毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

人ってほんとうに変れるものなんだ。。。。としみじみ思う秋の日

2017年10月08日 10時02分39秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見


自分を変えようと真剣に取り組み出してから よく目に付くようになったのが、意識の 「書き換え」 という言葉。

この書き換えには、

     1.古い思い込みやわだかまりを消去する     2.新しい記憶を書き込む

という二つの段階があります。

明るく前向きな氣持ちを保ちましょう、自分を信じましょうなどというアドバイスに触れると ついついそれを実行することにばかり意識が向いてしまいますが、新しいものを取り入れる前には まず古いものを取り去って 新しいものが入る場を空けるという手順を踏まなければなりません。

貴秋がさんざん悩まされた 「肯定的なアファメーションやビジュアライゼーションを試みても すぐそれを打ち消すような言葉やイメージが上がってくる」 という現象は、まさにこの1をすっ飛ばして いきなり2にいこうとしたために起きていたものだったのです。

電卓の計算だって 前の答を消去しないまま次の計算をしようとしても 正しい答えが出るはずがないのと同じように、古い不快な記憶を残したまま いくらいいイメージを上書きしようとしても うまくいくはずがなかったのです (^^ゞ




で この古い記憶の解消ですが、あれこれ試す中でわかってきたのは、要は新しいものを分け出す時と逆のことをやれば クリアにできるんだな、ということ。

新しい概念なり体験なりをゼロから分け出し形にする際 重要な役割を果たすのが、「言葉」 と 「感情」 です。

言葉がなければ 意識でなにかを掴み取り形作ることはできません。

そして、その形を得たものを 生々しくリアルな手応えで引き寄せ定着させるのが 感情です。

鮮やかな記憶には 濃厚な感情がついて回るもの、懐かしい宝物の思い出が喜びや安らぎで彩られもすれば、忌まわしい光景に怒りや恐れや悲しみがつきまといもします。

ただ事実として認識するだけでなく そこに感情の刺激が付与されるからこそ 深く記憶に刻みつけられ、またたやすくよみがえりもするのです。

この感情も 言葉なしには成立しませんから、ゼロに戻すポイントは 言葉にあります。

言葉でもって分け出したものは 言葉を外すことで 分け出したところに戻してやる、ということです。




さらに、この “逆回し” には もうひとつのポイントがあります。

意識の向く方向です。

私たちが 笑い 泣き 怒りながら さまざまな体験を重ねるとき、その意識は内から外に向いています。

「自分」 の中から 外の世界を眺めています。

それをぐるりと180度反対に向け直し、外から内を眺めるわけです。

からだの感覚を 「感じる」 ときは、感覚の内側にいて 感覚と同化しています。

感覚を客観的に 「見つめる」 ときは、自分を感覚の外に置いて初めて冷静に観察することができます。




言葉を介さず 自身の内を見つめる。。。。これは 「瞑想」 ですね。

貴秋も 若干独自色を取り入れた 「感覚フォーカス」 で 年単位でのネガ記憶消去実験を繰り返してきたわけですが、旧情報消去 → 新情報入力 という二段階をきちんと踏めば 人は飛躍的に変われるものなんだ。。。。という手応えを しみじみ感じるきょうこのごろです (^^)