Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
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不公平な援助

2007-02-13 21:37:35 | リベリア
昨日、出版物用にリベリアの記事を書きながら、ふとあることを思い出した。

昨年12月モンロビアで、元少年兵のモモを訪ねていったときのことだ。彼はほかの少年達と一緒に、砂運びの日雇い仕事をしている最中だった。

モモが翌学期からまた学校へ行けるように、手続きのことなどを話しにいったのだが、僕が帰る間際に一人の少年、いや、モモより少し大人びたその風貌からして、もう青年といっていい年頃だろう、がやってきて、こう言った。

「僕も学校に行きたい。学校に行ければ一生懸命に勉強するよ。。。」

スティーブという名のその彼もモモと同じく元少年兵。学費の面倒をみてくれる身寄りもなく、日雇い仕事でなんとか食いつないでいるという。見た目や話し振りは誠実そうで、実際に学校にいくチャンスがあれば、きちんと勉強するだろうと思われた。

僕は一瞬返答につまった。彼の学費を出してあげたい。。。そう思ったが、結局スティーブにいい返事をすることはできなかった。

持ってきた募金には限りがあり、モモやファヤへの学費など計画していた用途以外に使う余裕がなかったからだ。億万長者ではあるまいし、困っている人間をみな助けることなど出来やしない。

しかし、他の子供たちにしてみれば、「僕らも同じように助けが必要なのに、なぜモモだけが援助してもらえるんだ。。。」という気持ちになるだろう。

リベリアの子供たちすべてを助けることなどできるわけもないし、とりあえずは一人でも二人でも、僕が関わりをもった子供だけでもサポートできればいい。。。そう思っていた。せっかく日本で集められた募金を、お金の用途がはっきりしない組織や団体に漠然と寄付することには抵抗があったからだ。

内戦中にモモは「たまたま」僕と出会い、僕の写真に収まった。一方スティーブは「たまたま」どこか別の場所にいたにすぎない。この単なる「たまたま」のせいで、現在モモは学校にいくことができ、スティーブは学びたくともその機会を与えてもらうことさえできないでいる。

もともと人生など公平なものではないけれど、スティーブの気持ちになってみれば、納得しがたいものを感じてしまうのも無理はない。

こういう援助の仕方について、僕にははっきりとした答えがみいだせない。しかし、これから先も、少なくとも同じ子供たちをサポートし続けていければ、とは思っているのだが。。。




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6 コメント

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答えはないように思います (**kom)
2007-02-14 14:15:37
私は前から思っていました。
多分それは邦さんと私の男と女の違いなのだとも感じていました。例えば、私の子がお菓子が欲しくて沢山の子と一緒にいたとする。そして、その中で数個のお菓子を近くにいた子が貰ったとする。

ああ、やりきれないなという思いが私にはありました。手を差し伸べる方もやりきれない。しかし、だからといってセンチメンタルになり誰にもお菓子をあげないよりは、誰かは貰った方がまだいい。そういう考え方でしか気持ちの整理はつけられない。そんな気持ちを持っていました。

学びたいと思いチャンスを与えられたことと学べない思いはどちらがどういいことなのかも分かりません。バネにする、という生き方もあるからです。しかし、教育ぐらいはなんとかならないか。そう邦さんの本を読んでずっと思っていました。

個人ができることをやって行くことと同時に、もし良かったら邦さんの会社で学校に子どもを通わせるというような内容の募金集めの旗ふりをしてもらえれば、時間をかけながらでも(いつからそうなるかは分からないけれど)学びたいと思いながらチャンスを得られない人々と彼らに学ばせたいと思う人々、また教育をしたいと思う人々が集うきっかけになるかもしれないです。しかもこの募金は、ある種のテストをして渡すなどという形もあっていいのかもしれないとも思います。(学資援助金的なもので返還も可。学校に何日続けないとダメなどの最低の規制あり)

個人的にお金を働きかけて集めることはできますが、やはり新聞などの会社を通して募る方が集まりやすいかとは思います(企業はイメージアップになるという点を使う)。そして、海外からの募金もまたそちらに流れるようなシステムを作ったり。現場を知る人が語る言葉を伝えていくことも大切なことだと思います。

前にもありましたが、募金を使うノウハウもまた「教育」が育むものだと思います。父親たちの世代もまた「学校に行きたい」とさえ語るのですから。もちろん最初はお金がどう使われるかはわからない。それでも、何かは生まれでると思います。

なんだか、システム作りなど他者に全てを依存するようなことを書いていますが、親がいない彼らを支えるのは私は教育だと思うのです。なんとかできないか、なんとかと考えながらもその答えは未だにでない。センチメンタルな思いではなくて、彼らが自分のチカラで自立し、自分の頭で考えようとする日を願えば募金がいろいろと問題になっている今ですが、その大切さも語り行動するのも今のような気がするのです。私は写真の展示によってそれらを広めていくこともできます。そういう人は多分沢山いると思うんですよ。

本当に何かいい方法はないでしょうか。
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不公平 (jojo)
2007-02-14 21:14:21
リベリアで内戦が起こらなければムスの腕は傷つかなかったし、アメリカがリベリアに黒人を解放しなければリベリアという国は生まれなかったし。
黒人を奴隷にしなければ、アフリカは昔のままだったし。

高橋さんがリベリアを知らなければ、この問題で悩まずにすんだし、リベリアへ足を運ばずお金だけを送っていればスティーブに会うことはなかったし、そのほかの子どもたちと会うこともないし。

知らなければ、何も悩まなくてすむ。
知っているから、悩むんだなって思いました。
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Unknown (miura)
2007-02-15 09:23:45
お気持ちはよくわかります。

私もアフリカ取材中に、青年に「学校に行きたい」と訴えられたことがあったので。援助がさかんな地域の人は、アプローチすることでなにかの機会がつかめるかもしれないので、とりあえず言ってみるというかんじで、さかんにおねだりすると聞きますが、村で抜きん出て英語がうまく、ほんとうに勉強が好きそうな人だと、彼に機会があれば…と思いました。

地域のなかで奨学金のテストをするというのも解決策のひとつかと思います。支援団体も援助物資などが平等に行き渡るようにするのも仕事のうちだと聞きます。

だけど、すでに関わった人たちというのは、日本でいう何かの縁ですから、長くつきあっていかれることが大事なのではないでしょうか。
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Unknown (硝子)
2007-02-15 23:46:47
本当に悩ましい問題ですね。個人でできることにも限界があるし、大きい組織を動かすのもこれも大変です
が、やはりみんなに「関心をもってもらう」ことがはじめの一歩として大切なのかもしれません。
どんなことすれば資金が集まったり、関心が集まるか
な・・と。以下突拍子もないこと書いていますが、何かのヒントになれば・・ならないかな(笑)

・高橋さんのHPで、高橋さんの写真のポストカードを販売。(季節に応じて、クリスマスカードや、日本人向けの年賀状なんてあるといいのですが!この前の「凍てつく湖」なども良いと思いませんか?)
・同じくスクリーンセーバーとか、電子メール用のレターパッドなど。
・HP上に「クリックすると募金」できるコーナー。
・「僕のみた戦争2003イラク」他を英訳して出版!(ポプラ社様よろしくお願いします。)
・シカゴ市内の小学校、中学校で巡回写真展や高橋さん自らの講演

あとは、会社にバックアップしてもらって
・定期的なリベリアリポート(記事で紹介され、ギフトは養女として引き取ってもらえたのですから、やはりメディアの力は大きいと思います。第2、第3のギフトが誕生するかも)
・リベリアスタディツアー(フォスターホーム訪問とか、結構関心高い人は行くのではないでしょうか?)
・フェアトレード(何かのイベントの際に、リベリア人コミュニティや教会の方など慈善団体の方などにご協力いただいて・・)

やっぱり、とりとめがなくなってしまいましたが・・









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Unknown (硝子)
2007-02-21 20:57:08
続けてすみません。とりとめのない感想や的外れな意見を書き込んで「しまった」と思うこともしばしばです。どうかお許しください。今日は、罪滅ぼしに?こんな記事をみつけました。世界の医療団という人道医療支援の国際NGOが、「リベリア・平和への道」写真を通じての証言活動として世界の医療団とマグナム・フォト社の取り組みを紹介しています。
戦争が終結し、国際機関、NGOが役割を終えて国を離れ、次第に「忘れ去られる」国々。その記憶をよみがえらせ、国際社会の援助をいかに必要としているかを理解する手がかりに・・復興のひ弱で危うい側面を写真というメディアを通して明るみに出す活動ということだそうです。80枚もの速報写真が世界の医療団、マグナム・フォト社のHPで閲覧できるそうです。アクセスした世界の医療団は本部のHPなのかフランス語らしく、どうしようとおもいましたが、写真を見る段階で「英語」もありました。(だからといって理解できるわけじゃないのですが)写真だけでなく音声もあって、わからないながらもなかなかの臨場感でした。日本語版があればいいな・・と思いました。高橋さんが瞳PHOTOSのインタビューの中でもおっしゃってましたが、写真が「紛争国でも平和な国でもその子供たちがなにかを感じてくれて、将来の戦争を起こさない抑止力」になる希望、を語っておられましたが、写真を通じての人道支援もとても素晴らしいことですね!
世界の医療団 リベリア:平和への道の記事は・・
http://www.mdm.or.jp/news/news_20070220.php
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ほんとうに。 ()
2007-02-23 06:54:14

本当に、困っている人をみんな助けてあげられたらいいのにね・・。
教育って大事ですよね。子供をちゃんと育てれば、その国は確実に安定し、繁栄するのですから。

仏教のお偉いさんが
「どんなに万人の幸せを願って施そうとも 万人を救うことはできない。ならば自分にできるのは読経をすることだけ。。」とおっしゃっていたそうですが。

ならば。自分にできる事をしていくしかないものね。
「むくどりのひとしずく」っていう本をご存知ですか?

 クニさんはメッセンジャーとして、がんばっていると思います。現金を出して学校に通わせてあげるのは無理でもね・・・。

さ、私は自分の役割をがんばるかな。
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