山風景とデジタルコラボ+α                                   
コンテンツ作製のため、山風景等を素材にして様々な試みを綴ってみます。





 



話は6年前半の2009.3に遡る。

ワタシが山で暴走事件を起こしたしたあの日である。

○青ルート
須津渓谷からアプローチし、袴腰岳経由で馬場平のブナを通過し、


1188m愛鷹明神奥宮着。


で、その先の鳥居から下りこむ石段が、ずっと気になっていたわけだ。

○赤ルート
今回、6年半振りに検証すべくHamden氏のお供を務めたのだが、ブランクが長すぎて迷惑をかける一歩手前状態。
それでもなんとか愛鷹山1188m峰へ到着。

奥宮鳥居


石段


石段より鳥居を望む


その先のルート


結果は悲しいくらいにあっけないものでした。
したがいまして、答えは敢えて記しません。





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びっくりなんてもんじゃありません。
鰐口が、軒下に吊るされておりました。


年号までは判読できませんでしたが、場所が場所だけにそれなりの歴史を刻んでいることは確かです。
この鰐口が我市にあったら、市の文化財に指定されてもおかしくないかもしれません。

もっとも、価値がないから吊るされているということかもしれませんが・・・

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とある神社跡を推定し、初めて発掘作業したのが7年前(2008.1.7)のこととなります。

当時は、辺りをこぐわで掘りかえすだけの作業でしたから、なんの痕跡もみつかりません。

それから一年経過。こんどはスコップ持参での再挑戦。



すると・・・
土間のたたき石らしき石積を発掘したのです。
ここが神社跡と断定して間違いなさそうです。


それから、あっというまに六年も経過してしまいました。
地元郷土史への記事掲載依頼を受け、この度10年来の調査結果を発表することになりました。
で、再検証のため神社跡地へ行ってみると、僅か六年で発掘場所は不明瞭状態なんです!

テキトーに発掘してみると、前回とは違った石積みが出現しました。

というわけで、
地元史への記事は連載掲載で第一話を書いただけなんですが、再々発掘をしなくてはいけなくなりました。








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探索開始から、かれこれ10年も経ちますねえ~

某山神社のありかを捜し始めてからです。
ここへ来たのは三年ぶりでしょうか?

比較的新しいゲソ痕をみつけましたが、某氏が数日前に訪れていたんですね。

てなわけで、副産物としての新たな発見です。旧三角点


掘り出してみると、かなり経年劣化しています。


10年前に初めて訪れたときは、こんなんでした。


当然見つかるはずもありません!
山頂部の地表が現れて、ようやくその姿が出現したのです。



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社殿跡など、たぶん調査隊のどなたも気づいていませんよね。

池つぼ付近に神社があったんですよ!

証拠はこれですよ。

みえませんか~

では拡大しましょうね。



そこってここですかね?


ここも怪しい気がしますが


馬頭観音付近に民家があったと記憶していますが、先般の探索では跡形もありませんでした。

再調査が必要のようです。


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