小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

危ないぞ安倍政権(1)

2013年11月11日 23時17分11秒 | 政治

危ないぞ、安倍政権(1


 ここ数日の報道を見ていて、現在の政府が取ろうとしている経済政策の方向性について、これはどうも国益(国民の福利)の観点から見て賛成できないと思えて仕方がないので、その点について書いてみます。
 論点は三つあります。

 ①TPP交渉参加
 ②成長戦略としての設備投資減税
 ③消費税増税


 上記3点に関して、私はいずれも反対ですが、安倍政権は、③については未決であるものの、①と②については、どんどん押し進めつつあります。これは下手をすれば安倍政権の安定維持を自ら崩す結果につながるのではないか。
 もとより私は、経済問題に関しては一介の素人です。現時点の知見の及ぶ範囲で一生懸命書いてみますが、見当違いを犯しているかもしれません。その節は遠慮なくご指摘ください。

①TPP交渉
 先日、ブルネイでの交渉開始直前に、米通商代表部ののフロマン代表が急遽来日し、TPPの年内妥結は可能だという意味のメッセージを残していきました。不思議なのは、日本国内には、農業団体のみならず、TPPに反対の勢力が多くあるにもかかわらず、交渉関係者の間で、だれも「なぜそんなに妥結を急ぐのか」と正面切って反論した人がいなかったという事実です。
 ウォールストリート・ジャーナルによれば、「日本政府は対象農産品に関する関税の保持を公約しているが、フロマン氏は、センシティビティ(重要品目)は『交渉によって解決されるべき』とし、米国の目標を『関税撤廃を含む高水準で野心的かつ包括的な合意』とした」http://newsphere.jp/world-report/20130820-2/
 これは、はっきり言って情けない。アメリカ交渉団は、日本の要求を飲む気が初めからないのです。日本の交渉団の人たち、急げ急げとけしかけているこの居丈高なアメリカに対して本気で対決する気がありますか。
 またファイナンシャル・タイムズの伝えるところによれば、アメリカが妥結を急ぐのは、EUとの貿易交渉を終わらせるために来年、連邦議会の承認が必要なためです(ソース同前)。それはアメリカの一部勢力のお家事情。何も日本がそれに同調する必要などまったくありません。またもや日本の経済外交筋は、アメリカのしたたかなテコ入れ政策に完全に押し切られているではありませんか。
 そもそもTPPにアメリカが途中から参入してきた最大の理由は、この協定が、一部グローバル企業及びその株主の利益にかなうからです。このことは、この協定書の作成がウォール街の一部勢力を中心に、徹底した秘密主義の下に進められてきたことだけから見ても明らかです。公開すれば、世界各国の国益を損なうものとしてごうごうたる非難を浴びるに決まっているからです。
 この協定の主たる内容を見ればそのことはもっとはっきりします。関税の撤廃だけではなく、保険事業や混合診療や新薬規制の自由化、遺伝子組み換え食品の非表示、企業が他国を訴えられるISD条項、雇用の自由化など、非関税「障壁」の撤廃がふんだんに盛り込まれていて(特に、最後の2つは重要です)、どれをとっても、特定のグローバル企業が他国の経済に勝手気ままに侵入するのを許すものばかりです。
 日本の保険事業はすでにアフラックに蚕食されつつありますね。混合診療の自由化は、富裕層ほどいい医療を受けられる結果になりますから、当然貧困層への医療は後回しとなり、苦労して作り上げた日本の素晴らしい皆保険制度を壊していく第一歩となります。遺伝子組み換え食品の非表示は、消費者の選択の自由を奪います。
 ISD条項は、グローバル企業が一国の規制によってその国への参入を阻まれていると感じた場合には、自分たちに都合のいい弁護団を大量に駆使して勝手にその国に対して訴訟を起こすことができる国家主権破壊条項です。
 雇用の自由化は、日本の良き雇用慣習を壊し、使い捨ての非正規雇用や日本の繊細な文化・技術を知らない外国人単純労働者を大量に増やすことにつながるでしょう。すでにそうなりつつあります。
 そのくせ、知的財産権(特許など)の保持・期間延長に関しては、アメリカ交渉団は最も強硬に保護主義的な姿勢を守ろうとしています。それが彼らの既得権だからです。交渉に参加している新興国からしてみれば、それでは困るので、反対の態度を鮮明に打ち出しています。
「自由は普遍的価値だ」というバカバカしくも抽象的な理念を信奉することから目覚めましょう。こと経済に関しては、こんな理念は成り立ちません。あなたは信頼関係が確立していない他人に、「ドアはいつでも開けておくからいつでも入ってきていいよ。その代り、あなたの家にも自由に入るからね」などと言いますか。
 一つ一つの協定条項が具体的に何を意味するかをよく見ましょう。甘利担当相はじめ日本の交渉団は、これらのほとんどが日本の国家主権と国益を損なうことを認識せず、またしてもアメリカの一部勢力のお先棒担ぎをやっているのです。これは乱暴に言えば、経済版GHQなのです。
 しかしここで重要なことは、けっしてアメリカ国民が一枚岩的にこの協定に賛成しているわけではないということです。戦後日本人は、とかく自意識(対他者意識)過剰気味のところがあり、国際舞台で、対米、対中というように相手国を一つのまとまりとして見なしがちです。反米、親米、嫌中、媚中、これらのわかりやすい感情的な枠組みにはまっている人たちは、その点では共通しています。
 しかしTPPに関して言えば、アメリカの製造業者は、デトロイトの惨状を見てもわかるとおり、関税撤廃に大反対ですし(ちなみに自動車では、アメリカは日本に2.5%の関税をかけていますが、日本はアメリカに対して無税です)、多くのアメリカ国民は、自国の産業の衰微と生活の逼迫を懸念してこの協定に反対の声をあげています。この反対にはそれなりのリアリティがあります。
 もともとアメリカの社会保障はほとんど機能していません。経済評論家・三橋貴明氏の「月刊三橋」8月号によれば、いまアメリカの経済格差ははなはだしく、富裕層と貧困層の平均年収の比は500:1だそうです。貧困層の平均年収が200万円とすれば、富裕層は10億円ということになりますね。保有資産価値ではありません。年収ですよ。
 アメリカ国内は、高額の自由診療が当たり前なので、貧困層はまともな医療を受けることができず、たいへん深刻な事態に陥っています。こういうことになるのも、アメリカが長年の間、「小さな政府」などと言って、自由競争原理主義を経済活動の基本としてきたからです。
 オバマ政権は、さすがにこの惨状を改善しようと社会保障制度の改革を試みたのですが、どうも一部ロビイストたちの活動によって骨抜きにされてしまったようです。
 それでは、TPP協定が通ることによってニンマリ笑うのは誰なのか。それはすでに述べたように、アメリカ政府でもアメリカ一般国民でもなく、新自由主義的な経済思想に支えられてたんまり儲けられる一部グローバル企業とその大株主(金融機関その他)だけなのです。彼らには、アメリカ国家や自国民の利益を守ろうなどという公共精神の持ち合わせが全くありません。日本のYさんやWさんと同じですね。それは私人である企業家としては当然のこととも言えます。
 しかしこんな人々の跋扈(ばっこ)によって、一国の政治が動かされるような状態を続けていると、やがては国民経済(経世済民)という概念自体が崩壊し、世界はそれこそ弱肉強食、間違いなく「万人の万人に対する闘争」という自然状態に帰結するでしょう。
 オバマ政権は、こういう新自由主義的な経済思想の危険性を十分把握したうえでTPP協定早期妥結という政策を打ち出しているのでしょうか。どうもそのようには見えません。というか、おそらく周辺の取り巻き勢力に内堀まで固められて籠絡されてしまったのでしょう。どこかの国のように。
 私が日本のTPP交渉参加を、「経済版GHQ」とあえて呼ぶのは、この協定をめぐる日本政府の態度に何ら国益を守るための独自の経済思想が認められず、初めからアメリカ様の「自由競争原理主義」理念のちょうちん持ちをやっているとしか思えないからです。これは「敗戦」の繰り返しなのです。
 しかもGHQよりさらに悪いのは、政治的信念を失った今のアメリカ政権が、自由競争原理主義で得をするごく一部の勢力の主張をそのまま通して政策として掲げ、それを世界に押し付けようとしている点です。そうして、そのことが見抜けない日本政府の相変わらずのダメさ、主体性のなさ。
 安倍政権は、財界、官僚、御用学者、御用マスコミに取り囲まれて、身動きが取れず、やむを得ず交渉に参加する羽目に陥ったのではないでしょうか。少なくとも、TPP参加を煽りつづけてきた新自由主義者の申し子である竹中平蔵氏一派と手を切らない限り、アベノミクスが真に国民のためになることなど望むべくもないでしょう。
 私には、「聖域なき関税撤廃には断固反対、これが通らなければ撤退も辞さない」という自民党の公約が、本当に貫徹されるとは到底思えません。ずるずるとアメリカ主導に従って要求を飲まされ、ほんのちょっとしたおこぼれにあずかるといったところが関の山でしょう。そもそも関税撤廃だけが問題ではないのは、上に述べたとおりです。
 ところで日本の大手マスコミのほとんどは、TPP問題の主要論点が、コメ、麦、乳製品などの農産品の関税撤廃だけにしかないような論調を張ってきました。これは意図的にしてきたのか、把握能力がなくてそうしてきたのかわかりませんが、結果的に一般国民からこの協定が持っている重要な問題点を隠蔽する作用を果たしてきたことは事実です。
 農業従事者は5%以下ですから、一般の都市住民の感覚からすれば、なんとなく食料は輸入に頼るしかないんじゃないのと思わされてしまいます。価格競争が起きてもっと安い品が手に入るならいいじゃん。自由貿易、国際化、うん、これからはそれしかないんだろうな……。
 しかし日本は政治的にも経済的にも、もはやぎりぎりのところまで「国際化」され切っています。国益を毀損してまでこれ以上「国際化」「自由化」する必要なんてどこにもないのです。下品なたとえで恐縮ですが、どこの世界に「タダで、だれでも私と寝ていいわよ」などと大股開きをする女性がいるでしょうか。
 繰り返しますが、TPP問題で重要な点は、農業問題だけではなく、むしろ国家主権が脅かされること、都市サラリーマンであるあなたが明日解雇されるかもしれないこと、病気になった時に十分な医療を受けられなくなる可能性が大きいこと、これらの点にこそあります。マスコミは問題点を農産品にだけ特化して、この協定が持つ全体的な危険性をこれまで前面に打ち出してきませんでした。その責任はとても大きいと思います。
 大手マスコミの中ではマシなほうである産経新聞が、ブルネイからの現地報告として次のように書いています(8月24日付)。

 この日の共同会見でも冒頭から、開催国ブルネイの閣僚ではなく、フロマン代表が共同声明をみ、米国主導を印象付けた。
 日本にとっても、TPPは「成長戦略の柱だ」(甘利氏)。交渉の時間がほしいにもかかわらず、協議の加速で米国に同調するのもこのためだ。
 ただ、米国は自国の都合で日本との関税交渉を後回しにし、新興国の間でも「主張を強硬に通そうとする米国主導の交渉に懸念を示す国は多い」(交渉筋)。実際、この日の共同会見では、米国が圧力を強める国有企業の扱いをめぐる現行案について、マレーシアのジャヤシリ首席交渉官が「懸念している」と反対を表明した。


 おいおい、今ごろそんなことを言うなら、なんでもっと早く、アメリカの強引さとそれに同調してきた日本の拙速ぶりを報じてこなかったんだい。日本の交渉関係者も、新興国マレーシアと同じように明確に「懸念」を示すべきじゃなかったのか。少なくとも、フロマン代表の来日時、「私たちは遅れて交渉参加して時間がなかったのだから、あなた方の都合にそのまま合わせるわけにはいかない」となぜ堂々と言えなかったのか。
 日本は立派な大国なのに、戦後からの対米従属意識(奴隷根性)は今も変わっていないのですね。この事態は、対等な同盟関係を大切にするということとは全く別の話です。こんな精神構造がこのまま続くようでは、「戦後レジームからの脱却」はまことにおぼつかないと言うほかはないでしょう。安倍さん、きついでしょうけれど、どうかしっかりしてください。

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