報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

アサド政権打倒からシリア分断化へ

2012年09月23日 19時53分19秒 | シリア


昨年の3月に、シリアで騒乱が勃発して以来、
アサド大統領は一貫して、反政府勢力は外国人テロリストだと主張してきた。
もちろん、欧米のメディアは、シリア政府の発表など歯牙にもかけてこなかった。
ところが最近、主要メディアは、突然、目が見えるようになったようだ。

方向転換

これまで欧米の主要メディアは、シリアを蹂躙する外国人武装勢力の存在をひた隠しにしてきた。
たとえ目の前にいても、見ようとはしなかっただろう。

アサド大統領の発言をメディアが取り上げることはある。しかしそれは、民主化を要求する自国民を外国人テロリスト呼ばわりする大統領だという印象を与えるためだ。メディアはそうしたテクニックを駆使して、ターゲットの人格や品格をとことん傷つける。メディアは事実や真実とは無縁の機関だ。

しかし、9月8日、メディアは急に方向転換をして、シリアの外国人武装勢力の存在を報じ始めた。もちろん、真実の報道に目覚めたからではない。

国境なき医師団の共同設立者Jacques Beresは、シリア北部の包囲された都市の秘密病院での二週間の活動のあと、金曜の夜にシリアから戻った。
Jacques Beres, co-founder of medical charity Medecins Sans Frontieres, returned from Syria on Friday evening after spending two weeks working clandestinely in a hospital in the besieged northern Syrian city.

日曜、パリ中央の彼のアパートメントにおけるロイターとのインタビューで、この71歳の医師は、今年初めのホムスとイドリブの訪問のときとは正反対のことを語った。つまり、今回彼が治療した患者のおよそ60%が反乱勢力の兵士で、そのうち少なくとも半数はシリア人ではなかった、と述べたのだ。
In an interview with Reuters in his central Paris apartment on Saturday, the 71-year-old said that contrary to his previous visits to Homs and Idlib earlier this year about 60 percent of those he had treated this time had been rebel fighters and that at least half of them had been non-Syrian.
2012.09.08  Jihadists join Aleppo fight, eye Islamic state, surgeon says
http://www.reuters.com/article/2012/09/08/us-syria-crisis-jihad-idUSBRE88708W20120908

ロイター通信のこの記事は、一人の医師からの伝聞形式ではあるが、シリアの反乱武装勢力内の外国人兵士の存在を明らかにした。

この報道によって、アサド大統領の一連の発言が、決してデタラメではなかったことが証明された。そういう意味では画期的な記事に見える。しかし、なぜアサド大統領に有利に作用するような記事を、主要メディアのひとつがわざわざ掲載したのか、という疑問が生じる。本来、これは黙殺されるべき内容だ。この記事がいくつかの主要メディアに二次利用されていることでも、これはあらかじめメディア間で認知された内容であることがわかる。

報道は常に読者や視聴者を、意図された方向や地点に適切に誘導するという使命を負っている。いままでメディアが隠してきた外国人武装勢力の存在を、今になって報じ始めた背景には、必ず明確な理由がある。

「民主化」から分断化へ

メディアがこれまで外国人兵士の存在を報じなかったのは、反政府活動はシリア国民による自発的な民主化要求だという設定を維持するためだ。この設定によって西側は、シリア国民の民主化を支援するという名目で、アサド政権に対する国際的制裁と圧力をかけることができた。しかし、実際は反政府武装勢力の主力は最初から外国人部隊だ。

ここで重要なのは、西側の目的はシリアの民主化などではなく、単純に破壊することだという点だ。西側によって「民主化」されたイラクやアフガニスタン、リビアの現在の惨状を見れば明らかだ。政治的にも、経済的にも、社会的にも完全に破壊された。そこには民主主義の欠けらも存在しない。もはや、国家でさえない。シリアも同じ「工程表」の中にある。

しかし、シリアの破壊を目論む西側は、NATO軍による空爆という手段を封じられている。また、アサド大統領に対するシリア国民の支持率は高く、国民がアサド政権打倒に立ち上がる可能性は極めて低い。この状況の中で、いかにしてシリアを破壊に導くか。そのための次なる方針が、このロイターの記事で示されている。

シリアを独裁的な宗教支配制に転換することに執着している外国人イスラム教徒が、バシャール・アサド打倒をめざす反乱勢力の中で拡大している。彼らは「聖戦」を遂行していると信じている。アレッポで反乱軍兵士を治療したフランスの外科医はそう語った。
Foreign Islamists intent on turning Syria into an autocratic theocracy have swollen the ranks of rebels fighting to topple President Bashar al-Assad and think they are waging a "holy war", a French surgeon who treated fighters in Aleppo has said.

「 それは実に奇妙に見えた。彼らはバシャール・アサドの打倒には関心がないと率直に語ったのだ。彼らは、後々いかにして権力を得るか、そして、世界の首長国の一部になるために、シャリーア法によるイスラム国家をいかにして建設するかについて考えていた 」 とこの医師は述べた。
"It's really something strange to see. They are directly saying that they aren't interested in Bashar al-Assad's fall, but are thinking about how to take power afterwards and set up an Islamic state with sharia law to become part of the world Emirate," the doctor said.
2012.09.08  Jihadists join Aleppo fight, eye Islamic state, surgeon says
http://www.reuters.com/article/2012/09/08/us-syria-crisis-jihad-idUSBRE88708W20120908

ロイターの記事の中では、外国人イスラム兵士は、いわば自分たちの理想郷を建設するためにシリアにやってきたという設定になっている。そして、そうした外国人武装勢力が拡大していると解説している。

つまり、やがてシリアの反乱勢力は、外国の武装勢力に取って代わられ、外国人武装勢力がシリア各地で独自の支配地域を確保するようになる、ということだ。シリアはさまざまな急進的宗教思想によって分断支配されるというシナリオだ。現在のアフガニスタンやリビアが細かく分割支配されているように。

アサド政権を一気に打倒することが困難となったいま、アサド大統領の失脚はいったん据え置かれる。シリアの破壊こそが目的なのだから、それさえ達成できればいいのだ。西側は、サウジアラビアやカタール、トルコで訓練した武装勢力を大量投入して、シリアの国土を引き裂くという方針に転換したようだ。シリア国民による自主的な民主化要求というこれまでの設定も脇に追いやられる。

今後、表向きの戦いの主役が外国人武装勢力に移行するので、もはや、その存在を隠す必要はなくなったということだ。ロイターの記事はその先鞭であり、外国人武装勢力が自由意志でシリアにやってきたかのように装うための伏線的記事なのだ。

「自由シリア軍」の高官は、外国人武装勢力の拡大に対して、実に憂慮すべき事態だという顔をして見せる。これも、このシナリオに信憑性をそえるための単なる演出だ。もともと「自由シリア軍」など、実体のないただの看板にすぎない。中身はごく一部の元軍人と、あとは金で動く犯罪集団やならず者だ。

急進的イスラム武装勢力のシリア流入という「現象」は、これまで西側が軍事訓練を施してきた外国人武装勢力をシリアに投入するための稚拙なカモフラージュなのだ。

素人ジハディスト

西側は、訓練の行き届いた重武装のプロの武装集団を養成する一方で、世界中から素人ジハディストをシリアに呼び込んでいる。

Beresは、他のアラブ諸国からきた数十人のジハディストだけでなく、少なくとも二人の若いフランス人も治療したと語った。
Beres described treating dozens of such jihadists from other Arab countries, but also at least two young Frenchmen.

「 彼らのうち何人かはフランス人で、未来に対して極めて狂信的だった 」と彼は述べた。「 彼らは、治療を施す医師に対しても極めて警戒的だった。彼らは、私を信用していなかったが、Mohammed Merah は従うべき手本だと私に語った 」
"Some of them were French and completely fanatical about the future," he said. "They are very cautious people, even to the doctor who treated them. They didn't trust me, but for instance they told me that Mohammed Merah was an example to follow."
2012.09.08  Jihadists join Aleppo fight, eye Islamic state, surgeon says
http://www.reuters.com/article/2012/09/08/us-syria-crisis-jihad-idUSBRE88708W20120908

Mohammed Merah とは、3月にフランスのトゥールーズで連続襲撃事件を起こし、ユダヤ人学校の生徒3人を含む7人を殺害したとされるアルジェリア系の23歳の若者だ。事件後、フランス警察に自宅を襲撃され、銃撃戦のすえ死亡している。彼は自身を「アルカイーダ」と名乗った。ただし、この事件には不可解な点があり、真相は不明だ。

Merah が何者であるにせよ、このような襲撃事件の「犯人」とされる人物を信奉する若者が、なぜシリアに来て「聖戦」を戦う必要性があるのか。自国を守ろうとしているシリア軍と戦うことが、なぜ「聖戦」になるのか。彼らの思考と行動は理解不能だ。

しかし、3月に発生したトゥールーズの事件が、「工程表」の一部だと考えれば、素人ジハディストがシリアを目指すのは、それほど不自然な「現象」ではなくなる。

911事件以降、欧州社会では、アラブ圏出身者の居場所はほとんどない。ただでさえ、若者の失業率が高まっているなかで、アラブ系の若者が職にありつける見込みは極めて低い。社会的にも、制度的にも追い詰められている彼らは、貧困や偏見、差別の中で、欧州社会への怒りと憎しみをつのらせている。もともと欧州的価値観の外で暮らす彼らは、より先鋭的なイスラム的世界観に精神的より所を見い出すようになる。

そこへ、トゥールーズのような事件が発生すれば、彼らは欧州社会で異物から怪物扱いになる。欧州社会との決定的な亀裂を生み、排斥されつつある彼らは、必然的に物理的精神的な逃避地を求める。シリアへ行けば君たちの理想が実現できると囁かれれば、躊躇する理由はないだろう。爆発寸前の鬱屈したエネルギーと理想主義にとって、混乱のシリアは理想郷の建設にもってこいと映るだろう。バシャール・アサドも「自由シリア軍」も、彼らの眼中にはない。ひとえに個々の理想の実現にしか興味がないのだ。それが他家の庭の中であろうが関係はない。

ただ、素人ジハディストのリクルートの仕方はさまざまだ。とにかく、武器を持ってシリア軍に突撃するなら別に誰でもいいのだ。シリア軍に従軍取材したロバート・フィスクは、次のようなレポートを書いている。

「 あなたはたぶんこの話を信じないだろう 」 とSomar中佐は興奮して叫んだ。「 我々の捕虜の一人は私に言ったんだ。 "パレスチナがこんなに美しい所とは思わなかった" と。つまり奴は、自分はイスラエルと戦うために、パレスチナにいるのだと信じていたんだ!」
"You won't believe this," Major Somar cried in excitement. "One of our prisoners told me: 'I didn't realise Palestine was as beautiful as this.' He thought he was in Palestine to fight the Israelis !"
2012.08.23  Robert Fisk: 'Rebel army? They're a gang of foreigners'  
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-rebel-army-theyre-a-gang-of-foreigners-8073717.html

イスラエルと戦えると信じて連れてこられた場所が、世界遺産に登録されているシリアのアレッポだった。

パッチワーク

いま、にわかジハディストたちが続々とシリアを目指しているのかも知れない。

しかし、直情的で命知らずな大勢の若者に、十分な武器弾薬を持たせたとしても、所詮は、寄せ集めであることに変わりはない。出身や宗派、思想や理想の異なる小集団同士が協調して行動することはない。そこには共通の目的は存在しないからだ。それは個々の理想を個別に追求する闘争にすぎない。

しかし、たいていの武装勢力の目的は金や利権だ。シリア領内に支配地域を獲得すれば、その域内の利権をすべて手に入れることができる。領民も彼らの所有物になる。小国の王になれるのだ。理想郷であろうが、王であろうが、いずれにしろ、それは個々の欲望の実現にすぎない。それに比して、シリア軍は外敵から国を守るという共通の目的で団結している。プロアマ混交の寄せ集め集団には、もともと勝ち目はない。

メディアは、アサド政権の崩壊は時間の問題などと自信満々に伝えているが、現実はまったくの逆だ。武装勢力は、シリア軍の前に後退を重ねている。崩壊寸前なのは、武装勢力の方だ。ただ、次々と新兵を供給して何とか戦線を維持しているにすぎない。

今後、重武装の外国人武装勢力があらたに大量投入されるだろう。当分の間、シリア情勢は混乱を極めることになる。しかし、西側が仕組んだ、こんなつぎはぎだらけの戦略が成功するとは思えない。

多くのシリア軍兵士は、……あまりにも多くの「外国戦闘員」がアレッポに投入されていることに驚きの声をあげている。 「 アレッポの人口は5百万人だ 」 と一人の兵士が言った。 「 ということは、もし敵側がそんなにも正しいのなら、こんな外国人なんか投入しなくても、勝てるはずじゃないか。奴らに勝ち目はないね」
Many of the soldiers, who were encouraged to speak to me even as they knelt at the ends of narrow streets with bullets spattering off the walls, spoke of their amazement that so many "foreign fighters" should have been in Aleppo. "Aleppo has five million people," one said to me. "If the enemy are so sure that they are going to win the battle, then surely there's no need to bring these foreigners to participate; they will lose."
2012.08.23  Robert Fisk: 'Rebel army? They're a gang of foreigners'  
http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-rebel-army-theyre-a-gang-of-foreigners-8073717.html

前線の兵士は、簡単に真理を言い当てている。そんなにも西側の主張が正しいのなら、シリア国民がとっくに答えを出している。


最も警戒しなければならないのは、国連安保理決議を抜きにした米軍による単独のシリア空爆だ。
もし、そのような事態を許せば、今後米軍は好きなときに、好きな国・地域を自由に爆撃できる。
クリントン国務長官に与えられた任務は、早急にシリア爆撃の理由をひねり出すことだ。
シリアの戦いは、決して地域的問題ではない。
これは地球の未来がかかった戦いなのだ。



アサド政権打倒からシリア分断化へ : 資料編

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/62dea4b1ab12d9fd0b53ce5f10edc711



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