まごころチェンマイ日記

まごころ込めて書きます。

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■また、始めました■

2006年04月10日 | ■れんらく
新しい日記ができました。
引き続き、よろしくお願いします。
ちなみにここは閉めずに、しばらくこのままにしておきますので、何か書きたい方はどしどし。


「あしわた帖」
http://ashiwata.jugem.jp/
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■ひとまず、さようなら■

2006年04月05日 | ■れんらく
この日記を最後に、「まごころチェンマイ日記」を終了します。
そもそもこの日記を始めたきっかけは、去年一時帰国したときに、お酒の席でタイでの日々のエピソードを友達に話したところ、「そういう話おもしろいからさ、ブログにでも書けばいいのに」と、親友のM美さんに言われたことです。
そしてM美さんは「かいさー、給料少ないんだから、それで稼げばいいじゃん」と付け足し、わたしはタイに戻って早速この日記を始めたわけです。
そのときのわたしは、ブログなんて言葉も耳慣れていなくて、「自分の日記を人に見せて、それにコメントを書かせるの?なんか気持ち悪くないか?」と思っていました。
でも、「稼げばいい」と言う一言で、月給2万(当時)だったわたしは動き出しました。
しかし結局アフィリエイト機能は使わず、この日記で稼ぐことはできませんでした。
最初はそんな打算的な根性で始めたものの、書いているうちに、書くこと自体が楽しくなってきました。
そして、書くことで発散し、書くことで振り返り、書くことで考えることができました。

タイトルどおり、ここはタイでの日々を紹介するために作った場なので、帰国したら閉じようと、前々から決めていました。(ついでに写真の容量もパンパンなので)
ところがうれしいことに、この日記を見てくれている方の中に、わたしの文章を読み続けたいという奇特な方がいてくれて、また新しい場を設けることにしました。
新しい日記ではタイのことを中心には書けませんが、せっかくできた「まごころチェンマイ日記」っぽさは残して行こうと思っています。ということで、これからもお願いします。

それと、この日記を読んでくれている方の中には、わたしのことを直接知らない方たちがたくさんいるようで、とてもうれしく思っています。
そんな方たちの存在があったからこそ、わたしは書くことに手を抜かず、しかもそれを楽しめていたのだと思っています。

昨夜、携帯電話に「タイ国歌」の着うたを84円でダウンロードしました。
それを聞きながら、「みんな元気かなー?チェンマイは暑いんだろうなー」と石油ストーブで暖まった部屋で想像して、とてもせつなくなりました。
踏んだり蹴ったり、泣いたり笑ったり、助けられたり助けられたりの本当に素敵な二年間でした。
みなさん、ありがとうございました。

《新しい日記のアドレスは、今月中にここで発表します》


photo:日本語学科の3年生と。最後はこの写真と決めていました。
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■WEBOOK-2006 to 2007-■ No.02

2006年04月03日 | ■れんらく
以前ここで宣伝した「Webook」が更新されました。
ここにも帰国のエピソードを書きました。4月2日の日記と併せて読んでもらえたらうれしいです。
そんな今回のタイトルは『4月になれば彼女は』です。
コメント欄は設けられていないので、何か書き残してくれる方はこちらまで!

            http://webook2006to2007.ifdef.jp/
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朝のチェンマイ空港にて。

2006年04月02日 | ■日々おもう
3月29日。
早朝にも関わらず、チェンマイ空港ではたくさんの人たちに見送ってもらった。
しかもまた、たくさんのプレゼントをもらった。
その中には大きな花束やずっしりとした花輪もあって、うれしいけどちょっと困った。だけど、そういう計算をしないところがタイ人らしくていいとも思った。
この日は、みんなの前でわたしは泣かなかった。泣くタイミングがつかめなかったからだと思う。
基本的にわたしは、いちばん最初に泣き出す人ではなくて、誰かが泣いたら泣いてしまう、もらい泣きの人だ。
だから多くの学生に囲まれて、写真を撮ったりプレゼントをもらったりして愛嬌を振りまいているうちに、そんなタイミングを逃してしまったのだろう。

ただ最後に一つ、予想していなかったことが起きた。
みんなの笑顔に見送られ、イミグレーションを通過したとき、あるメロディーが耳に入ってきた。
そこには小さなテレビがあって、時刻はちょうど朝の8時だった。
いつものように、本当にいつものように国歌が流れていたのだ。
それは何十回と聞いたメロディーで、わたしがいちばん知っているタイの歌だ。
最初はただの他所の国の国歌に過ぎなかったのだけれど、今ではそれなりの思い入れがある。タイ人ではなくても。
国旗もそうだ。もう二度と、トリコロールと見間違えることはないだろう。
出国のスタンプを押してもらい、手荷物のチェックを受けている間、国歌は流れていて、わたしはその流れに乗らなければいけなかった。だけど本当は、ちゃんと静止をして聞いていたかった。
日常的に聞いていたあのメロディーを、もう聞くことはなくなる。
そんな事実が胸に響いてきて、少しだけ泣いた。
この二年間わたしを支えてくれた学生や同僚、耳になじんだ国歌に見送られ、まだ涼しさと静けさを残す朝のチェンマイを発った。


▼関連日記▼
「国歌が流れたら…。」

photo:飛行機の窓から。チェンマイ上空。
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夏から春へ。

2006年03月29日 | ■日々おもう
今日の日記が、チェンマイで書く最後の日記になる。
でも、まだ荷づくりが全部終わっていないので、そんなに長くは書けない。

今日、いつぶりかもわからないぶりに日本の天気予報を見た。
明日の東京は晴れ。最高気温13度、最低気温9度。
今日のチェンマイは、日中38度もあったのに。
東京はまだ良くて、新潟の予報は暴風雪。最高気温5度、最低気温4度。
寒いのが苦手なだけに、気持ちが少し落ち込む。

明日わたしは、タイの夏から日本の春へ移動する。
乾季に入って、もう三ヶ月以上も雨を見ていないから、春の雨はさぞ冷たいだろう。
成田に降りて、あの寒さで体が包まれたとき、わたしにはきっと泣いてしまうだろうな。
「ああ、もうここはタイじゃないんだなあ」って。
空港で一人、変なタイミングで泣いてしまうだろうな。

ここを離れる実感はまだまだあいまいなままで、でもそれをあえてあいままなままにしておきたい午前1時前。
寒い日本を想像をしながら、Modern Dogを聴きながら、荷づくりに励む。
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魔法の魔法瓶。

2006年03月26日 | ■タイにいきる
わたしは昔懐かしい感じの、それも安っぽいホウロウが好きで、その中でも魔法瓶がずっと欲しかった。
それは中国製の魔法瓶で、その一部がタイにも入ってきているのは知っていた。
でも、なかなか見つけることができずにいた。
それがおととい、高級雑貨のお店で見つけて、飛びついた。
だけど値段が高い。480バーツ(1500円弱)もする。付加価値が付いているのは間違いない。
しかも大きすぎる。日本に持って帰るにはしんどそうだ。

帰国が迫った今日、「絶対いいのを見つけてみせるぞ!」と意気込んで、チェンマイでいちばん大きな市場へ出かけた。
値段が安くて、デザインや状態が良くて、サイズもちょうどいいものを手に入れたかった。手に入れられるような気がした。
しかし、日用品を売っている商店を5、6件回ってみたが、どこにもない。
いちばん大きな店にはあったものの、やたら大きいし、色が悪い。
半ばあきらめてとぼとぼと歩いていたら、ホーロー食器を店先に並べている店を見つけ、「ま、食器でもいいか」と眺めていた。
でも、その食器はどれも状態が悪くて、ちょっと触っただけで手が真っ黒になった。
「これは無理だ」と立ち上がったとき、わたしの目の前に輝く魔法瓶が並んでいたのだ。
それは、大きいのも小さいのも、赤もピンクも緑もあった。そしてどれもかわいい花柄で、状態もいい。
わたしは今にも伸びそうな手をぐっと抑え、小さい方を指差して値段を聞いた。
店員のお姉さんはニコニコしながら、「150バーツ(約450円)です」と言った。
もちろんわたしは大きな声で、「それください!」と言った。

ついに念願の魔法瓶が買えた。探し求めていた一品だ。
あまりのうれしさに魔法瓶の裏には、今日の日付と市場の名前を書いた。
こんなに感動的な買い物をしたのはいつぶりだろうか。
しかも、高い買い物をした後の「ああ、贅沢しちゃったかもな」と言うような後ろめたさもなくて、そこには達成感とうれしさだけがあった。
今の時代に魔法瓶自体の価値なんてもうないのかもしれないけれど、わたしにとっては、魔法がかかっているくらいに魅力的な魔法瓶だ。
大事に大事に日本に連れて帰ろう。

そんな魔法瓶のおかげで、今日は市場の奥へ奥へと行けた。
そこにはわたしの知らないチェンマイがあって、それはわたしが思い浮かべていたような猥雑で暑苦しい、でも美しきタイの姿で、「この町のこと、本当はあんまり知らなかったのかもな」と思わされた。


photo:魔法の魔法瓶。
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働くことって。

2006年03月24日 | ■日々おもう
帰国まで一週間を切った。
ここ数日は日中はだらだらと荷造りをして、日が落ちた頃、友達に会いに出かけて、深夜に少し憂鬱になりながら求人情報に目を通すという毎日。
しかし、就職活動はやっぱりつらい。
求人情報を見れば見るほど、頭をひねればひねるほど、自分が本当にしたいことがぶれてくる。
そんな今日この頃の中で、「働くこと」について考えさせてくれた人に会った。

先日、友達とデパートの下着売り場で物色していたとき、ある店員に話しかけられた。
わたしがそれにタイ語で答えると、彼女はわたしに日本人かと聞いてきたので、うなずいた。
すると彼女は「少し日本語を教えて欲しい」と言い、自分の手帳を開いた。
彼女が聞いてきたことは、試着したお客さんに感想を聞きたいときはどう言えばいいかとか、1000B以上買い物をした場合、10パーセント引きのクーポンがもらえることをどう言えばいいかというようなことだった。
彼女はわたしが発音することをタイ文字で手帳に書き込み、それを繰り返した。その姿はとても真剣だった。
彼女は独学で数字や簡単な単語は勉強したと話していて、もっと勉強したいとも言っていた。
そして、わたしに「日本語を教えてくれたから」と、特別割引でブラジャーを売ってくれた。
そんなやり取りが一段落すると、彼女はわたしたちの横にいた東アジア系の女性になかなか流暢な英語で話しかけ、また元気良く動き回っていた。

こんな彼女のような人を、もう一人知っている。
大学内にある小さな商店(お菓子や揚げ物を売っている)のお兄さんだ。
彼はいつも愛想が良く、全ての動きが丁寧で美しく速い。そしてそこには彼なりの美学があるようだ。
余裕があるときは簡単な世間話を投げかけてくるし、「一緒にポテトもいかがですか?」的な営業も忘れない。
それに、わたしたちがいつも何を買っているのか、何を好んでいるのかを覚えていてくれて、カスタマイズにも対応できる。
わたしはこのお兄さんを見ると、いつもすがすがしい気分になる。それは、お兄さん自身がとても楽しそうに見えるからで、それと同時に、「働くってこういうことだよなあ」と感じる。

わたしを含めたたいていの人は、仕事の内容にだわってしまうし、それは当たり前なことだろう。
だけどこんな二人を見ていると、内容ばかりにこだわって仕事を探している自分に疑問を抱く。
どこまで手を抜かずにやれるか、自分なりのこだわりや美学を持てるか、と言うことに仕事を楽しめる鍵があるのかもしれない。
だからこそ内容が重要なんだとも言えるし、働くことに対しての姿勢の違いだとも言える。
ただ、映画を作っている人とハンバーガーを売っている人、どっちが下でどっちが上でとか考えていたら、仕事はおもしろくなくなる。それは確か。
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3月20日にあったこと。

2006年03月21日 | ■日々おもう
昨日の出来事をまとめてみようと思う。いろいろなことがあったので忘れないように。

・10日間闘ってきた口内炎が勢力を弱めてきた。やっとだ。
・子猫サイズのどぶねずみを街角で目撃。さすがのわたしも少し慣れた。
・友達の結婚式で履く靴を買う。黒くてぽてっとしたクラークス製。
・市バスの中で性別不明の人に遭う。こんな人がタイには多いが、その人は本当にどちらかまるでわからなかくて、ちょっと怖くなった。
・デパートの下着売り場の店員に日本語を教えてと言われ、その場でレッスン。
・その店員に特別料金でブラジャーを売ってもらう。
・リエコ(日本から遊びに来ていた友達)と美容整形の番組を観る。お互いに自分の容姿が気になり出す。
・リエコと朝まで語る。朝まで語るのは久しぶりだ。しかし男も女も、行き着く話題はエロスか怪談。
・朝日の光でシャワーを浴びる。鳥のこんな鳴き声を聞くのもあと8日。
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すこやかさん。

2006年03月19日 | ■日々おもう
先日、健康診断(婦人科検診を含む)に行ってきた。
婦人科検診は周りの勧めもあって、前々から行きたいと思っていた。
それがタイだと日本よりずっと手頃な料金で受けられるので、帰国を前に行くことを決断した。

この結果が良好だった。
わたしの体はすこぶる健康だということがわかった。
子宮にも胸部にも異常はなかったし、今まで苦手だった婦人科の内診を難なくクリアできたこともうれしかった。(女子の方はわかってもらえるだろう)
そして、見た目はさて置き、わたしの内臓はかなり無駄がないようで、総コレステロールも平均よりかなり低い数値をマークし、中性脂肪においては平均の8分の1の値しかなかった。
菜食と言うよりは、肉食なわたしになのにすんばらしい。
この結果を見た医療通訳のお姉さん(お知り合い)は、「かいさん、運動してるの?」と聞いてきたので、ちょっと得意気に「はい」と答えてしまった。

これにすっかり気を良くしたわたしは、「健康ならそれで十分じゃん!」、「健康なら何でもできるじゃん!」と開き直って、数日前の落ち込みからすっかり這い上がった。
それだけではなく、病院で新生児を見て感動したせいか、「今のわたしがしなきゃいけないのは就職活動じゃなくて、結婚と出産かもしれない。こんなに健康なんだから」と、とんちんかんな発想にまで至った。

そんな感じで、「健康」に執行猶予をもらったわたしは、残りのチェンマイを楽しんでいる。
健やかな体とここでの日々があれば、少しくらい暗い未来も生き残れる。かも。
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真っ白な春。

2006年03月16日 | ■日々おもう
おととい、面接を受けた会社から「不採用通知」をいただいた。
覚悟はしていたけれど、期待もしていたので、やっぱり少し落ち込んだ。
これで、春からの予定は真っ白っけっけになった。
「何にもないっていうのは、案外いいもんだな~」と口にしてみるが、それは強がりになってしまう。

春は始まりの季節だと言うのに、わたしには何も始まらない春が来そうで不安だ。
恋人がいないより、お金がないより、仕事がないのが一等つらいと、わたしは思う。
誰かさんは「そう焦らずに、しばらくゆっくりしたら?」と言うけれど、それには同意しづらい。
だって、その休みは勝手に終わらないからだ。
終わりのない休みが楽しいと言えるほど、わたしは世捨て人ではない。

今日航空券を予約して、帰国日が決まった。
残りの二週間は、どんな二週間になるだろう。
「この不安に、あと二週間だけ猶予をください。日本に帰ったら、きちんと向き合いますから」


photo:わたしの最後の授業で大泣きしてくれたドゥアンさん。〈撮影:アジャーン・なおこ〉
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婿に来ないか?

2006年03月12日 | ■タイにいきる
今日は教師らしくない発言をしてしまおう。
だけど、それには変な下心はないことも一緒に宣言したい。

3年生のウィワットさん(男)は素敵だ。
顔はハンサムなラクダ顔で、とてもかわいらしい。
いつもアイロンぴっしりのシャツを着て、清潔感も100点だ。
それに加え、授業態度も良く成績も学年で上位だ。今期の成績も無遅刻無欠席の、紛れもない「A」だった。
そして何よりやさしく、紳士的だ。
クラスでいちばんのおちこぼれ君のナットさんのお世話をいつもしている。
ナットさんはウィワットさんがいないと生きて行けないようにさえ見えるほど、ウィワットさんに頼り切っている。
そのせいか否か、ウィワットさんには恋人がいない。
あこがれている女の子(ゲイを含む)は少なくないようなのだが。

わたしはウィワットさんを見ると、「お婿さんにしたい」、「理想の花婿だ」と思ってしまう。
こんなお婿さんがもらえるなら、年齢の差も言葉の壁も越えられるような気がする。
出来杉君のようなウィワットさんをお婿さんにできる人は、それは幸せ者だと思う。
それと同時に、あんなウィワットさんを育てたお母さんに興味がわく。

そんなウィワットさんから、お針子さんのお母さんが作ったというタイの巻きスカートをいただいた。
きっと素敵なお母さんなのだろうと想像できるような、しっかりとした作りのシンプルな巻きスカートだった。

【おまけ】
出来杉君と言えば、今日、DVDで『ドラえもん』(リニューアル版)を見た。相変わらずのび太やスネ夫は「ラジコン」で遊んでいた。今どきの子どもって、ラジコンなんかで遊ぶのかね?
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■WEBOOK-2006 to 2007-■ No.01

2006年03月10日 | ■れんらく
友人の友人の方のお誘いで、こちらで文章を書くことになりました。
僭越(せんえつ)ながら「有機的で体においしい9人の文筆家たち」の一人に選んでいただきました。
(わたしの体の方は、タイに来てからすっかり味の素漬けですが…)
企画者の方は、この日記を読んでくださっていたそうです。うれしいですな。
「Webook」は一年間の限定開設ウェブサイトです。
「まごころチェンマイ日記」は今月で終わってしまいますが、「Webook」は来年の春まで続きますので、しっかり追いかけて来てください。

記念すべき第一回目のタイトルは、『アンさんと観覧車』です。
コメント欄は設けられていないので、何か書き残してくださる方はこちらまで!
                   
                      http://webook2006to2007.ifdef.jp/
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昼寝のあとで。

2006年03月09日 | ■タイにいきる
今日はヨガ教室をズル休みした。
理由は、どうもそんな気分にならなかったからだ。
夕暮れどきのベッドの上で、わたしはせつなさで体をねじらせていた。

昨日、今日と3年生たちと一泊旅行に行ってきた。
企画者の学生は、「かい先生に最後のいい思い出を」というつもりでいてくれたようだ。
昨夜はサプライズ企画で、ろうそくを手に『さくら』(直太朗の)を歌ってもらい、また泣いてもらい、たくさんのプレゼントをもらった。
プレゼントの中には、大そうな額に入った手描きの似顔絵まであった。(自分の顔なんてそんなに見たくはないんだけどな…)
昨夜のセレモニーでは、ある男子学生に「帰らない方がいいです」と号泣をされ、さすがに参った。そういう涙ではないとわかっていても、相手がゲイだとわかっていても、目の前で男性に号泣されるのはやっぱり居たたまれない。
そんな感じで、みんながわたしのためにあれこれとやってくれたもので、悲しみやせつなさよりも気恥ずかしさが先行した小旅行だった。

小旅行から帰宅して洗濯やら片付けをした後で、一時間くらいお昼寝をした。
ヨガ教室に行く時間になって目が覚めた途端、今日、いつものようになんとなく別れたの学生たちの顔が浮かんだ。
そして、「あれが最後だったのかもなあ」と気づいて、とてつもなくせつなくなった。そしたらなかなか起き上がれず、そのままベッドにうずくまっていた。
わたしは初めて、ここを離れる実感にしっかりと浸かっていた。

もし彼らが大学3年生ではなくて幼稚園生くらいだったら、何のためらいもなく一人一人をぎゅっと抱きしめて、ほっぺにチューでもするのだけど、それには彼らは大人すぎる。
始終恥ずかしがっていた昨夜の自分が少し悔やまれた。
いい「さよなら」をするのって結構難しいと思った。


photo:モン族の村にて。見事な洟(はな)たれっぷりだった。
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ナーム・デーンをかぶ飲みする。

2006年03月07日 | ■日々おもう
今日、わたしは怒(いか)った。かなり激しく怒った。
その相手は夜間の学生(1年生)たちだ。
学生を相手に、こんなにも腹を立てたことは今までなかった。
どうして怒ったのかをここにつらつらと書いても、そんなに気持ち良くないのでやめておこう。

その怒りはなかなか治まらず、思考がそこで停止していた。
怒りの次には悲しみが来て、泣けた。
なんとかそれを処理すべく、お気に入りのお店のラーメンを食べに行き、ファンタのナーム・デーン(訳:赤い水、いちごシロップの味)をかぶかぶ飲んだ。
ナーム・デーンは、着色料たっぷりの激しいピンク色で、日本人なら敬遠するような飲み物だ。
わたしも普段は少し躊躇するのだけど、今夜ばかりはかぶ飲みしてやった。
ナーム・デーンの味はやたら甘くて、いかにも体に悪そうで、頭を少し軽くした。

その帰り道、同僚に「自分を責める必要はない」と言われ、自分を責めていたことに気づいた。
問題そのものに自分の非があったとは思わないものの、感情的な言い方をしたことを後悔していた。
あの場で、怒(いか)らずに彼らに伝える手段はあったのだろうか。
やさしくていねいに言って、彼らに通じたのだろうか。それを信じることができなかったから、あんな態度に至ってしまったのだろう。
わたしは腹を立てながらも必死にタイ語を並べたのだけど、その言葉に彼らはへらへらと笑うだけだった。
わたしは彼らに言いたかった。
あなたに日本語が本当に必要なのか?
あなたは日本語が本当に好きなのか?
あなたは日本語を本当に勉強したいのか?
もし、このどれかに「はい」で答えられるなら、もう少し学ぶ姿勢を見せて欲しい。
今のままじゃ悲しすぎるぞ。

【追記】久々の日記がこんな内容でごめんなさい…。たまには負の部分もね。
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楽しいヨガ教室。

2006年03月01日 | ■タイにいきる
ヨガ教室に通い続けている。
最近ではわたしのポーズもなかなか様になってきた、と思う。
ヨガ教室は、「ここはタイだよね?」という雰囲気に包まれている。
時間きっちりに始まるし、誰も無駄話をしないし、携帯電話に出る人もいない。
この緊張感が大事なのだろう。
一人だけ男性の先生がいるのだけど、彼が特にいい緊張感を与えてくれる。
淡々とかけ声をかけて、難儀なポーズを見事にやってみせるので、何だか近寄り難いものがある。
言わば、カリスマだ。

今日のレッスンが後半に入った頃、その先生は、腹ばいで寝た体勢で右手は右足を持ち、左手は左足を持って反るというポーズをやらせた。
みんなが自分の体を上へぐいっと持ち上げたとき、ある人のおならがぷっと出てしまった。
静けさの中、そのおならは見事に響き渡った。
一瞬の緊張感の後、こらえ切れない笑い声が漏れて、その笑い声は一気に伝染した。
そして、当の本人も笑っていた。
いつもはポーカーフェイスのカリスマ先生も、笑いで声が掛けられない様子だ。
そして、「誰にもであることですね」と先生は言った。

ぷっとやってしまった人は少しかわいそうだったけど、あのおならのお陰で教室全体が一つになった感じがした。
それは、みんな笑うには笑ってしまったものの、決してそれは嫌な雰囲気ではなかったからだ。むしろ陽気な空気に包まれていた。
わたしは笑いをこらえようとしたせいか、汗がいつもの倍出た。
このおならハプニングがヨガそのものの効果と関係はないにしろ、みんないい汗をかけたと思う。
そして、「ここが日本だったら?」とふと考えた。きっとみんな聞いて聞かないフリで、笑いこらえ続けたのかもしれない。
それはそれで、日本人らしい。でもタイ人は、そういうことが苦手なんだろう。
かわいい人たちだなと思う。
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