「英二は法律を守って、それを守らない囚人を管理するところで暮らしてきた。でも旅先で彼は、法を破る行為をしている彼らの親切や真心に触れる。それは法を守るという立場からはなかなか見えてこないことなんです。自然界で言えば表面を流れている綺麗な水ではなく、地下水の部分ですね。その地下水に、奥さんの遺言のおかげで触れることが出来た英二は、それまでとは違ったふうに解放されていく。そういう話なんだと思ったんですよ。これまでの健さんの映画は、最後に向っていろんなことがひとつにまとまって、そのエネルギーが頂点に達した時に音楽がかかって殴りこみに行く(笑)。そんなふうにまとまっていくのではなく、最後のほうに解放されて広がっていく映画になるなと。これは僕が思っただけで、お客さんがどう観てくれるかは分からないんですけれど。僕も健さんも歳をとって動きが鈍くなってきましたけれど、心のほうは歳をとって固まっていくんじゃなくて、何か広がっていけるというね。そこに共感してもらえるのかなと思ったんです」
- 1966年「地獄の掟に明日はない」(東映東京)
- 1968年「獄中の顔役」(東映東京)
- 1969年「新網走番外地 流人岬の血斗」(東映東京)
- 1970年「日本女侠伝 真赤な度胸花」(東映京都)
「捨て身のならず者」(東映東京)
「新網走番外地 大森林の決斗」(東映東京)
「新網走番外地 吹雪のはぐれ狼」(東映東京) - 1971年「ごろつき無宿」(東映東京)
「新網走番外地 嵐呼ぶ知床岬」(東映東京)
「新網走番外地 吹雪の大脱走」(東映東京) - 1972年「新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義」(東映東京)
- 1978年「冬の華」(東映京都)
- 1981年「駅 STATION」(東宝映画)
- 1983年「居酒屋兆治」(フジテレビ=国際放映)
- 1985年「夜叉」(東宝=グループ・エンカウンター)
- 1989年「あ・うん」(東宝映画=フィルムフェイス)
- 1999年「鉄道員(ぽっぽや)」(「鉄道員」製作委員会)
- 2001年「ホタル」(「ホタル」製作委員会)
- 2005年「単騎、千里を走る。」※日本編監督:降旗康男
- 2012年「あなたへ」(「あなたへ」製作委員会)
戦時下の教師の言葉が支えに
子どもの頃、戦争の最中のことですが、ある日の放課後、担任の先生に呼ばれて「サイパンが陥落した。日本は戦争に負けるよ。お前はお調子者だから、気軽に少年兵志願に手を挙げたりしちゃいけないよ」と言われました。みんなが日本は勝つと信じていた時代だっただけに驚いたと同時に、この先生のようにものを考える人がいることに目を開かされました。そうしたら、今度は近所にやってきた特攻隊の兵士が「君たちは志願して兵隊になってはいけない」と同じことを話してくれた。そのときに「大勢(たいせい)に流されない人たちがいるのだ」と知り、素直にすごいなあと思ったんです。それから絶対、大勢に流されてはいけないと心に言い聞かせ、自分の生きていく指針となっています。安易に迎合しない、自分の意志に逆らうことをしないのはその経験が大きい。
いやあ、あまり考えない性格で。故郷に「ものぐさ太郎」の伝説があるのですが、あれが僕の理想。「果報は寝て待ちたい」タイプで、のんべんだらりと過ごしてきたし、特別に何か決意したりすることもなく、これからもそうなんじゃないかな。ただ、映画は撮り続けます。50年もやっていると、これしかできないですしね。
冷たい目で僕のことを後ろからジロッと見ているような(笑い)。僕にとって一番厳しい批評家だと思います。それと、彼を主役に次はどんな作品を撮ろうか、それだけはいつも頭にあります。まあ、そういう存在だということですよ。
『あなたへ』の降旗康男監督「高倉健さんは人としても俳優としても真っ直ぐな人」
『あなたへ』降旗康男監督にインタビュー
高倉健が『単騎、千里を走る。』(06)以来、6年ぶりに出演した主演映画『あなたへ』(公開中)でメガホンを取った降旗康男監督。ふたりは『鉄道員 ぽっぽや』(99)をはじめ、数多くの名作を手掛けてきた黄金コンビだ。本作は、亡き妻の思い出をたどりながら、いろんな人々と触れ合っていくというロードムービー。本作で、高倉健は妻を亡くした男の味わい深い哀愁を漂わせている。その舞台裏について、降旗監督にインタビューした。
チャン・イーモウ監督作『単騎、千里を走る。』でも、日本が舞台のパートを監督した降旗監督。高倉を6年ぶりにスクリーンに戻した降旗監督だが、本作が『夜叉』(85)や『あ・うん』(89)のプロデューサーで故・市古聖智が遺した原案の作品だったことも大きかったという。「大筋は刑務所と港が舞台。その港が奥さんの故郷だという設定で、市古くんのいろんな思いが込もったプロットでした。でも、それは今より若い健さんを当て書いたもので、最初は限界灘の拳銃の密輸の話なども入っていたんです」。
そこで降旗監督は、脚本をアレンジしていった。「今まで健さんが演じた役は、いろんなしがらみを背負って、危ない方へ行かざるを得ないという主人公が多かった。でも、今の健さんに演じてもらうということで、そういう荒事を取り除いていったんです。もしかして年をとるってことは、そういったしがらみから自分を開放していくことかもしれない。だから、そういう主人公にしました。そういう意味では、健さんが今までにないキャラクターを演じられています」。
降旗監督は、映画における主人公の定義についても語ってくれた。「映画の主人公に関して言えば、失敗した人とか、負けた人とか、そういう人を描くことで、人間の面白さや可愛らしさが出てくるんじゃないかと思っています。別に、主演俳優を不幸にしなきゃいけないってことじゃないですよ(笑)。健さんが昔やっていたヤクザ映画だってそう。腕力ではいろんな人に勝てるけど、他では負けた人ですから。正確に言うと、負けた人、失敗した人の中にこそ、すっと人間の良いところが光るような気がしています」。
監督が語る自身の映画論も実に興味深い。「映画は“てにをは”、助詞がない芸術だと思っています。それは、映画を見た人がつけるべきだと。映画のテンポをつけるために、“てにをは”を付けた映画、説明しすぎる映画が結構ありますが、映画ってそうじゃないと思う。だから、『監督のメッセージは?』と聞かれると、答えられないから、いつも困るんです。映画は論文じゃないし、一つの画をいかに高いボルテージにするかということが一番大切。四角いスクリーンに一杯詰まっていればそれで良しです」。
監督は長年、高倉と組んできたが、高倉の魅力については「真っ直ぐに立っている。人としても俳優としても一本の道を真っ直ぐに歩いてらっしゃることかなと思います」と語る。また、『夜叉』や『ホタル』(01)に続き、本作でも相手役を務めた田中裕子との共通点についても話してくれた。「健さんって、演技をパフォーマンスだと考えていないんです。もし、そう考えていたら、どんな相手でも演技が変わらないけど、健さんは相手によって演技が変わる、役者ならざる役者だと思うんです。そして、裕子さんも同じタイプの役者さんで、似た者どうしなんじゃないかと。お互いにパフォーマンスじゃない芝居、自分自身を出した芝居をやるので、ふたりはしっくりくるし、そういうコンビはなかなかないと思います」。
最後に、高倉健への思いをこう語ってくれた。「健さんは僕にとってどういう存在か?と聞かれると、最近は『僕のアイドルです』と答えることにしています。こんな年になっても、まだ映画を撮りたいし、そうすると、やっぱり健さんの話になりますね」。
降旗監督と高倉健の名コンビによる『あなたへ』は、記念すべき20作目のタッグ作となった。長年、高倉と共に映画界の第一線を闊歩してきた降旗監督だからこそ、今の高倉の新鮮な表情を引き出せたのだと思う。是非とも貴重な大人の人間ドラマを堪能してほしい。【取材・文/山崎伸子】