと砂糖で、ファーストフードならコカコーラで、味を整えながらでなければ、とても食い切れないシロモノです。
 それでも、このアメリカ人のフランクさ、人懐っこさは、何でしょう。普段の日の昼間だというのに、空港を歩いていてスーツ姿をほとんど見かけないラフさ加減は、何でしょう。全てが機能的、経済合理的に出来ていて、日本的な情け容赦は微塵も見られませんので、諦めざるを得ない。
 マレーシア・ペナンで食べたスパゲッティは、アジア的なピリ辛風味が美味かったけれど、ダラスで食べたスパゲッティは、同じチリを多用してピリ辛なのに、アメリカ的で美味くない。これがアメリカなのだと、妙に納得してしまいます。
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天候不順

2010-04-17 21:34:44 | 時事放談
 昨晩の帰宅道は雪混じりの雨で、とてもこの季節とは思えない寒さでした。今朝、桜が散った公園には薄っすらと雪が降り積もっているようでした。
 天候不順の影響が、あちらこちらで囁かれています。ここ数ヶ月の寒暖の差が激しく、寒くても桜が咲き乱れる様は、いささか異様ではあったものの、キリッと身が引き締まる(寒さで縮こまる)華やかさがありましたが、既に野菜の値段が上がっているのは、この春にとどまる話ではなく、霜の影響で南高梅の実が8割方落ちてしまって、市場に出回る梅干の量が減りそうだとか、日照不足の影響で苗の根付きが悪いため、夏野菜に影響が出そうだと、朝のニュース解説番組でも報道されていました。そんな中、野菜を特価で放出するイトーヨーカドーの新聞折込チラシを見て、どうやって手に入れたのだろうと呟きながら、家内は支度を整える暇もなくそそくさと買い物に出て行きましたが、地理的に南北に広がる日本では気候もまだらで、場所によっては影響を受けない地域もあるのでしょう。こうした地理的な広がりのある地域にいることの利点は無視できません。
 次は天候不順ではなく天災の話になりますが、14日に再び始まったアイスランドの火山の噴火の影響で、昨日の空の便の欠航数は欧州全域で1万7000便と、全体の約半分に達し、過去最大となる見通しだということで、些か驚かされました。空港閉鎖は23ヶ国、南仏やイタリアにまで広がっているそうです。もちろん欧州域内だけではなく、日本含むアジアや米国向け運行も停止しており、噴火は数週間続くとの見方も出ている中、観光客やビジネス客が足止めを食らうだけでなく、世界をまたにかける物流が止まれば、日本国内で安穏としている私たちにも影響が出かねません。
 振り返れば、フィリピンのピナツボ火山噴火(1991年)では火山灰が太陽光を遮り、北半球の平均気温が0.5度下がったと言われたもので、火山灰の影響は侮れません。噴煙には硫酸が含まれ、長く続けば酸性雨の影響も出てくると指摘する専門家もいます。
 日本は大陸から離れていて、大陸からの影響という意味で思い浮かぶのはせいぜい黄砂くらいで、それほど意識することはありませんが、欧州や東南アジアのように国が集積する地域では、自然現象なりペストなどの伝染病なり、ある事象がすぐに近隣諸国に伝播し影響を与えることが多いのは、考えてみれば当たり前の話です。ペナンに滞在していた頃、隣のインドネシア・スマトラ島の山焼きの灰(ヘイズ)が飛来して、街がどんよりと靄に包まれ、気管支への影響が懸念されたのも、いわば年中行事でした。良くも悪くも隣人(国)として文句のひとつも言いながら、時に感謝もしながら、多かれ少なかれ助け合って生きているというのが地域ならではと言えます。
 天候不順や天災の話から、地域的な広がり具合いや繋がり度合いのことを思ったわけです。時に限られた資源の奪い合いになり、時に少ない資源を分け合うこともある。
 現代社会は、地域あるいは隣近所という感覚が、世界規模にまで広がっており、グローバリゼーションと形容されます。リーマン・ショック後の金融危機に端を発する不況の影響を受けないはずだった日本で最も影響が大きいのは、輸出立国ならではの脆弱性であり、世界という地域に依存していることを再認識させられました。核サミットが開かれたのも、オバマさんという、アメリカ大統領の立場でありながら稀有のリーダーシップを発揮する人物が登場したのも一因ですが、世界の国々の関係が緊密化し、かつての冷戦時代からすれば隔世の感がありますが、もはや核などの大量破壊兵器を使った戦争は遠い話となってしまい、むしろテロリストの手に渡ることの危険性を共有するまでになったことが背景にあります。
 普天間基地移設問題にしても、日本の安全保障と沖縄県民感情の問題、せいぜいアメリカとの同盟関係という限られた関係性の中で論じるのか、もう少し目線を広げて北東アジア地域の安全保障という観点で論じるのか、地域の捉え方を間違えると、結論を間違えてしまいます。
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鳥は鳥でも・・・

2010-04-14 00:49:28 | 時事放談
 佐渡市の佐渡トキ保護センター野生復帰ステーションの順化ケージで、放鳥に向けて訓練中だったトキ9羽がテンに襲われて死んだ痛ましい事故があって久しいですが、永田町の鳩は、相変わらず危機を危機と感じることなく、スキだらけで、誰も襲う気がないのを良いことに、のほほんとしているようです。
 ワシントンの日本人社会が発信源と言われる永田町界隈の風刺話を、市村真一さんが産経新聞で紹介されていました。「東京には、正体不明の怪鳥がいる。日本人はサギだと言うが、中国人はカモと見、米国人はチキン、欧州人はアホウドリだと言う。本人はハト(鳩)と言い張っているが、おれは日本のガンだと思う…」
 良く出来ていますので、論評抜きで(手抜き!)紹介します。
 上の写真は、マレーシア・パンコール島のホテルで放し飼いにされていたホーン・ビル(和名:サイチョウ(犀鳥))。
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第三極

2010-04-13 01:13:51 | 時事放談
 平沼赳夫氏や与謝野馨氏が立ち上げた新党の評判が余り芳しくありません。
 狙いは全く悪くありません。むしろ彼らが訴えていること、民主党には政治に対する哲学や思想がない、自民党には野党として戦う気力がない、新党は反民主・非自民として、国民のために戦う・・・この発言に異を唱える国民はいないでしょう。それに続く発言に反対する国民もいません。曰く、政治人生のすべてをかけた最後の戦いであり、(中略)、残された体力、気力、そして使命感をふり絞って新党成功のために身を捧げたいと決意を新たにする、と。すなわち、何が問題かと言うと、そんな彼らの平均年齢が69.6歳だということにがっかりしてしまうのが第一、そしてかつて郵政民営化を巡って、与謝野氏と園田氏が小泉政権で民営化を推進したのに対し、平沼氏は反対した造反組であることを国民は忘れておらず、そんなリベラル派の与謝野氏と、田母神氏を擁立しようとするほど保守色が強い平沼氏との間で、イデオロギー的に一致できるのか大いに疑問とすることが第二。
 その結果、民主党の黄門様・渡部恒三氏に「家出老人が増加して自民党が気の毒だ」などと言われたくはないでしょうが、東国原宮崎県知事に「敬老会みたい」と言われると返す言葉がありませんし、ネーミングにまでケチがつく始末で、「みんなの党」の渡辺喜美代表には「立ち枯れ日本」と揶揄されてしまいました。常識的に見て、「たちあがれ日本」は、国民に対してと言うより、自らを鼓舞するようなネーミングであると感じるのは、否定しようがありません。
 4/11のフジ・新報道2001の世論調査によると、こうして不甲斐ない自民党にしびれを切らした老人たちに期待するのは僅かに20%にとどまりました。一方の民主党・鳩山政権の支持率も、NNNが4/9~11で行った世論調査で、ついに危険水域の30%を割り込んで、28.6%と報道されました。さらに先のフジの新報道2001の世論調査によると、夏の参院選で投票先に考えている政党は、民主党16.6%、自民党13.4%、半年前には二大政党制と意気込んだ割に、合わせても30%にしか達せず、まだ決めていない無党派層が55.4%もいるというのが、今の貧しい政治状況を表しています。
 ここまで低下した支持率を前にして、鳩山首相はなお「一番大事なことは国民のために一生懸命やっている姿というものをまだまだ必ずしも見せ切れていないというところだと思っていますから、それを見せきるために努力をするということだと理解しています」「改革の方向は絶対間違っていない。これは自信がある。ただ、政治とカネの問題に隠れて、必ずしも改革が大変大胆に行われていることが見えきっていない」と言い切り、政権に問題があるということではないかと水を向けられても、「政権は私は国民のみなさんのために一生懸命仕事している。そのように思っております」と啖呵を切ったと言いますから、なかなかの大物です。麻生さんのぶら下がり取材は、国民をないがしろにした実に不遜なインタビューが鼻つまみものでしたが、鳩山さんのぶら下がり取材も、国民の皆様のためを繰り返す慇懃無礼が、全く心に響きませんし、ここまで言い切られると、国民は却って引いてしまうのではないか。振付師を雇ってしっかりコントロールしないで、このまま野放しにしていたら、支持率低下に歯止めがかかりそうにないと心配するのは、余計なお世話なのでしょう。
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花曇

2010-04-10 15:53:45 | 日々の生活
 だいたい桜が咲く頃はくもり勝ちです。今朝、家の前にある児童公園の桜の写真(上)を撮った時には青空が見えていましたが、すぐに雲が出て来ました。別に「養花天」という季語もあります。春のこの時期の温かい曇り空が花を養い育てる、つまり曇り空のもとで花の命が永らえると言うわけですが、今年はちょっと肌寒いですね。既に公園の地面には花びらの絨毯が、美しい。
 春の言葉の中には、変わったところで、「蛙の目借時(かわずのめかりどき)」、略して「目借時(めかりどき)」というのがあります。古来、春眠暁を覚えず、などと詠われたように、春の夜は眠り心地が良くて、つい寝過ごしてしまいますし、昼間も陽気のせいで、ついうとうとしてしまいます。鳩山さんが国会で居眠りして・・・いや考え込んでいるような映像がニュースで流れていましたが、普天間基地移設問題その他でさぞや頭を悩ませてもいるでしょうし、春らしい光景として、目くじら立てるのはよしましょう。このように、春に眠気を催すのは、カエルが人の目を借りるためだという俗説が古くからあって出た季語だと言われています。他方、この時期はカエルの交尾期でもあり、異性を求めてしきりに鳴く時期でもあって、「目借時」とは「妻狩時」が語源だとする説もあります。確かに掛詞として、「妻狩時」という直接的な表現を避けて、春の眠気を罪のないカエルのせいにする不条理を、あどけないカエルの表情と重ねて、面白がっていたのかも知れません。
 その当否はさておくにしても、テレビやインターネットが無い時代の、言葉遊びの表現の豊かさを思います。それに引き換え、現代社会は映像に占拠されて、なんと即物的なことでしょう。
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花冷え

2010-04-09 00:52:51 | 日々の生活
 今週は入学式を迎えた人も多かったことでしょう。週末に近所を散策すると、校庭には必ずと言ってよいほど桜の樹があることに気がつきました。逆に言うと、遠目に桜が見えるところには校庭がある。実際にGoogleで「校庭、桜」と入れてみると、腐るほど写真や書き込みが出てきます。入学の季節に、ピカピカの一年生を迎えるのに、これほど控えめに(というのは、主役を引き立てるという意味です)華やかさを(お祝い事ですから)演出できる舞台装置は、他にはなかなか思い当たりませんものね。
 上の写真の桜も、季節が巡るたび、多くの子供たちを喜びの表情で迎え、温かく見守り、巣立って行く子供たちを別れを惜しむように幾万の花びらを散らせながら見送ったのでしょう。
 私の母校にも、桜の樹はあったのでしょうか。まさにその控えめな性格故にか、思い出せません。桜の樹を確かめに、母校を訪れてみたい気になりました。
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春爛漫

2010-04-08 00:33:14 | 日々の生活
 彼岸過ぎても一向に暖かくならず、寒の戻りでコートが手放せませんでしたが、2月に暖かい日があったせいで桜の開花は例年よりも早く、この週末は、散歩に出てみると、春の陽気ではありませんでしたが、桜はほぼ満開でした。
 海外に滞在していた時には、あれほど恋焦がれた桜です。
 とりわけ常夏の国マレーシア・ペナンにいた時には、季節が巡ることの有り難味や、燃えるような赤に代表される自己主張の強い派手な色合いの熱帯の草花に比べて、日本を代表する梅や桜のなんと繊細で奥床しくて美しいことかを、日本にいないからこそ感じることが出来たのだと思います。
 あらためて、桜の花の咲き始めの可憐さ、咲き誇る華麗さ、散り際の潔さは、そのどれをとっても美しい。繊細さを愛でる心こそ、日本人の最大の特徴をなすように思います。
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ゆとり考

2010-04-07 00:30:24 | 時事放談
 教育問題、とりわけゆとり教育と学力低下の相関が批判されて久しい。私はもちろん教育の専門家ではありませんが、もとより教育は専門家に任せるものではなく自らの問題ですし、我が子の将来だけでなく、日本の国の将来をも左右する重要な問題であるとの認識から、自分なりにつらつら考え、好き勝手に述べて来ました。
 振返ると、従来の日本の教育は、知識や技能を修得することに偏重した結果として、受験競争を煽り、1970~80年代にかけて、落ちこぼれや登校拒否、校内暴力やいじめなどが大きく社会問題化しました。その反省から、1996年の中央教育審議会答申では、知識偏重による子供の生活のゆとりのなさが指摘され、2002年に始まる週5日制をはじめとした「ゆとり教育」へ舵を切って来たとされます。詰め込み教育批判は、なにも日教組や学者だけが主張して来ただけでなく、経済界からも支持されて来たのは、高度成長から安定成長に移行した日本が、モーレツ型の経済社会から、自ら思考し問題解決する能力をもった自律型の社会へ転換するべきだとする当時の社会的な要請を受けたものと考えられます。
 この「ゆとり教育」を支える考え方は「新しい学力観」などと呼ばれ、従来の知識偏重による、結果としての知識や技能の蓄積と言うよりもむしろ、学習過程や変化への対応力の育成を目指し、体験的な学習や問題解決学習の時間を取り入れ、評価軸として関心や意欲や態度を重視して来ました。これ自体の目指すところは間違いではなく、まさにペナンのインターナショナル・スクールやシドニーの公立学校で行なわれていたものに近いように思われます。これらの海外の学校では決して知識や技能の習得が重視されていなかったわけではなく、むしろ宿題の形で、出来る子供にはどんどん先に進ませるようなところがありますが、日本では何故かゆとり=時間的余裕と見なされ、教科書が薄くなって、授業時間も減らされ、そうして空いた時間は、もっと総合的な能力を磨くことに向けられるかと思いきや、結局、勉強ではなく、テレビを見たりゲームで遊ぶことに費やされる傾向にあるのが現実で、結果として、国際教育到達度評価学会(IEA)が行う国際数学・理科教育調査(TIMSS)や、OECDが行なう学習到達度調査(PISA)などで、年を経るごとに日本のポジションが低下し、学力が低下しているとの批判に晒されて来ました。
 こうした振り子が両極端に振れるような、あれかこれかの議論は、事を余りに単純化し過ぎるキライがありますし、議論が学習指導要領に収斂しているのも気に食わない。教育は独立して存在するものではなく、ある時代背景のもとに家庭のありようや社会生活と密接不可分であり、理科の実検のように、学習指導要領だけいじくりまわして教育の効果が測れるといったような単純なものではないはずだからです。キー・プレイヤーとしての教師の力量に対する視点も欠けていますし、教育の効果を5年や10年で測るのも短すぎるのではないかと思います。
 そもそも、学力低下論争のきっかけになった調査は、議論があるところです。TIMSSは学校教育で得た知識や技能がどの程度習得されているかを評価する、いわば伝統的な意味での基礎学力を測るものである一方、PISAは義務教育終了段階で身につけた知識や技能が実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを評価する、いわば新しい学力観に基づき、読解的リテラシー(読解力)、数学的リテラシー、科学的リテラシーを主に調査するもので、両者の調査目的は異なり、従い試験内容も異なると言われます。実際に、TIMSSとPISAとで、上位にランクされる国の顔ぶれは異なることでも知られ、2003年のTIMSS数学の上位国は、シンガポール、韓国、日本、香港、台湾、ベルギー、オランダなどでしたが、PISAの上位国であるフィンランド、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスはTIMSSでは先進国中で下位の成績だそうです。その双方において日本の地位が下がっているのだとすれば、従来型の基礎学力が落ちたのは、教科書を減らしたからだと考えられなくもありませんが、総合学習的な学力も成果が出ていないとすれば、まだ足りないのか、あるいは文部省の肩を持つつもりはありませんが、もう少し時間をかけてじっくり評価・検証し更に改善しつつ進めるべきものと言えなくもありません。
 月並みですが、一つ言えることは、基礎学力と、その応用力あるいは主体的に考え行動する能力や問題解決力との間には明らかな相関があり、基礎学力が低い子供は自分で考え主体的に行動する能力も低いとされることは、経験上も容易に理解されるところです。結局、教育にあっては、あれかこれか、ではなく、あれもこれも、といった貪欲さが重要だと思うのです。
 その上で、週末のニュース解説番組で、宮大工の棟梁が、ゆとりなんてのは量とか時間で測るものではない、ある木組みが地震の揺れを吸収するように、心のありようの問題だというようなことを言っていたのを思い出します。教科書をぶ厚くして、基礎学力をあげるのも、勿論、教育の停滞あるいは地盤沈下に対する一つの回答には違いませんが、せっかく踏み出したゆとり教育と総称されていたものの、ゆとりということの本質を、もう一度、考え直してみる必要があるように思います。
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