「告発のとき」 (2007年・アメリカ)
実話を題材にイラク帰還兵の失踪事件を描いたポール・ハギス監督作品。もとになった陸軍特技兵・リチャード・デイビスの失踪事件は、2004年5月号のプレイボーイ誌に掲載されたMark Boalの寄稿記事「Death and Dishonor」(死と不名誉)に詳しい。記事そのものは現在でも「Playboy magazine」 サイト内の「Death and Dishonor」で読むことができるが、鑑賞の妨げになるおそれもあるので、見終わった後に読まれることをお勧めする。映画はほぼ大筋で、この実話に沿って展開する。イラク帰還兵の息子が帰国後に無断で隊を離れたという連絡を受けた父親が、失踪の真実に迫っていく緊迫のドラマだ。
2004年の秋、退役軍人のハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)のもとに、息子のマイクが許可なく基地を離れたまま戻らないという一報が入る。軍警察官として長年勤め上げたハンクは、有為の軍人と信じる息子がAWOL(無許可離隊)のそしりを受けるような事態はありえないと直感する。マイクがイラクから帰還した基地へ向かったハンクは、息子が失踪した当日の足取りを地元警察の女性刑事エミリー・サンダース(シャーリーズ・セロン)の協力を得て独自に調査しはじめる。やがて基地近くの草むらから、数十箇所の刺し傷のある焼死体が発見される・・・・・・。
二人の息子を軍人に育て上げ、自らも軍一筋に生きてきた男が、子どもという人生で最も大切な存在を、命を捧げてきた軍そのものに奪われてしまう悲劇は痛ましい(マイクの兄も演習中の墜落事故で亡くなっている)。宿泊先のモーテルでシーツをきびきびと整え、サンダース刑事の前では洗濯中の濡れたシャツでもすばやく身に着けるハンクは、職業軍人としての生き様が悲しいくらい染みついている。その彼が軍警察で養った勘と捜査能力を生かして孤軍奮闘、真相を隠蔽する軍を相手に必死に息子の死の真相に迫る姿は、原題の「エラの谷(In the Valley of Elah)」で巨人兵ゴリアテを打ち負かしたダビデの投影だろうか。しかし、ハンクが息子の携帯映像から徐々に暴いていった真実は、父親の知りえない息子の心の闇へ、さらにはイラクの最前線で若い兵士たちの心を蝕む戦争の狂気へとつながっていく。ベトナム戦争以来、帰還兵が抱える深刻な後遺症はアメリカ映画の格好のテーマとして取り上げられてきたが、本作は実話の持つ力を裏づけにして、いまなお続く戦争の悲劇を切々と訴えかける。
最愛の息子を失ったばかりか、人生と家族を捧げた軍に裏切られたハンクの心の内は察するに余りある。事件の衝撃を静かに受け止めるトミー・リー・ジョーンズの妙演は、長い軍隊生活で培われたハンクの自制心の強さを巧みに表現していて秀逸だ。この抑制の効いたハンクの表情こそが、かえって事件の背後を覆う闇の深さをあぶり出しているようだ。冒頭でエルサルバドル出身の職員が星条旗を逆さまに掲揚するのをとがめたハンクは、帰宅する途中で同じ場所に立ち寄り、今度は正しく掲揚されていた星条旗を自ら逆さまに掲げる。軍人には何より神聖なはずの国旗を、国家の危機を表す救難信号としてポールに固定したハンクのメッセージは、アメリカ内外を問わず多くの人々の共感を呼ぶだろう。
満足度:★★★★★★★★☆☆
<作品情報>
監督・脚本・製作:ポール・ハギス
出演:トミー・リー・ジョーンズ/シャーリーズ・セロン/スーザン・サランドン
ジェームズ・フランコ/ジェイソン・パトリック
<参考URL>
■映画公式サイト 「告発のとき」
■プレイボーイ誌 2004年5月号の掲載記事「Death and Dishonor」 by Mark Boal
■リチャード・デイビス失踪事件 CBS News/48 Hours「Duty, Death, Dishonor」
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ポール・ハギスといえば他に「父親たちの星条旗」や
「硫黄島からの手紙」にも脚本や原案で関わっていますが、
どれも心の奥底に響く作品だったと思います。
大人たちはなぜ子どもを戦場に行かせるか――この問いに正面から答えようとすれば
胸が潰れるような気持にさせられます。
とくに人の子の親ならば、なおさらですね・・・
ブックマークの件、ありがとうございます。
こちらは既にzooeyさんのブログをマイPCの秘密のお気に入りに
加えさせていただいておりました!
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします
ポール・ハギスは「クラッシュ」でも、とても感動しました。どちらも、胸が痛くなる作品でしたけれど。
この映画の中で
エミリーの幼い息子が
「どうして大人たちは、子どもを戦いに行かせたの?」と問うシーンがあるのです。
私はそこが、一番心に残っています。
こちらのブログ、ブックマークさせて頂いてもよろしいでしょうか?
どうぞよろしくお願い致します。
サスペンスではあるのですが、謎解きが静かに進んでいくのが
ハンクの心と同調するようでよかったです。
記事では割愛してしまいましたが、脇役のシャーリーズ・セロンも
スーザン・サランドンもすばらしかったですね。
>ハンクのメッセージは、アメリカ内外を問わず多くの人々の共感を呼ぶだろう。
同感です。