小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

大岡 信 編訳『小倉百人一首』をテキストに語り合う(その2)

2017年08月10日 21時21分50秒 | 文学
        







【各歌感想】

 それでは、私が選んだ十首について、簡単にその感想と批評を述べてみます。とはいっても、この十首に絞るに当たっては、たいへん迷いました。恋歌だけに限定しても、心に響く捨てがたい歌がたくさんあるからです。ここに掲げた歌には、文句なく「入選」するものもありますが、こっちは捨ててやっぱりあっちを拾っておくべきだったかなあ、というのもあります。そういう未練がましい思いがいつまでも残りました。

   ●十九                    伊  勢
 難波潟 みじかき蘆の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや


 「みじかき蘆のふしの間」という表現はきわめてわかりやすく、誰にでもピンとくる。一本の短い蘆にすぎない一生の、そのまた短い節と節との間。この喩は、それだからこそ、下の句に直接つながる切迫感の演出に成功している。「過ぐして」は、今風に「毎日を過ごす」というのとは違って、それだけで生が終わってしまうことを暗示しているので、よけいにその直情的な強い思いが伝わってくる。


   ●四十                    平 兼盛
 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
   
 これは二重の倒置法が効いている。「わが恋は しのぶれど 物や思ふと 人の問ふまで 色に出にけり」が散文的な順序。また、真情が他人に覚られるところとなったという誰にでも心当たり感のある事情を素直に歌い上げながら、そのことを通して秘密を隠しおおせなくなった恋の苦しさを明快と評すべきほどに表出させている。できそうでできない、コロンブスの卵のような歌。


   ●四十一                   壬生忠見
 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか


 まだ内に秘めたる片恋の思いを初々しく表現している。先の四十番と同工異曲ともいえるが、違いは、こちらがまだ思いを遂げていない点であろう。それなのに、人々がもう噂し始めている。それなら、この恋はあきらめるしかないのだろうかという哀しい気持ちが、最後の係り結びによる「思ひそめしか」という強い詠嘆の表現にとてもよく現われていて、深い共感を呼ぶ。上の句と下の句の転換のさせ方も鮮やか。ちなみに「名」とは浮名のことで、この時代、口さがない噂を恐れる気持ちは尋常ではなかったようだ。女性の歌によく登場する「名こそ惜しけれ」は、世間に顔向けできなくなって死ぬほどにくちおしいという意味である。


   ●四十三                 権中納言敦忠
 逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり


 大岡さんの解説では、一夜を過ごした直後に歌われたとなっているが、ここはどうしても「昔」という言葉に引きずられるので、瞬間の心情であるよりは、恋が成就した後の長い悩みの時間もはらまれていると読みたい。もっとも大岡さんも、「恋の切なさ一般を歌いえている」と的確に評している。現代では、恋愛をただ素晴らしいことのように喧伝する風潮が目立つが(そのくせ、大した恋愛など成立しにくいのだが)、本当の恋というのはこのようなものであろう。


   ●四十六                   曾禰好忠
 由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな


 一見関係のない上の句を、「恋の道」に結びつけた技が鮮やかである。それでいて、意味上の不自然さはまったくなく、第三句から第四句へときわめてスムーズにつながっている。海人や船人にことよせた歌は多いが、この歌では、「由良の門」という地名にちなんで、「ゆらゆら」とあてどなくさまようイメージと、「かぢを絶え」で、波の高さに茫然として舵からも手を離してしまった船人の寄る辺なさとを重ねることで、あれこれと心惑う「恋の道」の視覚的な喩を形成し、それを最後の一句に見事に活かしている。


   ●五十                    藤原義孝
 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな


 思いを遂げた時のこの上ない喜びを何の衒いも凝った技巧もなく一気に歌い上げている。「君がため」に命をかけるのは、いわゆる「男気」というものである。もっともこの場合の「惜しからざりし命」は、君と添えるならという意味で、愛する者を救うために命を捨てるというのとは少し違う。それはともかく、思いを遂げた後は、幸福感のために、これがいつまでも続いてほしいという、一種の未練ともまがう「たおやめぶり」を示している。とかくおおげさに見栄を張りがちな「ますらをぶり」からの転換がここにある。それだけに一層、エロスの真実に迫りえている。


   ●五十四                  儀同三司母
 忘れじの 行く末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな


 今度は女性の側からの喜びを歌った歌である。先の五十番と比較すると面白い。この時代、女性は、たまさか訪れてくれる男のあてにならない約束をいつまでも待たなくてはならなかった。あなたはいま末永く決して忘れないと約束したけれど、それは当てにならない――これは女性にとって自明だった。その習俗が強いる事実が、女性に独特の屈折を与え、それが男のような単純な喜びを歌にするのとは違った複雑な陰影をもつ言葉を紡がせたのである。今日のこの喜びのまま死んでしまったほうがよいと一気に詠まれた下の句が、それを端的に表している。ちなみにこの行き詰まるような心情は、後世、近松が描き出した傾城の女の一途な恋心にそのまま通じている。


   ●五十六                   和泉式部
 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな


 これは解説不要。ダントツ一位。あえて野暮なことを言えば、迫りくる死の予感の中で、いよいよ高まる男への思慕の気持ちを「一目会いたい、一目会いたい」と祈りのように表現しているが、そうした鬼気迫る切迫感は、一種の宗教性すらおびている。女性は男性と違って、性愛の対象を自分の心に叶う一点に絞り、そこに情熱を集中させる。少なくともそれを理想としている。和泉式部はそのことをよく知りつくしていて、それを言葉にしたのである。彼女が実際に死の床に伏していたかどうかはあまり問題ではない。近代では、与謝野晶子が近いが、近代特有の夾雑物がややそれを妨げているかもしれない。


   ●五十八                   大弐三位
 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする


 この歌は「猪名」=「否」、「風」=「そよ」、「そよ」=「そうよ(肯定)」と、入り組んだ技巧に満ちている。これは、後に述べるように、地名とそれにちなんだ自然物を言えばすぐにその含みが理解されるような「隠語=共通語」を歌の起点として選んでいる。大岡さんの解説に、「通ってくるのが間遠になった男が自分のことは棚に上げて、『あなたのお気持ちがつかめなくて』などと言ってきたのに対して、上品な皮肉をこめて」返したとある。女性の返歌には、機知を利かせて痛烈な肘鉄を食らわせるものもあるが(たとえば清少納言の六十二番)、この女性のそれは、「否などと言ったことがあって? どうしてあなたのことを忘れたりするでしょうか」とやんわりと、しかも艶っぽく応じている。ある種の成熟した娼婦性と呼んでもいい。男はたまらず会いに行ったのではないか。何よりも風物の流れと、濁音を抑制した音韻の響きが美しい。


   ●八十九                  式子内親王
 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする


 この歌の作者・式子内親王は、幼い頃から斎宮を務め、病弱でもあり、またその地位からして(後白河天皇の第三皇女)、かなり窮屈な生涯を送らざるを得ない運命に置かれたようだ。高位であること特有の辛さがいつも付きまとっていたであろう。生涯独身で晩年には出家している。おそらく男と契りを交わしたことはなかったと思われる。そのせいか、「忍ぶ恋」を歌にしたとき、まことに心の底から絞り出すような真実味溢れる作品として結晶した。生きつづければ忍ぶ力が尽きて恋心が表に出てしまうだろうという独特のレトリックは、比類がない。ちなみに相手が誰かという下世話な興味がかき立てられるが、定家、法然などの説がある。事実を歌ったものとすれば、定家よりも法然のほうが可能性が高い。ある高位の尼僧の臨終の際に、法然が、お側に参じたいけれども諸般の事情から叶わないという意の長文の手紙を送っているからである。しかし、おそらくは、単なる題詠であるというのが真相に近いだろう。
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