計画が突然、思いもよらない方向へ(運命の強大なエネルギーの力で)急旋回していくことがあります。昨年は、海外旅行の計画が(一緒に行くはずだった友人の突然の「やっぱり行かない!」発言によって)突然頓挫するという、私にとっては前代未聞の出来事が、勃発しました。その時は、その友人の言動に、少なからず戸惑い、面喰い、呆然としたものですが、いつものごとく、私のスーパーマンさんの「その人を恨んではいけない。」というアドバイスのおかげで、私はその友人を恨むどころか、久しぶりの海外旅行実現のきっかけを作ってくれた人として、心の底から有難く感じるまでに変貌していました。そして、紆余曲折の展開はあったものの、念願のギリシア旅行も結果的には無事実現したのでした。(もちろん違う友人とでしたが…)「ピンチはチャンス」という言葉を思わせるような出来事でしたが、正直言って、こうしたことはそうそう起こることではありませんから、昨年の出来事はあくまでもレアケースだったのだろうと高を括っていたのですが、何と!またしても…今年、ちょうどあの時の状況に類似した事件に見舞われてしまったのです。広島で10月に開催される学会に同行するはずだった友人に、事が起こる直前までは、予想だに出来ない、本当に思いがけない出来事が何の前触れもなしに突然起こってしまったのです。(彼女のプライバシー保護のため詳しい内容には触れないことにします。)それはいいのですが、プログラム取り寄せの計らいやら何やらのもろもろの作業を、私があれこれやっていたのですが、そのプログラムが届いたとか、その学会には行かれないことになってしまったとかの連絡が、(私が恐る恐る問い合わせるまでは)向こうからは一切、私に入らなかったことに、またしても私は面喰ってしまったのです。世の中の人の常識ってどうなっているのだろう?私の存在って、一体、人から見てどういうことになっているんだろう?と、本当にどう判断していいのやら??戸惑ってしまったのです!でも、気持ちを入れ替えました。そうです!判断は無用なのです。感情的に反応してしまうことには、どんな場合にも自分を痛めつけること以上の何の利得もありません。私はここで、友人の誰が行こうが行くまいが、私はたった一人でもこの学会に行くんだという自分自身の動機をはっきりと再確認しました。まして、今年は異動先の組織が大きいために、出張で参加することも不可という判断が下りたため、(私ごときにまでは予算が回ってこないのです。)自腹を切ってまでの参加を決心したというわけです。思いもかけなかった予想外の流れは、私の真の動機付けをはっきりと私の鼻先に突きつけてくれました。あんまり悔しかったので、一日前から出かけて、倉敷と尾道を回ってから、学会の開催場所である広島入りする…などという大掛かりな計画を立ててしまいました。たった一人でも、うんと楽しんでくることでこの思いがけない顛末に帳尻を合わせてやろうじゃないの!と思ったわけです。あ~ぁ!でも本当は、このような結末に自分の気持ちを収めるまでには、随分な気力を振り絞らなければならない経過がありました。