しばらく無言で食べ進める仁さんを眺めながら、さっきの違和感の正体について考えてみた。
今の仁さんは、どこかよそよそしいのだ。正確には、私が思考回路がショートした辺りから。……やっぱり、嫌われてしまったのだろうか。安易に彼の過去を探ってしまったから。
だとしたら、後悔の念が募るばかりだ。あくまで私はひとりの店員で、仁さんはひとりのお客さん。踏み入ってはいけない領域というのは明確に線引きされている。それを私は土足で――、
「さっきの話なんですけどね」
唐突に、仁さんが口を開いた。一通り食べ終えたらしく、おかずの皿は見事に平らげて、お味噌汁を残すのみとなっていた。
私に顔を向けた彼の表情はいつになく真剣で、私は緊張する。
「あれ、中学時代のことですからね。今はそんな関係じゃないんですよ」
私は目を瞬いた。仁さんは続ける。
「もっともその中学のころだって、友達以上だったとはいっても恋人だったことは一瞬たりともありませんでしたよ。要は腐れ縁、いや幼馴染の延長ですね」
「わざわざ言い直すところですか、そこ」
私が口を尖らせて皮肉っぽく言っても、
「言い直すべきところですよ。さっきは照れ隠しのように言ってしまいましたが」
その姿勢、眼差しは変わらず、仁さんはすぱっと言ってのけた。
なんだ、今日の仁さんは。真面目じゃない彼は毎週見ているのだけれど……こう、なぜだか人の目を惹く感じがする。今日だけ。
今日だけ真面目な仁さんに、思い切って尋ねてみる。ともすれば伝わってしまいそうな感情を込めて。
「じゃあ、どうして今さら他人行儀なんですか」
我ながら変なことを訊いたと思う。だけど気になったものはしょうがない。
仁さんは頭をかいて、きまりが悪そうに答えた。
「……軟派なやつと思われたくなかったんですよ。まあ、たしかに今さらですし、下心がないと言えば嘘になりますが……。僕は、もちろんこの食堂を、ここの料理を気に入って毎週足を運んでいるわけですけどね、なにより小春さんがいつも迎えてくれるから、好んで来ているんですよ」
「――――っ、そう、だったんですか。べべ別に気にしてなかったですよ」
危うくまた硬直しそうになるも、こらえた。どんだけ軽いんだ私は。
だけど私にとっては動悸の激しくなる言葉の連続だった。頬の上気だけが、伝わってくる。こっちのほうが固まるよりだいぶ恥ずかしい。
仁さんは……やっぱり軟派な人だ。
ごちそうさま、と仁さんが言うのを見計らって、今度は私が話を始める。
「先週の中華そば、私が考えたもの……って話はしましたよね」
「ん? ――ああ、そうでしたね」
「……その、仁さんがラーメン好きだと聞いていたので、メニューに追加したら、喜んでくれるかなって。でも、『惜しい』って言われて。それがちょっと、悔しかったんですかね。その、もし私が不機嫌そうに見えたのなら、そのせいかもしれません。不快な気分にさせたのなら、ごめんなさい」
私が頭を下げると、今度は仁さんのほうも申し訳なさそうに、
「いや、あ、あれは……僕の言い方が悪かったんです。試作品と言っていたから、改善点を教えてほしかったのかと……。まさか僕のために考えてくれたものだったなんて……すみませんでした」
そして、互いに黙り込む。
変な空気。でも私はむしろ心地よいとさえ感じていた。
と、その空気を打ち破るかのように、仁さんはぽん、と手を打った。……実にわざとらしい。
「あ、そうだ、今日のさばの味噌煮、ものすごく美味しかったっておやっさんに伝えておいてください」
「はあ、そうですか」
もっと言いたいことは山ほどあったけど、今日は、まあ、いいか。それはきっとお互いさま、ということなのだろう。
今週も、私の“居場所”はここだったのだ。
その参、了。
今の仁さんは、どこかよそよそしいのだ。正確には、私が思考回路がショートした辺りから。……やっぱり、嫌われてしまったのだろうか。安易に彼の過去を探ってしまったから。
だとしたら、後悔の念が募るばかりだ。あくまで私はひとりの店員で、仁さんはひとりのお客さん。踏み入ってはいけない領域というのは明確に線引きされている。それを私は土足で――、
「さっきの話なんですけどね」
唐突に、仁さんが口を開いた。一通り食べ終えたらしく、おかずの皿は見事に平らげて、お味噌汁を残すのみとなっていた。
私に顔を向けた彼の表情はいつになく真剣で、私は緊張する。
「あれ、中学時代のことですからね。今はそんな関係じゃないんですよ」
私は目を瞬いた。仁さんは続ける。
「もっともその中学のころだって、友達以上だったとはいっても恋人だったことは一瞬たりともありませんでしたよ。要は腐れ縁、いや幼馴染の延長ですね」
「わざわざ言い直すところですか、そこ」
私が口を尖らせて皮肉っぽく言っても、
「言い直すべきところですよ。さっきは照れ隠しのように言ってしまいましたが」
その姿勢、眼差しは変わらず、仁さんはすぱっと言ってのけた。
なんだ、今日の仁さんは。真面目じゃない彼は毎週見ているのだけれど……こう、なぜだか人の目を惹く感じがする。今日だけ。
今日だけ真面目な仁さんに、思い切って尋ねてみる。ともすれば伝わってしまいそうな感情を込めて。
「じゃあ、どうして今さら他人行儀なんですか」
我ながら変なことを訊いたと思う。だけど気になったものはしょうがない。
仁さんは頭をかいて、きまりが悪そうに答えた。
「……軟派なやつと思われたくなかったんですよ。まあ、たしかに今さらですし、下心がないと言えば嘘になりますが……。僕は、もちろんこの食堂を、ここの料理を気に入って毎週足を運んでいるわけですけどね、なにより小春さんがいつも迎えてくれるから、好んで来ているんですよ」
「――――っ、そう、だったんですか。べべ別に気にしてなかったですよ」
危うくまた硬直しそうになるも、こらえた。どんだけ軽いんだ私は。
だけど私にとっては動悸の激しくなる言葉の連続だった。頬の上気だけが、伝わってくる。こっちのほうが固まるよりだいぶ恥ずかしい。
仁さんは……やっぱり軟派な人だ。
ごちそうさま、と仁さんが言うのを見計らって、今度は私が話を始める。
「先週の中華そば、私が考えたもの……って話はしましたよね」
「ん? ――ああ、そうでしたね」
「……その、仁さんがラーメン好きだと聞いていたので、メニューに追加したら、喜んでくれるかなって。でも、『惜しい』って言われて。それがちょっと、悔しかったんですかね。その、もし私が不機嫌そうに見えたのなら、そのせいかもしれません。不快な気分にさせたのなら、ごめんなさい」
私が頭を下げると、今度は仁さんのほうも申し訳なさそうに、
「いや、あ、あれは……僕の言い方が悪かったんです。試作品と言っていたから、改善点を教えてほしかったのかと……。まさか僕のために考えてくれたものだったなんて……すみませんでした」
そして、互いに黙り込む。
変な空気。でも私はむしろ心地よいとさえ感じていた。
と、その空気を打ち破るかのように、仁さんはぽん、と手を打った。……実にわざとらしい。
「あ、そうだ、今日のさばの味噌煮、ものすごく美味しかったっておやっさんに伝えておいてください」
「はあ、そうですか」
もっと言いたいことは山ほどあったけど、今日は、まあ、いいか。それはきっとお互いさま、ということなのだろう。
今週も、私の“居場所”はここだったのだ。
その参、了。