山風景とデジタルコラボ+α                                   

コンテンツ作製のため、山風景等を素材にして様々な試みを綴ってみます。

大地震

2011年03月13日 | Weblog
今回の東北地方太平洋沖地震で被災された皆様へのお見舞いとお悔やみを、そしてお亡くなりになられた方へのご冥福を、謹んで申し上げます。
唯々、罹災地区の一刻も早い復旧を心より願うばかりでございます。

今から11年前に宮城県を訪れたことがございます。
宿泊地は気仙沼でしたが、お隣に唐桑町(現在は気仙沼市と合併)がございまして、ここへ立ち寄り学ばせていただいたことを思い出しました。

昔から津波の被害に遭われてきた、三陸に住まわれる方々の生々しい教訓をです。
私の記憶が正しければ、このような内容のものでした。
「 大地震が来たら、着の身着のままで 高台へ避難せよ 」
( 現金は持ち出すな 場合によっては家族をも ) 
(逃げる際には自分のことのみ考えないと、一家全員が津波にさらわれてしまう)
その時間こそが生死を分けるんだと。

現在は同報無線も整備され、当然のごとく避難を促す自動放送が流れたことでしょう。
しかし今回の地震は、防災計画の想定を遥かに越えた大規模なものだったです。

三陸に住むものとしての知識上、その教訓を知っていたとしても、
想定上ここなら大丈夫だろうと逃げ遅れた方々や、教訓を守ったにも係わらず逃げ遅れた方、或いは職務上その場に留まらざるを得ない方も大勢いたに違いありません。
そのような方々の「無念さ」を察すると、胸が熱くなるのを禁じ得ません。

さて、我が街に住む人々の防災意識はいかがなものか?


海に面する我が街も、安政の大津波に襲われてからおよそ150年も経過しています。

知識上、その当時起きた災害を知っていたとしても、もはや昔の出来事だとかたずけてしまう方が大部分ではないでしょうか?


11年前唐桑半島ビジターセンターでは、東海地震が起こった際に起こる津波として、貼付画像の河川を遡るシュミレーション映像を流していました。
是非ともこの映像をご覧いただきたいと思うところですが、さて、現在でも放映しているかが不明です。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿