歐亞茶房(ユーラシアのチャイハナ) <ЕВРАЗИЙСКАЯ ЧАЙХАНА> 

「チャイハナ」=中央ユーラシアの町や村の情報交換の場でもある茶店。それらの地域を含む旧ソ連圏各地の掲示板を翻訳。

“竹のカーテン”(3)

2010-05-20 22:02:45 | 東トルキスタン関係

→(2)からの続き

PCを起動させると、

-「チェックするので、終わるまで外で待っててください。」

と部屋から追い出されてしまいました。

ヤバそうなものは消しているとはいっても、新疆に関係ないものも含めれば、写真は結構な枚数です。あれ全部調べる気か?おい?

それを考えると、USBの件のみならず、何だか時間の方も心配になってきました。

国境からカザフスタンの旧首都、アルマトゥまではバスやら何やら色々乗り継いで約6時間。アルマトゥからクルグズスタンの首都ビシュケクまでミニバスみたいなので3時間ほど。そして、ビシュケクでの住処はバスターミナルから大分離れた場所にあり、最終の乗り合いタクシーが大体夜の8時とか8時半くらい。

つまり、その日の内にビシュケクの住処に辿りつくには、少なくとも午前11時(クルグズスタン標準時=カザフスタン標準時=新疆時間。北京時間はそれに+2時間。)くらいまでには国境を通過しておく必要がありました。

その時点で、時間は大体9時くらい。11時にはまだ2時間ほどありましたが、緩衝地帯を走るミニバスは積荷と人が一杯にならないと出ないため、それなりに待ち時間が必要であったり、また、カザフスタン側もたまに通過に時間がかかることを思えば、時間はありそうで、実はそんなに無い。

というか、自分としてはなるだけ早く着きたかったのです。何せ革命の直後であり、ビシュケクの治安は相当に悪くなっているというのが専らの噂でしたから。特に深夜は、あちこちで銃声がするとか、手榴弾の炸裂音が聞こえるとか…….。(実際にはそこまでカオスな状況ではありませんでした。でも、それも戻ってみて初めて分かったことで….。

最悪のケースは、そのままずるずると11時~午後2時の長い昼休みに引っかかってしまうことでした。この間は国境の両側とも業務を停止するので、通れなくなります。そうなったら、完全にアウトですよ。

2時なんて、アルマトゥにすら今日中には着けないんじゃないか?

.....みたいなことを考えていると、

件の職員が、予想していたよりも早く出てきました。まだ15分くらいしか経っていなかったと思います。

-“終り?”

-“いや。ちょっとお聞きしたいことがあります。こちらへ”

部屋の中に入ると、机の上にあったPCの画面には“マイ・ドキュメント”が開いてありました。その中にあったワードのファイルを指差して、こう尋ねてきます。

-“これは、どういう意味ですか?”

ファイル名は“サブカルチャー神話解体”でした。

社会学者の宮台真司氏のブログで、自身の著書“サブカルチャー神話解体”について言及した面白そうな文章があったのでワードに貼り付け(宮台ブログの記事はそのままでは落とせない)、保存しておいたのです。

指はその“サブカルチャー”の部分を指していました。“神話解体”は漢字だから読めるけど、こちらはカタカナだから分からないらしい。

-“スブクリトゥーラ”(“サブカルチャー”のロシア語での直訳)です。

-“スブクリトゥーラ”??

-“えーと....その、何と言うか、社会の中で主流じゃない文化のことです。例えば漫画とかアニメとか、ポップ音楽とか...。”

たまたま知っていたロシア語での訳語を出したものの、確かに、こんな言葉が何の脈絡もなく出てきたら、こちらも何が何だか分からないかもしれない。

あと、どうもうまく説明できません。彼からしてみれば、“漫画とかポップ音楽を解体するってどういうこと?”って感じだろうし。

-“......つまり、何が書いてあるの?”

-“だから、その日本の“スブクリトゥーラ”の歴史と、その背景を説明している本の話なんですが.....。”

だんだん面倒くさそうな表情になってきました。

事実、面倒くさいと思ったのでしょう。

その話題を打ち切るかのように、別のファイルを指差して、言いました。

-“じゃあ、これは?”

ファイル名は、“ロシアの右翼”でした。

ネットから落とした、ネオナチ関係の情報を集めたものです。

こちらも、“右翼”は分かるけど、“ロシアの”は分からないようで、指はその“ロシアの”の部分を指していました。

-“そこは<ロシアの>という意味です。”

-“どんな内容?”

-“ロシアの<ウルトラ・ナショナリスト>についての話です。スキンヘッドとか。”

-“貴方はその<スキンヘッド>が好きなのか?”

-“いや、別に好きじゃないんだけど......”

この後、別のファイルを巡って同じようなやり取りが何度か続くのですが、その辺りは省略。

とりあえず、彼は写真にはあまり興味を示さず、専ら文書の方に注意を注いでいたわけです。それも、文書のタイトルを見て、(体制にとって)危なそうな内容の“漢字”があったら、食いついてくるという感じですね。

前述の“サブカルチャー神話解体”も、“解体”の字面を見た瞬間に、

“これは我が中国を解体するための秘密計画に違いないッ!”

とでも考えたのではないでしょうか?w

想像力が逞しすぎるよ。何か、木魚の割れ目とかイルカの頭を見て興奮する人みたいだw。

そういう感性の豊か過ぎるw人たちを刺激しないためにも、ファイル名は全部平仮名で書いておくべきなのでしょう。

そうすれば、

例えば、

“ひがしとるきすたんにおけるじんけんよくあつ”

とか、

“ろぷのーるちくでのかくじっけんによるほうしゃのうおせんについて”

みたいなものでも、スルーなんじゃないですかね。

いや、職員の中には1人くらい日本語が読める人間がいてもおかしくはないので、より万全を期すために、グルジア文字なんかの方がいいかも

 間違ってもアラビア文字はダメでしょう。w彼らには、多分、ウイグル語とアラビア語やペルシア語やウルドゥー語、はたまた単にアラビア文字で書いた日本語の区別なんてつかないだろうから、逆にものすごい勢いで食らいついてくるに違いない。

素朴な疑問なのですが.....こんな不毛な検査に一体何の意味があるのか?

ともかくも、特に“怪しい文書”は見つからなかったので、“出国してよし”ということになりました。

USBとかメモリのことは忘れてくれたらしい。良かった良かった。

と安心しつつ、パスポート検査のブースに並んでいたら......

件の職員が30過ぎと思しき、別の職員を伴って近づいてきました。

そして曰く、

-“...上の人間がパスポートを見たいと言ってるんですが。”

まだ何かあるのか?

何て面倒くさい奴らなんだ。

その上官とやらは、小太りで眼鏡をかけ、髪形は中国の田舎の方でよく見る、あの下敷きがそのまま上に乗りそうな物凄い角刈り頭でした。全体的に田舎っぽい外貌(まあ、田舎なんだけど)で、あの微妙な緑色の制服が実によく似合っている。

こちらからパスポートを受け取ると、しばらく各ページを眺めていたのですが.........

いきなり険しい表情になり、喚き始めました。

-“フーティエン!”、“フーティエン!”

件の職員にも漢語で何か言っています。こちらはまるで分からない。

職員が、ロシア語で尋ねてきました。

-“貴方は<フーティエン>に長く居たのですか?”

-“<フーティエン>って何?”

こちらから逆に聞き返すと、彼はパスポートにあった中国のビザを指差しました。そのビザの発行地には“和田”とあります

そうでした。昨年の秋にこちらにいた時に、南部のホタン(和田)でビザを延長したのです。手続きにかかった時間は2時間程度でしたね。中国では、ビザを延長する場合は形式上新たにビザ(0次ビザ)を取り直すという形になり、パスポートにはその分のシールが残るわけです。

ホタンの漢語名は“フーティエン”と言うのか....全然知らなかった。

で、何でこの角刈りが騒いでいるのかと言うと、ホタンからその西のカシュガルにかけての地域は、はっきり言って漢語を全く知らなくても普通に日常生活が送れるくらい、ウイグル濃度の高い土地です。

お上からしてみれば、謀反人の巣窟みたいに見えるのでしょう。そんな怪しいところに何ヶ月も居た外国人も、怪しい奴に違いないというわけで。

↓ホタン(和田)新市街の団結広場(イッティパク・メイダヌ)そばにあった横断幕。

“武警諸部隊の将兵は、新疆各民族の人民と生命や運命、それに呼吸を共にする者たちである。”


↓そのすぐ横の団結広場では、上記のスローガンとまったく相反するかのように、多数の武警部隊による明らかに広場での集会鎮圧を目的とした軍事訓練が、ほぼ毎日のように行われていた






↓奥の方に見える銅像は、1958年に北京での人民代表大会に招かれたこの地域の貧農クルバン=トゥルムが、それを接見する毛沢東と握手する写真を、銅像化したもの。写真は、党と新疆の結びつきや民族平等の実現を内外に示すためのプロパガンダのネタとして、50年以上に渡って使われ続けている。


いずれも2009年の秋ごろ、管理人撮影。

というか、何ヶ月も居なかったんだけどね。

-“何いってんですか?よく見てください!そのビザは去年のものでしょう?今回の滞在は2週間くらいでしたけど、ずっとウルムチに居ましたよ。ホタンなんて行ってない。”

-“ああ、確かにそうですね。”

彼は角刈りに漢語で何か言い、暫く話しあっていました。

そして.......角刈りが首を横に振り.....職員がこちらを向いて言うには、

-“貴方の荷物の検査しなければならなくなりました。また別室まで来てください。”

-“はあ????さっき調べたじゃないですか?”

-“PC以外の荷物です。”

-“..............”

→(4)に続く



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12 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-05-21 03:12:59
>木魚の割れ目とかイルカの頭を見て興奮する人みたい

夜中に一人で吹き出してしまいました。。

それはさておき、とてもとても大変だったのですね。。。
お疲れ様です。ご無事でなによりです。

続きを楽しみにしてます!
Unknown (Unknown)
2010-05-21 03:48:37
これはwwww
セーフかと思いきやいきなりピンチw
Unknown (Unknown)
2010-05-21 09:59:05
あわわわわわw
一難去ってまた・・・
Unknown (vector_phallanx)
2010-05-21 17:19:28
非常に緊張感というかワクワク感があります。
それもこれも、主が今、生きているからですけど。
それにしても、続きが気になるブログは本当に久しぶりです。楽しみにしています。
Unknown (7743)
2010-05-22 15:04:35
筆者は現代の木村肥佐生や西川一三ですか?
Unknown (Unknown)
2010-05-23 00:42:20

や、やっと3が更新されてる~と思ったら・・・。
また更に続きが気になります・・・。
Unknown (マーシャ)
2010-05-23 01:49:07
+(0゜・∀・) + wktkしながら待ってます♪
Unknown (Unknown)
2010-05-23 19:54:04
ギ、ギギギ…ギギ…ギーガー!
Unknown (Unknown)
2010-05-26 01:24:11
あーあーあー、こういう役人の感覚わからんでもないです。調べる対象が実際どうこうじゃなくって、仮に何かコト起こったときに自分に責任振りかかるのが嫌。だから必要以上にどうでもいいような「検査」積み重ねてアリバイつくるみたいな。

まぁ自分自身が似たようなことやってるんですが。
Unknown (名無し)
2010-05-28 00:54:21
気にくわないのは分かるけど…不安がってる人(役人)が神経質になるのは当然じゃないかね?
ブログ主も不安だから早くビシュケクに戻りたかったんでしょ?
実際はどちらも杞憂だったみたいだけど