「美しすぎる母」 (2007年・スペイン/フランス/アメリカ)
息子による母親殺害の実話をもとに、アメリカの大富豪ベークランド家の崩壊を描いた心理サスペンス。20世紀初頭にプラスティック時代の先駆けとなる合成樹脂、ベークライトを発明して財を成したレオ・ベークランド。その孫で富豪のブルックス・ベークランド(スティーブン・ディレイン)と妻バーバラ(ジュリアン・ムーア)、そしてひとり息子のアントニー(エディ・レッドメイン)がたどる悲劇への道は、スキャンダルというにはあまりにも異様な禍々しさに満ちている。物語は、ベークランド夫妻が息子を授かったころのエピソードで始まる。貧困家庭の出身でありながら富豪の妻の座を射止めたバーバラは、上流階級との社交に執着するあまり、夫の気持ちをないがしろにするようになる。いつしか夫婦のあいだには埋められない溝が生じ、夫ブルックスは若い愛人のもとへ走る。夫の愛を失ったバーバラは、その隙間を埋めるように息子アントニーへの依存を深めていき、やがて親子の一線を越える行為に及んでしまう・・・・・・。
衝撃的な事件に至るまでのベークランド家の軌跡を断片的に追いながら、破綻する家族三人の関係構造をさらりと描写している。母と子が心理的に密着していく過程や、個々の人物の感情の発露は描かれるものの、事件との結びつきを明確にする手がかりは希薄なため、悲劇がなぜ起きたかを想像する余地のある作品といえる。一家の崩壊が、ブルックスとバーバラの夫婦関係の破綻に端を発していると考えれば、最大の被害者は息子のアントニーということになる。父親不在の家庭の中で、少年時代から母親の愛憎の吐け口としての役割を与えられてきたアントニーは、正常な自我を発達させる機会を奪われてきたように見える。無気力でおとなしい羊のような青年が、支配的な母親に爆発的な憎悪を向けた結果が、刺殺という凶行だったのかもしれない。“死んだ愛犬の首輪”はアントニーにとって、幼年時代に結ばれた母親との健全な絆の象徴だろう。おぞましい行為の後に彼が必死で首輪を探しまわり、床に座り込んで親指を吸うシーンは、母親が奪い去った幸せな幼年期への、心理的退行を意味しているのではないか。父が母を愛することを放棄したため、自分がその役割を相続したのだというアントニーの独白は、あまりにも悲しく狂おしい。健全な家庭が愛のみならず、一種の役割関係を基盤に成り立っているとするならば、親であることをやめてしまったブルックス夫妻こそ、この悲劇の責めを負うべきだ。
満足度:★★★★★★☆☆☆☆
<作品情報>
監督:トム・ケイリン
製作:クリスティーン・ヴァション
原作:ナタリー・ロビンズ/スティーブン・M・L・アロンソン
脚本:ハワード・A・ロッドマン
出演:ジュリアン・ムーア/スティーブン・ディレイン/エディ・レッドメイン/エレナ・アナヤ
ウナクス・ウガルデ/ベレン・ルエダ/ヒュー・ダンシー
<参考URL>
■公式サイト 「美しすぎる母」
■DVD情報 amazon.co.jp 「美しすぎる母」
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