ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

心の宝石箱を開いて

2016年09月13日 | えっせー
☆ 幸せだった思い出
 自分にとって成功体験や、幸せな思い出は「心の宝石」だと私は
思っている。その中には初めて頂いた印税、講演料などの記録や
読売新聞から取材を受け、その記者からの手紙、凄く売れた
「リラックスで人生が変わる」(同文館出版)の文庫化依頼の
手紙、また「執筆者大事典」の収録依頼など、色々入っている。
 実は先日精神世界をご教示頂いている先生から「第三脳室」
と言う言葉を聞いたが、それは私にとっては初めて聞く言葉だった。
 私が医学用語も、時代と共に変化するようで、ネットで調べて
初めて知った。大脳生理学(現在では脳科学と言うようだが)
を学んだのは、催眠法を習い始めて、その必要性を感じて、並行
して学習したがそれは大昔のことだった。
※「私は自分をこう変えたい」掲載写真

 それからしばらくして、三冊目の著書「私は自分をこう変えたい」
(同文館出版発売)が出たが、その中の3章は
「大脳の不思議な世界をのぞくー大脳生理学者品川嘉也先生に聞く」
だった。その頃右脳開発で超有名で、私の俳句の先生でもあった
日本医科大教授にお願いした対談だった。
 それは私にとって最高の成功体験だった。超有名な品川教授との
対談は、大脳の知識がなければ絶対にできない。
 それは京王プラザホテルの一室で、編集者とライターと4人で行われ
その後食事をご馳走になった。あのときの幸福感は一生忘れないほど
私は高揚していたので、しばらくそこに残って、誰もいない部屋でコーヒー
を飲みながら、その余韻を十分楽しんだ。

 こんな幸せを形で残せないかしらと思って、しばらく考えその頃先生は
フランス製のピンクや、ブールーなどの美しい吸い口のたばこを吸って
いらした。(その時代は男性はほとんど吸っていた)
 ヘビースモーカーらしく、灰皿にはキレイなたばこが沢山残っていた。
「これを記念にしよう」とピンクとグリーンのたばこを持って帰った。
 それをラップで包んで、リボンをつけた「心の宝石箱」にそっと収めた。
それにはこう書いてあった。「平成2年8月、京王プラザホテル瑠璃の間
「私は自分をこう変えたい」3章、品川嘉也先生に聞く、対談時の先生の
たばこのすいがら」色はあせたが、まだピンクとグリーンは分かる、先生
はもう大分以前に亡くなられたが・・・初めて先生から聞いた「第三脳室」
から、私はまた懐かしく幸せな気持ちを再体験できた真夜中だった。

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