Ken doc. 犬と猫のブログ

当院での症例や出来事等何でも言っちゃう暴露ページです。自分勝手なブログのためご意見等にはお答えできませんのであしからず。

血管周皮腫(けっかんしゅうひしゅ)という腫瘍

2011-08-13 18:48:08 | 症例報告
2011年8月13日




今回のわんちゃんはジャックラッセルテリア5歳の女の子。

先月の中旬に右大腿部にピンポン玉大のできものがあるということで来院されました。

こんな感じ。





触ってみるとやや硬さもあってしっかりとしている。

皮膚のへの癒着はなさそうだけど、底部は微妙だな。

触るだけで分かれば苦労はしないのが腫瘍。

ただこの充実感と底部マージン(注1)の微妙さが怪しい・・・。

(注1)マージン(Margin)
 英語で直訳すると「空白・余白」を意味するが、医学用語としては腫瘍外科でいう腫瘍細胞が存在しない腫瘍塊の外側の領域をいう。特に悪性腫瘍の場合、en bloc(一塊)で取ることが最も重要で、病理検査にて切除した腫瘍塊の周囲で腫瘍組織が検出されない場合をMargin free(切除塊辺縁に腫瘍細胞なし)という。触診で組織の境界が明確に判別できない場合は、腫瘍塊の広がり(浸潤性)が強いと判断し、悪性腫瘍の所見の1つとして捉える場合がある。当然のことですが、切除後の腫瘍塊にて組織検査でMargin freeであるか否かによって予後が変わることは言うまでもありません。


飼主と相談して、しっかりと調べてみることとした。

まずはスクリーニング検査(注2)細胞診(注3)を行いました。

(注2)スクリーニング検査
 前回のブログ記事を見てください。

(注3)細胞診
 読んで字のごとく「細胞を診る」こと。この後に出てくる(ファイン)ニードルバイオプシー(FNB)<針生検>といって、注射器のポンプの先に注射針を付けて、その針を腫瘍塊に刺してポンプを吸引し、針の中に入ってきた腫瘍細胞をスライドガラスに展ばし、染色して、その細胞塊を顕微鏡にて調べる検査手法。病理検査をするには外注検査になるため時間と費用がかかるが、この検査は病院内で出来て、時間も数10分とかからない。しかも安価。一部の腫瘍細胞を除き、確定診断をこの検査のみで行うのは困難ですが、どちらかというと悪性かな?良性かな?という見当をつけるには非常に有用な検査。悪性が疑われる場合は、更なる検査として腫瘍の部分切除(切除生検やtru-cut biopsy<もっと太い筒状の針で円筒状に組織を抜きとる手法>)を行い、病理検査に送り、確定診断を得る。

採取した細胞塊を染色してみた。



円形の一個一個が細胞です。

その中に濃い紫色のいろいろな形、大きさのものが細胞の核です。

細胞診では細胞の形、色、核の形状、他の細胞との異型性(異なり具合)を診ます。形や大きさがバラバラであるほど異型性は強いと診断します。

悪性度の判定をする際にこの異型性を1つの判断材料にします。異型性が強いほど悪性が疑われます。

この標本では中等度の異型性を認めます。

したがって部分切除を行い、病理検査に出してみて、より詳細な情報を得る方向で行くことにしました。

今回はCOOK社製のtru-cut針を用いて生検を行うことにしました。



この器具は腫瘍塊に穿刺してから組織採取までが手元のボタン1つで行えるのでとても簡単便利!!!。

使用する頻度の高い器具の1つで、私のお気に入り。

Tru-cutが苦手な先生にはコレとってもいいですよ。
是非一度お試しあれ!!!

今回、病理検査をお願いしたのはPATHO LABO(パソラボ)さん。

外部検査機関にはあまり似つかわしくないオシャレな社名。


診断が丁寧で、しかもスピーディー!!!

採取後4日目で診断が出ました。

結果は「軟部組織肉腫(なんぶそしきにくしゅ)」。

悪性所見ということですが、何とも歯切れの悪い結果。

軟部組織由来の悪性腫瘍ということだが、そんなこと言ったら殆どの体表腫瘤はみんなそうじゃん・・・って思う。

う~ん・・・あまり参考にならんなぁ~・・・。

En blocで取って、ホールで見てみないと分からないということか・・・。



飼主には非常に残念な結果でしたが、悪性腫瘍であることはほぼ間違いなさそうです。

っということで、悪性以外の正体は不明ですが、この情報だけでもありがたい。

近日中に拡大根治手術を行うこととしました。



血液検査の結果も異常なく、血液凝固機能検査もクリア。

術前のレントゲン検査、腹部エコー検査でも転移を匂わせる所見なし。




初診から13日目で手術を行うことになりました。


今回のチームは4人。

助手兼器具出しに松村動物看護士。

麻酔医に池田先生。

外回りに島田動物看護士。

執刀は私、佐羽が担当いたしました。

術前の外貌所見です。





手術切除範囲を決めます。






では手術開始です。



腫瘍辺縁の組織の剥離を進めて行くと検診時の触診所見通り、深部方向のマージンが取りにくく、筋膜直上まで浸潤性がありそう・・・。


筋膜1枚分マージン確保しないとダメかな・・・。



SonoSurgにて筋膜まで剥離することにしました。



切除後の術野です。



広範囲切除であるため、創面皮膚縫合の緊張がかからないように減張縫合を行いました。



1-0ナイロンで一針ずつ丁寧に糸をかけていきます。

一通り創部に糸をかけ終わったら、助手と一緒に創部を寄せるように2糸ずつ縛っていきます。



減張縫合の完成です。



創部は寄っていますが、まだピッタリとはついていません。

ですから更に合成吸収糸(4‐0PDSⅡ)で皮下組織を縫合し、3‐0ナイロン糸で皮膚縫合を行いました。

手術終了時です。



摘出した腫瘍塊です。






減張縫合糸は一週間程で抜糸を行います。

皮膚創面の縫合は更に7‐10日後に行います。


手術翌日に無事退院されましたが、術後6日目に術後膵炎で再入院されました。

更に4日間追加入院され、元気になって退院されました。

その後の経過は順調です。

抜糸も済んで、患部の状態も良好です。



病理検査の結果ですが、「血管周皮腫」という悪性腫瘍でした。

病理検査所見です。



紡錘形の非上皮性細胞の腫瘍性増殖をしています。渦巻き状構造(写真右下)をしているのも、この腫瘍の特徴です。


マージン(-)で脈管内浸潤がなかったのが救いでした。

この腫瘍は遠隔転移率5%とそれほど高くありませんが、再発率は20%とやや高く、核分裂指数(簡単に言うと少なければ少ないほど悪性度が低い)によって生存期間が異なる悪性腫瘍です。

核分裂指数が9未満での生存期間中央値(一番多い生存期間)は129週間で約3年、9以上だと44週間で1年未満とのこと。

このワンちゃんは「6」でしたので、比較的生存率は高い方には入ります。

ただこの腫瘍は、遠隔転移は抗がん剤でも多少効果のある治療法があっても、局所再発をコントロールできる有効な治療法が放射線治療以外、殆どないのが難点と言えます。

飼い主の希望もあって、抗がん剤などの化学療法は行わないということになりました。



現在、術後7週間が経過しましたが、局所再発も無く順調です。

今回の手術が拡大根治手術となることをただ祈るのみでした。




文責:佐羽


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