アメリカには様々なジャンルの音楽があり、それぞれ魅力的ではあるが、個人的に最も好んで聴く音楽、それは、クラシック音楽を別格とすれば、一番はカントリー・ミュージックである。カントリー・ミュージックは、その名の通り、おもにカントリー・サイドを舞台にした音楽なので、大都市NYCではあまり人気がない、…と思うかもしれない。
しかし実際は違う。カントリー・ミュージックのファンは、大都市にもたくさんいる。それを実感させたのが、5月18日(金曜日)、NYCのラジオシティ・ミュージックホールで行なわれた、マルティナ・マクブライドのコンサートである。
マルティナ・マクブライド。カントリー・ファンであれば、よくご存知の、現代カントリー音楽界を代表する歌姫。40歳にしてますます輝く美貌。そして、圧倒的な歌唱力。カントリーというジャンルを超えて、現代アメリカ最高の歌手の1人ではないだろうか。
とは言っても、カントリーに馴染みのない人にとっては、無名に近いかもしれない。そこで前回のサラ・エヴァンス同様、簡単にプロフィールを紹介しておこう。
マルティナ・マクブライド(Martina McBride、旧姓名Martina Mariea Schiff)は、1966年7月29日、カンザス州の田舎町シャロンで生まれた。7歳の頃から、父親が率いるローカル・バンドで歌い始め、以後、ハイスクールを卒業するまで、毎週土曜日の夜、バンドの一員としてキーボードを弾きながら歌う生活が続く。卒業後は、カンザス州の様々なバンドを渡り歩き、音楽経験を積んでいった。
1988年5月15日(21歳)、マルティナはサウンド・エンジニアのジョン・マクブライド氏と結婚する。その後1990年にナッシュヴィルに移住し、当時大ブレーク中のガース・ブルックスのコンサート・ツアーに同行するようになった。そして1992年、レコード会社RCAと契約を結び、アルバム『The Time Has Come』でCDデビューを果たす。
以後、セカンド・アルバム『The Way That I Am』(1993年)を皮切りに、『Wild Angels』(1995年)、『Evolution』(1997年)、『Emotion』(1999年)、『White Christmas』(1999年)、『Greatest Hits』(2001年)、『Martina』(2003年)、『Timeless』(2005年)と8枚連続ミリオンセラーを達成し、2007年4月にリリースしたばかりの最新アルバム『Waking Up Laughing』も好調。10年以上にわたって一時代を築いており、このまま行けば、将来の殿堂入りは間違いないと思われる。
この日のコンサートは、4月12日にカンザスシティで出発した「Waking Up Laughing Tour」の一環。最新シングル「Anyway」のスケールの大きいヴォーカルから始まり、「Wild Angels」「This One's For The Girls」「How Far」「Concrete Angel」などのヒット曲を熱唱した。アルバム『Timeless』にも収録された「Rose Garden」などのカバー曲もチャーミングに歌いこなし、最新アルバムからの「Tryin' To Find A Reason」に聴く、しっとりとした優しさも魅力的だ。
アンコールの2曲目(コンサート最後の曲)は、映画「オズの魔法使い」の有名な主題歌「虹の彼方に」。これは、アルバム『Martina』にもライヴ・ヴァージョンが収録されているが、カンザス州出身の彼女にとって、地元のヒロイン・ドロシーの活躍する映画のテーマ曲は、幼い頃から大切にしてきた心の歌なのだろう。透き通るようなファルセットを織り交ぜた、ドラマティックで美しい歌声。まるで、本田美奈子の「つばさ」を聴いているような感動があった。
この歌手はCDでの印象を大きく上回る、というのが、ライヴで聴いた実感だ。
★本田美奈子.クラシカル・ベスト ~天に響く歌~ (2007年4月20日発売)
COZQ255~6
収録曲 01.私のお父さん~オペラ「ジャンニ・スキッキ」より 02.アヴェ・マリア
03.タイム・トゥー・セイ・グッバイ 04.ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ 05.アメイジング・グレイス 06.タイスの瞑想曲 07.ジュピター~組曲「惑星」より 08.新世界~「交響曲第9番『新世界より』第2楽章」より 09.白鳥 10.誰も寝てはならぬ~「トゥーランドット」より 11.ゴッドファーザー愛のテーマ 12.この素晴らしき世界 13.時-forever for ever- 14.ララバイ~ミュージカル「十二夜」より
特典映像 01.AVE MARIA(プロモーション・ビデオ) 02.新世界 03.つばさ
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現在、自分の家には、およそ数百枚のCDがあると思う。その中で最高の一枚は、と訊かれたら、今までならば、『AVE MARIA』か、『時』か、『アメイジング・グレイス』かで迷ったことだろう。最高の録音がこの3枚に分散しているので、甲乙をつけるのが難しかったのである。
だが、これからは迷う必要がない。『本田美奈子.クラシカル・ベスト~天に響く歌~』。
いつかこの世に別れを告げる日が来たら、人生最後の一枚として、このアルバムを聴いて眠りにつきたいものだ。
もちろん、ここに収録されなかった曲にも、思い入れはある。「ベラ・ノッテ」と「天国への階段」が入っていればさらに完璧なのだが、個人的な好みを言い出せばきりがない。本田美奈子.のクラシック期の代表曲として、一般的にお勧めできるベスト盤としては、まずは妥当な選曲だろう。
収録された14曲のうち、7曲がアルバム『AVE MARIA』からの選曲。2002年12月に最初に録音された「私のお父さん」から、2004年5月リリースのシングル「新世界」の時に歌を取り直した「ジュピター」までが、前半のプログラムである。
後半は、その「新世界」に始まる、アルバム『時』からの6曲。この中では「ゴッドファーザー愛のテーマ」のみ、アルバム盤とは違い、今回初めて許可が下りた本田美奈子.の歌詞付きヴァージョンが収録されている。そしてラストを飾るのが、2005年12月27日、生前最後の録音となった「ララバイ~ミュージカル『十二夜』より」。これは、ミニアルバム『アメイジング・グレイス』に収録されていたものだが、まさに彼岸の世界を思わせる絶美の歌声で、結果的に、この世に残した白鳥の歌となってしまった。
担当プロデューサー・岡野博行さんのライナーノーツに記された、それぞれの楽曲にまつわるレコーディングのエピソード。改めて、それを読みながら聴いていくと、美奈子さんがひとつひとつの曲を、愛情を込めて仕上げていった様子が、手に取るようにわかる。何度も何度も、納得のいくまでテイクを重ねていく姿が、生き生きと思い浮んでくるのだ。
ただ、やはり聴いていくうちに、激しく胸を揺すぶられるような感情に襲われる瞬間がある。特に、「アヴェ・マリア」や、「ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ」は涙なしには聴けない。「アメイジング・グレイス」もそうだ。どうしても入院後のことを思い出してしまう。音楽そのものに集中したいのに、なかなかそれができない。本当の意味で、失ったものの悲しみから抜け出すには、まだ時間がかかるかもしれない。
付録のDVDには、「アヴェ・マリア」のプロモーション映像のほか、「新世界」と「つばさ」のライヴ映像が収録されている。
この「新世界」は2004年8月にN響と共演した時のものだが、これは、ほんとうに見とれてしまう。発売されているライヴ映像としては「アメイジング・グレイス」と並ぶものだ。やはり、この時期の本田美奈子.は違う。デビュー20周年を目前にして、往年の美空ひばりにも匹敵するような、大歌手のオーラをかもし出すようになったのである。このまま成長していけば、あと2~3年後には、どれほどの黄金時代を迎えていたか…。それを思うと、また辛い気持ちになってきてしまう。
もう一曲、「つばさ」のライヴ映像は、1996年7月28日、阿蘇のファームランドでの野外ライヴ(共演は服部克久指揮する音楽畑オーケストラ)を収録したもので、昨年のフィルム・コンサートでも紹介された映像である。このフィルム・コンサートの記事で、「本田美奈子.の実力を世に知らしめる為にも、ぜひともDVD化してほしい」と書いたが、その希望がかなえられることになった。当時まだ29歳。後年の凄みにまでは達していないものの、美しいファルセットを駆使し、すでにクラシックと呼んでもいいような格調の高い名演を成し遂げている。
ここでは、技術的なことに触れる必要はないだろう。ひたすらに純粋無垢で、一途な歌声に浸っているだけで、十分幸せなのだ。
文字通り、至福に満ちた天に響く歌が、ここにある。
★本田美奈子.メモリアル・ベスト 『ANGEL VOICE』 (2007年4月18日発売)
TOCT-26255/56
DISC1 01.Temptation(誘惑) 02.1986年のマリリン 03.Oneway Generation 04.GOLDEN DAYS 05.殺意のバカンス 06.M' 07.好きと言いなさい 08.ハーフムーンはあわてないで 09.HELP 10.あなたと、熱帯 11.孤独なハリケーン 12.僕の部屋で暮らそう 13.命をあげよう~「ミス・サイゴン」より 14.この歌をfor you
DISC2 01.悲劇がいっぱい 02.どうしたら 03.IT'S JUST 04.SHANGRI-LA 05.あの娘があなたを狙っている 06.I~私のままで 07.GAMBLE 08.Primary~思い出はかわらない 09.友達のふり 10.SEED
DVD 01.1986年のマリリン 02.Oneway Generation 03.好きと言いなさい 04.CRAZY NIGHTS 05.Temptation(誘惑) 06.あなたと、熱帯 07.GOLDEN DAYS 08.Primary~思い出はかわらない 09.1986年のマリリン(LIVE)
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本田美奈子.デビュー22周年の時期に合わせて、アイドル時代の所属レーベルEMIから発売された、CD2枚+DVD1枚の豪華メモリアル・ベスト。秘蔵写真入りのブックレットも付いており、ファンとしては嬉しいプレゼントである。
注目は、DISC2に収められた10曲。これは本来、1990年の秋頃にリリースが予定されていながら、諸般の事情でお蔵入りになっていた『幻のアルバム』の音源と思われるもので、先行シングルとして発売された「SHANGRI-LA」「I~私のままで」の2曲以外は、今回が初登場となる。
先行シングルから17年越しのアルバム・リリース。これはちょっとした記録ではあるまいか。クラシック音楽の世界では、シューベルトの「未完成交響曲」のように、作曲後43年間、作曲者の机の中で眠り続けていた作品もあるが、歌謡曲の世界では、極めて異例の出来事かもしれない。
もちろん、幻のアルバムとは言っても、ミュージカルに進出する以前の作品でもあり、過度な期待はしないで聴き始めたのだが、これがなかなか素晴らしい。何よりも、今さらながら、彼女の歌のうまさに舌を巻いたのである。
楽曲も予想以上の出来栄えだ。冒頭の「悲劇がいっぱい」から、アップテンポでノリノリの曲目が続き、すでにシングル化された名曲「SHANGRI-LA」で、前半のクライマックスを形作る。後半も好調を持続し、本アルバムでの最高傑作「GAMBLE」と「Primary~思い出はかわらない」を経て、スケールの大きなバラード「SEED」でしめくくる。まさに、聴きごたえ十分。アイドル初期から一段階成長した、未来の大歌手・本田美奈子のエンジェル・ヴォイスをたっぷり味わうことができる。
このアルバムは、いわゆる「美奈子史」の中で、どのような位置付けになるだろうか。アイドル時代のレーベルからリリースされ、ミュージカルに進出する以前の時期でもあるので、そういう意味では第1期の「アイドル時代」に属するかもしれないが、WILD CATSの解散後、あらためてソロのシンガーとして出発した最初のアルバムという観点で聴くと、すでに第2期の「ポップス時代」に足を踏み込んでいるようでもある。そうなると、このアルバムは、4年後の1994年にリリースされた傑作アルバム『JUNCTION』の先駆的作品として見ることもできる。
事実、このアルバム中のいくつかの曲は、『JUNCTION』に収録された「BBちゃん雲にのる」に通じる、キュートで少しセクシーな、大人の雰囲気を表現しようとしている作品が少なくない。「悲劇がいっぱい」「SHANGRI-LA」「GAMBLE」には、いずれも、そのような路線を意識した節回しが見られる。特に「GAMBLE」は、本田美奈子自身が作詞を手がけた快心の一作であり、個人的には、今回のアルバムで最もお気に入りの曲となった。コーラスの部分を聴いていると、もともとはWILD CATS用の曲として準備していたものかもしれないが、可能であれば、今からでもシングルA面曲としてリリースさせてみたい気がする。
DVDでは、「1986年のマリリン」や「Oneway Generation」などのお馴染みの映像のほか、今回初公開の「GOLDEN DAYS」のメーキング映像などが収められている。
個人的には、DVDでは初の収録となる「あなたと、熱帯」に惹かれた。この映像は、昨年のフィルムコンサートでも一部が紹介されていたが、このWILD CATS時代というのは、後年のクラシック時代とは正反対に、前衛芸術に驀進した本田美奈子を体験できる時期なのである。今見ると、決して奇抜すぎることはないし、ヴィジュアル的にも可愛らしく、不思議な妖麗な魅力さえある。以前も書いたことがあるが、1989年の「豹的ツアー」の映像が残されているなら、ぜひ見てみたいものだ。
DISC1では、これまでEMIで発売されてきたベスト盤と違い、「僕の部屋で暮らそう」「この歌をfor you」といった、別レーベルの曲目を加えている点が注目される。将来的には、アイドル時代からクラシック時代までをすべて総括した、「ファン投票で選ぶ本田美奈子.スーパー・ベスト曲集」などの企画が生まれるかもしれない。
★COUNTRY WEEKLY誌5月7日号に紹介された、サラ・エヴァンスの特集記事。
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3泊4日ナッシュヴィルの旅。すでに先週の日曜日に帰ってきて、姉妹ブログのほうにはマラソンの記事や、ナッシュヴィルの街の写真などもアップしていたが、音楽玉手箱のほうはすっかりご無沙汰してしまった。気が付けば、実に11日ぶりの更新となる。
今日の話題は、そのマラソン大会の夕方にナッシュヴィル・アリーナで行なわれたポストレース・コンサート。マラソン参加者はゼッケンを見せれば無料、一般の人たちもわずか25ドルで観ることのできる、おいしいイヴェントである。
プログラムは、前半が男性のカントリー歌手2名による前座演奏で、途中マラソン大会の表彰式をはさみ、後半が歌姫サラ・エヴァンスの登場となる。
サラ・エヴァンスは、アメリカではすでにビッグネームなので、音楽ファンで知らない人はいないが、多くのカントリー歌手がそうであるように、日本盤のCDが出ていないところをみると、日本では無名に近いかもしれない。そこで、今回は簡単に彼女のプロフィールを紹介しておこう。
サラ・エヴァンス(本名Sara Lynn Evans)は1971年2月5日、ミズーリ州の農場の家庭で、7人姉妹の長女として生まれた。5歳の頃にはすでにファミリー・バンドの一員として歌っており、16歳の頃には、地方のナイトクラブに出演するようになっていく。
カントリー歌手になるために、ナッシュヴィルに上京(?)したのが、1991年。その後紆余曲折の末、1997年にレコード会社RCAと契約を結び、アルバム『Three Chords and the Truth』でCDデビューを果たす。
その後、1998年リリースの第2アルバム『No Place That Far』が50万枚のセールスを達成。この頃から、期待の若手カントリー歌手として注目されるようになる。そして、2000年リリースの第3アルバム『Born to Fly』が、実に200万枚を超える大ブレーク。名実ともにトップ・カントリーシンガーの仲間入りを果たすのである。
歌いっぷりは、豊かな声量と表現力を駆使して、ロック調の激しい曲から、ゆったりとしたバラードまで幅広くこなすことができ、かなりの底力をうかがわせる。
ただ、この日聴いた限りでは、2005年発売の最新アルバム『Real Fine Place』に収録されている『You'll Always Be My Baby』のように、母性愛を強く打ち出したバラード曲においても、優しさよりも自己主張の強さが際立っていたように感じられた。まあ、アメリカの女性なので強いのはあたりまえかもしれないが、彼女の場合は、昨年10月に、1993年の結婚以来13年間連れ添っていた夫と離婚したばかりでもあり、これからは女手ひとつで3人の子供を養っていくという強い気概が、歌にも表われていたような気がするのである。
今年はCDデビュー10周年で、彼女にとっては節目の年。秋頃には、新曲3曲を含めた『Greatest Hits』の発売も予定されている。今後どれだけヒットを生み出すか、引き続き注目していきたいものだ。
★コンサートの行なわれた会場、ナッシュヴィル・アリーナ