marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(236回目)脱線 ローマ人へ20の質問(Ⅰ)塩野七生 

2017-01-14 10:38:06 | 日記
13日の金曜日が不吉と言われて来ているには理由があります。イエスが十字架に架かられたとされているからですね。調べるとどうしてそのようなことが言われてきたかはユダヤの伝統行事(しきたり)の日から来ていることが分かります。が、当然、これは本筋の話ではなく神学的にもまったく意味のあるものではありませんけれども・・・昨日は13日の金曜日でした。ところで、
パウロが書いたローマ人への手紙の第12章に入り、キリスト者の実践倫理のような様相を呈してきたと書いたのだがここで、一段と読み方に困難が生じて来たのは、その内容が、2017年のこの国の人々が今、そのまま読んでも分かる所もあれば、キリスト者でないと理解に誤解を生じるところがあるように思われるからです。しっかりした先理解がないと、おそらく人に与えられた通常の一般良心というもので、たいていは理解してしまうであろうということである。そして、それ以降の実際にキリスト者が集団となり共同体を異邦人キリスト者と歩むに当たり、様々な事柄に取り決めをするに際し、その解釈に別れが生じてくる原因ともなると考えられるからです。第12章1-2節をもう一度読まれたし。とくに2節。
◇世界のベストセラーといえども、いついかなる時に読んでもすべてが読む時代に当てはまるというもではありませんね。(イエスの言葉は別ですけれども!)。旧約時代には、民族律法、そして普遍的な律法があったことが内容から読み取れますね。それは、今の僕らが読んでも納得するものとその時代だからそのように書かれたのだろうというような事は当然推察されます。言葉の意味から、時代背景、その社会の状況、読む人のそして書いた人の・・・。
◆では、それを読む今の自分の考えの基点となる位置はどこに求めますか。(僕はこのことを深く考えさせるということのみにおいてだけでも聖書を読むということは大切だと思いますね。今、この世に自分はひとりしかいない。人生は一度きりなのだというようなこと、そして、今というこの時を思わせてくれますからね・・・。)その自分の考える基点が自分の言葉で読むということなのです。聖書にこう書いてあるから正しいとかというのであれば他には「文字は人を殺し、霊は人を生かせばなり」という言葉がありますから、まずはしっかり今の自分を見つめなければいけないでしょう。黙想でも、デボーションと呼ばれるものでもとにかく一瞬でも命を感じさせてくれる時を思わせてくれる、そして、言葉をいただくのです・・・ということになりましょう。
◆世界的にもダントツで著名な異邦人伝道の使徒パウロの書いたローマ人への手紙。その当時のローマはそもそもどういう状況であったのか。それを知るには何と言っても塩野七生さんの”ローマ人の物語”でしょうね。でも、文庫本だけでも31巻もあるので、在住長期に渡りよく熟知されているところの塩野さんの興味のある本も1冊ありましたので、読まれてみてはいかがでしょうか。「ローマ人への20の質問」塩野七生著(文藝新書)、その他 「キリスト教徒が生きたローマ帝国」松本宣朗著(日本キリスト教団出版局) 
◆ローマ帝国というところは、本当にいろいろな意味で簡単に言葉では言い切れないすごいところだったのだなということが理解されます。パウロの伝道旅行がそういう状況の社会情勢の中で行われたか、そして使徒言行禄や彼の手紙に書かれた読む人々のいた社会情勢がよく理解されてきます。「ローマ人への質問から」次回、2~3抜き出してみましょう。・・・