まごころチェンマイ日記

まごころ込めて書きます。

犬の恩返し?

2006年02月26日 | ■タイにいきる
今日、近所のロータス(大型スーパー)に行こうと、愛車のろっくさん(バイク)にまたがったとき、あることに気づいた。
「バイク、きれいになってない?」と。
そしてよーくろっくさんを見てみると、明らかにきれいになっている。
車体はほこり一つなくピカピカで、バックミラーもとても見やすくなっている。
このきれいさはタオルでさっと拭いたようなものではなく、ちゃんと洗車された程度だ。
昨日ろっくさんに乗ったとき、その汚れた姿を見て、「そろそろ洗ってあげなきゃな。でも面倒くさいな」と思ったのだ。
そしてそのまま何もしなかった。

誰の仕業、いや計らいだろうか。
なぞだ。
そう首を傾げていると、以前、車の下に挟まっていたところを助けたリリー(犬)が、わたしの前をさささっと通過していった。
え?リリー?

少し気味が悪いようで、でもやっぱりうれしくなってしまう、微妙な夕暮れだった。

▼関連日記▼
「犬の恩返し。」


photo:タイの市場風景。

深夜ココア。

2006年02月24日 | ■日々おもう
ここ最近、わたしにとってはかなり重要な問題に直面していて、そのことでわたしの小さい頭(実際には結構大きい)はキャパオーバー気味だ。
もともとわたしがいちばん苦手なことは、一度に複数のことを考えなくてはならないことで、今は正にその状況だ。
こんなときはいつも、いっぱいいっぱいな自分が情けなくなる。

こんなときこそ親友に相談したいのに、今夜に限ってmsnメッセンジャーはわたしのログインを徹底的に拒否する。なぜだい?金曜だからかい?Yahooに乗り換えるぞ。こらぁ!
大好きな音楽も耳に入らないので、音は全部消した。
深夜0時、手が軽く震え出し、鼓動がどくどく言う。
たぶん血糖値が下がっているせいだ。
いつもはこんなことないのに、何かとらわれてしまったときには起こる。
だから、冷蔵庫の中に甘いものを必死で探す。あったのは粉末のココアだけ。
深夜0時、せっせと甘い甘いココアを作る。

ああ甘い。ああ苦しい。
「人生ってやっぱり苦しいものね」と久しぶりに思う。
甘い甘いココアの飲み終えたとき、タン老師の大あくびがわたしの部屋まで響いた。

※タン老師…我が家の一階部分に住んでいる中国人の先生。確か73歳。

海の彼方にタイがあったとさ。

2006年02月20日 | ■日々おもう
タイ生活を続けるどうかでずいぶん迷っていた少し前。
頭の中はそのことだけで満たされ、苦しいくらいだった。
そんなときにある友達に「なんでタイに来たかったのか、そもそもの理由に戻ってみたら?」と助言されたので、考えてみることにした。
理由はだいたい4つくらいまでは思い出せた。
一つ目は、タイが好きだったから。
二つ目は、海外生活をすることで、タフな自分に生まれ変わりたかったから。
三つ目は、外国人と何らかの形で関わりたかったから。
四つ目は、過去の恋愛をきれいさっぱりしたかったから。
でも、きっと他にも何かを思っていたのにそれが思い出せなかった。

そしてある日、それをふっと思い出し、「ニライカナイだよ!」と思わず口走り、学食で一人にんまりとしてしまった。
「ニライカナイ」とは琉球列島各地の伝承で、遥か遠い海の彼方にあって神が住むとされる理想郷のことだ。
古く沖縄の人たちは南米やハワイに移民として渡るとき、この「ニライカナイ」の信仰に導かれたという話を聞いたことがある。
わたしにもこんな思いがあったことを思い出した。
自分がまだ知らない土地に、自分にもっと合う何かが待っているかもしれない。それは今いる場所にはないもので、そこにしかない何かだと信じ、遠い海を渡る。
とは言え、タイがわたしの理想郷だったかと聞かれたら、その答えは「はい」ではなかったけど、そんな発想でここまで来たことはラッキーだった。
そしてここが理想郷でなかったにしても、海の彼方に何があったのかを知り、それに落胆し、感動し、踏んだり蹴ったりし、泣き笑いした。だから、わたしはこれで満足だ。海の彼方に、この国があったことをちゃんと知れたから。
そして帰国まで、一か月とちょっと…。

追伸。最近しんみりネタばかりですんません。どうしてもそういう時期なので、ご理解くだされ。

ぼくの好きな先生②

2006年02月19日 | ■日々おもう
中学生時代、わたしが担任の先生以外で印象に残っている先生は、部活の顧問の先生と、二人の数学の先生だ。
その二人は赤坂先生と鈴木先生。

わたしはとてつもなく数学ができなかった。
試験になると30点台を軽くマークし、答案が返ってくるのがいつも怖かった。
泣きたいくらい数学が嫌いだった。
なのに、わたしは赤坂先生と鈴木先生が好きだった。
この二人は、わたしに数学をとても熱心に教えてくれた先生だからだ。
放課後、数学準備室で一対一で教えてくれた。
鈴木先生は予備校の人気講師だったのに、それを辞めて中学教師になったばかりの人で、軽快なしゃべりとかわいいイラストで授業を進める人だった。
わたしが数学準備室で待っていると、いつもたくさんのわら半紙を持ってやって来て、「服部(わたしの苗字)ちゃん、紙は湯水のように使いなさい」と繰り返した。
そのときわたしは初めて、「湯水のように使う」という言葉を知った。
赤坂先生は寡黙なのに熱い先生で、数学の不出来さで志望校のランクが落としざるを得ないわたしを黙って見ていられず、数学の証明を黙々と、でも熱く教えてくれた。

そんな二人の期待に応えて、わたしの数学の成績はぐんぐん、…上がらなかった。
全く上がらなかった。
証明は最後の最後まで、理解を超えたままだった。
今思うと、本当にあの二人の先生には申し訳ない。
一人の教師が一人の不出来な生徒のために時間を割いて教えることが、どんなに気力のいることかを、わたしは自分が教師になって知った。
あの二人は本当に奇特な先生で、成績がちっとも上がらないわたし責めもせず、「どうしてできないだろうなあ」と一緒に悩んでくれた。
そんなことを思い出すと、今になっても涙が出そうになる。
ただ当時のわたしにもちゃんとわかっていたことがある。
それは赤坂先生も鈴木先生もこよなく数学を愛する先生で、わたしに「数学の楽しさ」を伝えたかったということのだ。
わたしは結局数学の楽しさを知ることができなかったけど、それ以外のことをちゃんと伝えてもらった。
先生、ありがとうね。今さらだけど。

そしてわたしは、わたしの学生に何を残せただろうか。

ワンさんの最近のニュース。

2006年02月15日 | ■タイにいきる
今日オフィスの机の上に一枚の紙が乗っていた。
それには同僚(日本人)が書いたメモが付いていて、「ぜひ日本へ持って帰ってください」と書いてあった。
その紙は三年生のワンさんの作文で、テーマは「私の周りの最近のニュース」だった。
メモを残してくれた同僚が担当している作文の授業で、ワンさんはその作文を書いたらしい。
これからその内容をここに書くけど、これは自慢話にもなってしまうので、許してくださいね。

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「私の周の最近のニュース」(原文) 
最近、同じクラスの友達は「こん学期終ったら、かい先生は日本へ帰ります」と言っていました。
私は二年生のとき、かい先生と初め勉強しました。その時、私の日本語は下手でしたから先生の話のはあまりわかりませんでした。かい先生はきびしい先生と思いました。
でも、今はそう思いません。かい先生はおもしろいし、とても上手な先生と思います。私はかい先生の教える方が大好です。
文章を説明時、タイ語を使わないのに、でも私だちにわかるにできます。
私はかい先生と四年生まで勉強したいと思います。かい先生は来学期教えないそうです。ショッキングの感じます。
私はかい先生にあいたいでしょう。
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こんなことをワンさんは、わたしの知らないところで書いていた。
ワンさんは真面目な人で、授業中も静かにことんと座っているような学生なので、こんなことを思っていたなんて知らなかった。
うれしような、恥ずかしいような気持ちで、その作文をわたしは何度も読み返した。
わたしもきっとワンさんに、そしてみんなに「あいたいでしょう」。


photo:チェンマイ駅のホーム。

ゲーさん、おめでとう!!

2006年02月12日 | ■タイにいきる
昨日、北部タイの大学生日本語スピーチ大会が行われた。
わたしはこの日のために、この二週間くらいはだいぶ時間を割いてきたと思う。
帰国が近いことと、わたし自身がこの手の行事が好きだということもあって、かなりの力を注いでいた。

わたしが担当していたゲーさん(女)は、そんなわたしの力の入れように、期待以上で応えてくれた。
わたしがモデルとして吹き込んだテープを擦り切れるくらい聞き、練習のし過ぎでストレスを感じ、涙を流すことさえあった。(わたしがいじめたんじゃないからね)
彼女のスピーチの題名は『発展に必要なもの』で、発展に教育がいかに大切か、タイ人も日本人のように本を読んで学び、国を良くしましょう。という内容だった。

北部タイにはたくさんの大学があるが、わたしの大学は決して名門大学ではない。
「地域の学力向上を目指す」という理念で作られている国立大学なので、とても庶民的な大学なのだ。
学費が破格なのだが、その破格な学費も払えず国からの奨学金を受けている貧しい学生が多く、いわゆる上層階級の家の子は少ない。
今回出場した大学の中に、北部では明らかに名門と言われる大学の学生もいた。お金持ちの家の子が集まると言われている私立大学の学生もいた。
うちの学生は、そんな大学の学生たちに対してどこか引け目を持っていたりする。
だからこそがんばって欲しいという思いがわたしにあった。

ゲーさんは本当に努力家だった。
頑固なまでの向上心で挑んでいた。
彼女が賞を欲しがってそうしていたとは思えない。ただ彼女はとことん努力ができる人だったのだ。
当日ゲーさんは、わたしが「気合が入っていいよ」とアドバイスしたのを信じ、長い髪を高い位置で縛って、きれないリボンをしていた。
そんなゲーさんがなんと優勝したのだ。
わたしも一瞬信じがたいくらいだった。でもすぐに「ゲーさんがんばったもんな」という思いに変わって、誰よりも大きい歓声を上げて、涙を流した。
ゲーさんもステージの上で泣いていた。
「とびきりがんばったから、とびきりうれしい」。そんな基本的なことを教えてくれるいい涙だった。
優勝商品はJALと日本語学校から提供で、東京一週間の旅だ。日本語学校に行けて、宿泊費・食費も付いて、なんと東京ディズニーワールドにまで行ける。
日本をずっと夢見ながら、夢のまま終わらせる人が圧倒的に多いうちの学生にとっては、腰を抜かすほどの商品だ。
ゲーさんのうれし涙はいつまでも止まらなかった。

ところで余談になるが、うちの学生でもう一人特別賞に選ばれたポンさんの話をしよう。
ポンさんはカレン族で、村の教師不足を訴え、自分がいい教師にって村へ帰り、子どもたちの明るい未来の手助けをしたいという涙ぐましい内容で、その名も『田舎の教師』だった。
内容が良かったので、スピーチ指導をしっかりやれば入賞できるだろうと、教師陣は力を入れた。
しかし当のポンさんは、「自分には身分不相応な場だ」とか何とか言い出し、なかなかやる気を見せてくれず、みんなの叱咤激励もむなしく、最後まで逃げ腰君だった。
それでも本番は何とかこなし、特別賞で4万5千円もする電子辞書をもらった。
だけどの根がまじめなポンさんは、自分ががんばったとい実感がないためか、賞をもらっても心苦しそうな、居心地の悪そうな様子だった。
「だからあれだけ練習しろって言ったでしょ?」って言いたい気持ちになったけど、それは言わなかった。
きっとポンさん自身が今回のことで、誰よりも努力の価値知ったと思うから。
そう、ゲーさんを横目で見ながら。

今回、この二人の他にも練習に燃えてたのに入賞できなかった学生が何人かいた。でもそれで腐ってしまうような学生ではないと、わたしは信じている。
重要なのは自分が納得するまでやること。結果をちゃんと受け止めること。そしてその二つを未来のいい肥やしにすることだから。ね、ゲーさん、ポンさん。

■ななしのバトン■

2006年02月08日 | ■れんらく
そひさん、しかと受け取りました。遅くなってごみん。
でこれ、やっぱり市場調査だと思うんだよね。


Q.1 起きてまずはじめにすることは?
顔を洗うためのお湯を沸かす。蛇口からお湯が出ないので。

Q.2 これだけは欠かせない、日常的なことは?
家とオフィスの湯沸しポットに水を補充すること。

Q.3 好きな食べものを3つ挙げてください。
濃厚もの
ジャンクもの
沖縄もの
3つになんて絞れませんわ。

Q.4 嫌いな食べものを3つ挙げてください
三つ葉
春菊
セロリ

Q.5 あなたが踏まれたくない地雷は?
特にない。
 
Q.6 ここ一週間で嬉しかった出来事は?
自分の学生がスピーチ大会の予選を通過したこと。
大声上げて、ガッツポーズするくらいうれしかった。

Q.7 ここ一週間で悲しかった出来事は?
ない。

Q.9今使ってるシャンプー&リンス(トリートメント・コンディショナー)は?
リジョイ(タイ製)。まだ日本にも売ってるのかな。

Q.9 お風呂で体を洗う時はどこから洗いますか?
足の裏。

Q.10あなたにとって恋愛とは?
恋愛って何?

Q.11恋愛で手のひらで転がすタイプ?転がるタイプ?
転がらないし転がせない。

Q.12あなたの長所は?
頭の回転が速い。
小さなことで幸せになれる。

Q.13あなたの短所は?
おっちょこちょい。
感情が態度に出やすい。

Q.14あなたを動物に例えるなら?
(チキンラーメンの)ヒヨコとよく言われる。
最近は、チキン・リトルとも言われる。
 
Q.15あなたのウィークポイントは?
意志の弱さ。

Q.16寝る前に必ずすることは?
掛け布団をきれいに直す。

Q.17リラックス&ストレス発散にすることは?
リラックス:ヨガ。Norah Jones。
ストレス:楽しくお酒を飲む。ふて寝。

Q.18好きな映画を3つ挙げてください。
ジブリ全般
『男はつらいよ』シリーズ
『ニュー・シネマ・パラダイス』

Q.19四季で一番好きな季節は?
初夏。梅雨に入る手前。

Q.20好きな香水・思い出の香水・毎日つけてる香水は?
好きな香水:ALLURE HOMME(CHANEL) いい男につけていて欲しい。 
思い出の香水:POLO SPORT(RALPH LAUREN) いい男がつけていた。
毎日つけてる香水:最近はつけていない。

Q.20このバトンを回す5人は?
誰かもらってー。あ、M美さんやってみない?

■足あとノートブック■

2006年02月04日 | □足あとノートブック
   足あとノートブックができました。
   書きたいことをぞんぶんに書いてくださいな。

ぼくの好きな先生①

2006年02月04日 | ■日々おもう
わたしは「先生」という大人が割と好きだった。
友達の中には、「先生=敵」みたいに考えている尾崎チックな子もいたけど、わたしはそうではなかったと思う。
それは、わたしが先生に恵まれていたからかもしれない。
中には、人格を疑うような先生がいたのも確かだけれど。
自分が「先生」と呼ばれる立場になって、過去に出会った先生たちの大きさを知ることができて、今さらながら、「先生、ありがとうね」と言いたい気持ちになった。

高校時代の校長先生が好きだった。
たぬきを思わせるその風貌と、柔らかい関西弁の親しみやすい先生だった。
誰からも満遍なく慕われるような先生ではなかったけど、そこがまた人間味があって良かった。

ある日わたしは、広い広い音楽室の掃除を一人でしたことがあった。
みんなさぼってどこかに行ってしまったのだ。
その後校長室に行ったとき、わたしは先生にこう話した。
「わたしだって本当はさぼりたいんです。でももしわたしがさぼったら誰も掃除をしないことになります。自分ばかりが損をしているように思えます」
すると先生は、「人生は損得なんかでは計れないのだから、自分が正しいと思ったことをやればいいんだ」と言った。
そのときのわたしにはまだ若くて、あまり染みてこなかった言葉だっただけど、大人になった今、それが真実なのだとわかるようになった。
先生、ありがとうね。今さらだけど。
その先生の詩を紹介しよう。

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淋しさを感じるから 親しみがわく

厳寒の冬があるから 春がうれしい

暑い夏だから 一杯の水がおいしい

空腹だから 満腹できる

悲しみがあるから 優しさを知る

怒りがあるから 許しがわかる

旅立ちがあるから 到達できる

思い通りにならぬから 祈りを覚える

僕がつまずいて 友よ、君に出会えた

〈榎本栄次〉

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先生はその後校長を辞め、今は愛媛で牧師をしているそうだ。
久々に先生に会いたいなあと思う今日この頃だ。

■負けました■

2006年02月01日 | ■れんらく
報告が遅くなってしまい、ごめんなさい。
迷い尽くした末に、4月に日本へ帰ることにしました。
なぜこの結論に至ったのかと聞かれても、これと言った何かはなく、ただなんとなく「やっぱり日本に帰りたいなあ」と思えたという話です。

正直、これまでのタイ生活を振り返って、「全力を尽くしたぞ!」とは言い難いです。
そもそも努力家とは言い難い性分と、初級レベルで化石化しているタイ語と、日々の準備に追われて、やっつけ気味な授業のことを、ここで白状します。
そのせいか、【帰国=負け】というイメージがわたしの頭に浮かび、それが今回の迷いの原因の一つになっていました。
人生はもちろん勝ち負けではありません。
でも、自分自身をかけた勝負ではあります。

そんなことを考えながら、ふとここに来たばかりの頃のことを思い出していました。
あまりに寂しすぎて、「寂しい」という言葉を口にできなかった頃のこと、
あまりに寂しすぎて、両親と電話をいそいそと切っていた頃のこと、
あまりに寂しすぎて、市場の帰り道でめそめそと泣いてしまった頃のこと、
あんなスタートを切ったのにも関わらず、なんとかなんとかでふんばって、今ではここで気持ちよく眠り、腹の底から大笑いできるようになったのです。
それを思えば、この二年間を「負け」と呼ばなくてもいいのかもしれません。
いや、もしこれが「負け」だったとしても、わたしはそれを受け止めて、また日本で次の勝負に出ればいい、そう思っています。

今はもう迷いもなく、日本に帰る日を楽しみにしています。
ラストスパートに来て、お財布の紐も緩められることもうれしいです。
最後の課題は、学生たちとどんな別れの儀式しようかということです。
最後に一発、大熱唱でもしてみようかと思っています。きっと大号泣で。

【追伸】日本にいるみなさん。「本当にいいの?」なんて聞かないで、わたしの帰国をそのままよろこんでくれれば、わたしはとてもうれしいです。わがままかな。


photo:モン族の村にて。

とても理想的な土曜日。

2006年01月28日 | ■日々おもう
今日は理想的な土曜日を過ごしている。
まず早起きしてタイ語教室に行った。でも今日は休講だったようで、朝ごはんを食べて帰る。
家に帰って窓を大全開にして、くるりを大きめに聴きながら、一週間たまった洗濯をする。水曜くらいから、たまった洗濯ものを見ながらうずうずしていたのだ。
我が家の洗濯機はおんぼろ二層式なので、勝手には洗濯してくれない。
でもこれが良かったりする。手がかかるので洗っているという実感がある。
くるりは日本の友達がくれたいちばん新しいアルバムで、まだちゃんと聴いていなかったので、こんな土曜には新鮮でいい。
家が広く、全面板張りなので部屋をせっせとモップがけ。モップがけなんて中学以来だろう。
くるりのメロディーにモップがけがよく合う。

別に何がどうしたってわけでもないけど、とても理想的な土曜日だ。
干した洗濯ものの柔軟剤の柔らかい匂いで部屋が満たされて、春節の今日は遠くから爆竹の音が聞こえてくる。
取り急ぎの悩みは、お風呂場で自然死したチンチョック(ヤモリ)を、どう始末しようってことくらいだし。
こんな理想的な土曜日を日本でも過ごせたらいいなあと、帰国を決めた今週の、その週末だったとさ。

はい、運動しています!

2006年01月26日 | ■日々おもう
今年に入ってから夜のウォーキングを始めて、今のところ三日坊主にならず続いている。
歩き始めるのは毎晩午後9時。近所の同僚3人組で夜の大学を大回りで4周する。
これがだいたい50分近くかかる。早歩きなので、程よい汗をかける。
歩き始めた目的は、タイに来てから増えた体重を戻したかったからだ。
これをダイエットと言うなら、わたしは生まれて初めてちゃんとしたダイエットをしていることになる。(決して今までその必要がなかったからというわけじゃないのだけど)
友達の結婚式できれいにタイシルクのドレスを着たいという思いもあった。
あとは健康のため。体に不調があると、決まって「運動していますか?」という問いに当たる。その度に口ごもらなきゃいけないのが嫌だった。

そして最近、ヨガ教室にも通い始めた。
火曜と木曜の夜に1時間半のレッスンを受けている。
日本もタイもヨガブームのようだけど、タイでヨガ教室に通うメリットが一つある。
それは値段。週2回、月12時間のレッスンでお月謝600バーツ(1800円)はお手頃だ。
ただ難点もあって、先生がタイ人のため説明があまりわからないのが困る。
呼吸法の話などされると、頭がすっかり「?」だ。だから先生に「目を閉じて~」とα波な声で言われても閉じていられない。
薄目で先生を見つめる一時間半を過ごしている。

ところで体重の変動はさっぱりだ。
でもあまり気にしていない。なぜなら、それ以外のよろこびを感じているから。
それはまずお通じが良くなったこと。
そして、夜疲れて眠れること。
「疲れたー」とベッドに入って、そのままことんと眠れることはとても幸せだと思う。体が疲れていれば疲れている程、眠気は体に心地よい。
それは「お腹減ったー」と感じて、ごはんを食べる幸せにとても似ている。

『平成狸合戦ぽんぽこ』

2006年01月23日 | ■きいたもの、みたもの、よんだもの
何年かぶりに見直した。
十分大人になった今観てみると、非常に感慨深い。
わたしは大学時代、大学の近くの多摩丘陵を見て、「なんて近代的で住みやすそうな街なんだろう」と思った。
あの景観は田舎から出てきたのわたしには新鮮だった。
でもある友達は「無機質でなんだか怖い」と言っていた。
今度あの多摩の丘を見たら、わたしはどんなふうに思うだろう。

『死の壁』の中で養老先生は、「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに、「二度と作れないものだから」と答え、「蠅を叩き潰すのには、蠅叩きが一本あればいい。じゃあ、そうやって叩き潰した蠅を元に戻せますか」と書いている。
自然もそれに近い。
壊すの簡単なのに、作り直すにはその何倍もの時間がかかるし、もう元通りにできないものもある。
あのた狸たちがいたような多摩の森はもう二度と帰ってこない。それを思うと胸が痛く、涙がこぼれ、そして最近の鼻炎のせいか鼻水が海ほど出た深夜だった。
今度は『もののけ姫』をじっくり見てみよう。


【追記】この一つ前の日記(1月22日分)を誤って消してしまいました。コメントをくれた方、ごめんなさい。また同じ内容の日記を書こうと思っています。

いま何時?

2006年01月19日 | ■タイにいきる
わたしの腕時計が3分くらい進んでいることを昨日初めて知った。
授業中、自分の時計と数人の学生の時計を見比べて気づいた。

わたしの腕時計は本当に進んでいるのだろうか。
学生たちの時計が遅れているんじゃないかと、疑ってしまう。
だってわたしの持っている時計は全部、その腕時計と同じ時間だったり、それより早かったりする。
日本とタイの時差は二時間なので、日本時間からきっちりマイナス二時間で設定した記憶がある。

いったい今何時なんだろう。
タイには117もないし、テレビの時報もばらばらだ。
朝の8時と夕方の6時になると、全テレビ局で愛国心ただよう映像をバックに国歌が流れる。
タイに来たばかりの頃それが新鮮で、8時や6時なるとチャンネルをパカパカ変えて、「ここもだ。おお、ここもだ」と感動していたのだけど、それに時差があることに気づいた。
それも結構な時差で、最長で1分以上違う局まである。
タイ人の国民性から言って、そんなことを気にしている人はまずいないと思うのだけど、ニッポンジンのわたしとしてはやっぱり気になる。
この国は今何時なんだ?


photo:パーイで見つけたカフェ。甘くておいしいお茶を飲んだ。

迷い尽くそう。

2006年01月18日 | ■日々おもう
肩こりがひどくて頭痛がする。吐き気もある。
部屋はだいぶ散らかっている。
届いたメールに返信できていない。
肌はかさかさのかぴかぴで、鼻炎もひどい。
夜なかなか寝つけない。眠りも浅い。
食欲は、がっつりある。

これがここ数日のわたし。
こんな症状の原因は、ここに来てタイに残るかどうか(帰国するかどうか)で迷っているからだ。
一日中、そのことばかりが頭の中を占拠する。まるで恋だよ。
わたしの心に問えば、「日本に帰りたい」というのが本音だ。なのに、「もうタイはお腹いっぱいだす!」と言い切れないわたしがいる。
それに気づいてしまったもんだから、苦しくなった。
おまけにそれに追い討ちをかけるかのように、大学がここに来てわたしの給料をがつんと上げた。
二年間不動だった低賃金をここに来て、その3.5倍にした。
またタイ社会にやられたぜ。

もうこうなったらぎりぎりまで迷い尽くしてやると決めたのに、やっぱり迷いすぎたせいか、体調にガタがきたようだ。
鉄板状態の肩に日本で買ってきた「サロンパス30(サーティー)」を貼ってごまかす。
そして、「サーティー」まであと二年半、わたしはどう生きるべき?…なんてことをわたしに問う。
さあ吐くほど迷って、一つの答えを出してやろう。