楽しいお散歩

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ
 自然豊かな多摩地区、そこには歴史の宝庫の神社仏閣もありますね。

春も間近いですね

2024-02-22 10:43:41 | 日記

今日は、こちらを訪問します。

京王線の富士見ヶ丘駅からの出発です。

大通りを歩いていたら、こんな出入口に出くわしました。近くに案内場も

吉祥院と言うお寺でした。中へ入って見ましょう。

立派な山門もあります。さらに進むと

たくさんの地蔵が並んだ小高い山もあります。

反対側の塀に沿って、六地蔵でしょうか?こんなお地蔵さまも立っています。

御嶽社もありました。

本堂へとやって来ました。現在の本堂は文化三年(一八〇六)の建築で、開創の年に移築したものです。また、境内の諸石像を配置した築山は、成田山を模して造られたものといわれています。なお、当院は信徒から寄進された多くの記念石碑のほか、江戸時代につくられた大日如来像、阿弥陀如来像、地蔵菩薩像などの仏像も所蔵しています。ところで、このお寺、吉祥院とはどんなお寺なのでしょう。

天台宗寺院の吉祥院は、象頭山と号します。成田山不動尊を深く信仰した上高井戸の住人並木卓善が、明治8年成田山新省講を結成、さらに寺院を創立しようとしたものの、寺院新築禁止中であり、二世晃恭が谷中の天台宗象頭山遍照寺吉祥院住職となり、明治16年当地に移転させたといいます。当院は象頭山遍照寺と号する天台宗の寺院で、本尊は不動明王坐像です。中興開山は上高井戸村の並木卓善で、明治十六年(一八八三)に開創されました。並木卓善は成田山不動尊を信仰し、明治八年に成田山新省講を結成、さらに講中の寺院を創設しようと図りました。しかし、当時は寺院の新設は禁止されていたため、谷中(現台東区)の吉祥院(江戸初期に霊岸島に開創され、のち谷中に移転、寛政年間に松平定信の崇信を受け大寺席となったと伝えられます)の住職に二世晃恭が就任し、当地に移転するという形で、明治十六年に開かれたのが当院のはじまりです。との説明でした。高井戸の賑やかな場所にこんなお寺があるんですね。

                       つづく

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« もうすぐハ~ルですね | トップ | その先には何があるかな »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事