背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

粉雪

2008年11月22日 18時25分17秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


「うわあ、すっごいねえ!」
図書館を出るなり、郁がアプローチの舗道に飛び出した。
日中から降り出した雪がうっすらと積もり、銀世界とまではいかないが、粉砂糖をそこはかとなくまぶしたように、地表を白に覆っていた。
「うひゃあ、つめたーい! 気持ちいい~っ」
郁は歓声を上げながら、舗道の脇の雪を手で一心不乱にすくい上げている。
吐く息が白い。頬が冷気のためうっすらと上気していた。
コートの裾が地面につくのもお構いなしといった風にはしゃぐ郁。玄関の雨除けの下でそれを見ていた手塚が呟いた。
「……犬だな」
思わず、柴崎が吹き出す。
「確かに。大型犬ね」
「あいつ、幾つだ? 小学生か。同期だったよな、確か」
「ピュアなのよー、笠原は。あたしたちみたいに穢れてないのよ、心が」
「俺もいっしょにするな、俺も」
「あら? 違うっての?」
「違う違う」
強硬に否定した手塚に柴崎はパンチを見舞う。
威力は革のコートの生地に大方吸われたが、手塚はわざとらしく顔をしかめた。


今日は、三人でこれから飲みに繰り出す予定だった。
雪が降ったらやっぱ雪見酒でしょう。今晩出かけるわよ、と勤務中いきなりメールで召集がかかった。柴崎から。
手塚も頭数だからね。伝えといてよ、と。
その【頭数】の男はぶたれた腕をさすりながら空を見上げた。
「でも確かにわくわくするよな。雪って、究極の非日常だろ」
そこでふと思い出したように、柴崎は手塚の横顔を見上げる。
「ああ……。笠原もあんたも関東なのよね。出身。雪って珍しいんだ?」
「お前は石川だったか。降るんだろ」
「降るわよー。それはそれはしこたまね」
風情のない言い回しで柴崎は答える。
「雪を見ても、きれいだなって思うのは、初雪だけね。あとは日常に埋もれて、そういう感覚では見なくなっちゃうな」
だから笠原のああいうとこ、羨ましいって思うわ、ちょっとね。
誰かに、というよりは、自分に対して呟いたような口調。
手塚の視線を感じて、ふっと表情を変えた。
つい零してしまった本心を、上書きするようににっこり笑ってみせる。
「ほら、また降ってきたみたいよ」
雨除けを出て、空を仰ぐ。
右の手のひらを上に向け、細い顎を持ち上げた。
手塚も柴崎の視線を追う。柴崎の言うとおり、雪片が無数の花びらとなって、天から降り注いできた。
瞬間、それらが音を吸い込んだように、世界が無音に包まれる。
雪はくるくる宙を踊ってから柴崎の手のひらに収まった。そしてじわりと姿をかき消す。
柴崎は手を握った。
「すぐに溶けちゃうね。ずっと掴まえておけたらいいのに」
「……そうだな」
柴崎の隣まで来て、手塚は嵌めていた手袋をそっと外した。
幾分ためらいがちに、柴崎の頭に手を伸ばす。
柴崎の髪についた雪を払ってやった。
「……」
驚きながらも、ありがと、と言いかけた柴崎に、手塚の声がかぶさる。
「掴まえておけたらいいのにな……」
指先を、柴崎の髪に滑らせる。
「……」
柴崎は言いかけた言葉を呑んで、彼のなすがままに任せた。
そのあいだも、後から後から粉雪は降りしきる。
手塚の指が、柴崎の長い髪から彼女の顎へとつい、と移ろうとしたとき。
ばしゃん!
だしぬけに、雪玉が手塚のこめかみの上のあたりにぶつかった。
「――」
あまりのことに、呆気にとられる。
とっさには状況を理解できなかった。
柴崎も口を半開きにして、雪のつぶてを頭に浴びたまま棒立ちになっている手塚を凝視するしかできなかった。
見ると、少し離れたところで郁がけらけらと爆笑していた。
「やったー! 命中!」
「~~~かさはら、お前なあっ」
郁は激昂した手塚に構わずこいこいと手招きした。
「あんたたちもおいでよー、雪合戦しよ」
無邪気に誘う。
手塚はいきり立った。憤怒の顔にすごみのある笑みを浮かべる。
「やってやろうじゃないか。俺の射撃の命中率、お前、知ってるんだろうな」
どかどかと足音荒く舗道の雪を踏みしめて郁のもとに近づいていく。
「射撃と雪合戦は別もんだもんねー」
「そのセリフ、間違いでしたって言わせてやる」
さっそく距離を置いて雪玉作りに取り掛かる二人。
柴崎はコートのポケットに手を突っ込んで肩をすくめた。
「あたしは遠慮しとくー。ほどほどになさいよ」
と声をかけながら。


……危ないとこだった。少しだけ流されそうになったわ。
やばかった。柴崎はそう思いかけて、
……別に流されてもよかったんだけどね。
と言い訳のようにひとりごちてみる。
手塚は郁とともに、実戦さながらの雪合戦を繰り広げだした。目の前を飛び交う白い玉を見ながら柴崎は、
「犬がふたり、ね」
と笑った。
柴崎の唇に、雪がひとひら触れてすぐ消えた。

fin.


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2 コメント

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あああ、途中まで… (たくねこ)
2008-11-23 11:20:28
郁がいたのを忘れてました…orz
いい感じだったのに…そのまま流れて欲しかったかも…
ただ、雪合戦をする犬2匹を見る柴崎の眼は
優しいんでしょうね。
それに見とれた手塚に空気読まない郁が特大雪玉をあてるといい、なんて思ってしまいました…
私は忘れてませんでした(^^; (薫)
2008-11-23 17:18:28
いや、忘れられなかった、かな?正しくは。
たくねこさんの特大雪玉オチ、いいです!
ぜひその方向で郁には投げて頂きたい。笑
柴崎も手塚もロングコート似合いそうですよね? 柴崎なんかは身長ないけど。着こなしちゃいそう。
あ、もちろん、郁ちゃんも☆ですよ~

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