☆ いんくる~しぶ・は~つ ☆ 

  Inclusive・Hearts いま、ここから。

きのう。

2006-06-29 05:49:17 | ともに生きる
タイから、日本の障害者福祉の視察に来ている
タイの社会福祉士の視察ツアーの
同行ボランティアに行った。

平均年齢29歳。総勢24名。

行ってみてびっくりした。
大阪市の社会福祉の説明の会場は
大阪市長室 特別会議室。
「そのサービスはすべての障害の人に適応されるのか。」
「低金利で貸付とあるが、何パーセントなのか。」
「その制度は、多くの人にきっちり伝えられているのか。」

熱心に質問する彼らの、
真摯な思いを感じた。
今日も一日、同行ボランティア。

昨夜の歓迎レセプションでの彼らの衣装、踊りも素敵だった。
無茶苦茶な英語で、
コミュニケーションの努力。

インクルーシヴ教育についても
ほんの少しだけど、話した。

今日は長居の障害者スポーツセンター&生野区ネットワークの見学。

再び考える1。

2006-06-28 23:33:16 | ともに生きる
特別支援教育って何だろう?① (再掲)


ともに生きる / 2006-01-24 10:37:42


文部科学省 中央教育審議会が2005年12月8日に出した
「特別支援教育のあり方に関する答申」の基本理念の部分から
考えていきたいと思います。

********************************************************************
第2章 特別支援教育の理念と基本的な考え方
「特別支援教育」とは、障害のある幼児児童生徒の
自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち
幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、
生活や学習上の困難を改善又は克服するため、
適切な指導及び必要な支援を行うものである。
********************************************************************
の4行に書かれていることについて、考えていきます。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
太字の部分、ほんとうにそれが大事だと思います。
この「自立」は
①人の手を借りないで、自分でできるようになること。
ととらえるか、
②人の手を借りながら、自分でできるようになること。
ととらえるかで、ニュアンスがかわってくるような気がします。

(つづく)


あじさい。

2006-06-27 01:21:21 | なんとなく私
          かんがえるときはいっしょうけんめい
          かんがえるけど

          いっしょうけんめいかんがえすぎて
          あたまがかたくなる。
          まっさーじ、まっさーじ。

          なんとなく、あじさい。
          
          あじさいって
          いろ色にかわるからすき。
          あめのなかで
          すてきにかがやいているからすき。

特別支援教育って何だろう?シリーズ

2006-06-27 00:40:42 | ともに生きる
じつは、このブログを最初から読んでくださった方は、
ご存知だと思いますが、
今年の1月から2月にかけて、
「特別支援教育って何だろう?」シリーズを連載していました。

でも、このころは、元祖「かぎりなく透明に近いブルー」の紙面上、
表向きは、ブログ休止中ということになっていました。
修士論文の発表会が終わるまでは、みんなに知らせないままかいていました。
どなたかの目に留まって、いろいろお話できるかもしれないと思って。

あと半年で、特別支援教育の本格実施がされようとしてます。

ずいぶんこだわりながらかいていますので、
あんまりうまくは説明できていません。
でも、あらためてもう一度再掲して行きたいと思うので、
一緒に考えてください。

この半年で、状況の変わっているところもあります。
そこは、おいおい加筆・修正して行きたいと思います。

そして、特別支援教育について語るときに、
軽度発達障害といわれている子どもたちのことについても語らなければなりません。
あのときは、ご自身が診断されたというかたから、
このブログは読むと苦しくなるというご指摘まで受けました。
他にも、その前に、「リタリンがもっと気軽に飲めるようになればいい」と書かれていたお母さんともお話しましたが、「わたしは医者ではないのだから、あなたと薬のことについて議論するつもりはない」とも言われました。

いろんな考え方があり、いろんな問題点もあります。
必死に精神科・神経内科の医学雑誌や論文を読んだり、お医者さんとお話をしたりしましたが、
わたしの中では、まだ、納得できないことがたくさんあります。

「特別な支援をしないことは、その子たちの教育権を奪う」とまでいわれてきています。

なんどもかきますが、それぞれ不得意なことがあって、困っていたら、
その子どもが困らないように手助けしたり、いっしょに考えたりすることは当たり前のことです。
何か、どこかに、論理のすり替えがあると思います。
なにかおかしいんです。

そのおかしさが、何に由来し、どこにあるか、一緒に考えてくださればうれしいです。

わたしがあのときイメージしたかき方は、これでした。
でも、徹し切れないんです。
ときどき無性に、他のことがお話したくなるんです。

というわけで、また、あっちこっちに寄り道しながら、
考えていきたいと思います。

学校教育法等の一部を改正する法律

2006-06-25 21:48:17 | ともに生きる
学校教育法等の一部を改正する法律
成立日:平成18年6月15日
公布日:平成18年6月21日
施行日:平成19年4月1日

この法律の全文を読みながら、
これって「改正」って言えるのかと思った。

今までわたしたちが求めてきたことは、
学校教育法施行令22条の3をはじめとする、根本的な問題だった。
障害種別と程度によって、就学先が規定されることに対して、
その欠格条項を変えてほしいと願ってきた。

「心身の故障」が「障害」に
「欠陥をおぎなうために」が「障害による学習上の困難を克服し、自立を図るために」書き換えられてはいるけれど。
あとはすべて、文章はそのままで
「盲・聾・養護学校」の記述が「特別支援学校」に
「特殊学級」が「特別支援学級」に
書き換えられたにすぎない。


文部科学省のHPによると改正の概要は次の通り。
**************************************************************************
学校教育法の一部改正
・ 盲学校、聾学校、養護学校を障害種別を超えた特別支援学校に一本化。
・ 特別支援学校においては、在籍児童等の教育を行うほか、小中学校等に在籍する障害のある児童生徒等の教育について助言援助に努める旨を規定。
・ 小中学校等においては、学習障害(LD)・注意欠陥多動性障害(ADHD)等を含む障害のある児童生徒等に対して適切な教育を行うことを規定。
**************************************************************************

取り戻せない時間

2006-06-25 17:20:13 | ともに生きる
こうして、今までのことを
振り返ってみると、
取り戻せないことが、いくつもよみがえってくる。

そのころ、
国語を教えていた1年のあるクラスに、こうちゃんがいた。
みんなと一緒に小学校から、中学校に入学してきた。
障害児学級の先生が、突然、家庭の都合でやめられた。
3学期から、その先生のあとには講師の先生。

3学期のある日、
こうちゃんが突然、教室からいなくなった。
教科担任に何の相談もなしに。
なのに、
みんなも、わたしも、
「ああ、なかよし学級」で勉強することになったんだなと思った。

なぜあのとき、目の前から消えた自分の生徒のことに
疑問を抱かなかったんだろう。
障害のある子どもは、なかよし学級ですごして当たり前って
思ってたのかもしれない。
それが障害児教育なのだと思ってた。
抗議ひとつしなかった。
そのおかしさに気づくことはなかった。

彼が、みんなと過ごすかけがえのない時間を奪ってしまった。
「その子のために」という理由で。
ほんとは、「その子のため」になんてなってないのに。
今、もし、そんなことがあったら、
取り戻す。
こうちゃんを。

ずっとずっと前の話。
(文章中、固有名詞は仮名)


あやまち。

2006-06-24 12:19:59 | ともに生きる
そのころは、よくわかっていなかった。
よくわかっていなかったでは
すまされない。

わたしのクラスに、小児麻痺の女の子がいた。
障害児学級に在籍するということだったので、
クラスの担任として、
入学式の前から、保護者の方ともお会いした。

あるときわたしは、学級通信に
「障害児教育」というタイトルで
クラスの取り組みについて書いた。

その女の子が、家にその通信をもって帰って、
「わたしのことだろうか?」と父親に聞いた。
父親は、
「お前は障害児じゃないよ。」と答えたと彼女が語ってくれた。

でも、わたしの中で、その子は、
「障害児」と位置づいてしまっていた。
そんなわたしの発することばが、どれほど彼女を傷つけ続けたか。
「みっちゃんはみっちゃん」なのに、
わたしは「障害児のみっちゃん」に一生懸命、支援と指導をした。

どれほど深く傷つけ続けたか。
取り返すことはできない。
彼女の尊厳を。自尊心を。

私自身の小・中学校時代からの友だちに、
小児麻痺の友だちがいる。
ちょっと歩きにくい。
ちょっとしゃべりにくい。
ただそれだけ。
今もそれだけ。
なのに、なぜ間違ってしまったのか。

同じ間違いをしたくない。

あやまってもあやまっても
取り戻すことはできない。
彼女だって、今頃あやまられてもどうしようもない。

ずっと前のはなし。
でも、過去の話として、片づけられない。
この連続線上に彼女の今の人生がある……


雑巾洗い!

2006-06-22 08:13:00 | ともに生きる
とある小学校で。
掃除が終わって、一緒に雑巾を洗いに、水道のところに行った。
バケツの中には汚い雑巾10枚くらいと汚れた水。

最初、その水を替え、女の子3人とわたしと洗い始める。
が、
そのうちの1人の女の子はとても小さい。
とどかない。

わたしが、その子を抱き上げて、中の雑巾を一緒に洗おうと思った
そのとき。

水のいっぱい入ったバケツを
二人の女の子が、
よっこいしょと抱えて
床の上においた。

「これで一緒に洗えるね。」

そして4人で、じゃぶじゃぶ洗って、
仕上げは水道の水を流しながら。
洗い終わった雑巾もって、
その子も、廊下の雑巾かけに干しに行った。

さりげない、心配り。
特別な支援なんていわなくても、
当たり前に一緒にすごすことができるんだね。

しゃべろう・つながろう会

2006-06-21 17:35:32 | ともに生きる
昨日の夜、「しゃべろう・つながろう会」というのに行った。
集まったのは、
今、保育所に通ってる子どものおかあさんたち。おとうさん。
小学校に通っている子どものおかあさんたち。
保育所の先生たち。
小学校の先生たち。中学校の先生。
CILに勤務している人。
豊中市の職員のかた。
もう、子どもさんは成人しているけれど
教育は大事と
「障害児・者の生活と進路を考える会」の活動を続けているおかあさんたち。

前回は留守家庭児童会の先生。etc.
(今回少し遅れて行ったので自己紹介の途中からだった。
ひょっとしたら今回もいらしたかもしれない)

特に、次の春小学校に上がる子どもさんがいる家庭で
心配に思っていることや、気がかりなことが
話せたら、聞けたら、何か伝えられたらということで開かれている会合。

経管栄養・体温調節・吸引などの医療的ケアー、自閉的傾向、
軽度発達障害などなど…
心配は尽きない。
地域の学校で大丈夫なんだろうか。うちの子はやっていけるか。
いろんな気がかりをはなして、
そして、それに対して、
今、小学校に入学して3ヶ月を終えようかというおやごさんが、
今、小学校に通っているこどものお母さんが
うちの子の場合・・・と語ってくださる。

入学前からの心配・気がかり・しんどさ・戸惑い・・・
そして入学してからのあれこれ。

毎日・毎日の命の重さを感じ。
そして子どもの命と向き合いながら暮らしている日々。

「同じクラスのお母さんから、手紙をもらった。
この小学校にきてくれてありがとうって」
「入学前に見学に来るたびに、子どもの目の輝きが違ってきたので
地域の学校にいくことにした」
「人は人とのつながりの中で生きると思った。」
「地域の学校にきて、一見デメリットのようでも、
そこから子どもは学んでいる。生きている。」と。

豊中では、看護士資格のある方が介助員として学校に来てくださっている。

かつて病院のベッドの天井を見てしか生活できなかった子どもたちが
彼らの可能性と当たり前の生活を求めて、
病院の外で暮らし始めている。

前に聞き取りをさせていただいたときに、
「当たり前にそこにいることから始まるのですね。」と語られた
おやごさんのことば。
教師自身もわからないことだらだけど、子どもの命がかかっている。
わからないではすまされない。
もちろん病院の先生にもはなしを聞きながら、
緊急体制も作りながら、
ふつーに暮らしていけたらいいと思う。

特別な支援じゃなく、当たり前の支援と配慮が大事だと思う。
わからないことが多いので、いっぱい勉強しなくちゃいけないし、
家の人と、いっぱい話さないと理解できないことも多い。
でもでも、子どもの様子を見ながら、工夫しながら、
どうしたらその子が、まわりの子どもたちと一緒にすごしていけるのか考える。

とても大切な会だと思った。
「わからない」ということはとても不安で、どうすればいいか戸惑う。
でも、すぐそばにすでに体験した人がいて、
自分のことや、その手順や方法を語ってくれたり、
いっしょに考えてくれたり、
 
これってほんとうに心強い。よね。






セ パラム・・・

2006-06-18 07:56:08 | ともに生きる
                  
             大切な時間。
             素敵な出会い。
             生きるということ。

             ありがとう。

きのうが最後でした。
             わたしたちはここで、いっぱい話しました。
             考えました。
             すくわれました。
             楽しい時と、素敵な出会いをいただきました。
             
             「セ パラム」・・・「新しい風」。