タイトルを変更しました。

「私のソナタ」から「2020」へタイトルを変更しました。
コメント ( 10 ) | Trackback ( 1 )

ヤフーオークションを始めてから2年半!「評価」が1430になりました。


このブログを本当に久しぶりに振り返ると2004年7月28日に「初めてのヤフオクで落札」という内容を投稿していました。あれからもう2年半が経ちましたが、現在では、「評価」が1430になっていました。評価を入れない人もいますので、おそらく1700人以上の人達と取引したことになるかと思います。ネット上での取引での「信頼」は不思議なものです。時々、身近な友人にヤフオクの話をしますが、この世界を知らない人は、いまだに「ネットは怖いんじゃない」「本当に相手がお金を振り込んでくれるの?」と疑う人もいますね。私自身が、ヤフオクにハマってから、よくも続いてきたものです。利益にもなるし、結構楽しいし、これからもコツコツと続けますが、このヤフオクを教えてくれたN氏に感謝します。また、私がアドバイスをしたW氏も今は、私以上にがんばって出品しています。そうした仲間がいることが続く原因の一つですね。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 1 )

久しぶりの投稿

久しぶりの投稿です。
今では、ブログの話題が世界中に広がっていますが、2年ほど前に半年間ほど書き込みました。その後は、書き込む時間と対応に時間がとられたので、御無沙汰していましたら、早2年ほどになってしまいました。この間は、いつもパソコンの前にはオークションの関係で座っていることが多く、また仕事と地域の活動に時間を投入していました。
これからは、時間のある時は、時々書き込みをしますので、このサイトを御存知の方には、近況報告になりますが、またご覧ください。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 9 )

「初恋」(韓国ドラマ)・・・見終わりました。

「冬のソナタ」で、韓国ドラマの面白さを知ってから、その後いろいろと夫婦で韓国ドラマを見てきたけれども、「初恋」は実に良かった。見始めたのが、10月の20日頃であったけれども、昨日やっと66話を見終えることが出来ました。最初の頃は、ビデオレンタル屋から家内が毎日のように1本、1本借りてきて、途中の40話ぐらいまで毎晩一緒に見ていたけれども、その続きは12月まではビデオレンタル屋にも入荷できないとなっていました。そんな時、家内の友人の妹さんが衛星放送で放映された物をダビングしていたようで、借りるチャンスがあって、幸いにも今月中に見終えることが出来ました。

「秋の童話」「美しき日々」等も見たけれども、「冬のソナタ」と「初恋」の方が私にとっては実に良かった。「初恋」は、韓国社会の様々な人生ドラマを描きながらも、一途に愛する“初恋”とその二人を取り巻く人々の様々な愛情と葛藤を私の心の奥底に響かせてくれました。冬ソナのように、「次はどうなっていくの?」とハラハラしながら見せられます。

韓国社会のトップ層と底辺層の生活を実に違和感無く比較しつつ、カジノや流通などの最先端の経済社会の仕事振りも見せつつ、そうした社会の中で生き抜く人々の親子愛、兄弟愛、友達の愛の深さを、そして“初恋”を激しく表現していました。作品、脚本、演出、監督などが素晴らしいと思います。冬ソナもそうであったけれども、私自身しばらくは、「初恋」の余韻が続くだろうと思います。・・・・・

ペ・ヨンジュンはやはり、表面の笑顔だけではなく、心からの力強さ、優しさや思いやりがあり、卓越した演技力を見せてくれているのだろう。(本日、彼は日本から帰国して行ったけれど、彼の作品を見ていない人達は女性達のフィーバーぶりに不快感を感じる人達もいると思いますが、まだ映像を見ていないので、韓国ドラマの中に含まれる愛の哲学や人情の深みを知ることが出来ていないからだと思います。)
コメント ( 21 ) | Trackback ( 1 )

「初恋」(韓国映画)

(最近はいろいろと忙しくて、久しぶりの書き込みです。)

数日前から、「初恋」(韓国映画)を見ています。家内が友人から「冬のソナタも良いけれども、このドラマも良いよ」と薦められて、ビデオを毎回借りてきているので、一緒に4回ほど見ました。「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンが主演しており、チェ・ジウも初共演したものであります。1970年代、1980年代の韓国の貧富の差と家族愛などのテーマを織り交ぜながら、主人公等の「初恋」の思いからの様々な人生ドラマを描いています。1997年に65.6%という歴代最高視聴率を記録したという。「冬のソナタ」も良かったけれども、なかなかこのドラマもおもしろい。66話まであるそうですが、まだ12話までしか見ていない。毎晩のように夫婦でビデオ1本ずつ見ています。皆様にもお薦めです。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 2 )

「岐阜県健康法実践リーダー養成講座」に参加して

10/2・3と(財)岐阜県健康長寿財団が主催する「健康法実践リーダー養成講座」(於:県立南飛騨健康増進センター及び下呂市健康学習センター)に参加してきました。今回は、配置従事者約120名を対象にした企画であり、岐阜県がすすめる「自分の健康は自分で守る」というスローガンの下、新しい健康づくりと健康障害半減運動の研修会でありました。(配置薬協会の毎年の定例研修会が今回はこれに替わりました)

 下呂市までは県庁前からの送迎バスであり、結構遠く感じたけれども、久しぶりに下呂温泉にも浸かることが出来ました。研修会は、9名の講師が各々約50分間の講話と一部実技実践でありましたが、今日の病気等の治療は病院や医者に頼りがちである中で、行政側が費用負担して予防医学的な健康法の普及を行なうことは評価できる内容でありました。一方的に聞く内容が多くて、眠くなる時間も多くあったけれども、健康に良いと言われる健康食品の摂取や健康法の普及に積極的に取り組むことは良いのではないかと感じました。

 岐阜県が独自に提唱している健康づくりの考え方を「岐阜メソッド健康五法」と言うらしく、この内容を日常生活に取り入れて、日々実践することで、本来一人一人が持っている“自然治癒力”を高め、健康度をランクアップし、「健康障害半減」を目指すということのようです。

 「岐阜メソッド健康五法」の実践とは、
1、好循環の保持・・・背骨健康法、真向法、気功法、太極拳等
2、医食同源の励行・・・食養生、呼吸法等
3、活性酸素の除去・・・抗酸化食品、サプリメントの活用等
4、心身一如の実践・・・音楽療法、アロマテラピー、ヨーガ、自律訓練法等
5、早期発見、早期治療の実行・・・統合医療、自己診断等
があげられていたけれども、その他にお灸の講話や咀嚼(よく噛む事)の勧めの話もありました。今まで日本の医療は、西洋医学の病院治療ばかりであったけれども、東洋医学、民間療法を積極的に取り入れて「セルフメデケーション」を推進することは時代の要請であろうと感じました。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 1 )

「ジベタリアン」

先日(9/3)、20数年ぶりに、用事があって通勤電車に乗りました。始発で乗ったので、当然座って、仮眠のつもりで目をつぶっていたら、お年寄りの声がしたので、ハッと気が付き、すぐに「どうぞ!」と言って席を替わりました。嬉しそうに4人のお年寄り達の内、3人が座りました。

 私は、吊り皮に掴まりながら、何気なく隣の車両を眺めると、女子高生の一人が、ドアの入口近くの床に座り込んでいるではないか。友達と思われるもう一人は、その前の座席に座りながら、結構大きな手鏡を持ち出して、人の目も気にせずに化粧をしているではないか。側には、中年のおじさんがけげんそうな顔をしていた。

私も、名古屋駅の階段の所やコンビニの前等では、時々「ジベタリアン」を見かけたが、電車の中、それも通勤電車(それなりに込んでいる車両)の中で、人の視線は構わずに平気で座り込んでいる姿にはあきれてしまった。しかし、誰も注意をしようともしない。人に関わり、何か言い返されるのが嫌なのだろう。私の目の前であったら、私は(人を見ながらであるが)おそらく注意をしたであろう。

 よく、電車の中では、「車内では、携帯電話のスイッチをお切りになるか、マナーモードにて切り替えてください」とアナウンスがあるけれども、「車内では、人にご迷惑をおかけしますので、車内の床などに座り込まないでください」ぐらいは、今後必要になってくるのだろう。

 しかし、驚いたのは女子高生だけではなかった。途中から、定年後のアルバイト(後から気付いた)の方と思われる男性が、隣の吊り皮に手を掛けていた人の吊り皮に、一緒に手を掛けたかと思つたら、座席に座っている人達に構わずに、「ちょっと、すみません」と言いながら、座席に足を掛けて車内広告を取り外すではないか。わずかな時間の中での出来事で、誰も文句は言わなかったけれども、車内広告の交換ぐらいは乗客が全て降りてからすべきことではないかと思う。

私も急いでいたので、終点駅に着いたら、すぐに駅を出てしまったけれども、駅当局に、「ジベタリアンはやめさせろ」「車内広告の交換は、交換する時間帯があるだろう」ぐらいは、言っておくべきだったかもしれない。今後、こうしたことが少しでもなくなるために。・・・・もし、このブログを駅当局の方がご覧になっておられるならば、ご検討ください。
 モラルのない2つの行動を見て、私はなんとなく、気が重くなってしまったのである。
ジベタリアン
コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )

「ブログって、ご存知ですか?」・・・小学校の校長先生に聞いてみた。

先日(9/5)、子ども会のドッジボール大会の時に、ずっと観戦しておられた小学校の女性の校長先生といろいろ話していた時に、質問してみました。
「子供たちはパソコン使っていますか?」・・・「いろいろと使っていますよ」
「校長先生もインターネットはされますか?」・・・「今は、やらないとね」
「ブログって、知っていますか?」・・・「なんですか、それ?」

・・・・いろいろと説明して、「Blogはいつか子ども達も始めますよ」と言っておきました。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )

「子ども会育成会」活動を振りかえって・・・

9月5日は、あいにくの雨でしたが、私にとっては、「子ども会育成会活動」の最後の日でした。先の校区のドッジボール大会に続いて、昨日は市の子ども会の大会でした。7年間程続けてきて、若手の後継者達も出てきましたので、この日の審判係を最後にして、区切りをつけました。若い頃は、サッカーをしており、体育の指導もしたことがあり、スポーツは好きな方でしたので、長く役員を続けてきましたが、私以上に10数年も、20数年も役員を勤めておられる方達もおられます。私としては、世代交代はうまく引き継がれていく方が良いと個人的には思っています。
  
(先の投稿に対して返信をいただきましたので、今までの活動を振りかえってもう少し書き込んでみました)

私が、妻の代わりに、子ども会育成会に参加することになった時、あるお母さんが「PTAは大人ばかりでそんなに難しくないけれども、子ども達を相手する子ども会は大変ですよ」と言われました。最初の1年間、校区での活動は、他のお母さん方に支えられて結構楽しくできましたが、それまでは自分の一人娘しか見てこなかった私には、校区の子供達の様子がわかり、いろいろと勉強になった気がします。
 
PTAは学校を中心に活動を行ない、先生方もいて、父兄の役員も社会的立場を持つ男性達が多いようです。「子ども会育成会」は地域のおける異年齢集団である「子ども会」を育成するものであり、お母さん方を中心としていましたが、今ひとつ「子ども会」に対する意義付け不足と育成者達のリーダー不足があるように感じてきました。

昔から、教育は「家庭」「学校」そして「地域」と言われてきましたが、この「地域」の活動において「子ども会」が結構大きな役割を果たしているように思います。「子ども会」は、「遊びを通して異年齢の交流を図る会」がその主要な目的のようですが、子ども達は、子供同士の遊びの中から自分を知り、集団の中での責任と協調性を高め、遊んでいるうちに自然と社会生活に必要な要素を身に付けていくように思います。

しかし今の「子ども会」は、子供達が、地域で遊ばなくなり、大人達も地域の交流が希薄になってきていますので、「学校」や「部活」等に比べるとどうしても「付き合い程度」となってしまっているように思います。

そうした中でも、子ども達だけではなく、親たち同士の交流も「子ども会育成会活動」により、きっかけができるように思います。人間関係が希薄になりつつある現代社会ですので、子ども会育成会活動は、末永く続いていってほしいと思います。(あまり、まとまりませんでした・・・・)今どきの子供会 -->
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「こんなに嬉しいプレゼントはない」

先日、妻がこのように言うではないか。「何がそんなに嬉しいの」と聞くと、「だって、韓国へ旅行した人から冬のソナタのCDをもらったの」と答えていた。すっかり、妻も冬のソナタにハマってしまっており、CDは買うほどでもないと思っていた所に、プレゼントだったようである。今は、いろいろな人に冬ソナの良さを語りつつ、CDをカセットにコピーするのを頼まれて、何人かの人達にあげているようである。夫婦としても、先日のNHKでの最終回の後は、深夜まで冬ソナや韓国ドラマの良さを語り合っていた。確かに、その後の日本のドラマには物足りなさを感じている。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ