風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

東京と地方

2017-02-28 23:29:53 | 日々の生活
 前回に引き続き・・・先週、中鉢良治さんのコラムも印象に残った。タイトルは、「東京時間と地方時間―東京スタンダードとの離反」というものだ。
 中鉢さんが東京に出てきたばかりの頃、山手線の駅で乗り換えるとき、周囲の人が皆、駆け足で移動しているのに驚いたのだそうだ。故郷のように電車が一時間に一本しかないような所なら、それに乗り遅れまいと急ぐのはわかるが、東京のように数分間隔で電車は来るのに、なぜ人々は急ぐのかが不思議でならなかったという。また、最近はインターネットの普及により地方にいても仕事が出来る環境が整い、サテライト・オフィスを運営するIT企業に赴任した人によると、地方の人は残業しない、といった話を引用される。そしてそれは地方には企業社会以外にまだ地元のコミュニティが存在し、そのために時間を使いたいと思うせいだろうと解説される。高度経済成長の過程で、東京は地方から若い労働力を惹きつけ、モノ(商品)から、コンビニや郊外型スーパーのような生活様式の変化を伴うビジネス・モデルまで開発し、東京スタンダードとして発信して地方を席巻し、地方密着型産業など地方らしさを駆逐し覆い尽くしてしまったが、東京と地方とでは違う時間が流れているわけだ。それでも日本の企業が地方に工場やソフトウェア開発拠点を設置していた頃までは良かったが、プラザ合意以後、円高が急激に進む中、企業は生き残りを賭けて、地方の工場を閉鎖し生産を海外に移転するようになると、地方から産業が失われ急速に衰退して行き、地方の人は益々「東京時間」や「東京スタンダード」に合わせる生き方を疑問視し始めている。幸い、IoTやAIの進化で、東京と地方の事業環境の差は益々縮まり、コスト面だけでなく住環境やコミュニティの強さなどで地方が優位性を持つことも増えてくるかも知れず、企業や国の研究機関は、将来の地方の姿を見据えて、地方と東京が双務関係に立つ施策や事業戦略を構築すべき時に来ているのではないかと、希望を持って結んでいる。
 想像の範囲だが、さもありなんと思う。分刻みのスケジュール、などと言ったりするが、一時間に一本しか電車が来ないところと、数分おきに電車が来るところとでは、時間の感覚は明らかに違う。私も、日中、外出して業界団体の会合に出たり、社外のシンポジウムやセミナーに出席するとき、ニッポンの電車の発着時間は正確なので、到着時間から逆算して、分刻みの行程表を描き、電車に乗り遅れまいと急ぎ足になる。それがニッポンの都会というものだろう。中国では国内線の飛行機が常に遅れるので、一時間も二時間も早めに行動する・・・というのとは明らかに時間の流れ方が違う。
 私は三歳のときに生まれ故郷の鹿児島を離れて大阪に出て来たので、私の父親は中鉢さんの印象に共感されるかも知れない。しかし、私は大学を卒業して大阪から東京に出て来たので、大阪と東京との比較で言えば時間感覚にそれほどの違和感はない。むしろ、山手線の駅で乗り換えるとき、皆、お行儀よく並んで電車を待ち、比較的整然と乗り込むのにはびっくり仰天したものだ。今はどうか知らないが、私が子供の頃、大阪では駅のプラットフォームで列をなして並ぶことはなく(という意味では中国人のようだが)、電車が到着すると、一斉にわっと入口に殺到して我先にと乗り込もうとするのが常だった。このあたりはどう解釈すべきだろうか。また、当初、東京の人と話していると、随分、厳密な言い回しをされることにも驚いたものだった。大阪弁(などの方言は、と言うべきかも知れない)は感覚的な表現で済ませることが多いことに今更ながら気が付いたのだ。その後、アメリカに駐在して、英語表現がさらに論理的で厳密なことに苦労し、東京にせよアメリカの都市にせよ、文化や背景が異なる人が集まる社会は、まさにローコンテクスト文化であることを思い知ったのだった。先の大阪の駅のホームの話に戻ると、並ばずに到着した電車に群がるのは、案外、阿吽の呼吸で、後先の順序をお互いに微妙に乱さない、極めてハイコンテクスト文化だからこそ出来る芸当かも知れないと思ったりする。
 結局、中鉢さんにとって、故郷(=「地方の中の地方」)と東京(=「都会の中の都会」)とは圧倒的な差で以て対置される存在だが、私にとって、大阪もまた所詮は都会であることから、「地方の中の都会」と、「都会の中の都会」(=東京)という、中鉢さんとは位相が微妙に異なる、コンテクストの差として感知されたわけだ。かつて横浜ナンバーの車で大阪に帰省したとき、(追い越しの邪魔をされるなど)随分イジワルされて憤慨したものだが、私自身、かなり大阪人のアイデンティティを失ってしまったかも知れない・・・とすると、なんだか寂しい話だ。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 遊びの効用 | トップ | ネコの手も借りたい »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日々の生活」カテゴリの最新記事