MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

相談と激励

2009-11-28 00:00:53 | 生活・法律

11/28  交通違反? (7) 相談と激励




           これまでの『生活・法律




           関連記事  交通違反?
            (1) 右折違反?
            (2) 直進後、左折したのに
            (3) 交通審査課
            (4) 青赤より黒白
            (5) 脅しは自信が無いから
            (6) 虚偽有印公文書
            (7) 相談と激励
            (8) まだ "不利益を被っていない"




 今回の私の "違反" 騒ぎを巡って、事の顛末をこれまで仔細に
お読みいただきました。 以上はすべて事実であり、真実です。



 私には、違反を助長し、「反則金の支払いを拒否しましょう」など
と言う意思は毛頭ありません。 ただ今回は、事実関係に反する
ような青切符を切られたので、精一杯、自分の主張をしたかった
だけです。

 私だって、別に自分が無事故無違反の優良ドライバーなどとは
思っていません。 新しいところでは、昨年の6月にスピード違反
を犯しています。 もちろんこのときは反則金を払っていますが。




 今にして思えば、青切符を切られたときに、断固拒否すれば
よかったと思っています。

 しかし、時間が無い上に、専門家である二人の巡査に現場で
粘られたら、なかなかそうは行きません。 あちらは "摘発" が
仕事で、自分たちの成績向上につながるのですから、簡単には
諦めないでしょう。 言い出した以上、体面もあるでしょうから。




 青切符を切られたとき、「それは虚偽公文書作成罪、及び同
行使に該当します。 こちらも告発しますが、構いませんね?」
と言って立ち向かったらどうだったか…などと、今になってから
考えています。

 しかし下手をすると、公務執行妨害容疑で現行犯逮捕
されてしまう恐れもあります。 「違反の捏造が "公務"」
とは、聞いて呆れますが。


 「暴行または脅迫により公務を妨害したる場合は…」と
書かれているので、拡大解釈すれば、少なくともその口実
にはなるからです。 一時的な不当逮捕にせよ、身柄が
確保されてしまうのでは、とてもお勧め出来ません。

 何しろ道交法をこんなふうに拡大解釈して、私を「違反」
として摘発するぐらいですから。 「君子危うきに近寄らず」
です。




 止むを得ず、青切符を一旦受け取ってしまったら、あとは
粘り強く行動するしかありません。 もし途中で根負けしたと
しても、赤切符の段階で反則金を支払えば、こちらはそれ
以上傷付くことはありません。

 但し、徹底的にやりたいと思うなら、不服の意思を早くから
示し、再調査を求める姿勢が必要です。



 「やるだけやったら? 失うものは何も無いんだから。」

 私の娘が現場で私を激励してくれたとおりで、彼女には
本当に感謝しています。




 失ったものが無いわけではありません。 通告センター
東京簡易裁判所の分庁舎に行くための、交通費や時間。
またそれ以上に、怒りに費やす無駄なエネルギー。 そして
最善の手段をあれこれ思案するための、安眠の中断…。

 でもそれと引き換えに、私には今回の事が、大変いい経験
になったと自分では感じています。




 私は交差点を右折せず、一旦直進してからすぐ戻り、左折
しました。 その際、「これはうまく行ったぞ」と感じたのは事実
です。 何しろ、同じ一回の青信号の間に、すべてが終わって
しまったのですから。



 しかしそんなとき、運転者によっては、「あれ? ひょっとして
これも違反かな?」と、一瞬自問自答してしまうでしょう。

 その僅かな心の隙を突いて、取り締まりの専門家である相手
に、「それも右折違反に当たるぞ!」と強く出られれば、諦めて
しまうことだってあるに違いありません。



 いや、その "手口" は半ば「マニュアル化している」のでは
ないかとさえ、私は感じました。 同じ体験をした方からの
コメントも、今回は記事の掲載開始と共に寄せられています。

 私は現場で山川巡査に、「それは右折違反になる」と言われ、
「おかしいな…?」と感じながらも、一旦切符を受け取らざるを
得ませんでした。 それは、一つには「相手は専門家だから
正しいのかもしれない」と、一瞬思ってしまったからです。




 彼らは単に「権力を持つ者」に過ぎないのに、「常にその道
の権威者である」かのように誤解、従属してしまう、無意識の
落し穴。 冤罪なのに自白してしまう被疑者の心理状態が、
多少とも理解できたような気がします。

 「こういう事例で右折違反に問う場合もあるからね…。」
私の面前で、I 検事が思わず口にしてしまった一言。 これが
もし事実ならば、事態は大変深刻と言わざるを得ません。



 各警察関係では、一体どのような教唆、あるいは指導が
行われているのでしょうか? 権威者として真に尊敬される
存在になってほしいと、切に願います。




 巡査たちにしてみれば、自分たちの目前で、私に「スマート
にやられてしまった」のですから、「何とかして摘発してやろう」
と思ったのかもしれません。 挙句の果てに、私に言わせれば
「虚偽を記載して違反切符を切った」のです。

 それも、信号待ちをしている車が、みな目撃している前で
起こった事例ですから、「これを見逃すと、同じことを他でも
やられてしまう。 パトカーが手を出せないことも、ついでに
解ってしまうし…」などと、迷ったすえ、私に停車を命じたの
だと思います。 自分たちの優位を誇示するためにです。



 しかし私には、この交差点に戻ってくる必要がありました。
でも道路交通法を犯したわけではありません。 また他の
車両の通行を妨害するようなことはおろか、危険な運転も
一切していません。 もし、その恐れがありそうだと判断
したら、直進後、それこそ遠くまで行ったと断言できます。




 サトウ巡査には、「危ないから、直進したらそのまま行か
なきゃ駄目だ」と言われましたが、直進後の行為が危険な
妨害に当りそうかどうかは、運転者一人一人が判断すべき
ことではないでしょうか? もっとも危険な事例を頭の中で
勝手に想定されて、安全な実例に言いがかりを付けられ、
それを虚偽の名目で違反とされてしまうのでは、堪ったもの
ではありません。

 もし危険な運転を彼らが目にしたら、それこそ違反として
摘発すればいいのです。 また法スレスレの場合には、まず
停車を命じ、「危ないから今後は控えなさい」と説諭し、放免
すべきです。

 また私の場合には、危険な妨害行為などは一切していない
のですから、停車を命ぜられること自体、お門違いです。




 ところで私には、感謝を向けるべき人間が、もう一人
います。 それは私の親友です。



 彼に今回の事案を相談したところ、警視庁管内の、
別の警察署に問い合わせたり、弁護士とも連絡を
取ってくれました。

 その報告を聞いていたからこそ、居丈高な検事の
脅しにも屈することが無かったのです。 何しろ最終
意思確認の際には、以下のように検事に言われた
のですから。

 「徹底的にやるんだね? 弁護士を雇ってでも。」



 後からよく考えてみれば、こんな質問は調書作り
とは何の関係もありません。 変化球を投げてみて、
私をのけぞらし、体勢を崩そうとしたのでしょう。




 ところで私の友人ですが、彼自身はファイナンシャル・
プランナー
であり、他にも実務的な資格を幾つも持って
います。 専門分野以外でも、法律、税務、医療、不動産
関係など、心の温かい、優秀な友人が何人もおり、私も
これらの方々の援助を今までに何度受けたか解りません。

 今回の一連の記事には、手続きの流れ、また若干の
法律用語、知識が登場しました。 しかし、"違反" 当時
に私が知っていた内容は、それらのうち、ごく僅かに
過ぎません。 後になってから彼の知恵を拝借し、色々
調べただけです。



 人間には、実務的な相談に乗ったり、傍で激励してくれる
存在も必要です。 「誰かに相談したいのだが、どこの誰に
持ちこんでいいのか解らなくて…」という方々も、世の中に
は多いのではないでしょうか。




 以下は余談です。

 20年ほど前のことになりますが、その親友は、「人間は
いつ法律問題に巻き込まれるか、解らないよ」と言って
いました。

 それを聞いて私は、「まさか、自分に限って」などと思って
いました。



 ところがその後、民事関係のごたごたや税金関係の難問が、
私や家族の周りに、一体幾つ持ち上がったことでしょうか?

 2004年には、図らずも金銭を巡る損害賠償請求を、自ら
起こすことになり、一生縁が無いと考えていた "裁判" まで
経験しました。 何しろ自分は、「音楽さえやっていれば
それでいい」という、実社会には極めて疎い人間ですから。

 その訴訟の際には、彼の知恵と指導によって、曲がり
なりにも弁護士を雇わずに乗り切ることが出来ました。



 そして、実は今も新たな火種に見舞われており、また
しても訴訟を起こすことになりそうなのです。 私にして
この有様です。



 以上はすべて民事ですが、もし今回告発することに
なれば、それは刑事事件の当事者としてです。

 「もうたくさんだ…」というのが本心ですが。




 もし私を激励してくれる家族や近しい存在が居なかったら。
また相談に乗ってくれる友人にも恵まれなかったら…。

 その場合は恐らく今回の事件も、私にとっては極めて大きな
軋轢になっていたろうと思われます。 今後どうなって行くのか、
自分にも解りませんが…。



 最後になりますが、今回の記事では、掲載開始と同時に大変
多くの方々から温かい激励や慰めのお言葉をいただきました。
この場を借りて、心から感謝の念をお伝えしたいと思います。

 本当にありがとうございました。



 同じような目に遭っている方はおられないでしょうか。

 どうか頑張ってください。




  (この項終わり)