ママは弱視 子育て日記

弱視ならではの視点での雑感ブログです
弱視をご存知の方にも そうでない方にも
気軽に読んでいただければと思います

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小学生との外遊び

2016年04月21日 | 日記
ここ愛媛の小学校では縄跳びが非常に盛んで、学校で〝縄跳び検定〟というものまであり子ども達は日々練習しています。そして、大縄飛びも〝ロープジャンプ〟という競技と呼ばれ本格的に取り組む児童も多いです。それで、我が家でも大縄を購入して遊ぶようになりました。
 少し前のことになりますが、我が家の自宅前道路で子ども達が大縄飛びをして遊んでいた時のことです。縄を持つ役をして欲しいとのことでわたしもかり出されて久しぶりに縄を回すことになりました。すると「〇〇ちゃんのお母さんも跳んでみたらどうですか?」と言われました。わたしはこの視力で跳べるのだろうかと思いつつ、小、中学校時代に跳んだ感覚を呼び起こしてチャレンジしてみることにしました。縄が何となく見えますがそれは地面をたたく音が聞こえるからなのか本当にちゃんと見えているからなのかよくわからず目をつぶってみました。すると、目をつぶっても回っている縄に入るのに何の支障もないのではと感じ、「おばちゃん、目をつぶって入ってみるね。タイミングは縄の音で分かるから。」とトライ。見事に成功しました!!子ども達からは「すごーい!!」と歓声があがりましたが、すぐに「わたしもやってみよう!」と目をつぶってトライする子が出て、みんないとも簡単にやってのけました。おばちゃんがすごかったのも一瞬のこととなりましたか、重たい体を浮かせる大変さを痛感させられながらも楽しい大縄遊びとなりました。
 その後、元気な子ども達は道路にチョークでたくさんの円を描いて〝けん、けん、ぱ〟をすることにしたのです。数名ずつの2チームに分かれてその連なった円の両端から跳び始め、出会い頭にじゃんけんをして勝った方が相手チームの陣地へと攻め進む遊び。わたしはそばで賑やかに遊ぶ様子を眺めていたのですが、Rちゃんが「入って下さい。言いますから。」とのこと。それは、わたしにはチョークの円が見えづらいだろうとの心遣いで、横から大きな声で「けん、けん、けん!!」とか、「〝けん〟が五回で次が〝ぱ〟、それからまた〝けん〟が・・・」とタイミング良く伝えてくれるという何とも気の利いたサポートをしてくれるという意味でした。Rちゃんができない時には他の子ども達も自然に同様のサポートをしてくれ、それが嬉しくその気持ちに応えたくて既に大縄飛びで疲れた老体にむち打って、ドタドタ、ハアハアと〝けん、けん、ぱ。〟を興じました。さすがに子ども達のようには続けられずドロップアウトしてしまいましたが、今回も子ども達の自然な配慮に心温まる経験となりました。
みんな、ありがとうね。このままステキな人になってね!!
 
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新たなつながり

2016年03月10日 | 日記
 前回書いた広報の音声版を定期購読するにあたり、朗読ボランティアさんに連絡する機会がありました。市の担当者さんにもらった連絡先に電話すると、きりっとされたとても感じの良い方が出られて、わたしの依頼に「一人でも多くの方に聴いてもらえるのは嬉しいことです。」と快くお応え下さいました。そればかりか、「ご希望の本があるなら言って下さい。」と、個人的な要望にもできるだけ対応してゆきたいという何とも有り難いことまでおっしゃって下さいました。本当にそのお気持ちには感謝しかありません。
 そして、お住まいの地区が夫の実家と同じだったので尋ねてみると、義母のことをよくご存知であることも判明しました!!
 わたしは奈良生まれの京都育ち。父母もそれどれ他県の出身で近くに親戚などいないところでずっと暮らして来ました。高校卒業後は単身四国へ渡り愛媛で寮生活や一人暮らしをしてきましたから、結婚を機に移り住んだ田舎の濃い人間関係というのか、生涯同じ地域で暮らす中で築かれる人間関係は、誰それはどこの息子だとか、あの先生は誰の親だとか子どもだとか、あるいは、あの子とあの子は親戚だとかいうのが日常で、非常な驚きと違和感を覚えたものです。結婚当初、そんなことで驚いているといつも穏やかな義母に「やけん、めったなことはせられんよ。」と言われた時にはとどめをさされたような気持ちで、〝世間体を気にすることで日本人は規範を保ってきた〟ということを体感したような衝撃を受けました。そんな目には見えないつながりがうっとうしいように感じて慣れませんでしたが、いつの頃からか〝何だかつながっているのもいいものだなあ。〟と捉えられるようになってきました。そうすると、子どもの通う小学校にだけでも我が家の親戚にあたる児童が何人もいることを知ったり、夫のいとこや同級生達と参観日に出くわしたりするのも面白く思えて来ました。それで、今回も「ボランティアさんが同じ地区にお住まいなら義母と知り合いの可能性が極めて高い。聞いてみよう!!」と思ったわけです。
 とにもかくにも、また新しいつながりがわたしに増えました。どんどんこの見えないつながりを増やして大切にし、もはや日本の都会では失われてしまった暖かい人間関係を築いてゆきたいものです。
 みなさん、お世話になりますがよろしくお願いします。

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市の広報を聴いて

2016年03月07日 | 日記
 わたしの場合、拡大さえすれば普通サイズの文字の読み書きはできます。でも、長い文章となると話しは別。数文字ずつ読むという作業は時間がかかる上、網膜の状態のせいなのでしょうが文字の一部が欠けて見えたり、ごちゃごちゃして見えてきたりと効率が悪過ぎて疲れるばかり。行をとばすなどもしてしまって何を読んでいるかわからなくなることもあります。それで、視力が落ち始めた十代始め、〝読む〟という行為が大嫌いになりました。ですが、最低教科書の内容は把握していないと始まらないので、母がよく教科書の音読をしてくれていました。幼い頃にしてもらった絵本の読み聞かせとは異なる、無駄をそぎ落としたようなその読み方は、今でいる〝音訳〟だったのでした。そして、テープ図書の存在を知ってからは数知れぬ書籍をテープで聴きました。学生時代には友人が課題図書を朗読してテープに吹き込んでくれたこともありましたし、わたしにとっては大量の卒論資料は対面朗読サービスのボランティアさん達に協力して頂きました。のべ人数にするといったい何人の方々に〝読む〟ことを助けていただいたことでしょう。
 結婚してからは夫があれこれと読んでくれていますが、この頃は子ども達も学校のプリントやちょっとした書類やらを読んでくれるようになりました。
 ところで、音声の媒体も時代の流れと共にカセットテープからデイジーというCD形式となり、数年前にその再生機を給付していただきました。それで中断していた耳からの読書をたまにするようになりました。
 そのような中、いつも利用している点字図書館(視覚障害者向けの媒体で書籍を貸し出す機関)からのアンケートに電話で回答する中で、偶然わたしの住む市の広報が音声化されていることを知りました。市内に何人の視覚障害者がいるのか見当もつきませんが、人口5万人にも満たないのですからたいした数ではないでしょう。その少人数のために音声化して下さっているなど思いもしませんでした。さっそく郵送を依頼すると数日後にCDが届き聞いてみました。普段は夫がパラパラページをめくり気になる記事はわたしにも読んでくれていましたが、初めて隅から隅まで聴くことが出来ました。地域の朗読ボランティアグループの方々が丁寧に読んで下さっていて、本当に「ありがたいなあ~!!」としみじみ感じました。そして、地域がぐっと身近に思えてきました。ボランティアさんの名字がこの地域に多いものばかりで、直接お礼を言いたい気持ちでいっぱいになりました。何しろこのボランティアさん達はどこの誰が聴くとも知れず、毎月、毎月、こうして貴重な時間を割いて作業し続けて下さっているのですから。
 〝思いついたらすぐ行動〟ということで、地域のボランティアグループの連絡事務所に電話して感謝の気持ちを伝えました。担当者はご不在でしたが、「ボランティアさん達の励みになります!」とのことでした。
 大変な作業でしょうけれど、有り難く聴いている者がおります。楽しみにしていますので、これからもどうぞよろしくお願いします!!

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学校行事に参加して

2016年02月09日 | 日記
 先日、4年生の娘の学年で保護者も参加するイベントがありました。かまぼこ板に児童は4年生の思い出を、保護者は自由なテーマで絵を描くというもの。小さい板の上に絵を描くなんて裸眼では無理ですが、電子ルーペを使えば何とかなりそうだったので参加することにしました。当日仕上げるため、下書きをしてくるようにとのことだったので、指で板全面を一色に塗ってから、拡大読書器を使って太いマジックで下書きをしました。これで多少雑に色づけしてもた塗り残しもなくなり、それなりに仕上がるだろうと想定したのです。
 以前からお世話になっているママ友のMさんに同行をお願いしていたので安心して自宅にいると、ひどく調子の悪そうな声でMさんから電話が入り、40℃近い熱でイベントに参加出来なくなったとのことでした。わたしは幸いにも同行してもらえそうな保護者の方があったのですが、Mさんのお気遣いで代わりに行かれるご主人が同行して下さることになり、Mさんのご主人に迎えに来て頂き学校に向かうことになりました。
 Mさんのご主人には何度もお会いしていますが同行してもらうことなど初めてでしたが、弱視のわたしを気遣って段差や階段で常に声かけして下さり、いたせり尽くせりの対応に恐縮してしまうほどでした。
教室に入ると今回のイベント」世話役の方が「〇〇さん、わたし□□です。」と分かりやすく声を掛けて下さいました。そして、娘が私を見つけて座席に連れて行ってくれました。たまたま親しい保護者のHさんと席が隣で何かと気遣って頂きながら楽しく世間話をしたり。肝心のかまぼこ板に絵を描く作業というと、文字を書くのには慣れている電子ルーペですが、筆で色を塗るのは初めてで意外に難しかったです。「ここに赤色を出すよ。」とか言いながら絵の具をパレットに出していた娘もそれを見てとって「できる?」とわたしの持つ筆に手を添えてくれました。無理して汚く仕上げることもないかと思い、自分の作品も仕上げねばならない娘にかなり手伝ってもらうことになりました。イベントの最後に、児童は一人ずつ仕上がった絵を見せながら思い出を発表することになっており、娘が横から「次は△△くん。」とが「明るい色で描いているよ。」など教えてくれました。作品やみんなの顔はもちろん見えないので残念ですが、堂々とした声、恥ずかしそうな声、緊張した声・・・と、それぞれの発表を聞きながら作品を想像したり、聞き覚えのある名前と記憶を照らし合わせたりしながらほのぼのとした時間を共有しました。
 帰りもMさんのご主人がわたし達親子を自宅まで送り届けて下さって、本当に大助かりでした。
 それにしても、よく見えないことを知ってもらっていることで、今回も何不自由なく楽しい時間を過ごすことができ、何と有り難かったことでしょう。
 Mさんのご主人はじめ、みなさん、ありがとうございました!!


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クリスマス会

2016年01月15日 | 日記
夏祭りの後にクリスマス会のことを書くなんて・・・。ブログをサボりすぎですね。いろいろと日々感じたり、あれこれ思うところがあるのですが、そのほとんどを夫をはじめ友人知人に話せるという恵まれた環境のせいで、それなりに消化してしまうのでしょう。もし、そんな環境にいなかったら、胸に秘めておくことなど出来ず、どんどん文字にして吐き出していたに違いありません。つまるところ、幸せなわけです。
さて、わたしは地区の役員の中でもイベント担当の愛護班長。他担当の役員さんは、あくまでもサポートする立場なのでしょうが、みなさんが積極的に動いて下さったお陰で無事クリスマス会を終えることができました。レストランでのランチバイキングと公会堂でのゲームやケーキのデコレーションをし、プレゼントを配るというイベントです。何しろ初めてのことで準備からバタバタとしました。自宅でできる案内文を作りは、拡大ソフトや読み上げソフトでカスタマイズされているパソコンでできるので問題ありませんでしたが、買い出しはとうてい無理。ご近所の役員さんにおんぶにだっこ状態でした。本当にお世話になりました!!そして、案内配布用の宛名シール作りや名簿の確認などは、やはり夫にしっかり頼りました。感謝、感謝!! そして、もちろん当日は、理解ある協力的な役員さん達がわたしの出来ないところをフォローしながら本当によく動いて下さいました。万全の準備ができていたと思いましたが不十分なところもあり・・・・でも、みなさんの陰でうまくいって、本当に有り難かったです。
 〝参加した児童約50名のほとんどはわたしが見えにくいことを知らないだろうし、ぜひとも伝えておきたい。伝えなくても何とかなるのでしょうが、知っておいてもらった方がラクになることは間違いない。〟と思いましたが、一言では伝えられない中途半端な見え方ゆえ、〝そういうタイミングがあれば一言言っておこう〟」と思って当日を迎えました。
 バイキングでは子ども達が自分で動いていたので大人がお世話をやく必要もなく安心でした。ですが、自分自身の世話がやけません。闇鍋ならぬ闇皿状態で適当にとるという荒技もありますが、役員さん達にお願いしていたこともあり、料理名を教えてもらいつつ、どんどんお皿にとってもらえました。ここで人の手を借りていたのはわたしくらいだったでしょう。
 レストランを後にし、いよいよ公会堂でのイベントのスタートです。何が始まるのか興味深々の約50名の子ども達に、行うゲームやスケジュールなどを簡単に大きな声で伝えました。そして、「おばちゃんは、ここからみんなの顔が全然見えないくらい目が悪いから、細かいことはここにいる他の役員さんに聞いて下さいね!」と加えました。メガネを忘れたくらいの感覚で捉えたのか、もしかしたら、わたしが白杖を持って歩いているのを見たことがあったのか、何の躊躇もない元気いっぱいの「は~い!!」という返事が返ってきました。それで、一気に気持ちも軽くなり、大賑わいの中大声を上げながら子ども達との時間を過ごしました。特別何かができると言うわけではないのですが、やはり子ども達と過ごすのが好きなのだなと感じました。
ちなみに、わたしの祖母は二人とも教員でした。そんな血がわたしにも流れていたりして!! なんてことを思ってしまいました。そして、もし、今回みたいな協力的な方々となら、夫の協力もいりますが、何度だって役員をさせてもらってもいいな!!などと、都合のいいことを思ってしまいました。
とにもかくにも、こんなわたしを役員に誘って頂き、快く受け入れて頂いたことに感謝しています!!
  
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