375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

●復活待望!河合奈保子特集(3) 『nahoko 音』を聴く

2013年09月08日 | 河合奈保子


河合奈保子 『nahoko 音
(2006年11月28日発売) RMRCD-001

収録曲 01.face to face 02.in any case 03.if you think so 04.to the best of my knowledge 05.thanks 06.in my opinion 07.in real life 08.as soon as possible 09. for your amusement 10.in other words 11.it's a possibility 12.bye bye for now 13.keep it short and simple 14.as a matter of fact 15.tears running down my cheeks 16.what do you think? 17.significant other 18.just smile


長らく歌謡曲の歴史を見ていると、そこには明らかに、時代を反映した栄枯盛衰の波のようなものが存在している。1年に四季があるように、活動するアーティストそれぞれにも春夏秋冬の季節があり、それらの人生模様が複雑に絡み合い、さまざまなドラマを映し出しているのが芸能界の現実だ。

どんなに才能や実力のある歌手でも、完全な順風満帆はありえない。ブレイクするまでに長い下積みを経験する人も多いし、人気が出てもそれが長続きするという保障はない。ただ、程度の差こそあれ、そこにはある一定のプロセスを見出すことができる。

第1期:ブレイクするまでの下積み期間(冬に当たる時期)。
第2期:ブレイクして、人気が上昇する期間(春に当たる時期)。 
第3期:人気が安定している全盛期(夏に当たる時期)。
第4期:人気が落ち目になっていく低迷期(秋に当たる時期) 。
第5期:活動停止したり、他分野に活動の場を移していく期間(冬に当たる時期)。
第6期:復活して再ブレイクする期間(春に当たる時期)。

ごく稀なケースとして全盛期(夏に当たる時期)に突然引退を表明した山口百恵やキャンディーズの例もあるが、ほとんどの人は春夏秋冬の四季を通過しながら(人によっては何サイクルも繰り返しながら)キャリアを築いていると見ていいだろう。

それでは、河合奈保子は今どの時期にいるのだろうか、と考えてみると、いうまでもなく第5期、つまり芸能活動を停止し、他分野(=主婦業)に活動の場を移している期間と見ることができる。具体的には第1子出産の1997年から数えて、2013年現在で17年間、歌手としての活動は行なっていない。

この17年という年数は長い期間のようにも思えるが、活動停止の理由が子育てに専念することにある以上、これだけの年数は最低限必要であるし、そろそろ長子のハイスクール卒業が近いことを考えれば、芸能活動を再開するのはそう遠い先の話でもないという希望が出てくる。そのように言える根拠は「時間的余裕」も大切な要素ではあるのだが、何よりも決め手になるのが「音楽に対する情熱」である。これがないと、どんなに余暇があっても歌手復帰に関しては悲観的に考えざるをえない。

たとえば、山口百恵の歌手復帰がなぜありえないか、というと、引退時に芸能界から完全に決別する区切りの儀式(=引退コンサート)を行なっており、それ以降は音楽に対する情熱をまったく見せる素振りがないという事実が根拠となる。同じ理由でちあきなおみの復帰も難しいかもしれない。彼女の場合は引退宣言したわけではないのだが、ある意味、引退宣言すらできないほどの精神的打撃を受けてしまったことが歌手復帰への道を困難にしているように思われるのである。おそらく、夫の死とともに、音楽に対する情熱も醒めてしまったのではないだろうか。もしも音楽に対する情熱が残っているならば、子供がいるわけではないし、時間的余裕はいくらでもある。復帰する気があるのなら、とっくに復帰しているはずなのだ。

それに対して、河合奈保子の場合は、音楽に対する情熱を確実に持ち続けているという確かな証拠がある。活動停止から10年目の2006年に発売された『nahoko 音』というアルバムがそれである。

『nahoko 音』は、現在オーストラリアのゴールドコーストに在住しているといわれる河合奈保子が自宅のリビング・ルームで録音した自作のピアノ曲集で、当初はインターネット音楽配信限定という形で発表。そして反響の大きさから、あらためてCDでリリースしたものである。収録された18曲にはすべて英語のタイトルが付けられており、それぞれの曲の内容を暗示している。あくまでインストのみなので奈保子自身の声を聴くことはできないが、そこには確かに、声を封じ込めたメッセージが秘められているようだ。何を感じるかは、あくまで聴く人の感性にゆだねられる。いわば、奈保子流「無言歌」とでもいうべきものだろう。

ブックレットの最終ページに書かれたクレジットには「Piano by Naoko Kawai」、「All tracks written by Nahoko Kawai」と印刷されている。つまり表現者としては芸名の「Naoko」、作曲家としては本名の「Nahoko」を使い分けているところに、彼女ならではのこだわりが感じられて興味深い。

奈保子がこの作品を発表した背景には、将来の本格的な音楽活動復帰を視野に入れながら、ファンの反応を手探りする意図もあったのではないだろうか。ホームページにも語られているように、「自分はもう忘れられている存在かもしれない」という不安を持つのは、10年も表舞台から遠ざかっていれば当然であるからだ。しかしながら、予想以上の反響によって、その不安は解消されたようである。もともと控えめで内向的な人なので、無理にスポットライトを浴びようという気は毛頭ないだろうが、マイペースで活動できる環境が与えられるなら、歌手復帰の可能性は大いにあるだろうし、それも決して遠い未来ではないだろうという期待もできる。

第8曲目のタイトルが「as soon as possible」というのも暗示的だ。諸事情さえ許せば「できるだけ早い時期に」実現させたい・・・という気持ちを表わしているようにも受け取れる。

あえて大胆に予測するなら、活動停止から20年目に当たる2016年には、「デビュー ~Fly Me To Love」の歌詞にもあるように、夏空のステージで再び河合奈保子の歌声が聴けるのではないだろうか。その頃ならまだ50代前半であるし、ジャス・テイストの新しい大人のラブソングを歌うにはちょうどいい年齢であるはずだ。

いかにもオーストラリアの海辺の風景を感じさせるような、癒しのメロディの数々。
自分の耳には、こう語っているように聴こえる。

必ず戻ってきますから、待っていてくださいね・・・

そこに込められているのは、間違いなく、ファンのひとりひとりに向けた親密なメッセージなのである。

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●復活待望!河合奈保子特集(2) 『ゴールデン☆ベスト B面コレクション』を聴く

2013年09月02日 | 河合奈保子


河合奈保子 『ゴールデン☆ベスト B面コレクション
(2013年1月23日発売) COCP-37797~8

収録曲 [Disc. 1] 01.ハリケーン・キッド 02.青い視線 03.そしてシークレット 04.キャンディ・ラブ 05.セレネッラ 06.あなたはロミオ 07.No No Boy 08.春よ恋 09. ゆれて―あなただけ 10.黄昏ブルー 11.木枯らしの乙女たち 12.若草色のこころで 13.恋のハレーション 14.リメンバー 15.冷たいからヒーロー 16.プリズム・ムーン 17.夏の日の恋 18.メビウスの鏡 19.バラードを止めて 20.ファーストネームでもう一度
[Disc. 2] 01.MANHATTAN JOKE 02.I'm in Love 03.白い影 ~ONLY IN MY DREAMS~ 04.ジャスミンの夢飾り 05.プールサイドが切れるまで 06.SENTIMENTAL SUGAR RAIN 07.十六夜物語(ピアノ・トランスプリプション) 08.やさしさの贈りもの 09.GT天国 10.あなたへ急ぐ ~Reach out to you~ 11.Searchin' for tomorrow 12.霧情 ~Till the end of time~ 13.Alone again ~Starting over~ 14.言葉はいらない ~Beyond The Words~ 15.心の風景
[ボーナス・トラック] 16.星屑シネマ *NAO & NOBU 17.Southern Cruise *河合奈保子&ジャッキー・チェン 18.町田学園女子高等学校校歌


河合奈保子の現時点でのラスト・シングル「夢の跡から」が発売されたのは1994年3月なので、すでに20年になろうとしている。ということは、少なくとも20歳以下の若い世代の人たちにとって、河合奈保子は未知の歌手であり、30歳以下の世代を含めても彼女の全盛期を記憶する人はほとんどいない・・・という事実を意味することになる。

それでも2012年11月に復刻発売された7枚のライヴDVDが好調な売り上げを記録したところを見ると、河合奈保子をリアルタイムで知る人のみならず、彼女を知らないはずの若い世代の人たちにも意外に関心を持たれている様子がうかがえる。たとえ過去のアーティストだったとしても、ネット上での評判や映像などを通して、良いものはものは良い、ということに気づいているのだろう。

これから河合奈保子の楽曲を聴いていきたいという若い世代の人たちに最初のCDをお勧めするとすれば、やはり2013年1月に発売された『A面コレクション』と『B面コレクション』になるだろう。それ以外に1枚物の『ゴールデン☆ベスト』も出ているが、これは最低ラインの有名曲だけを集めた抜粋盤なので、抜けている名曲も多く、あとで買い直す手間を考えると効率が悪い。それよりも最初からシングル全曲を網羅したこちらの2点のCDを選ぶほうが賢明であろう。

もちろん河合奈保子の楽曲がすべて名曲と言うつもりはなく、同時期の松田聖子あたりに比べると世間一般的に知られている曲は多くないかもしれない。その代わりに・・・といっては何だが、一筋縄ではいかない難曲(?)、突っ込みどころ満載の問題曲(?)、意外に感動的な名曲(?)等々、コアな音楽ファンの話題には事欠かない楽曲がそろっており、そういう意味では面白さがあり、何度繰り返し聴いても飽きが来ない。歌唱力に関してはもちろん折り紙つきなので、曲が今一つでも芸術鑑賞の観点から見れば満足度が高い・・・というのも大きなポイントになっている。

『A面コレクション』のほうはTVの歌番組などで歌われたお馴染みの楽曲を発売順に網羅しており、いわば「表の歴史」をたどることができる。発表される楽曲を四季ごとに追っていくと、プロデューサー側の売り出し戦術がどのように展開されているか、といった駆け引きも見えてくるところが面白い。それに対して『B面コレクション』のほうは、戦術や駆け引きとはやや距離を置いた「裏の歴史」として、純粋にA面との聴き比べを楽しむことができる・・・という点で興味深い位置を占めている。

ここで、バラエティに富んだ河合奈保子のB面曲の中から9曲を選んで簡単に紹介してみることにしよう。
いわば現時点での暫定的な「自選B面曲ベストナイン」ということになる。

●「ハリケーン・キッド」(作詞:三浦徳子、作曲:馬飼野康二)
河合奈保子自身が「こちらがA面になるんじゃないかと思ってました」と語っていたデビュー盤のB面曲。その言葉通り、A面の「大きな森の小さなお家」よりずっと出来がいいのではないかと思う。「大きな森の・・・」のほうは、あまりにも歌詞が幼いので、いい大人がカラオケで歌うには気恥ずかしいところがある。メルヘン仕立てを装いながら実は意味深長なアダルト・ソングという構造になっているのはわかるのだが、デビュー直後の奈保子のキャラにふさわしいとは思えない。それだったら、クールな主人公に翻弄される勝気な女の子という役回りの「ハリケーン・キッド」のほうがずっとイメージに合っている。こちらがA面であれば最初からベストテン入りのヒットになったのではないだろうか。

●「あなたはロミオ」(作詞:松本礼児、作曲:江戸光一・松本礼児)
1981年に発売された通算6枚目のシングル「ムーンライト・キッス」のB面曲で、例のNHKホールでの転落事故が起きた時期に当たる。「ムーンライト・キッス」はカスタネットという今では誰も見向きもしないようなレトロな楽器を、いかにも上品にたたく振り付けが印象的なのだが、曲の完成度としては今一つ中途半端なところがある。それよりもB面の「あなたはロミオ」のほうが単刀直入かつストレートな名曲で、こちらがA面だったらもっとヒットしたのではなかろうか、と思わせる。ひょっとしたらNHKホールでの事故もなかったかもしれない(?)

●「冷たいからヒーロー」(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお)
1983年に発売された通算15枚目のシングル「疑問符」のB面曲。当たり前のように会話していた幼馴染みの男の子が、年頃になると急に神秘的で遠い存在になってしまう・・・という乙女心を描いた名曲。シンプルなメロディ・ラインがさわやかで、マーチ風に余韻を残して消えていくところもなかなか効果的だ。同じ来生姉弟によるA面の「疑問符」も決して悪い曲というわけではないし、来生先生自身はお気に入りのようなのだが・・・。個人的にはちょっと哲学的すぎるというか、主人公が何を悩んでいるのか判然としないところがあり、聴くたびに大きな疑問符が浮かび上がってしまうのである。

●「プリズム・ムーン」(作詞・作曲:尾崎亜美)
1984年に発売された通算16枚目のシングル「微風のメロディー」のB面曲で、奈保子ファンの間では数あるB面曲の中でも屈指の人気を誇る。それというのも同じ尾崎亜美によるA面の「微風のメロディー」が今一つ評判がよろしくないという事情があり・・・
もちろん悪い曲ではないし、それなりの雰囲気があるので奈保子の歌唱力であれば抵抗なく聴けてしまうのも事実であるが、せっかく「for me~」と盛り上げた後で、「Happy Happy Lady」の単調なフレーズが続くのはいただけない、というわけであろう。そこへ行くと「プリズム・ムーン」は曲全体のバランスが取れている上、随所に隠し味のある名作だと思う。

●「メビウスの鏡」(作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平)
1984年に発売された通算18枚目のシングル「唇のプライバシー」のB面曲。前年の「エスカレーション」に始まった売・筒コンビの活躍は翌年もとどまるところを知らず、この年の秋頃には最高潮に達する。特に、この「メビウスの鏡」は数あるB面曲の中でも出色の出来栄え。作詞の面では「メビウス」に象徴される異次元空間のイマジネーションが冴えまくっており、一部の隙も見せない完璧なメロディ・ラインともども究極の職人芸を味わえる。A面の「唇のプライバシー」も完成度が高い傑作なので、A・B面のカップリングとしては最強の組み合わせの一つということになるだろう。

●「I'm in Love」(作詞:売野雅勇、作曲:林哲司)
1985年に発売された通算22枚目のシングル「ラヴェンダー・リップス」のB面曲。前作「デビュー ~Fly Me To Love~」で起死回生のオリコン1位獲りを達成した勢いで、同じ売・林コンビが同年秋のシングルを任せられることになる。が、連続1位を狙うにはA面が「ラヴェンダー・リップス」ではややインパクトが弱かったようだ。むしろB面の「I'm in Love」のほうが歌詞のオリジナリティが冴えており、メロディ・ラインもスピーディーな魅力がある。秋だからといって必ずしも叙情的な曲がいいとは限らず、むしろ勢いを大切にしたほうがよかったんじゃないかな・・・と思わせる一例。

●「SENTIMENTAL SUGAR RAIN」(作詞:吉元由美、作曲:河合奈保子)
1986年に発売された通算26枚目のシングル「ハーフムーン・セレナーデ」 のB面曲で、A面と同じく河合奈保子自身の作曲。このシングルで奈保子はアイドル路線から決別し、シンガーソング・ライターとしての道を歩むことになる。A面でのシリアスな絶唱ぶりとは対照的に、B面のほうはソフトタッチでさわやかにまとめており、ちょうど陰と陽の関係になっているところが興味深い。ここから以後、奈保子の活動は「さまざまな性格を持つ子供たち」を手塩にかけて養育していくプロセスがメインになっていく。

●「あなたへ急ぐReach out to you~」(作詞:さがらよしあき、作曲:河合奈保子)
1989年に発売された通算30枚目のシングル「悲しみのアニバァサリー」のB面曲だが、当初はこちらがA面になる予定だっただけに完成度が高く、曲想も魅力的だ。一度は別れを告げた恋人の大切さに気がつき、取り戻しに追いかけていくというテーマはスリルがあり、「逢えなくなるなんて・・・逢えなくなるなんて・・・」と畳みかけていくサビの疾走感はマラソンの応援歌にも使えるのではないか、と思うほどの迫力がある。こういう名曲を埋もれたままにしておくのは惜しい。自分が歌手だったらぜひカバーしたいところだが・・・。

●「言葉はいらないBeyond The Words~」(作詞・作曲:河合奈保子)
1993年に発売された通算34枚目のシングル「エンゲージ」のB面曲。河合奈保子は基本的にメロディ・メーカーで作曲のみを担当し歌詞は専門の作詞家に任せる場合が多いのだが、この作品は例外的に作詞・作曲の両方を手がけている。ちょっと聴くと岡村孝子風の「愛の応援歌」という雰囲気で、恋人を想うピュアな気持ちを日常的な言葉でストレートに表現している。このような歌詞はプロの作詞家には気恥ずかしくて書けないだろうが、どこにでもいる普通の女の子が書けば歌になってしまうところに、等身大的な日常を歌う現代J-POPとの接点があるかもしれない。

これら9曲以外にも、奈保子自身が特に気に入っているという「若草色のこころで」や「ジャスミンの夢飾り」、両A面として発表された劇場用ルパン3世の主題歌「MANHATTAN JOKE」、作詞を担当した秋元康が自身のベストの1曲に数える「恋のハレーション」など注目すべき楽曲が多い。隠れ名曲の宝庫ともいえる『B面コレクション』の中で「自分だけの奈保子の名曲」を発掘してみるのも、このCDならではの楽しみといえよう。

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●復活待望!河合奈保子特集(1) 『ゴールデン☆ベスト A面コレクション』を聴く

2013年08月19日 | 河合奈保子


河合奈保子 『ゴールデン☆ベスト A面コレクション
(2013年1月23日発売) COCP-37795~6

収録曲 [Disc. 1] 01.大きな森の小さなお家 02.ヤング・ボーイ 03.愛してます 04.17才 05.スマイル・フォー・ミー 06.ムーンライト・キッス 07.ラブレター 08.愛をください 09. 夏のヒロイン 10.けんかをやめて 11.Invitation 12.ストロー・タッチの恋 13.エスカレーション 14.UNバランス 15.疑問符 16.微風のメロディー 17.コントロール 18.唇のプライバシー 19.北駅のソリチュード 20.ジェラス・トレイン
[Disc. 2] 01.デビュー ~Fly Me To Love 02.ラヴェンダー・リップス 03.THROUGH THE WINDOW ~月に降る雪~ 04.涙のハリウッド 05.刹那の夏 06.ハーフムーン・セレナーデ 07.十六夜物語 08.悲しい人 09.Harbour Light Memories 10.悲しみのアニヴァーサリー ~Come again~ 11.美・来 12.眠る、眠る、眠る 13.Golden sunshine day 14.エンゲージ 15.夢の跡から
[ボーナス・トラック] 16.君は綺麗なままで *NAO & NOBU 17.愛のセレナーデ *河合奈保子&ジャッキー・チェン 18.ちょっとだけ秘密 *奈保子&小金沢くん


昭和歌謡曲史に彩りを添えた歌姫たちを振り返る時、まずは年代ごとのグループに区分するのがわかりやすいであろう。
①1960年代デビュー(弘田三枝子、森山加代子、奥村チヨ、黛ジュン、ちあきなおみ...etc)
②1970年代デビュー(天地真理、南沙織、山口百恵、桜田淳子、岩崎宏美...etc) 
③1980年代デビュー(松田聖子、河合奈保子、中森明菜、小泉今日子、本田美奈子...etc)

こうして見ると、なるほどバランス良く区分できるのがわかる。世代的にも、①自分より年長のお姉さん歌手、②自分とほぼ同世代のお友だち歌手、③自分より年下の妹歌手・・・ときれいに分けることができてしまう。

各年代で5人づつ上げてみたのだが、実はこの人選と名前を挙げた順番には意味がある(縦列の3世代グループごとに見ると共通項があるのがわかってもらえると思う)。一番左に位置する人たち(弘田三枝子、天地真理、松田聖子)はそれぞれの年代で一番最初にブレイクした大物、いわばその年代を牽引する先頭バッターの役割りを担った歌姫たちである。左から2番目に位置する人たちは文字通り2番バッターで、先頭で牽引するほどの強烈な影響力は持たないものの、それぞれの時代に不可欠なライバル的存在として、安定した実績を上げ続けていたところに特徴がある。

松田聖子と河合奈保子はブレイクしたのがほぼ同時期だったが、やがてヒットチャートにおいては圧倒的な差がつくようになった。それは松田聖子のほうに覚えやすいシングル曲が連続したという巡り合わせもあったのだが、そうでなくとも、一般大衆を牽引するカリスマ性においては明らかに聖子のほうに分があっただろう。ただ、当時大学生だった筆者の周囲に限れば、決して両者の人気に大きな差はなかった。筆者はコーラス関係のクラブに所属していたが、先輩たちの間では、むしろ河合奈保子のほうを高く評価していた人が多かったように思える。見る人が見れば、歌唱力と音楽性の確かさにおいて卓越したものを持っていたことは明らかなのだ。

それでも、やはり彼女を芸能人として見た場合、何かと不器用なところがあったことは否定できない。最も端的な例が、1981年10月5日にNHKホールでの『レッツゴーヤング』のリハーサル中に起きた踏み外し事故で、4メートルもの高さから転落した結果、腰椎圧迫骨折という重症を負ってしまった。2ヶ月の療養の末どうにか復帰を果たし、初出場の紅白歌合戦には間に合ったものの、一歩間違えば生涯半身不随になるところだった。そんなこともあって、性格的にどこか抜けている印象を与えてしまうのだが、それが逆に魅力になってしまうのだからわからないものである。

やはり兄貴分の立場から見れば、不器用な妹ほど可愛いものである。素直すぎて世渡りも下手そうだし「こんなんで芸能界やっていけるのか? しっかりやれよ」と叱咤激励する感じで、いつのまにか肩入れをするようになった。少しでも売り上げに貢献できるように、写真集なども買ったのだが、正直言うと、初期の楽曲にはなかなか興味を持てなかった。当時はニューミュージックが台頭しつつあった時代だったので、アイドル系歌謡曲はどうしても軽く見ていたところがあったのである。それでも1982年の秋に竹内まりやの曲を歌うようになってから、ちょっと大人の傾向になってきたなと思ったのだが、新しい路線の第1弾「けんかをやめて」は歌詞がどうかなと思えるところがあり、売れているほどには好きになれなかった。むしろ自分の心にヒットしたのは次の「Invitation」で、歌詞・メロディとも文句なく名作と呼ぶにふさわしい。この頃からようやく歌手・河合奈保子としての認識を新たにしたのである。

年が明けて1983年もニューミュージック路線が続き、来生えつこ・たかお姉弟による楽曲「ストロー・タッチの恋」を発表。最初の印象ではちょっと地味かなと思いつつ、繰り返し聴いてみるとなかなかノスタルジックな味のある作品だな、と納得するようになった。ただ、奈保子陣営もこの路線で大ヒットを狙うにはちょっと弱いと気づいたのだろう。次のシングルでは、なんと当時流行のセクシー・ディスコ歌謡路線に大転換。もともと運動音痴の奈保子としては激しい動きをともなう振り付けは得意そうではないし、本人のキャラに合いそうな分野ではなかったが、血のにじむような猛特訓(?)の成果もあってか、新路線の第1弾「エスカレーション」は見事自己最高の売り上げを記録することになった。イメチェンひとまず成功といったところである。

その後、この成功をさらに発展させるべく、売筒コンビ(作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平)による第2弾の「UNバランス」を皮切りに、翌年の「コントロール」、「唇のプライバシー」、さらに翌年の「北駅のソリテュード」、「ジェラス・トレイン」・・・と時代の先端を行く洋楽テイスト路線を展開させていくことになるのだが、比較的ストレートな「UNバランス」と「唇のプライバシー」はともかく、ソウル・フレイヴァーなアレンジで自在に作りあげた「北駅のソリテュード」と「ジェラス・トレイン」は、当時としては難曲だったかもしれない。なるほど何回も聴いていくと病みつきになっていく中味の濃さがあり、作詞者本人が言っているように、これぞマスター・ピース!と呼びたい気もするのだが、従来のアイドル的な傾向を好むファンから見れば、もっと親しみやすい楽曲を歌って欲しかったのではないだろうか。

そのような要求に応えるかのように、一方では、奈保子自身が本来持っているさわやかで影のないキャラを生かす試みも行なわれた。その一番の成功例が1985年6月に発売された「デビュー ~Fly Me To Love」で、映画『ルパン3世 バビロンの黄金伝説』の主題歌を両A面として抱き合わせる作戦も功を奏し、河合奈保子のシングルとしては21枚目にして初のオリコン1位に輝くことになった。まさに起死回生の一発である。その翌年の春、同じさわやか青春路線で「涙のハリウッド」を発表。こちらも素晴らしいメロディラインを持つ傑作で、本来なら大ヒットしてもおかしくないと思われたが、売り上げが意外に伸びず、二度目の奇跡はならなかった。この1986年の時期になると、前年や前々年あたりにデビューした新勢力のアイドルたちが徐々に頭角を現してきたので、さしもの奈保子も人気に陰りが出てきた、ということになるのだろうか。紅白歌合戦の出場も、この曲を発表した1986年が最後となったが、1981年から6年連続出場を果たしたこと自体すごいことであるし、一世を風靡したアイドルとしては十分な実績を積み上げた・・・と言うことができるかもしれない。

そして、1986年11月に発表した自作のシングル「ハーフムーン・セレナーデ」において、河合奈保子は完全にアイドルとしてのキャリアに決別する。自ら楽曲をプロデュースするシンガーソング・ライターとしてアルバムを出していく本格的なアーティストの道を歩むことになった。この時期の曲では、1987年に発表されたアルバム『JAPAN』からのシングル・カット「十六夜物語」が素晴らしいと思う。日本作曲大賞の優秀作曲者賞、プラハ音楽祭の最優秀歌唱賞に輝く実績もさることながら、やはり曲自体に名作ならではのオーラがある。新しい和風叙情歌(あえて「演歌」とは呼ばない)のスタンダード曲として後世に残す価値があると思うのだが、いかがであろうか。

「初期の楽曲にはなかなか興味を持てなかった」と書いたが、実は今あらためて聴いてみると、初期の楽曲も意外なほどハマる。いわゆる竜馬コンビ(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二)による「スマイル・フォー・ミー」、「ラブレター」、「夏のヒロイン」はさすがに職人的な無駄のない仕上がりだし、「ヤング・ボーイ」と「愛してます」もマイナー調からメジャー調に転換する70年代の旧スタイルを色濃く残しているところが興味深々だったりする。実は河合奈保子自身も80年代という新時代の幕開けにデビューしながら、中味はアナクロな70年代を微妙に引きずっているキャラなので、彼女らしいといえば彼女らしい楽曲でもあったのだ。そういう奥手なところも含めて、すべてが河合奈保子の魅力なのである。

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