背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【1】

2008年11月23日 07時43分59秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

「ねえ。今年のクリスマス、どうするの?」
「あたし? あたしはさ、実はね……」

そんな会話がぽつぽつと女子寮で聞かれ始めるようになったのは、11月も半ばのことだった。
国を挙げての年末の一大イベント。この時期になれば例に漏れず、武蔵野基地勤務の面々も、男女を問わずそれぞれ予定が立ってくる頃合だ。
無論、ここで言われる「クリスマス」は、キリストの生まれた25日を指すのではない。その前日の24日、もっと詳しく時間を限定するなら、おもにその夕方から夜にかけてを指す。
その程度の裏を押さえて会話に臨まないと、寮の中で「話の通じないやつ」というレッテルを貼られてしまうので、要注意だ。
普段はそんな会話の裏読みには決して長けていない郁だったが、今回は心配無用。
最近では挨拶代わりとなっている上の質問、
「あんた、今年のクリスマス、どうするの?」
を投げられても、良くぞ訊いてくれたとばかり、こう答えた。
「今年? 今年はねー、教官とデート!」
満面の笑顔で。
語尾に「!マーク」をいくつもくっつけるほどの力強さで。
尋ねた相手の気を削ぐ勢いで郁は即答したのだった……。
「き、訊いたあたしが野暮だった。ごめん」
と、完全に毒気を抜かれ、ふらふらと廊下をすれ違って行く同僚を気の毒そうに目で追いながら、柴崎は郁に耳打ちする。
「笠原あんたさあ、もうちょっと言いようってもんがあるでしょうが」
「え? 何?」
だめだ。柴崎は郁のにまにまとやにさがった顔を見てかぶりを振る。
今のこの子に、婉曲な言い回しとか、さらりと受け流すやり方なんてものを望むほうが無謀だったか。
この、らぶらぶオーラ全開の、堂上大好きっ娘には。
風呂から上がって部屋に戻る途中のことだった。濡れた髪をタオルでまとめながら、柴崎それでもなけなしの老婆心をかき集めて言った。
「笠原、あんま、今のうちからイブの予定言いふらさないほうが良いんじゃないの?」
まあ、隠すなとは言わないけどさ。と、言葉を濁す。
「へ? なんで」
きょとんとして、郁は部屋のドアノブにかけた手を止めた。
柴崎は言葉を継ごうとして、「……なんでもない」と思い直した。
「風邪引くわ、入りましょ」
郁の背を促す。
今からクリスマスに堂上教官との予定があると公言することで、12月の特殊部隊のメンバーのシフトについて色眼鏡で見るやつもいるんじゃないかとか(ただでさえ特殊班内での恋愛を快く思わない頭の固い連中も基地内にはいる)、当日近くなって何か大きな任務が入ってきて予定が狂わされるときついんじゃないかとか、つい前倒しで心配する癖がついてしまっている。
これはもう習い性みたいなものだ。仕方がない。
でも郁にはそういう部分がない。純粋に、好きな相手とのクリスマスイブの予定にうきうきと胸を弾ませている姿を見ているのは、なんだか少し痛かった。
「……どこ行くとか、もう具体的に決まってるの?」
部屋に入り、柴崎は訊いた。
自分でも思ってもいないほど優しい声が出て、驚く。
郁は、風呂道具を慣れた手つきで片付けながら背中で答えた。
「ううん、まだだけど。あんま遠出できないから、どっか近場で夜景でも見れるお店で食事とかしようかって、教官が」
「いいわねー。……お泊り?」
ぴくっと郁の肩が反応する。
「た、たぶんね……」
肩越しに見たその頬が、風呂上りのせいではなく紅潮しているのを見て、柴崎はたまらず郁の背中にくっついた。
ぴとっ。
「ん、も~。あんたってどうしてそんなに可愛いんだか!教官に戴かれる前に、あたしがもらっちゃうぞ!ったく!」
「わ、やめて、柴崎、引っ付くなって」
あわあわと自分を剥がしに掛かる郁。柴崎は笑って腰に回した腕を解いた。
「だってあんまラブリーなんだもーん。いいなあ、あの堂上教官があんたとのクリスマス夜のために、今の今から都内のホテルを予約してるかって思うと、なんか信じられないわよねえ」
「よ、予約してくれてるかな、やっぱ……」
「当ったり前でしょ! 何言ってるの。今でも遅いくらいよ。一年や半年前から予約する男だっているんだからね。本命の彼女には、やっぱ、素敵な場所を押さえておきたいじゃないの」
手を腰に当てて、説教モードだ。
郁はますます赤くなった。
「ほ、本命……かな。あたし」
その台詞で、完全に柴崎は沸騰する。ああもう、と天井を仰いで、
「あんた以外の他の女に目が行くかっての。あの無骨一本気男が。
もうやだ。これ以上あんたと話してると、ノロケで耳が溶けそう。もう寝よ」
「あー、ごめん、惚気たつもりは」
「自覚なしが一番タチ悪! 寝る寝る。オヤスミ」
ベッドのカーテンをしゃっと左右に割ると、「ごめんって、柴崎寝ないでえ。もうちょっとお喋りしようよう」とパジャマの裾を掴まえられた。
「ほら、あんたドライヤーもまだだし。マッサージだって。
女の手順はしょると、美貌は維持できないっていっつも自分で言ってるでしょ」
「……しようがないなあ。ポカリ淹れてよ」
ベッドに乗りあがりかけた足を下ろし、炬燵に柴崎は滑り込む。はなから寝るつもりはない。
「OK。氷、入れる?」
郁はカップを持って共用の冷蔵庫に向かった。
「あたしはいいわ」
「ん。
――ところでさ、あんたはどうするの? クリスマス」
さり気なく郁は柴崎に話を振った。
前々から気に掛かっていた。イブのことは。友人として。
「あたしはたぶん平常勤務よ。今年はイブもクリスマスも平日だしね」
あっさりと柴崎は返す。
「それはあたしたちだって一緒だよ。あたしが訊いてるのは、勤務終わってからのことだよ。
今年は、そのう、それっぽい予定あるの?」
「それっぽい?」
回りくどい尋ね方に、柴崎は首をひねった。分かってて、わざとだな。それぐらいは分かるよ、柴崎。
郁はそんな思いを悟られないようわざと柴崎のほうを見ないようにして、並べたカップに買い置きのポカリのボトルから中身を注いだ。
「色っぽいというか、……あんたのことだから、多方面からいろいろ誘われてるんじゃないかなあってさ」
郁は言葉を選び選び、そう言った。
下手をすれば、この友人が会話を「閉じて」しまうのを知っていたからだ。
「あー……、そっちの【ぽい】か」
柴崎は急に興味を失ったように、炬燵の天板に頬杖を突く。
郁はその前にカップを置いた。
「サンキュ」
「で、どうなの?」
柴崎の向かいに身体を滑り込ませて、身を乗り出す。
柴崎は気のない様子でカップに手を伸ばした。
「誘いはあるわねえ。毎年のことだけど、割と」
「やっぱり」
思ったとおりだ。
柴崎は首をかしげる。
「仏教徒のはずなのにねえ、みんな。どうしてクリスマスだとこう勝負かけてくる男が多いのかしら」
「きっかけがほしいんだよ、きっと。あんた、高嶺の花だし」
「いいこと言うわね」
柴崎はうっすらと微笑した。まさに花のように匂いたつ美しさだった。
見慣れているはずの郁でさえ、つい正面に座る美女に見惚れそうになる。
郁は好奇心を抑えきれず、尋ねた。
「で、どうするの? 誰かの誘いに乗っちゃうの? 今年は」
「……それがねえ」
ポカリで口を潤してから、柴崎は語った。



「――という予定なんだってよ、柴崎」
翌日、任務の合間をみはからって、郁は聞き出した同室のイブの動向をこっそり打ち明けた。
オフレコだけどね、と釘を刺して。
手塚はひどく複雑な顔をしてみせた。
「……なんでそれを俺に言うんだ?」

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2 コメント

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うおっ (たくねこ)
2008-11-23 22:47:35
柴崎はわかってますよね?手塚に話が流れるの…
なんか手塚が哀れなような…
それは私が手塚贔屓だからかしら…
続きを待ってます!
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そこまで読んでるのか、柴崎 ()
2008-11-24 08:34:31
すごい女だ、、、流石ですよ、流石。
私も手塚贔屓です~
二人にとって幸せなクリスマスになるといいな。ウン。頑張ろう>自分
続きも読んで下さるなんて有難い!
今しばらくお待ちくださいまし。

裏も更新してますんで、
時間のあるとき、そして背後にお人がいないときによかったらどうぞです。(厚かましいなア)
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