背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

KISS KISS KISS

2009年04月28日 04時07分32秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


(朱華色・はずね色)

「ごめんなさい、幹久さん。つきあわせちゃって」
そう謝りながらも、毬江は嬉しそうだ。
デパートの化粧品売り場。買い物の帰り、何気なく目についたそのブランドのブース。新色の口紅が一つ欲しくなった。
色とりどり、考え抜かれた配色で紅が並んでいるのを見ているだけで、心浮き立つ。
「構わないよ。俺、こういう場所、あまり苦にしないほうだから」
小牧は優しく笑みを返す。
そのことばが、ほんの少し過去の女性との付き合いをうかがわせ、毬江の眉を曇らせる。
「あ、こういう色なんか似合いそうだね」
小牧が取り上げたのは、赤みが少し強い一本。
普段、というかほとんど毬江が唇に載せない色合いだった。
大人っぽい……。大人っぽすぎない?
口には出さないが、迷いは伝わる。
小牧は「だいじょうぶ。似合うよ」と妙に確信を持っていった。
「そうかな」
毬江は半信半疑だ。あたしなら、もっと淡い色合いを選ぶ。いつものように。
そんな毬江のおとがいに、小牧はそっと手を添えた。
指先で持ちあげる。
毬江は目を丸くし、硬直した。間近に小牧の顔がある。
小牧は、その紅の先端を片手でくるりと器用に覗かせながら、
「毬江ちゃんは、もうとっくに大人ですよ。……こういう色も普通に似合う。
男の視線を、きっと集めるね」
と言い、毬江の唇のかたちを、それで丁寧になぞっていった。
毬江は、茶がかった大きな瞳をわずかにすがめた。
「幹久さんは、それで平気なの?」
あたしが他の男の人に見られても。あなたの知らないところで、モーションをかけられても。
いいの?

顔を持ち上げても、視線が下を向く毬江に屈み込んで、小牧は囁く。
「平気な訳ないでしょ。――でもいくら君が他の男に見られても、俺がいつもブロックするから」
え?
その言葉の意味を問う間もなく、目の前がふっと翳る。
そして、唇にしっとりとあたたかい感触――
押し包まれる。口紅ごと。小牧の唇に。
毬江は瞬きをするのさえ忘れる。
あまり驚きすぎて、微動だにできない。


ややあって、唇を解放した小牧が、少し照れたように俯いた。
「……なんてね。ごめん、公衆の面前で」
実際、化粧品ブースの販売員さんが、目を丸くしている。
毬江はそこでようやく赤くなって、しきりとかぶりを振った。
ううん。ごめん、なんて……。
嬉しい。
こういうこと、外でしない人だと思ってたから、驚いただけ……。
「そっか」
安心したように笑うその顔は、毬江が知っている小牧の笑顔より、少しだけ幼く見えた。
いつも、あたしが幹久さんのことを追いかけて、前に付き合ってた人のこと、気にかけてくよくよしてたりしたけれど。
ほんの少し、追いついた。ううん、肩を並べられたって思っても、いいのかな……。
ねえ。毬江は小牧の服の袖を摘む。
「うん?」
「もう一回……して?」
ここで。
そうおねだりをする毬江に、小牧は一瞬だけ目を瞠った。
でも、すぐに「なんどでも」と言ってキスを落としてきた。
そのあいだ、毬江は小牧の袖をしっかりと握ったままでいた。立っていられないほど、幸福だった。


(撫子色)

「どうしたんだ、珍しく化粧なんぞして」
ぎく。
背後から掛けられた声に、郁の背が凍る。
口紅を持ったまま、姿見から振り返った妻の顔が、何とも情けなさそうなので、堂上は首をかしげた。
「なんだ?」
「いや、今日あたし、初めて座学の教壇に立つんだけど。そのう、生徒に舐められないようにこうばしっと化粧でもしてやるかなー。みたいなつもりでいたのよ」
「ああそうか、成る程な」
でも、と郁の眉が情けなく八の字に下がる。
「化粧なんて滅多にしないから、失敗しちゃったよう。それにこの口紅の色。似合う? 新色、買ったんだけど、似合わなくない?」
「え、そんなことはないだろ。綺麗だよ」
「そうかなあ、なんか失敗じゃないかなあ」
自分としてはさらりと上手く褒めたつもりだった。口紅も、化粧をしたお前も綺麗だ、と。
でもあっさり流され、堂上は少し肩透かしを食う。
郁は夫の内心の機微を読み取る余裕もなく、姿見の前から立ち上がった。
「ああもうタイムアップ。出かけなくちゃ。篤さん、あたしほんとおかしくないよね?」
もう一度堂上を振り返ると、真顔で言われる。
「へんだ。紅がはみ出てる」
「うそやだっ。なんでえ」
時間がないってのに、これだ。郁は慌てて鏡を覗き込もうとする。
その奥襟を堂上はむんずと掴まえて、引き寄せる。
強引にキス。
「――んっ」
「大丈夫、拭ってやったから」
唇を離して、平然と言い放つ堂上。
真っ赤になって口を押さえる郁に向かって続ける。
「そんながちがちにならんでも、大丈夫だ。
お前ならやれるよ。なんたって、お前の座学の仕込みは教官の時の俺なんだからな。自信もっていけ」
背中をはたかれ、郁はぱあっと花が咲いたように笑った。
「うん!」
そして堂上に抱きついて「篤さん、大好き」とキスを浴びせた。
「わっ、ばか。ほんとに遅れる」
しゃれにならんぞ。そう言って郁を引き剥がし、玄関へ向かう荒っぽい背中は完全に照れ隠しだ。幸福な気持ちで「はあい」と郁はその背を追った。


(薔薇色)

「うーん……」
「何をおっかない顔で考え込んでいるんだ」
化粧道具をテーブルに広げてなにやら思案している柴崎の隣に、手塚がやってくる。
もうじき家を出なければ、予定の映画の時間に遅れてしまうというのに。
「おっかない顔で悪かったわねえ。今日の口紅の色、何にしようか迷っていただけよ」
ジト目で手塚を掬い上げる柴崎。
瞬時に手塚は自分の失言を悟る。
「あ、すいません……」
「ふんだ。
ああもう、迷うわ。こっちのローズレッドにしようか、それともこのパープルにしようか。今日の気分がどんななのか、いまいち掴めない」
無骨者を自認する手塚には、柴崎の迷いははかりかねる。だから、
「女の人って大変なんだな」
えらくおざっぱな感想を載せるしかできなかった。
柴崎は悩ましくローテーブルの上に突っ伏した。
長い黒髪が、背から滑り落ちる。
「そうよう、特にあたしみたいな美人は大変よ。いつも人から見られるもんで、むやみにすっぴんで表に出られないしさあ。ああ、どうしよう」
悲嘆にくれる柴崎に、手塚は、
「でも俺、すっぴんのお前が一番綺麗だと思うけど」
「……え」
柴崎が身を起こす。
「今、なんて言った?」
真剣な目に、手塚が動じる。
「な、なんてって」
「もう一回、言って?」
柴崎の迫力に圧され、手塚は呑まれたようにもう一度繰り返した。
「俺はお前の素顔が一番綺麗だと思うって」
「ほんとう?」
柴崎が、ソファに座る手塚の膝に乗りあがる。およそレディらしくないはしたない格好でスカートの裾をからげて彼に跨り、その首に腕を回した。
「うわ」
「ほんとにほんと?そう思う? 化粧しなくても綺麗だって?」
「あ、ああ。本当だ」
麻子は、素顔がいちばん綺麗だよ。
ひどく気障い、こっぱずかしい台詞を口にしている。そう自覚はあったが、そう言わなくては許されないような状況なので、手塚は腹を括って言った。
柴崎は見るものの心を蕩かす、美しい笑みを満面に浮かべた。
「愛してる、光。決めた、あたし今日、化粧しないで行く」
「え」
「すっぴんでデートもたまにはいいでしょ。旦那様のお墨付きも出たことだし」
ね?
悪戯っぽく微笑んで、手塚にフレンチキスを与える。
手塚は柴崎の細い身体を支えながら、
「俺はもちろんいいよ」
と、自分に跨る奥様にキスを返した。
柴崎は額に額を押し当てて、声のトーンを一つ落とす。そして、
「で、ものは相談なんだけど。映画が終わったら、新しい口紅、買ってくれる?
欲しい新色があるの。ね。おねがい」
可愛らしくおねだり。
こうきたか! 内心手塚はしてやられたと天を仰ぐ。
でもまあ。こんなに可愛いおねだりなら、キスと膝抱っこで迫られるなら、――乗せられるのも悪くない、か?
「しかたないな」
結局手塚は頷いてしまう。柴崎は飛び上がらんばかりに喜んだ。
膝の上の、柴崎の重みが、手塚まで幸せな気分にしてくれた。


色とりどりの、キス三景。

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3 コメント

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三者三様の… (せら)
2009-04-28 06:11:18
口紅付の締まりのない男どもの顔がありありと浮かんできます。
三色の幸せ色を有難うございました。
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あああああ (たくねこ)
2009-04-28 14:23:00
甘い…実は今日、齢をとりました(^^;)
すっごい甘いプレゼントをありがとうございました(^^)
返信する
ありがとうございますv おめでとうございますv (あだち)
2009-04-29 07:33:49
>せらさん
女性側からキスを仕掛ける図書館もので、珍しく男性側からの口付けのシーンを描いてみました(手柴を除く)。個人的には、うちの夜の部屋に掲載してある「HIMEHAJIME」みたいな、三者三様の愛のかたち、のようなものを書きたかったです。感想ありがとうございました。

>たくねこさん
おお! お誕生日おめでとうございます~!
なんと、うちの相方と一日違いの牡牛座、ですねえ。山羊の私とは相性ばっちし!ですよ~
ともあれそのような日に、はからずもプレゼントできてよかったです。どうかご家族と楽しいバースデーを過ごされましたことを祈ってv
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