I feel ambience. ・・・spiceの不定期日記

何か書いて(描いて)更新していくよ
歩く黒歴史の手の付けられない話が続くよ
2011年8月20日~

週一食堂 その参(3)(一言:まだ自分でもすっきりした気がしません)

2013年06月20日 11時03分28秒 | 小説:週一食堂
 しばらく無言で食べ進める仁さんを眺めながら、さっきの違和感の正体について考えてみた。
 今の仁さんは、どこかよそよそしいのだ。正確には、私が思考回路がショートした辺りから。……やっぱり、嫌われてしまったのだろうか。安易に彼の過去を探ってしまったから。
 だとしたら、後悔の念が募るばかりだ。あくまで私はひとりの店員で、仁さんはひとりのお客さん。踏み入ってはいけない領域というのは明確に線引きされている。それを私は土足で――、
「さっきの話なんですけどね」
 唐突に、仁さんが口を開いた。一通り食べ終えたらしく、おかずの皿は見事に平らげて、お味噌汁を残すのみとなっていた。
 私に顔を向けた彼の表情はいつになく真剣で、私は緊張する。
「あれ、中学時代のことですからね。今はそんな関係じゃないんですよ」
 私は目を瞬いた。仁さんは続ける。
「もっともその中学のころだって、友達以上だったとはいっても恋人だったことは一瞬たりともありませんでしたよ。要は腐れ縁、いや幼馴染の延長ですね」
「わざわざ言い直すところですか、そこ」
 私が口を尖らせて皮肉っぽく言っても、
「言い直すべきところですよ。さっきは照れ隠しのように言ってしまいましたが」
 その姿勢、眼差しは変わらず、仁さんはすぱっと言ってのけた。
 なんだ、今日の仁さんは。真面目じゃない彼は毎週見ているのだけれど……こう、なぜだか人の目を惹く感じがする。今日だけ。
 今日だけ真面目な仁さんに、思い切って尋ねてみる。ともすれば伝わってしまいそうな感情を込めて。
「じゃあ、どうして今さら他人行儀なんですか」
 我ながら変なことを訊いたと思う。だけど気になったものはしょうがない。
 仁さんは頭をかいて、きまりが悪そうに答えた。
「……軟派なやつと思われたくなかったんですよ。まあ、たしかに今さらですし、下心がないと言えば嘘になりますが……。僕は、もちろんこの食堂を、ここの料理を気に入って毎週足を運んでいるわけですけどね、なにより小春さんがいつも迎えてくれるから、好んで来ているんですよ」
「――――っ、そう、だったんですか。べべ別に気にしてなかったですよ」
 危うくまた硬直しそうになるも、こらえた。どんだけ軽いんだ私は。
 だけど私にとっては動悸の激しくなる言葉の連続だった。頬の上気だけが、伝わってくる。こっちのほうが固まるよりだいぶ恥ずかしい。
 仁さんは……やっぱり軟派な人だ。

 ごちそうさま、と仁さんが言うのを見計らって、今度は私が話を始める。
「先週の中華そば、私が考えたもの……って話はしましたよね」
「ん? ――ああ、そうでしたね」
「……その、仁さんがラーメン好きだと聞いていたので、メニューに追加したら、喜んでくれるかなって。でも、『惜しい』って言われて。それがちょっと、悔しかったんですかね。その、もし私が不機嫌そうに見えたのなら、そのせいかもしれません。不快な気分にさせたのなら、ごめんなさい」
 私が頭を下げると、今度は仁さんのほうも申し訳なさそうに、
「いや、あ、あれは……僕の言い方が悪かったんです。試作品と言っていたから、改善点を教えてほしかったのかと……。まさか僕のために考えてくれたものだったなんて……すみませんでした」
 そして、互いに黙り込む。
 変な空気。でも私はむしろ心地よいとさえ感じていた。
 と、その空気を打ち破るかのように、仁さんはぽん、と手を打った。……実にわざとらしい。
「あ、そうだ、今日のさばの味噌煮、ものすごく美味しかったっておやっさんに伝えておいてください」
「はあ、そうですか」
 もっと言いたいことは山ほどあったけど、今日は、まあ、いいか。それはきっとお互いさま、ということなのだろう。
 今週も、私の“居場所”はここだったのだ。

 その参、了。

週一食堂 その参(2)(一言:次回は誰視点にしようか迷ってます)

2013年06月20日 11時00分05秒 | 小説:週一食堂
「へ? 急になにを」
 ほら、向こうも困惑しているじゃないか。仁さんにだって、答えにくい話はある。
 ……はずなのだけれど、
「……まあ、ええ、はい。中学のときは、それに似た関係だったころもありました」
「あ……そ、そうなんですか」
 彼はきっぱりと、それもいつになく丁寧な言葉遣いで言ってのけたのだ。おかげで、逆にこっちが戸惑う羽目になる。
「な、ならああああれですかもう既にてててっつないだとか、きっきききききしゅとか」
「小春さん――小春さん!?」
 私の演算処理能力が低下。バックアップはとっていない。早急に頭、とくに頬を重点的に冷却する必要があるようだ。
 私が次に平常心を取り戻したのは、食堂の料理人、おやっさんに呼ばれたときだった。どうやら私は卒倒したというわけではなく、ただその場でしばらく突っ立っていただけのようであった。
 私は調理場で渡された料理を仁さんのもとへ運ぶ。ここで手が尋常ならざるほどに震えていたのは、運んだ料理が重かったからだ。断じて緊張していたからではない。
「お、お待たせ、しました」
 やや上ずった声になるも、そこは大した問題ではない。
「いやぁ、さっきは焦りましたよ……大丈夫ですか」
「え、ええ。朝から少し調子がよくないだけです」
 などと口から出まかせを言い、同時に私は仁さんの口調に妙な引っかかりを覚えた。
「そうですか。でも無理はしないほうがいいですよ?」
「いえ、そんな大したほどでは……そ、それより今日の定食見てくださいよ」
 下手な嘘で余計な心配はさせたくない。私は話題を変えた。
「ああ、うん。……あれっ」
「驚きました?」
 あと、仁さんが拍子抜けするだろうことも分かっていた。
「これ、さばの味噌煮ですよね。今週はやけにシンプルですね」
「そうですか?」
 そうですよ、と仁さんは苦笑する。
「だっていつもは、こう、なんらかの工夫を凝らしていたり、新しい趣向を試した料理だったりじゃないですか。僕みたいな物好きに出すみたいな」
「……まあ、そうかもしれないですね」
 その指摘には、一部同意する。というか、全力で同意する。……仁さんが物好きだという点に。
 もともと週一食堂の「週替わり定食」は、ここの料理人、おやっさんの遊び心から生まれたものだ。毎度予想外の料理を出してくるものだから、今では一見さんを除いて仁さんしか頼まないメニューとなっている。そもそもその一見さんも来る数が少ないし、また多少噂話でも広まっているのか、訪れる客は皆無難なものを頼んでいくのだ。
 だからおやっさんも私も、実質仁さんだけに出すつもりで、早い段階に「週替わり定食」はお品書きから外してあった。
 しかしながら、今回は比較的無難な部類に入る料理。
「でもあえてこういう路線のものも、たまにはいいじゃないんですか?」
「ふむ……たしかにたまにはいいですね。さばの味噌煮は僕の好物ですし」
 ひとまず納得したのか、いただきます、と手を合わせて彼はそれに箸をつける。

週一食堂 その参(1)(一言:次回はまた来月以降になるかと)

2013年06月20日 10時53分28秒 | 小説:週一食堂

 ここは、田舎とも、都会とも言い難い町、蟹沢。最近カニサワさんなるマスコットが誕生したらしいけど、地元の人にすら浸透していないのだから、やはり都会のように人と街が発展しているというにはまだ遠いのだろう。
 私、及川小春は、この町にある食堂で週に一度働いている。特に経済的に困っているわけでもない……というか、その食堂自体、週に一度しか営業していないので収入としてはいささか頼りない。でも、私はこの仕事を割と楽しんでやっている。
「なにかと都合のとりにくい」私にとって、楽しんでできる仕事というのは、もはや運命的だとしか思えなかった。
 そこが私の“居場所”となるのに、そう時間はかからなかったのだ。

 週一食堂 その参。
 私の働く食堂には、毎週欠かさず来てくれる、いわゆる「常連さん」が一人いる。思えば、開業して初めて来たのも彼だった。
 そんな彼は、毎週この曜日は大学の午後の講義がないらしく、手持ち無沙汰でここを訪れているらしいのだが……ちゃんと勉強しているのだろうか。
「いやー、ぎりぎりなんとかなったよ」
 彼、仁さんは先週の一件を忘れているのか、私があえて触れないでいた先週の話の顛末を語っている。本名は鷹仁と書いてタカヒトと読むらしいのだけれど、私はジンと呼ぶことにしている。
「波田が前日に要点教えてくれてさ、おかげで単位落とさずに済んだんだ」
 仁さんは来店してからというもの、ひたすら「助かった助かった」と言い続けている。
「ハタ?」
 彼の話で初登場した人の名を私が反復すると、彼はまさに“はたと”気づいたように言う。
「ああ、波田? 波田沙雪っていうんだけど、小中と学校同じで、大学でまた会ってさ。僕なんかより頭いいから、受ける講義が同じときはたまに教えてもらってるんだよ」
 む……。それはいわゆる、
「幼馴染ってやつですか」
「うーん、というより腐れ縁、かな」
 腕を組んで首を傾げる仁さん。なんとなくその仕草がわざとらしく見えて、私はまたしてもむっとした。
「変わらないですよ。それに腐れ縁でも、縁は縁ですもんね。ちゃっかり再会してますもんね。だから今日も上機嫌なんでしょうね」
「たしかに、波田には迷惑かけたり、感謝してたりする面もあるけど……小春さん?」
「なんですか」
 我ながらとげとげしく応じた、と思う。
 仁さんはその態度に怯まず、しかし極力控えめ、といったふうで訊いてきた。
「そういう小春さんは、今日はなんだかご機嫌ななめみたいだね」
「そう見えるなら、そうなのかもしれませんね」
 また突き放す。すると仁さんは考え込むように拳を口に当てて、
「あ……いや注文は来たときにしたしな……」
 と呟き始めた。彼なりに私が今日冷たい対応をしている理由(普通のお客さんだったら、私のこんな態度を許さなかっただろうに)を考えてくれているみたいだけれど……そこじゃないってば。
「……はあ、もういいです」
 仕方がない、仮にも常連さんなのだから、私情は忘れて私もできるだけ普段通りに接しよう。
「それより仁さんは、その波田さんとはお付き合いでもされているんですか」
 と思っていたらこんな質問が口をついて出た。なにを訊いているんだ私は。

週一食堂 その弐(3)(一言:次回は6月以降になるかと…)

2013年05月16日 08時10分06秒 | 小説:週一食堂
「さ、伸びないうちに召し上がれ!」
 早く感想を聞きたいのか、彼女の語気が荒い。「うずうず」と擬音語が目に見えるんじゃないか、というほどに。
「それじゃ、いただきます」
 そう言って手を合わせてから、箸をまず麺へと向ける。ちぢれた中太平打ち麺。僕の馴染みのラーメン屋もこんな麺だったなあ……と思いを馳せつつ、すする。
 うん、美味い。しかし……この一口で、ふと違和感を覚えた。それがいい意味だったのか、悪い意味だったのかは、今のところ分からなかった。
「ふむ、では次は具材たちを」
 独り言のように呟いて、今度は具材のチャーシュー、メンマ、ナルト、味玉の順につまんでいく。
 これらも各々隠れすぎず、目立ちすぎずな味の主張性があり、シンプルで分かりやすい、中華そばの魅力を引き立てている。これ、新メニュー一つのために仕込むクオリティじゃないよね。
「いや、でもこれは……」
 時々不安そうな小春さんの顔が視界にちらつくが、なにか言うのはひと通り食べてからにしよう。
 最後に、ほったらかしにしていたれんげを持ってスープをすくう。今一度その香りを堪能してから、一気に飲む。舌先に伝わるこの風味は魚介類をベースにしたのだと教えてくれる。
 そして、一言。
「うん、スープが惜しいね」
「えぇっ!?」
 最初に感じた違和は麺のほうではなく、麺に絡んでいたスープに、だったのだ。
 このスープ、魚介の生臭さが完全に消えてはいないのだ。逆にその味をよしとするグルメもいるにはいるが、なにせ他の具材たちがあまりにオーソドックスで美味しい組み合わせであるがゆえ、どうしてもこのクセのあるスープだけが浮いてしまうのだ。
 それを説明すると、小春さんは納得がいかないのか、
「大変おこがましいとは思うんですけど、ちょっとスープだけ飲ませてもらっていいですか」
 眉をひそめて僕のすぐ傍まで来た。
「えっ、あ、ど、どうぞ」
 戸惑いながらも僕は小春さんへ器を差し出す。器ごと持って飲んでもらおうとした。だが、彼女はぷかぷかスープの上で浮いていたれんげを取って飲ん……あ、飲み干す前に“それ”に気づいて中途半端に彼女は硬直してしまった。
「あの……小春さん。このタイミングで訊くのも悪いんだけど……スープのお味はどう?」
「――――っ、分かりません!」
 乱暴に器とれんげを叩き付けられ、スープがお互いに軽くかかる。そんなことなど意に介さず、彼女は真っ赤な顔で調理場の奥へと走り去って消えた。
「うむ……あの反応はどう解釈したらよいものか……」
 僕はそれ以上なにかを呟く気になれなかった。残った中華そばを無言で食べ進める。麺をすすり、具材たちを噛みしめ……そして、“先ほど小春さんも使った”れんげを見て……それをお盆に置いて器ごとスープを飲む。
 ただそうしながら、今の小春さんの面白い反応を、記憶に焼き付ける作業に時間を費やしていた。
 ……大事な授業の単位を落としそうだということなどすっかり忘れて。

 その弐、了。

週一食堂 その弐(2)(一言:今回は仁さん視点で、次回は小春さん予定です)

2013年05月16日 08時05分53秒 | 小説:週一食堂
 それはそれとして、やはり「お楽しみ」というのは気になる。定食は毎週楽しみにしているし、彼女も前回僕のメモ帳を見てそれは知ってくれているはず。ならばなにか別の……。実体の掴めないまだ見ぬ料理に胸が膨らむ。あ、そういえば関係ないけど、小春さんの胸にもなかなかの膨らみが――――
「仁さん、今よからぬことを考えてますよね」
 僕の心臓がきゅっとしぼんだ感覚がした。いつの間に戻ってきていたのか、小春さんが眼前で目を細めていた。いや、目の前に彼女がいた(それがあった)から無意識に思考を巡らせていたのか。
「ひっ! こ、小春さん? そそそそんなことありませぬよ?」
「怪しい、というより決定的じゃないですかその返事……」
 呆れ顔でため息をつかれる。まあしかし、彼女の遠慮ないこの言動は、僕に多少なりとも気を許してくれている証なのだろう。そう思うと少しは楽だ……というか、そう思わないと心が折れそうになる。
「仁さん、ご注文の品、もう少し時間がかかるみたいなのでお待ちを。せっかくですから、その間に勉学にでも励んだらどうです? こちらに来ていただけるのは嬉しいですけど、一分一秒も惜しいのでしたら、できる限りの努力はすべきだと思いますよ」
 次々と繰り出される正論に、僕は「はぐっ」とか「んがぁ」とか呻いた。これもきっと、僕を想ってのことなんだろうそうに違いない。
「た、たしかにそうだね。じゃあ、お言葉に甘えて……」
 一秒が惜しいというのは事実なのだ。僕はショルダーバッグからクリアファイルを取り出し、挟んであった「精神保健」に関するプリント類を見る。
 その内容を垣間見た小春さんが意外そうな声を上げる。
「……え、仁さんって、もしかして医学部だったりするんですか?」
 僕は片手を振って否定する。
「違う違う。僕は人文学部だけど、この科目のあるテーマに興味があってさ」
「あるテーマって?」
 当然のごとく尋ねてくる小春さん。僕も小春さんに、ただ呆れられるばかりではないのだと、ちょっとだけ鼻を高くした気分で答える。
「人がなぜ“不安”を感じるのか、また定義の異なる二つの“不安”について、というような内容なんだけどね」
「へぇ……不安、ですか」
 予想通り、小春さんは感心したような言葉を漏らす。やった、彼女も少しは僕のこと、見直してくれたかな?
「で、その単位が危ういと」
「ぎゃん!」
 鋭利な刃物を思わせる、辛味の強い小春さんの一言に、またしても某公国軍の機体名を叫ぶ羽目になった。なんだ、「ぎゃん」という叫び声は……。
「ふふっ、相変わらず仁さんは面白いなぁ」
 鋭い一言のあとの、柔らかな笑み。……小春さんのほうこそ、相変わらずアメとムチの使い方の上手なこと。
 それから二人でプリントを眺めているうちに、小春さんが調理場の奥のおやっさんに呼ばれて早足でそちらへ。僕がクリアファイルなどを片付け終えたころ、再び顔を見せた彼女の両手には深めのどんぶりを乗っけたお盆が。あれ、ご飯や汁物は今回ないのかな?
「お待たせ致しました。本日の週替わり定食、『中華そば試作型』です」
 そっと置かれたお盆。その上を見れば、なるほど、どんぶりを満たしているのは油の浮いた黒のスープに浸る麺と具材たちだ。絶え間なく立ち上る湯気が食欲を誘うのは必然的だ。しかしこれは……。
「定食、なのか……いやいやそんなことより、試作型とは……?」
「えへへ、やっぱり気になっちゃいます? それ、私が考えた料理なんですよ」
 小春さんが考案したというこの「中華そば」、彼女によれば食堂の新メニュー候補の一つとして「試作型」と呼んでいたらしい。
「毎週来ていただいている方ですし、週替わり定食を頼むのも仁さんくらいなものなので、せっかくですから味見してもらって感想を聞こうかと」
 ……聞こえはいいが、それって単に今週の定食が思いつかなくて、どうせだからと常連に毒見させようとしてるだけなんじゃ……。