米朝チキンレースではない

いつも 的確な解説です

島田洋一 WILL 201710月号

【天下の大道15】米朝チキンレースではない

米朝チキンレースではない

島田洋一(福井県立大学教授)

米朝のチキンレース(chicken race)という言葉がメディアを賑わしている。「チキン」は憶病者の意味で、例えば二台の車を反対方向から走らせ、正面衝突寸前で先にハンドルを切った方が負けになるゲームを指す。

しかし、現下の状況を表すのに、この表現は当を得ていない。まず米朝の場合、同クラスの乗用車同士ではなく、大型ダンプと中型バイクの対抗に相当する。正面衝突すれば、バイク(北朝鮮)は完全崩壊し、ドライバーは死ぬが、ダンプ(米国)の方は一部損傷するにしても、運転に支障までは出ず、ドライバーは無傷ないし軽傷程度で済むだろう。

いまバイクの側が100メートル先からダンプを攻撃できるバズーカ砲を備えようとしている。ダンプの側からは、それを許す前に相手をチキンレースに引き込むことが、合理的な戦略として成り立つのである。

北は、いわゆる瀬戸際外交で米側の譲歩を引き出すつもりかも知れないが(実際、過去には成功してきた)、米側は、今やあえて衝突を回避するつもりはないと見ておくべきだろう。

日本は路傍の観察者ではない。アメリカが軍事行動を起こせば、米軍基地のある日本も北の攻撃対象となる。軍事衝突が避けられないとするなら、①北が核ミサイルを実戦配備する前に(すなわち遅くとも1年以内に)戦端が開かれること、②米側の全面攻撃によって北の反撃力が緒戦の段階で最大限破壊されること、の二点が死活的に重要となる。

従って日本としては、①アメリカが軍事行動に出るなら全面的にサポートする、②展望なき先送りは避けるべき、との考えを米側に明確に伝えるべきだろう。それにより、早い段階から日米が緊密な協議に入ることも可能になる。

何とか平和的な方法で北の核ミサイルの脅威が取り除かれ、拉致被害者も帰ってくるといい、とは誰しも思うが、願望は政策ではない。金正恩体制を速やかに崩壊させない限り、拉致・核・ミサイルいずれの問題も解決しない

「平和的」な体制転換の可能性は、北への軍事作戦を計画・実行していく過程ではじめて出てくるだろう。

その点、米朝チキンレースのイメージは、もう一つの意味でも修正ないし精緻化が必要である。

現実の国際政治においては、ドライバー(最高指導者)は1人で車に乗っているわけではなく、背後に政権幹部や軍の将官、国民もひしめき合っている。車内で反乱が起き、無謀なドライバーが駆逐されれば、突然のコース変更となりうる。

アメリカ側は、中国(現在北のガソリン・スタンドの役割を果たしている)が北の独裁者の無力化(暗殺や宮廷クーデターなど形態は多様)に協力するなら、その後に親中傀儡政権を認めてよいとの意向をさまざまなルートで伝えているとされる。

しかし、失敗すれば復讐の矛先が自らに向くリスクを冒してまで中国が動く条件が整っているとは言いがたい。必須条件の一つは、対北石油供給に関与する中国の企業・金融機関に対し、アメリカ中心に(もちろん日本も協力して)本格制裁が発動されることだろう。

石油が止まれば、北の体制崩壊は時間の問題であり、内部的に大いに動揺しよう。独裁者の牙は、「アメリカの圧力に屈して」生命線を断ちにきた中国指導部にも剥かれる。そこまで事態が悪化すれば、中国としても、北の内部の傀儡候補と結んでクーデター実現に動く動機が高まる。

しかし、中国の関与いかんに関わりなく、北で政変を誘発する最大の要因は、結局、アメリカによる軍事攻撃の決断だろう。攻撃が真に差し迫った状況に至らなければ、家族も含めた処刑の危険を冒し、逡巡を断ち切って決起する人間が現れるとは考えにくい。いや、実際戦闘が始まり、死を実感できるまで現れないのかも知れない。

半島危機が深まる中、88日、韓国北部議政府(ウィジョンプ)市の駅前公園に、伊藤博文(初代韓国統監)を暗殺した安重根の壮大な銅像が設置された。習近平中国国家主席が製作を指示し、韓国に寄贈したのだという。

一体何をしているのかと訝らざるを得ない。今なすべきは、日本人を暗殺した「過去の栄光」に耽ることではなく、同族が生んだ北の暴君を無力化することだろう。本来それは韓国の責任範囲だが、親北左派の文在寅政権に期待すべきことではない。となれば、アメリカの軍事攻撃を契機とした「解決」を待つ他ないことになろう。

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